誠に切ない事件である。コリン・ウィルソンの著書『現代殺人百科』で本件を知った私は、しばらく考え込んでしまった。親子とはいったい何なのか? そして、性欲とはどうして斯ほどに非情なのだろうか?
1975年8月25日、プフォルツハイム近郊で少女の遺体が発見された。仰向けで腰から下は脱がされ、ブラウスははだけて胸が露出していた。明らかな強姦殺人である。彼女は強姦後に絞殺されていた。それまではまだ処女だった。
指紋から遺体はマルグレート・シュヴィントであることが判明した(註:年齢は『現代殺人百科』には記載されていない)。彼女は勤め先から休みをとって、週末にかけてハイデルベルグに住む姉のところに遊びに行く予定だった。
母親のクリステル・シュヴェントは遺体の前で泣き崩れた。心当たりは何もないという。男遊びするような娘ではなかった。まだ幼い頃に両親が離婚してからは、家事を手伝い、働きに出て家計を支える真面目な娘だった。
警察はこのように推理した。彼女はハイデルベルグに向う際、ヒッチハイクをしたのではないか? そして、その途中で殺された。その線で捜査は行われたが、事態は一向に進展しなかった。
それから10日後の9月4日、ウイーン近郊のノイシドラー湖で一人の男が保護された。意識不明の状態でベンチに横たわっていたのだ。そばには睡眠薬の空瓶が落ちている。自殺未遂だ。直ちに病院に運ばれて一命を取り留めた。意識を取り戻した男はヴェルナー・シュヴィントと名乗った。
「私は我が子を犯したばかりではなく、殺めてしまったのです。だから、これを償うために死ななければならないのです」
シュヴィントは離婚した妻とは疎遠だったが、子供たちとは交流を続けていた。その日、マルグレートの勤め先に顔を出したシュヴェントは、
「なんやったらお父ちゃんがお姉ちゃんのとこまで乗せてってやろか?」
「ええけど、お母さんに伝えないと。心配するから」
「ああ、あいつには今しがた伝えてきた。それならそれでええよと云うとったで」
これは嘘だった。その日、クリステルはシュヴィントに会っていない。つまり、この時に既にシュヴィントには娘を手籠めにする意思があったのである。
ハイデルベルグへと向う途中、マルグレートが、
「お父さん、おしっこしたい」
「ここらへんはなんにもないで。そこの草むらでええか?」
「うん」
絶好の機会到来である。マルグレートが茂みの中に入って行く後をつけて、しゃがんだところで後ろから掴みかかった。もちろんマルグレートは激しく抵抗した。実の父親に純潔を奪われているのだ。無性に涙がこぼれた。やがて諦めた彼女は、父親に身を任せた。
射精後、急激に熱の冷めたシュヴィントは恐怖心に駆られた。この子はこのことをあいつに云うんじゃないか? いや、きっと云うに違いない。そうなったら大変だ。気がついたら、彼は娘の首を絞めていた。
後味の悪い事件である。シュヴィントは終身刑に処されたが、その後の人生はおそらく抜け殻だろう。一時の激情に駆られて我が子に手を出した時点で、彼は悪魔に魂を売り渡してしまったのだ。
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