「ただ1度だけの永遠2」記念SS

三月 ひなのつき

(注)この話は「やさしさに包まれたなら」の続篇です。話の内容がよくわからない方はまずそちらを読んでからの方がよいでしょう。


 二月も終りの、冬の穏やかな陽気がさすある日曜日、リラと光夫は寄り添いながら買い物客でにぎわう大通りを歩いていた。リラと光夫は、週末にはしばしばこのようにしてデートをするのが習わしとなっていた。

 街のショーウィンドーや看板に目を配っていて、リラはデパートの店頭にひな人形が飾られているのに目を止めた。そのひな人形はいちばん上のおびなとめびなにはじまって、三人官女、五人囃子などが赤いひな壇の上にきちんと並べられている。その人形の姿は、店頭でひときわ鮮やかな色合いを見せていた。

「光夫、これ何?」

「これは、ひな人形というんだ。ここでは毎年三月三日になると、女の子のいる家では女の子の幸せを願ってひな人形や桃の花を飾り、ひなあられや菱餅を食べたりするんだ。オレも小学生くらいのときまでは学校とかで女子と一緒にひな人形をつくったりもしたかな。リラの世界には、そういうお祭りとかなかったの」

「うん、ないわけじゃなかったけど…」

 そう言うときのリラの表情はなにか浮かない感じがした。そしてそのまま、リラはひな人形の白い顔をじっと見つめていた。光夫はそのようなリラの表情を見て、それ以上はきかないことにした。

 光夫にマンションまで送ってもらって自室に戻ってから、リラは彼女の里親である絵美子さんにひな人形の話をした。すると彼女は、「ちょっと待ってて」と言って部屋の奥に行くと、押入から桐の箱をいくつか取り出してきた。そしてその箱を開けると、絵美子さんは一対のおびなとめびなを取り出した。

 ひな人形の顔を見て、リラは息をのんだ。

「絵美子さん…これは?」

「これはね、つぐみが生れて最初のひな祭りのとき、つぐみのおじいちゃんとおばあちゃんが買ってくれたものなの」

──つぐみ…絵美子さんの娘だよね。

「毎年ひな祭りが近づくとこの人形を部屋に飾って、近所の女の子たちを呼んでみんなでにぎやかにひな祭りのパーティーをやったものだわ」

 その話を聞くと、リラは何か悪いことを聞いたような気がした。

「ごめんなさい…絵美子さん。つらいこと思い出させちゃって」

「いいの…気にしないで。実を言うと、事故があったときこのひな人形も捨てようかと思ったの。でもそんなことをしたらつぐみが悲しむだけだと思ったから、そのままにしてあるの。今またこうしてリラと一緒になれたのだから、このおひな様も、そしてつぐみも喜んでいると思うわ」

 リラはしばらくの間、ひな人形の白く塗られた、端正で柔和な顔を見ていた。その表情を見つめているうちに、リラはそのひな人形が何かを語りかけてくるような気がしていた。人形の着物のあざやかな色合いには、そのような人形の表情をいっそうひきたたせていた。

 そうしているうちに、リラは自分の過去のことを思い出していた。シーフの厳しい社会、それがリラが物心ついたとき彼女の目の前にあった全てだった。幼少のころよりギルドの団長に認めてもらうために、泥だらけになりながら暗い路地をかけ続けた日々、「捨て子」という出自から来るコンプレックス──

 リラはあらためてひな人形の顔を見た。彼女はいつの間にか涙ぐんでいた。自分は絵美子さんの娘について全然知らないはずなのに、なぜこんなに胸が痛むのだろう。しかしリラはそのひな人形の顔を見ているうちに、同時になぜか心が暖かいものでみたされていくのを感じた。

 そこで絵美子さんがリラにそっと声をかけた。

「リラ、もういいでしょう」

 その一言でリラは我に返った。絵美子さんは鼻をすすっているリラの顔をハンカチでぬぐってやった。

「もしよかったら、今度の都合のいい日曜にパーティーをやらない?」

「うん…ありがとう。ひな祭りは女の子の祭りだというけど、光夫も呼んでいいよね?」

「ええ、もちろんよ」

 パーティーの日が来た。まだ外は寒いが、一足早い春の訪れを感じさせるかのようなうららかな日ざしが、少しやわらかい色合いになった空から降り注いでいる。

 リラは鏡台の前でおしゃれの仕上げに余念がなかった。私服のときはたいていパーカーか長袖のTシャツにジーンズといったラフな恰好が多いリラも、今日はかわいい感じの服で決めている。そしてリラは、耳もとに彼女のトレードマークの赤いピアスをつけてみた。

 そのときリラは光夫のいるこの世界に来るまぎわ、リラをこれまで育ててきたギルドの団長のおかみさんと話したときのことを思い出していた。

「あのリラも好きな男ができて、その男と一緒に暮したいと思うようになるとはなねえ…でもおまえにはほんとすまないことをしたと思っているよ」

「どうして?」

「おまえには女の子らしいことなんか何一つしてやれなくて。ほかのおまえと同じ年頃の娘は、かわいい服着ておしゃれしたりお菓子つくったり、踊りに行ったりとかしてるのに」

「やだ…よしてよ。あたしにそんなの似合うわけないじゃん。おかみさんはあたしをここまで育ててくれた、そしてあたしに生きるための力をくれた、それだけで十分よ。あたしは今の自分に満足してるから」

「…そうかい。じゃあ私にはもう何も言うことはないね。おまえには幸せになってほしいと思ってるよ。元気でな」

「…ありがとう」

 リラは顔を振り向いて部屋に飾られたひな人形を見た。ひな人形は金の屏風を背にし、傍らに桃の花をかざられて、いっそう部屋の中で明るく輝いて見えた。その下では三人官女や五人囃子、左大臣や右大臣が控えている。そのときリラは「女の子の幸せを願う祭り」というひな祭りの意味がわかったような気がした。

 テーブルにはリラが何度も失敗しそうになりながらも、なんとか絵美子さんの助けを借りてつくった料理が並んでいる。もうそろそろだなと思ったころ、インターホンが鳴った。

「ようこそ、光夫」

 リラは光夫を玄関で迎えた。


あとがき

 どもども、エタメロSSとしては1年余りぶりの作品です。このお話は今年の3月、ひな祭りということでちょっと構想だけ思いついてメモしておいたものですが、「ただ一度だけの永遠2」があってせっかく盛り上がっていることだしと思ってこのほど完成させました。短いのや季節外れなのはどうか見逃して下さい(爆)。

 タイトルは、日本児童文学界の大御所、石井桃子女史の書かれた本からとりました。この本は小生が子どものころ本棚にあったもので、1962年初版だからかなり古い話ですが、ある母子家庭の「ひな人形」をめぐっての母と娘の心のふれあいを書いた心あたたまる話です。昨今は「ひな祭りは『女らしさ』というジェンダーを強調する」といって否定的に扱う人もいるようですが、日本の美しい伝統は大事にしてほしいものです。

 このリラの帰還ED後の女子高生ネタではあともう少し話が書けそうな気がしますが…できるかなあ。それにしても発売からこれだけたつのにこうやってイベントが行われる「エターナルメロディ」って、ほんとすごいゲームですよね。

2003年4月5日

Annabel Lee


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