伝説紀行 地蔵原のお地蔵さん 九重町


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第022話 2001年08月26日版
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

地蔵原のお地蔵さん

大分県九重町


地名の由来となった首なし地蔵

 稜線が美しい湧蓋山(1500b)の、東側に広がる裾野(地蔵原)が、筑後川に通じる玖珠川の源流である。その源流を跨いで南北に走る往還の端に、首のないお地蔵さんが立っておられる。
 豊後森駅を出発してから宝泉寺温泉を通過し、古い街道を登っていくうちに視界が開けるところだ。地名を「地蔵原」と呼ぶが、もちろん、首なし地蔵に因んで付けられたものである。
 名前の由来を、地元の物知り博士に訊いた。何でも、宝泉寺の近くの武石道明というお医者さんが、旅人の安全を祈願して地蔵さんを寄進なさったことに始まるのだそうな。160年もむかしの天保6年のこと。
 土地の人や登山者は、「首なし地蔵」とか、「顔なし地蔵」とか呼んできた。なぜこの地蔵さんには首がないのか。

グウタラ息子

お地蔵さんが建てられた頃は、それは淋しいところだった。
 むかし、中岳の麓あたりに権三という男がおっかさんと二人で住んでいた。何より仕事が嫌いな息子に、おっかさんは、きょうもお説教ダラダラ。
「馬鹿たれ息子が。こげなグウタラに育てた覚えはなかつにね・・・」
 息子が働かないものだから、おっかさんは野菜や芋をつくり、温泉旅館が並ぶ湯坪まで売りに出かけた。
「きょうは旅人の荷物を持ってやって駄賃を貰った」
 権三が得意そうに、ちゃぶ台の上に小判をばらまいた。そんなの嘘に決まってる。
「そうかい、おまえもとうとう働く気になったんじゃな。それで、その旅の方というのは男か女か」
 予想してない質問がくるともう返事に困る権三。
「俺が悪かった。実は・・・、育ちのよさそうな娘が通りかかったんで、ちょっと脅したらこの金置いて逃げていきやがった」
 上手に嘘もつけない息子に、愛想尽かすおっかさん。
「おめえちゅう奴は・・・。弱いものをいじめて金を奪うようなもんはわしの子供じゃなか。さっさと出て行け!」
 おっかさんが本気で怒った。
(写真:現在の地蔵原街道)
「もう、けっして悪かこつはしませんけん、家においてください」

 おっかさんぬきでは食っていけない権三は、畳に頭をこすり付けて詫びた。
「そんなら、その娘さんば探して、金ば返して来い」
 おっかさん、無理がたたって急にあの世に行ってしまった。権三はおっかさんの枕元に座り込んだまま途方にくれた。腹がへっても家に食い物はないし、金を稼ぐ方法といえば・・・。

悪事がばれて地蔵の首を切り落す

おっかさんの遺言も忘れて、またまた往来で獲物を待った。そこに、峠を越えてくる二人づれが目に入った。主人風の男は恰幅がよくて商人風、手代らしい少年を従えている。
「待ちな。命が欲しけりゃ、有り金置いていけ」

 権三は旅人に、担いでいた大なたを振り上げて凄んだ。
「筋湯に嫁入った娘が大病を患ったと聞いて駆けつけるところでございます。娘の薬代だけ勘弁してくだされば残り金はみんな差し上げます」
 主人が土下座して命乞いをした。
「よかろう、金を置いたらさっさとずらかりやがれ」
 権三は、偉そうに主従に命令すると、奪った金を懐に入れた。そのときである。権三の後で何やら人の気配が。振り向くと、石の地蔵さんが権三を睨みつけている。
「地蔵さんよ。食うためには仕方なかったんだ。頼むからよ、見て見ぬふりばしておくんなさい」
 権三は、地蔵さんに手を合わせた。すると、地蔵さんが低い声で返事をした。
「わしは誰にも言わぬが、自分から白状すんじゃないの?」
 その声はどこかおっかさんのだみ声と重なる。そんなはずはない。おっかさんは確かに俺の目の前でお陀仏した。おっかさんじゃなければ、この地蔵は人を騙すキツネか。このくそ地蔵め!
 頭に血が上ると見境がつかなくなる権三、大なたで地蔵さんの首を打ち落としてしまった。

お見通しの地蔵さん

 その直後、割れるほどに頭が痛くなって、気を失った権三。
「おっかさん!」
 思わず、愛する母親の名前を呼んだ。
「なんじゃ、この甘ったれ息子」
 確かに生前のおっかさんの声だ。そっと目を開けると、枕元に青白い顔をしたおっかさんが座っている。
「権三よ。どうした? まだ懲りんで悪かこつばしよるばいね」
「なんにもしとらん。じゃが、頭が割るるごつ痛か」
「よか、わしがお前を地獄に連れて行ってやるから安心しろ」


湧蓋山


「嫌だ! 俺はまだ死にとうない。助けてくれ、おっかさん」
 夢の中で「助けて」と叫んだら、おっかさんが、「白状せんかい、こん馬鹿息子」と攻め立てた。
 たまらず権三、大声で追いはぎの一部始終を話した。気がつけば、権三は番所の牢に繋がれていた。
「そうか、そうか。お前が往来の追いはぎだったのか。よくぞしゃべってくれたな」
 目を開けると、役人が刀を下げて立っている。
「おぬしな、高熱を出して道端に倒れておるところを、通りがかりの旅人が見つけて知らせてくれたんだぞ」
「あっ、あれは夢だけの話しではなかったのか」
 あの時地蔵さんは、「おまえの方から白状してしまう」と言われた。お地蔵さんて方は、旅の安全を守るだけではなくて、追いはぎの気持ちまでわかっておられるとは…。
 
(完)

今の地蔵原には、カラフルな屋根のペンションばかりが建ち並んでいて、追いはぎのイメージなどまるでない。首なし地蔵の後方に見える硫黄山の噴煙と温泉の湯煙だけが、昔と変わらず旅人の心を癒してくれる。

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