ヨアヒム・クロル
１９５９年７月のことである。エッセンの南にあるブレデニーという村の近くでマヌエラ・クノット（１６）の遺体が発見された。彼女は絞殺された後に姦淫されていた。しかも、臀部と大腿の肉が切り取られていた。
３年ほど経った１９６２年４月２３日、ヴァルサム近郊の村の森の中でペトラ・ギーゼ（１３）の遺体が発見された。彼女も絞殺された後に姦淫されている。今度は臀部と左腕の肉が切り取られていた。
２ケ月後の６月４日、やはりヴァルサムでモニカ・タフェル（１３）が絞殺後に姦淫された。彼女も臀部と大腿の肉が切り取られていた。
ルール地方はもともと性犯罪が多い地域であったが、この「ルールの狩人」と呼ばれた一連の殺人事件は明らかに異質だった。絞殺後に姦淫している。そして、身体の一部が切り取られている。それが柔らかい部分であることから、識者は食人の可能性を指摘した。
一方、警察はペトラ・ギーゼ殺しの容疑で製鉄所に勤める男を逮捕したが、証拠不十分により釈放した。ところが、世間は彼が犯人だと信じて疑わなかった。後ろ指を差され、妻にも離婚された彼は世を果無み自殺した。
４年後の１９６６年１２月２２日、再び類似事件が起きた。イローナ・ハルケ（５）が絞殺後に姦淫されたのだ。彼女もまた臀部と肩の肉を切り取られていた。
それから１０年もの月日が流れた１９７６年７月３日のこと、デュイスブルグ近郊のラールの公園でマリオン・ケッター（４）が友達と遊んでいた。すると頭の禿げ上がった温和そうな男が近づき、彼女を連れ去った。大騒ぎになった。警察は全力を挙げて聞き込み捜査を始めた。
やがて或るアパートの住人からこんな聞き込みがあった。隣に住んでいるヨアヒム・クロルという男が彼にこんなことを云ったのだ。
「最上階の便所は詰まっているから使っちゃ駄目だよ」
何が詰まっているんだと訊くと、
「はらわただよ」
早速、配管工を呼んで調べてみると、本当にはらわたが詰まっていた。子供の腸と内臓だ。
なんてこった！
問題のクロルという男の部屋を捜索した警察は、冷蔵庫の中からビニール袋に小分けされた人肉を発見した。レンジの上では鍋がぐつぐつ煮立っている。恐る恐る中を覗くと、ニンジンやじゃがいもと共に、子供の手が煮込まれていた。
直ちに連行されたクロルは、明らかに知恵遅れだった。彼は「手術」を受ければ解放されると信じていた。
「早く済ませてくれないか。このままじゃ夕食に間に合わない」
彼は件のシチューを食べる気まんまんだったのだ。
クロルを取り調べて判ったことは、犯行は５件どころでは済まないということだ。
その脆弱な記憶力で思い出した最初の犯行は、１９５５年２月のイルムガルト・シュトレール（１９）殺しである。当時２２歳のクロルは勃たなかった。それを笑われた彼は、彼女を絞殺して姦淫したのである。
クロルはジョン・クリスティーによく似ている。意識のある女の前ではインポテンツに陥ってしまうのだ。だから、まず絞殺した。彼の部屋からは何体ものダッチワイフが押収されたが、生身の人間を相手にしても、まずダッチワイフにしなければ性交できなかったのである。
一連の「ルールの狩人」事件の直前の１９５９年６月１７日に、ラインハウゼン付近の森でクララ・テスメルの遺体が発見されていたが、彼女もまたクロルの犠牲者だった。
１９６５年８月２２日にグローセンバウムで起きた殺人事件もクロルの犯行だった。車の中で交わっていたアベックが襲われ、男の方が刺殺されたのだ。どうやらクロルはその模様を覗き見して興奮し、バトンタッチする気持ちで男を刺したのだが、そこに他の車が通りかかり、そのまま逃げ出したのである。
１９６６年９月１３日には、マルルでウルスラ・ローリングを殺害した。この時は彼女と同棲していた恋人が逮捕された。証拠不十分で釈放されたが、彼が完全に汚名を晴らすにはクロルの自供を待たねばならなかった。
クロルの犯行が長いこと発覚しなかったのは、それが広域に渡っていたからである。警察はそれらを結びつけて考えることが出来なかった。この点はアンドレイ・チカティロの事件によく似ている。
しかし、食人に関してはチカティロのように変態性欲に基づくものではないらしい。クロルは単純に「食費を浮かせる目的」で食べたのだ。「もったいない」の精神で食べたのである。なんだか物凄いはなしである。
とにかく純粋な男である。精神薄弱者の純粋さを神に準えて表現することがあるが、反面で悪魔とも紙一重であることも忘れてはならない。彼は幼児もポルノで興奮すると思っていた。１９６７年、グラーフェンハウゼンで１０歳の少女に猥褻な写真を見せた。ところが、彼女は興奮するどころか、眼を覆って逃げ出した。彼女はこのことを誰にも話さなかったが、もし誰かに話していれば、クロルはこの時に逮捕されていたかも知れない。
１９６９年７月１２日には、ヒュッケスヴァーゲンでマリア・ヘートゲンという未亡人を殺害した。被害者の年齢は６１歳である。一連の少女殺人事件と結びつけて考えるのは無理というものである。
１９７０年５月２１日にはユッタ・ラーン（１３）を、１９７６年にはカリン・トプフェル（１０）を殺害した。
後日になってクロルは、１９５６年のエリカ・シュレーテル（１２）とバーバラ・ブリューデル（１２）の殺害も思い出した。合計で１４人である。しかし、これがすべてとは思えない。その脆弱な脳が忘れてしまった犠牲者が必ず他にいる筈である。
クロルは明らかに限定責任能力者だった。しかし、社会正義が優先されたのだろうか。有罪となり終身刑に処された。