伝説紀行 いぼ薬師 久留米市城島


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第083話 2002年10月27日版
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

いぼ薬師

福岡県久留米市城島町


城島のいぼ薬師堂

 筑後川べりの江島村に「いぼ薬師」の表札が掲げられたお堂が建っている。

こすたれ権三

 ときは平安のむかし。川べりに住む権三は、大川で漁をしたり、時化(しけ)の日には畑仕事をする半農半漁民だが、根っからの仕事嫌いでケチな独り者。いい歳こいておっかさんには頭が上がらず、近所からも嫌われ者。子供たちからは「こすたれ権三」の異名もいただいている。「こすたれ」とはこの地方の方言で、ずるいとか欲張り、ケチとかの意味。そんな権三、夏も近づいてそろそろ大豆をまこうかなと、脇を流れる小川で種豆を洗っていた。
 そこに通りかかった旅のお坊さん。岸辺から権三の作業をながめているうち、節をつけて独り言。
「きれいな豆よ。食ったらうまかろ」
 権三は頭上からの催促を断るために、同じ節をつけて言い返した。
「こん(この)豆、石豆、食えん豆」
 お坊さんは寂しそうな顔をしてその場を離れていった。

顔中いぼだらけ

 ことしも畑の豆が勢いよく育った。権三が、収穫した豆の皮をむいて驚いた。中の実は黒ずんでいて、匂いをかぐと鼻がもげそうに臭い。ほかの皮をむいたがみんな同じ。せっかく育てたものを捨てるのももったいないし、「仕方がない、それでは…」と食らいついたが、硬くて歯がたたない。そのまま飲み込んでしまった。
 翌朝顔を洗おうと井戸端で水桶の中を覗いて腰を抜かした。水に写った顔が一面いぼだらけ。そこにいつもの悪ガキどもが寄ってきて権三の顔を見た。「こすたれ権三、いぼ権三。」「こすたれ権三、いぼ権三」と騒ぎたてた。子供の声で洗濯中のおばさんたちも寄ってきた。

がまだし権三に

「かあちゃん、どうしてこげなこつになったのかのう?」
 泣きべそかいて助けを求めた。おっかさんが薬草をこねて顔に塗ってやったが、いっこうにひく気配がない。
「よかか、権三。これはおまえが日頃からろくにしごつ(仕事)もせんで、楽するこつばっかり考えとるからばい。それに人さまが困っていても知らん顔。そげなこすかこつばっかりしとるけん、神さんが罰ばくれらっしゃったと。もとのよか男に戻りたかなら、これからは人さまのお役に立つこつばせにゃならん」
 おっかさんがコンコンと言うて聞かせた。
「わかったよ、かあちゃん」
 よほど懲りたのか、それからというもの朝から晩までよく働くようになった。それに困っている人がいるとわざわざ出かけて行って手伝ったりもした。村人たちの権三を見る目も変わってきた。
「どうしたこつじゃかの、あの権三が…」
 びっくりするやら感心するやら。つられて子供たちも、「こすたれ権三」が「がまだし権しゃん」と褒め言葉に変った。「がまだし」とはやはり方言で、「働き者」のこと。

如来の絵を描いた

 それからさらに年月がたって、また夏が来た。権三は今日も漁から帰ると種まきのために小川で豆を洗っていた。するとあの時と同じお坊さんが川岸に立った。
「きれいな豆よ。食ったらうまかろ」
 お坊さんは以前と同じ節回しで独り言。権三、すぐさま立ち上がるとそばの堀から蓮の葉を取ってきて豆を包み、お坊さんに差し出した。

「ありがとう。あなたは親切な人ですね。何かお礼をしなければ」
 お坊さんは腰の矢立から筆をとり、紙切れになに仏さまの絵を描いた。
「ありがたや。それは如来さま(仏様)じゃ。手に壷を持ってなさるから薬師如来さまたい」
 表に出てきたおっかさんが座り込んで、「南無阿弥陀仏」。

権三が仏を彫った

 そこに近所の物知り爺さんが現れた。
「薬師如来とはっさい、薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)というありがたい仏さんのこつたい。病気で苦しんでいる人を助けてくださるんじゃ」

「そんならあのお坊さんは…?」
「空海(弘法大師)ちいう都の偉い坊さんがじゃろ
「そうだ!」権三は山から大きな石を運んできて、ノミを使ってなにやら彫り始めた。そばに人を寄せ付けずに21日間、寝る間も惜しんで石を彫り続けた。そして出来上がったものは…。
 おっかさんが物知り爺さんを呼びにいき、近所の人たちも大勢集ってきて、権三の彫刻に見入った。それは、旅のお坊さんが描いてくれた絵を模写した仏像であった。

「ありがたや、ありがたや」
 おっかさんも近所の人たちも、権三の彫った仏さまに手を合わせ、一心不乱にお経を唱えた。

仏心でいぼとれた

 それから何日たったか。いつものように権三が顔を洗おうと井戸水を汲み上げた。習慣で水桶を覗き込んだ。あれほどひどかったいぼが顔からすっかり消え去っている。
「如来さまが治してくれた」
 おっかさんは権三の首根っこを抑えて西方に向け最敬礼させた。権三の目から溢れた涙がボタボタと水桶に落ちた。
 権三は村の辻にお堂を建て、そこに彫り上げた仏像を祀った。それからと言うもの、村の人から「仏の権しゃん」と呼ばれ尊敬されるようになった。その後、権三が彫った如来像は、いぼで困っている人のお参りで大賑わいとなり、いつの頃からか「いぼ薬師」として遠くまで知られるようになったとさ。

 お話のいぼ薬師が祀られるお堂は、集落の中に隠れるようにしてあった。中の仏さまは直立不動の姿勢で行儀よく立っておられる。近くのおじさんに話しかけた。「そうですな、いまでもいぼで困っている人がときどきお参りに見えますよ。それも遠い北九州市からまでも」と。【完】

    いぼ:漢字では「疣」と書く。皮膚上に突起した角質の小さな塊。原因の多くはウィルス。


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