1957年6月26日、メリーランド州アナポリスでの出来事である。ある陸軍軍曹(プライバシー保護の観点から氏名不詳)がガールフレンドのマーガレット・ハロルドと車の中で何かをしていた。何をしていたかはおおよそ判るが、プライバシー保護の観点から「道端の草花に見愡れていた」ことになっている。それはともかく、そこに緑色のクライスラーが後方から現れて、彼らの進路を塞ぐ形で停車した。
な、な、なんだなんだ?
2人が動揺していると、降りて来た長身の男が「ホールドアップ!」。いきなり銃を突きつけて後部座席に乗り込み、金を要求したのである。
「お金なんか出しちゃダメよ!」
マーガレットが叫ぶや否や銃声が轟き、彼女は前のめりに崩れ落ちた。
うひゃあ。
軍曹は慌ててその場から逃げ出した。2kmほど走っただろうか。農家に駆け込むや否や警察に通報した。
警察が現場に急行した時には男はもう消えていた。マーガレットは全裸だった。男は遺体を犯していたのだ。
付近を捜索した警察は怪しげな廃屋を発見した。中に入ってギョッとした。壁という壁にポルノと死体の写真がびっしりと貼られていたのだ。中に1枚だけ普通の写真があった。大学の卒業アルバムから切り抜いたものだ。調査の結果、写真の女性はメリーランド大学1955年度卒業のワンダ・ティプソンであることが判明した。しかし、彼女にはそんな人相の男の記憶はなかった。
犯人の目星がつかないままに1年半が過ぎた1959年1月11日、ヴァージニア州アップルグローヴで、家路へと向う家族が行方不明になった。キャロル・ジャクソンと妻のミルドレッド、娘のスーザン(5)とジャネット(1)の4人である。彼らの車が路上に放置されているのをミルドレッドの叔母が発見したのだ。
2ケ月後の3月4日、フレデリックスバーグ付近の薮の中でキャロル・ジャクソンの遺体が発見された。両手をネクタイで縛られ、頭部を撃たれていた。遺体の下では幼児が窒息死していた。ジャネットだった。
3月21日にはメリーランド州アナポリスで、リス狩りをしていた少年たちがミルドレッドとスーザンの遺体が発見した。土を埋めたような跡があったので、
「死体でも埋まってるんとちゃうか?」
などと冗談まじりに掘ってみたら、ホンマに出て来てぶったまげたのだ。ミルドレッドはストッキングで首を絞められ、スーザンは頭を鈍器で叩き割られていた。云うまでもないだろうが、2人とも凌辱されていた。
2人が埋められていたのはポルノと屍体の写真がびっしりのあの廃屋からほんの数百メートルの場所だった。無関係だと思われていた2つの事件がリンクしたのだ。付近一帯を徹底的に捜査した警察は、そこから更に数百メートルの場所に朽ち果てた荒屋を発見した。近くにまだ新しいタイヤ痕がある。中を調べるとミルドレッドの服のボタンが落ちていた。ここが犯行現場だったのだ。
それでも犯人の目星はつかなかった。事態が進展したのは2ケ月後のことである。警察に届いた匿名の手紙が、ジャクソン一家殺しの犯人をメルヴィン・リースと名指ししたのだ。
リースは麻薬の常習者だった。手紙の主が「お前が殺ったんじゃないか?」と問いただしたところ、否定せずにはぐらかしたことが告発の理由だ。警察は早速リースの行方を調べたが、旅回りのジャズ・ミュージシャンだった彼の足取りを掴むのは容易ではなかった。どうにか身柄を確保できたのは翌年になってからだ。例の陸軍軍曹は首実験において、直ちにリースを指差して「こんちくしょう」と掴み掛かった。
ワシントン近郊にあるリースの実家を捜索した警察は、屋根裏部屋でサックスのケースに入った拳銃と、犯行を克明に記録したノートを発見した。ミルドレッド・ジャクソンは首にストッキングを巻かれた状態でフェラチオを強要され、じわじわと時間をかけて絞殺されたらしい。惨たらしい犯行である。
リースは他にも4件の強姦殺人を犯していた。当然の報いとして死刑を宣告されて、1961年に電気椅子で処刑された。
なお、ポルノと屍体の写真がびっしりの中に1人だけいた普通の女性、ワンダ・ティプソンは実はリースのことをよく知っていた。まさかあの素敵な音楽家が凶悪なセックス・モンスターだとは夢にも思わなかったという。リースもまたテッド・バンディやジョン・ノーマン・コリンズと同類の「ジキルとハイド型」の殺人鬼だったようだ。
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