かつて、ヴェルナー・シュヴィントについて書いた時、私はこのような感想を漏らしている。
「親子とはいったい何なのか? そして、性欲とはどうして斯ほどに非情なのだろうか?」
本件もまたそんな切ない思いを抱かずにはいられない事件である。
鉄道員のウィリアム・ハンコックス(35)は妻子と共にイングランド北西部のバーケンヘッドで暮らしていた。長女のメアリー(15)は住み込みの小間使いとして既に独立していたのだが、その日はたまたま実家に帰っていた。1905年3月23日のことである。
その晩、ウィリアムはかなり酔っていたようだ。妻は小用で外出していた。その間に事件は起こった。女性の悲鳴を聞きつけた隣人たちがハンコックス家に駆けつけると、なんと、あろうことかウィリアムが娘のメアリーを犯そうとしていたのである。ありえない、ありえない。人としてそれだけはやっちゃダメ。隣人たちは慌ててウィリアムをメアリーから引き離した。やがて妻が帰宅する。メアリーは泣いている。夫のウィリアムは隣人たちに囲まれて説教されている。いったい何事? 実はかくかくしかじかと事情を聞き、呆れ果てた妻は、その晩はメアリーと共に隣家のお世話になることにした。と、その刹那、ウィリアムはナイフでメアリーの頭を切りつけて、屋外に飛び出した。娘を犯そうとしたことを恥ずかしく思ったのか、その足で近くのマージー川に身を投げて自殺しようとしたのである。
結局、自殺は失敗に終わり、ウィリアムは娘と同じ病院に収容された。そして、1週間後にメアリーが死亡し、惨めな父親は殺人容疑で起訴されたのである。精神異常を理由に無罪を主張したが、これは通らずに有罪となり、同年8月1日に絞首刑により処刑された。
ところで、処刑までの拘留中に判ったのだが、ウィリアム・ハンコックスは重婚の罪も犯していた。もう一人の妻に獄中から手紙を書いていたのである。もともと精力旺盛な男だったのだろう。しかし、それにしても実の娘にまで手を出すとは…。信じられない話である。
(2012年10月16日/岸田裁月)
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