ヒミツ2[1/2/BACK]


ヒミツ2 ―午前2時のシンデレラ―

表ページのSS「ヒミツ」の続編です。




「なんとか・・・ごまかせたようですな。」
 若宮は苦笑いを浮かべながらドアを閉めた。
「少々無理がありましたが。なに芝村といったところで、まだまだコドモですなぁ」
「芝村さん、はね。問題は速、水君で、しょう。ああ見えて、彼、なかなか鋭いです、よ」
 平静を装うのもここまでが限界だったようだ。善行は激しく息切れしながら答えた。
「びっくり、しました、ねぇ」
 足元がふらつき、その場へへたり込みそうだったが、なんとか支えると壁に寄り掛かった。そこで手を伸ばして、右足・・・見事に真っ赤な膝下を何度も擦る。ブツブツ文句を言いながら。
「しかし、ごまかすにしたって・・・他にいくらでも・・・」
「ぷッ」
 思わずフき出され、ムッとする善行。
「なに笑ってんです。あなたのせいでしょう」
「はい、いいえ。あなたが焦らすからです、ミスター」
 若宮は真顔に戻って答えた。


 そう。若宮康光は、非常に焦れていた。
 ここ熊本に配属になってからというもの、戦闘だのその準備だの後始末だのに明け暮れて、恋人・・・善行とそれらしい雰囲気になることが、全くといっていいほどなかった。
戦況が芳しくなかった頃は諦めもした。不眠不休で仕事をしていた善行に、さらなる肉体的負担を強いるのは、さすがに気が退けたからだ。しかし、人類大いに優勢となった今。多少は・・・という気持ちが芽生えても、仕方ないではないか。ところが善行ときたら、今日のような戦闘とも言えない戦闘の後でさえ、ずるずる 小隊長室に留まって、明日でも明後日でもいいような書類とにらめっこ。いくら帰宅を促しても「もう少し、もう少し」と引き延ばして・・・。
 もう我慢の限界だった。多少の無体をはたらいたところで、バチは当たらないだろう・・・と決心。それに善行だって、そういうのがキライではないし・・・と自分を後押し。
 心を決めるや迅速に行動するのが若宮の主義だった。そう、兵は拙速を尊ぶのだ!
 ところが嫌がる恋人をムリヤリ押し、やっとその気にさせかけた・・・というところで邪魔が入って。なんとか誤魔化したというのが今晩の成りゆき。

 ・・・しかし、このまま引き下がるつもりなど、毛頭ない若宮である。


「だってッ!あなたとその・・・と、次の日ツライんですよ!分かって下さい!」
 若宮は上目遣いに睨めつけてくるのには構わず恋人に歩み寄ると、両手首を捕まえた。うっかり捕まった善行は、とっさに足蹴りを繰り出す。しかし護身術は若宮仕込みだからして、師範が弟子の反撃を読めないはずもない。若宮は善行の、本気に近い一撃を軽くいなすと、次の瞬間、腕を持ち上げ頭をくぐらせ、フォークダンスのようにくるりと後ろを向かせてしまった。

 そこは、白かった。
 蛍光灯の淡い光に照らされ、そこだけぽっかり白かった。
 背中の中ほど、肩甲骨の真下から尻にかけてまで、ゴムの皮膜が取り払われている。遠目には白いがよくよく見れば赤みが差してピンク色。ただし全身グレーかかった半透明色に覆われている中、そこだけ素肌が露出しているため、コントラストで異様に白く見える。

 壁際にいたことが善行には災いした。後ろ手に腕をとられて肩を壁に押し付けられると、上半身の自由をほぼ失った。それでも首だけ振り向けると、噛みつかんばかりの剣幕で怒鳴る。
「これ以上剥がしたら、許しませんよ!本当に痛いんですから!」
「はい。了解です、ミスター」
 若宮は戦場で指示を受けるのと寸分たがわぬ調子で返答しながら、善行の手首を左手の親指と人差し指で束ねてしまった。さすが「火の国の宝剣」受賞者、おそるべきはそのバカ力。それだけで善行は振り解く事ができない。仕方なく足を蹴り上げるが掠りもせず。空しくなった善行が動きを止めると、小隊長室は急に静まり返った。

「あの・・・戦士?」
「はい」
「何してるんです?」
「見ております。」
「はあ」
「剥がすなとおっしゃったので、見ているだけです。構いませんか?」
「はあ」

 善行はつい、頷いてしまった。
 が。急に落ち着かなくなってきた。なにせ背中のこと。どこらへんがどう見えているのかなんて、よもやさっぱり判らない・・・もしや、とんでもないところまで見えている?
単純に恥ずかしいのが半分。見ていないで触れて欲しい、そう思ってしまう自分の浅ましさが恥ずかしいのが半分。善行は頭と頬とその・・・下半身に血が集まり出すのを感じた。時折、じれったさのあまり体がひくつくのを必死で堪える。
 若宮はというと、恋人の背に呼吸のたびに浮き出る骨と筋のかたちを目で追っていた。またいくらか痩せたと、思う。でも面と向かって言うと激怒するのが判っているので黙っていた。


