伝説紀行  桑原のカミナリさん  朝倉市(旧甘木市)  古賀 勝作


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作:古賀 勝

第292話 2007年03月11日版

07.07.08

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 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことや人物が目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所で誰彼となく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときとでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

くわばら くわばら

原題:桑原のかみなりさん

朝倉市(旧甘木市)

五所権現神社境内の「カミナリさん井戸跡」

「くわばら、くわばら…」
 子供の頃、かみなりさんが鳴り出すと、祖母(ばあ)ちゃんが蚊帳の中に潜りこんで「ゴロゴロさんが鳴よろうが。早ようお前も蚊帳に入らんと、(へそ)ばとらるるばの。くわばら、くわばら…」と、何やらわけのわからない呪文を唱えていたことを思い出す。言われるままに、僕も「くわばら」を繰り返していた。とっくに亡くなった祖母ちゃんから、「くわばら」という呪文の意味を聞かずじまいになってしまった。
 最近、伝説紀行のネタを探して秋月地方を歩いていると、食堂のおばさんから、「甘木の南方の桑原に行きなっせ。雷さんが落ちたお井戸があるけん」と教えられた。

怨めしいカミナリさん

 江戸時代のこと。下座郡(しもざぐん)に、卯吉爺さんとお留婆さんが暮らしていた。この老夫婦、何が嫌いかといえばカミナリさん。「ゴロゴロ」と遠くで聞こえるだけで、かみなり雲を睨みつけた。写真は、桑原の田園地帯
 夫婦が雷を嫌うにはそれなりの理由(わけ)があった。というのも、10年前に頼りにしていた一人息子が、田んぼで雷に打たれて死んでしまったからだ。敵討ちをしたいが、天までは登れないし、怨めしそうに稲光(いなびかり)の方向を睨みつけるほかなかった。
 そんなある夏の昼下がり。毎度のことで西の空が掻き曇り、「ゴロゴロ」とかすかな音が鳴り出した。ピカッとイナヅマが走り、たちまち近づいてきた。いつものようにお留婆さんが外に出て天空を睨みつけた。すると、西から近づいた雷光は、桑畑を4分の1周して、「バリバリ、どかーん」と大音響をたてた。
 振り向くと、権現さまの大きな楠の木が真っ二つに裂けている。

井戸に落ちた赤鬼は…

 婆さんの悲鳴を聞いて出てきた卯吉爺さん。「近くに落ちたばいね」と目を右往左往させている。
「そうたい、爺さま。どっかそこんにき(そこら)に落ち取るとらすたい」
 夫婦が家に入ろうとすると、足元で何やら「ゴソゴソ」と音が聞こえる。変な音は、裏庭に掘った井戸の中からだった。
 覗いてみると、暗闇の中で赤い顔に縮れ毛、それに2本の鋭い角が生えている鬼が壁をよじ登っているところだった。赤鬼は、丁寧にもかわいい太鼓を背負っている。
「カミナリだ!」
 婆さんが叫ぶと、爺さんがそばにあった蓋を井戸に被せた。
「それだけじゃ、逃げ出すばの」
 婆さんに言われて爺さんは、漬物石を蓋の上に乗せた。それでも安心できずに、荒縄で蓋を縛りつけた。

絶対に落雷しない呪文とは

「ここから出してつかわさい。早よう天に戻らんと、鬼の世界から追放されますけん」
 井戸の中から鬼が懇願した。
「息子の命を奪った憎いカミナリめ。息子の敵討ちばする千載一遇のチャンスじゃ。一生井戸の中に入っておれ!」
 お留婆さんが、恨み節を並べ立てた。
「ほんなら、あんたさんにだけによかこつば教えますけん、助けてください」
「よかこつちゃ何か?」
「これから先、俺たちカミナリ族が、あんたさんのとこにだけは絶対に落ちんごつする方法たい」
 赤鬼のカミナリは涙をボロボロ流しながら訴えた。それならと、井戸の蓋を半分だけ開けた。
「カミナリというもんは、桑の木が一番好かんとです。桑の木の臭いばかいだだけで、雲からさでくり(すってんころりん)落ちてしまうとです。ですけん、鬼は桑畑には近寄らんごつしとります」
「先ほど桑畑ば回り込んだつはそのためばいね。ばってん、うちには桑の木はなかぞ」
「そんならですね…」

「くわばら」発祥の地はここ

 井戸の中のカミナリが言うには、雷鳴が近づいたら、蚊帳の中に入って「くわばら」の呪文を唱えることだって。
「なして、蚊帳に入らにゃならんとか?」
 卯吉爺さんが、念を押した。
「それはですね、蚊帳の原料になっとる麻が、桑の臭いに似とるけんですよ。それでは皆さん、さようなら」
 カミナリは、半分開いている蓋の隙間からするりと抜け出て、迎えに下りてきた雲に飛び乗った。
「ほんなこつ(本当)かいね、あのカミナリの言うこつは…」
 爺さんと婆さんは、顔を見合わせて何度も首を傾けた。
 でも、赤鬼の雷さまが言ったことは嘘ではなかった。次の日から、「ゴロゴロ」が近づくと、用意していた蚊帳を貼り、「くわばら、くわばら」を唱えた途端、あっと言う間に遠ざかったのだ。  隣村に雷が落ちた時も、お留婆さんから話を聞いいた村人が「くわばら」を唱えたお陰で、何の被害もなかったということ。そんなことがあって、卯吉・お留夫婦が住む村のことを、「桑原村」と名づけたんだって。
 話は瞬く間に日本全国に広がって、カミナリ除けにには「くわばら」が一番効果的ということに相場が決まったのだそうな。(完)

 雷さん(ゆかり)の井戸なんて、本当にあるのかなと、半信半疑で桑原地区に出かけた。「雷さんが落ちた井戸なら、五所権現さんの境内にありますばい」、トラクターを運転していたおじさんが親切に教えてくれた。確かに、雷さんが落ちた「井戸跡」と書かれた碑が建っていた。
 帰りに再び秋月の食堂によって、おばさんに話しかけた。そうしたらおばさん、「あのね、雷さんというのは、本当は菅原道真公のなりの果てよ。菅公の領地には桑畑があって、そこには雷さんが絶対に落ちたことがないことから、「くわばら」の呪文が始まったんだって。これほんとの話」だって。
写真は、桑原の五所権現
 井戸跡がある五所権現神社は、桑原地区のはずれに建っている。仰々しく幟が立っていて、村人たちの信心の深さがよーくうかがえた。

 遠くで「ゴロゴロ」カミナリの音がしたような気がする。くわばら、くわばら。

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