伝説紀行 万寿姫と大蛇 佐賀県武雄市 古賀 勝作


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作:古賀 勝

第304話 2007年06月03日版
再編:2017.03.26 2018.11.25

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 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことや人物が目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所で誰彼となく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときとでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

お家再興のためなら…

万寿観音由来

佐賀県武雄市


万寿観音像(武雄市高瀬)

 前回に引き続き、佐賀県武雄市の大蛇(おろち)(まつ)わるお話。武雄から嬉野温泉に通じる国道34号が、同じく武雄南インターから佐世保に向かう西九州自動車道を潜るあたりに、高瀬という集落が見えてくる。道端に曰くありげなお堂が建っており、祭壇には蓮の花の座布団に座った上品な観音像が祀られていた。「万寿観音さま」という。天井を見上げると、何枚もの板絵が掲げられている。幼い姉弟・鎧を着た侍などに混じって、見るも怖ろしい大蛇(おろち)が。子供の頃に観た紙芝居のストーリーを思い出した。観音さまにも、まるで御伽話のような筋書きが潜んでいたのだ。

館での領主と家臣

 時は平安末期の仁平年間(1151〜)のこと。都では、源氏と平家が頭角を現し、本格的な武家社会到来の前夜であった。
 武雄の第三代領主後藤助明は、本城から2里(8`)ほど北方の真手野の館に居住することが多かった。その真手野館に召集された重臣たちは、受け持たされている領地での出来事を報告し、今後のことについて領主からの指図を待つ。彼らにとっても、出世のために領主にアピールする大切な場であった。
「最近の松尾殿の動きが気になり申す。もしかして、敵国と通じているのではなかろうか」
 会議の席上で出た言葉が、一人の武士と家族の運命を狂わせることになる。話題にのぼった松尾弾正は、即日役目を剥奪されて高瀬の里に幽閉された。歳月の経過とともに、そのことも、人々の記憶から遠ざかった。

山頂にどくろ巻く大蛇

「最近領民の間で不安が募っていることがございます」
 領主と重臣の会話で、今度は不気味な話題が飛び出した。西方の黒髪山(標高518b)に、大蛇(おろち)が出没するというのである。写真は、観音堂の天井に掲げられている大蛇の図
「それも、山頂近くの天童岩を幾重にも巻くほどの大きさで、百姓たちは、稔りかけた稲の刈り取りもできずに困っています」
 領主助明は、国中の家来を総動員して、大蛇退治を命じた。だが、10日たってもひと月待っても、天童岩周辺に大蛇は姿を見せないという。それならと武装解除を命じると、すぐに「山頂で大蛇を見た」との話が助明の耳に飛び込んでくる。
 城下で占い師が呼ばれた。
「大蛇は、兵が打ち鳴らす鉦太鼓(かねたいこ)の音を嫌って、西方白川の池に潜っております」と。

人身御供に高瀬の美女が

 そこで身を乗り出した家臣の加藤正太夫が、「とびきり美しい女性(にょしょう)を、人身御供(ひとみごくう)にたてましょう」と提案した。
「妖怪は、人間の初心(うぶ)な娘を欲しがると申します。きれいな娘で大蛇をおびき出し、退治するのです」
 言いだしっぺの正太夫が、美女を捜す役目を負った。彼とて、初めからそのつもりでいた節がある。
 数日たって正太夫は、助明の前に「万寿」と名乗る17歳の娘を連れてきた。思わず助明が唾を呑むほどに美しい娘であった。
 父は先年他界して、今は目を患った母と幼い弟の暮らしを支えていると、正太夫が告げた。
「めでたく大蛇退治が成就した暁には、万寿とやら、その方いかなる褒美を望むのか?」
 助明の問いに万寿は、「私の願いはたった一つ、弟小太郎をご家来衆の端にお加えくださいますよう」と答えた。