 ついに善行が根負けした。
「戦士。前言撤回します。その・・・見ないで下さい」
「今さら何を恥ずかしがるんです? あなたの背中なんて、それこそ毎日見ておりますが」
「それでも、イヤなものはイヤなんです!!」
 善行は焦れて身をよじった。そうしてしまってから、羞恥のあまり下を向いた。
 この体勢でこうすると、まるで、その・・・。
「誘ってるんですか?」
 耳元で囁かれたかと思うと、温かい湿った手が素裸の背に触れて来た。
「え?!・・・・・ひゃ、う」
 半ば望んでいたとはいえ、突然のことに思わず身を反らす。
と、指があらぬところへ潜り込んだ。逃げる体を引き寄せようと、靱い右手が腹に回されてきたのだが・・・誘導服と肌の間にそれは入って来たのだ。背や腹が毛深い・・・なんてことは全然ない善行だが、誰しも産毛くらいはある。それがピリピリと引き剥がされる痛痒さに、全身総毛立った。

「痛い・・・やめなさい・・・やだっ」
「なにをまた、生娘みたいなことを言って」
 耳元で声がした。密着している胸からもその深い響きが伝わる。
 善行はその声にめっぽう弱い。とくにこういう時、あくまで敬語でありながら、強い口調で諭されるのに、大変に弱い。年下で経験も浅いはずの若宮に、なぜ大人の自分が・・・そう思うことで羞恥を煽られ、体を燃え立たせられてしまう。
 その間にも若宮は、左手まで腹・・・というより胸に回していた。もちろん、こちらも皮膜の内側。太い指が、慣れた手つきで肋骨を辿り、鳩尾の窪みに至り、そこに溜まっていた汗を拭うようにしたあとで、さらに上、そこで刺激を待ち望むように勃っていた突起を探り当てた。右手はその間に下へ移動・・・腰骨の突端を撫でている。

「どこ・・・触って・・・です!」
 一気に与えられはじめた刺激に、善行はパニックに陥りかけた。四肢をばたつかせる。しかし身長差のある若宮に両腕の下から腕を回されているので、体はほとんど宙に浮いており、かろうじて爪先が地につくかどうか。抵抗にも力が入らない。
 せめて自由になっていた両手で、悪さする手をどうにかしようとするが・・・いくら抓ろうが引っ掻こうが効きやしない。さすが耐久力自慢のスカウト、皮膚の厚さも超一級。 

 くそっ、この■○♪×※・・・!!
 
 善行は心の中で、公表するのが憚られるような悪態をつくと、思いきり首を下に向け、胸を這う指に噛み付こうとした。
「ミスター・・・往生際が悪いですな。いい加減に観念なさい」
 さすがに呆れ口調になる若宮。
 とはいえ心得た物で、耳に次の一言を吹き込むと、善行の顔が火を噴いた。
「さっきまで、あんなに喜んでらしたのに」
「違うでしょ! だって、あなたが・・・ああ、もうこの、変態ッ!!」
「変態? それはお互い様でしょう?」
 若宮は心外だとでも言いたげに眉を顰めたが、目は余裕気に笑っている。


 善行はこの状況をなんとか打開しようと、話を逸らそうとした。
「待って・・・そう、まだ。盗聴されているかも知れないです」
 本人的には、いい口実を見つけたつもりだった。が。
「なんですって? まさか聞かれてる方が燃えるなどと?・・・ますます変態ですな」
 さも驚いた、とばかりに切り返され、口をパクパクさせた。
「なに言っ・・・違います!!!」
 湯気をあげんばかりに怒る善行。
「素直じゃないですなあ。・・・こういうところが、可愛いのですが」
 後半を口の中だけでいいながら、腕の中の恋人を抱く腕に一層力をこめる。
 そうしながら、ちょうど目の前にきた耳を優しく咬んだ。
 恋人の、一番、好きなところ。
「ふ、ふぁあ」
 案の定。あっというまに正気を攫われて、声というか鼻息というか、中途半端に口を開けて喘いだ。
 
・・・他愛もない。


 若宮が少し腰を反らすだけで、善行の体は完全に宙に浮いた。
「ものはついで。少々、変態におつき合いいただきましょう」
「は?・・・なんですって?」
 そのまま腕力だけで持ち上げられる。未練がましく暴れてみたものの、全く相手にされず、あっという間に司令席まで運ばれる。椅子に深く腰をかけた若宮の膝の上に乗せられて。両足はデスクに投げ出された。
 よりによって司令席で。
 善行は目が眩んだ。
 しかし背徳的な状況が、さらに興奮を煽るのも事実で。現に誘導服のさらに下、トイレパックに覆われているそこが、激しくそういう風になりつつあるのは、見なくても判る。
 だが、もしここで誰かが部屋に入ってでも来ようものなら。部下に犯されつつある上司、を目の当たりにすることになるではないか。善行は、充血一途の下半身と対照的に、首から上の血が引くのを感じた。
「戦士やめなさい! 誰か来たらどうするんです!」
「もう、誰も来ませんよ・・・今、確認したところです」

 善行は忌々し気に、答えた男の左手首・・・他目的結晶の辺りを睨みつけた。そうなのだ。最近この男はネットワーク系のプログラムに凝り出して、善行でも扱わないようなセルを持っている事がある。今もおそらくテレパスセルで、校内の人の出入りをチェックしたのだろう。
「そう言えば・・・あの三人のところには、先程ウイルスを送っておきました。例のデータは完全に破壊したと思われます。」
「そ、そうですか」
 一瞬、忘れかけていた先ほどの顛末を思い起こし”取り合えず昇進させて媚び売っておきますか”そう思考を巡らせた善行だったが。若宮の手があらぬところを彷徨いはじめたことで、ここが司令席・・・いや。マナイタの上であることを、思い出させられた。