2001年6月 その3
「ひばり」、「春」、「愛の挨拶」とクラシックの名曲をいきなり3曲も始めてしまった私達は、現在その練習方法について一つの壁にぶち当たっています。
これまでのような童謡やポップスは、何となく雰囲気で流していける感じの曲が多かったように思います。しかしクラシックの場合、しかもそれを四重奏で演奏する時には、非常に細やかな神経を使わなくてはならないことを改めて認識しました。「愛の挨拶」のように、ある程度の部分は、”ノリ”のようなものでやっていけるものもありますが、でもやっぱりクラシックの曲は音楽の基本に忠実に作り上げていく必要があります。
まず最初にぶつかった壁は、皆でリズムを合わせるというか、テンポ感を共有することでした。譜面ヅラはあまり難しくないパッセージでも、アウフタクトが入ったりするとすぐにずれてしまいます。また、「春」の「鳥の鳴き声」のような部分は技術的にも少し難しいのですが、どうしても4分音符は遅くなり32分音符になると急に走ってしまう傾向があります。
これを合わせていくにはどうしたらよいのか?そこで、”ジャーン”、メトロノームを使ってみては、ということになりました。最近は電子のメトロノームが多いようですが、今回はメンバーの一人がいわゆる振り子型のメトロノームを持参しました。さっそく、カチカチと音を鳴らしながら弾いてみました。
さて、「メトロノームを使用して基礎練習」、ということはメンバー個人個人としてはやったことはあります。しかし、こうして四重奏を合わせる目的でメトロノームを利用するのは初めてです。よく考えてみると、確かに合奏の場でメトロノームが持ち出されてくるというのはあまり聞いたことがありません。ひょっとしてこれは”大発見?”あるいは”とんでもないこと?”と考えました。答えはどうも後者のようでした。
たとえ個人練習でも、メトロノームの機械的なリズムに音楽を合わせるというのはかなり難しいという経験は誰もがお持ちであろうと思います。四重奏では、人間が4人いるので結果的にその4倍合わせにくくなりました。もちろん、それでもきちんと合わせられるのであれば、それはそれで大事なことなのでしょうが、実際にはほとんど合わせることができず、途中でメトロノームの使用を止めました。面白いことに、メトロノームとは完全にずれているのに、4人の演奏自体は合っているという現象がみられました。これにはビックリしました。その位、私達が下手くそなのでしょうか?そうかもしれませんが、一人での練習とは違い、あくまで合奏の場合は、やはりお互いの気持ちを合わせることが重要であり、単に機械的に合わせていくというのは合奏の基本からははずれてしまうということの表れなのかなと勝手に解釈しました。
練習の途中で、2〜3のパートを合わせていくとき、メンバーの一人が手をたたいてリズムを作ることがあります。この方法では、わりとすんなり合わせていくことができます。また、大きな合奏団やオーケストラでは指揮者が存在するので、その人に合わせていくことになります。場合によってはコンマスの動きを見て他の団員が合わせる、といった微妙な部分もあるでしょうが、基本的には指揮者のリズムにあわせていくのだと思います。そういうことから考えると、合奏をしていく上では、「メトロノームは決して人間による手拍子や指揮者のタクトの代わりにはなりえない」ということを身を持って体験しました。
これはある意味では当然のことです。もちろん今回メトロノームを使用したのも、別に指揮者の代わりになるからと思ったからではありません。基礎練習の一つとしてリズムの確認を目的として使用したわけですが、今回の体験を通して合奏という作業は機械的な音の集合では絶対にないのだということを感じました。やっぱり音楽というのはそういうものなのではないでしょうか。このあたりについて、専門的に音楽をされている方はどのようにお考えでしょうか?アドバイスいただければ幸いです。




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