万寿姫


 容易(たやす)い御用だと助明が胸を叩いた。その翌朝には、金襴緞子(きんらんどんす)に身を包んだ万寿が、母と弟に見送られて、大蛇の棲む黒髪山麓の白川に向かった。

娘が死んだ父を呼ぶ

 数日たって、武装した家臣団に守られるようにして、万寿が真手野の館に戻ってきた。無傷であった。
「無事、大蛇は退治いたしました」と報告する隊長の声がどうも冴えない。隊長の話だと、池の岸に(しつら)えた縁台に万寿が座って三日三晩。一睡もせず、水面を見つめる万寿の前に、七俣(ななまた)の角を怒らせた大蛇が姿を見せた。たじろぐこともなく、しっかと大蛇を見据えて万寿が叫んだ。
「父上さま!」
 その直後であった。大蛇の体が宙に浮き、見開いた両眼から滝のように真っ赤な血が噴出したのである。両眼を失った大蛇に向かって、待機した数千人の兵がいっせいに矢を放った。さすがの大蛇も、水中深く潜ったまま、二度と水面に姿を見せることはなかった、と隊長が述べた。
「大蛇の両目に何が起こったのか、我らにはさっぱりわからないことでござる」と、隊長はすっきりしない訳を領主に語った。

万寿の正体

「実は…」
 万寿がその時、初めて事の真相を語った。万寿は縁台にいて、無念の死を遂げた父吉道を呼び続けたと言うのだ。
 この世に残した娘の願いが叶ったのか、黒髪山壁面に亡父の影が映った。
「父上さま、私の願いを叶えてください。さすれば、小太郎の仕官が叶い、お家が再興できるのです」
 父の影がかすかに頷いたように、万寿には見えた。その直後であった。山の頂から大蛇に向かって、二筋の光が走った。大蛇の体は宙に浮き、見開いた両眼から滝のように真っ赤な血が噴出したのだ。


万寿観音堂

「この娘はいったい何者なのじゃ?」
 黙って隊長の話を聞いていた助明が、我に返ったように正太夫に質した。
「ははあ、これなる万寿こそ、5年前に謹慎を申し付かった松尾弾正吉道の娘でございます。弾正は、無念のあまりに、病弱の嫁と幼い姉弟を残して自害いたしました」
「余に処罰を受けたことを恨んでのことと申すか?」
「殿を恨むなど滅相もございません。恨んだ先は、根も葉もないことを進言して抜け駆け出世しようとした者にでございます」

 松尾弾正吉道の親友であった正太夫の計らいもあって、万寿には望外な褒美がもたらされた。15歳に成長した弟小太郎にも、高瀬の地を与えられたうえに、松尾弾正之助吉春の名までいただくことになったのである。めでたしめでたし。写真は、万寿観音堂から見渡す高瀬の里
 お家のために我が身を犠牲にして、怖ろしい大蛇に立ち向かった万寿の勇気は、高瀬の人々の胸を打った。そこで、彼女は観音像となって村の中に祀られることになった。万寿と小太郎姉弟は、近くの松尾神社にも祀られている。(完)

 観音堂を見つけたのは、偶然のことであった。ユーターンしようとして入り込んだわき道がお堂への入り口だった。観音開きを開くと、きれいなお顔の観音さまが座っておられる。いつ頃作られたのかわからないが、おそらく後世になって、村人の心の支えにと祀られたのであろう。
 さて、大蛇が退治された白川の池は何処かと、有田町から黒髪山を目指した。不気味に澄み切った湖が現われたので、散歩中の地元の人に尋ねた。「これは人口湖(ダム)ですよ」と、古代からの存在を否定される。「どこかに、底なしの池はありませんか?」と問うと、「ああ、それは今池のことでしょう」と教えてくれた。いわれて見れば、黒髪山麓には、いくつもの湖が、静かに横たわっていた。
 それにしても、大蛇伝説がこんな形で語り継がれるのも珍しい。現世の者では不可能なことを、別次元におわす肉親に依頼して可能にする。また新しい、「伝説紀行」のテーマが生まれたようだ。

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