・モルモン書との出会い
1981年、私が16歳のとき、
ローマカトリックの教皇、ヨハネ・パウロ2世が来日しました。
ローマカトリックの教皇が日本に来るのは初めてだったので、
マスコミでは大きく取り上げられました。
これがきっかけで、私はキリスト教に興味を持ち、聖書を買って、
読みはじめました。
聖書を読んで感じたのは、日本の神話やギリシャの神話とは違うなと
いうことでした。
一般的に神話というものは、民間に口伝えで伝承されてきたものなので、
おとぎ話のようにざっくりした内容なのですが、
それと違って、聖書は日記のように詳細で具体的でした。
実際に神様と交流した人が直接書いているということが分かりました。
聖書の神様は実際に存在し、預言者たちは現実に神様と交流し、
それを記録したものが聖書だと感じました。
世の中の本は、どんな優れた人物が書いたものであっても、
神様に比べると大きく劣っています。
しかし、聖書には人知をはるかに超えた知識と知性を持った神様の言葉が
載っています。
そのような本は聖書以外にありません。
聖書から学べることは大きいと思いました。
しばらくたったあるとき、聖書の他にも聖書のような本があると、
うわさに聞きました。その本の題名は分かりませんでした。
いろいろな本屋や図書館を探しめぐりましたが見つかりませんでした。
キリスト教のコーナーにあるのは、キリスト教や聖書について、解説した本だけで、
古代の預言者が書き記したような本は聖書以外にはありませんでした。
ある日、古本屋に行ったところ、「モルモン経」という本を見つけました。
「経」は「お経」の「経」の字だったので、仏教の経典かと思いました。
当時は「モルモン書」というタイトルではなかったのです。
中を見てみるとキリストのことが書いてあり、古代の預言者が書いたものだったので、
私が探していたのは、この本だと思いました。
しかし、そのときは、お金がなかったので、買えませんでした。
その日は土曜日だったので、月曜日に貯金を下ろして買いに戻ることにしました。
それまでに他の人に買われないように、その本を横にして、他の本の後ろに隠しました。
月曜日は学校があったので、学校が終わると、すぐに郵便局に行って貯金を下しました。
わくわくしながら、自転車に乗って買いに行く途中、交差点で信号待ちをしていると、
2人のアメリカ人の青年に声をかけられました。
彼らはモルモン教会の宣教師だと名乗りました。すこし話をしても良いかと言うので、
買おうとしていた本と関係がある人たちだと思い、彼らの話を聞くことにしました。
そして、彼らから新品のモルモン書を手に入れることができました。
そのときは、新しいのが手に入って、運が良かった程度の思いでしたが、
後で、神様のお導きがあったのだと分かりました。
古本屋で他の本の後ろに隠した例の本は、後日もとに戻して置きましたので、
ご安心ください。
モルモン書を読んで感じたことですが、
これも聖書と同じく、神様と直接交流のあった人物が、
自分の経験したことを書いていることが分かりました。
第1ニーファイの第1章を読んだとき、
実際、古代の人物が語っているように感じました。
これはジョセフ・スミスの作り話でなく、事実であると分かりました。
モルモン書からも学べることは大きいと思いました。
モルモン書からは、聖書では得られなかった新たなことが分かりうれしくなりました。
例えば、アダムとエバが起こした堕落は必要なことだった、とか、
イスラエルの散乱と集合は、アブラハムに約束された祝福のためだった、とか、
旧約聖書の時代からバプテスマが行われていたり、聖霊の役割について教えられて
いたこと、などです。
・モルモン書の凄いところ
モルモン書を読んで感じた、モルモン書の凄いところを、いくつか紹介します。
1)モルモン書には、人知をはるかに超えた知識と知性を持った神様の言葉が
載っています。人間には書くことのできない世にまれな書物です。
2)モルモン書は聖書と違って、主に末日の人をターゲットに書かれています。
・末日に起こるイスラエルの集合について詳しく書かれています。
また、イスラエルの集合について預言したイザヤ書が多く引用されています。
イザヤ書の解説書にもなっています。
(ヤコブ5; 1ニーファイ10;15; 2ニーファイ12)
・イエス様もイザヤ書は大事だとおっしゃっています。(3ニーファイ23:1)
・ニーファイ人へのキリストの来臨とその前の状態は、
主の再臨とその前の状態をあらかじめ表しています。
3)モルモン書は、誤りがない書物です。
・聖書は翻訳や写しを繰り返す過程でミスや意図的な書き換えが入っています。
また、原本が失われているので、現在の聖書の正しさを保証することができません。
一方、モルモン書はジョセフ・スミスが原本から翻訳し、しかも、人間の力でなく、
神様の力で翻訳しているので、誤りが入っていません。
・イエス・キリストの完全な福音が記されています。
イエス・キリスト自身がキリストの教義とキリストの福音を説明しています。
(3ニーファイ11:31-39,27:13-21)
4)モルモン書には、聖書から失われた真理が書かれています。
・モルモン書によって、堕落と贖いは初めからセットで計画されていたことが分かり
ます。
一般的なキリスト教会の解釈では、アダムとエバが予想外のことをして、神様の計
画を台無しにしたことになっています。
その対策として、キリストの贖いが新たに計画されるようになったと言っています。
しかし、モルモン書の記述から、堕落によって、アダムとエバは子供を作れる状態
になり、神様の霊の子供たちが、この地上に来ることができるようになりました。
堕落がなければ、いまだに、この地上にはアダムとエバしかいません。
この地球は厳しい自然環境になり、試練と苦難を経験して、成長する場となりました。
(2ニーファイ2:22-27)
聖書だけでは、なぜ、神様は食べてはいけない木の実をエデンの園に置いたのか分
かりませんでした。食べてはいけないなら、わざわざ置かなければいいのにと思い
ます。しかし、モルモン書からは、禁断の実を食べることが最初からの計画だった
ことが分かります。実は、神様はアダムとエバに禁断の実を食べてほしかった
ということです。では、なぜ神様はアダムとエバに食べるなと言ったのでしょう
か。それは、神様が食べなさいと言った場合、その結果、起こった試練や苦難につ
いて、彼らは神様の責任にしてしまい、これらを自分たちで克服しようとする気持
ちが生まれないからです。そして、成長することができません。食べるなと言われ
ていたのに、食べた場合、自分たちが起こしたことは自分たちで解決しなければな
らず、そこから自分の責任で克服しようという気持ちが起こります。それによって、
成長することができます。私は聖書だけでは分からなかった疑問が解けて感動しま
した。
一見、挫折や失敗と思えるようなことが実は神様の計画だったことが分かります。
モルモン書によって、アダムは人類が神様の元から地上に来る道を開き、
キリストは人類が地上から神様の元に帰る道を開いたということが分かります。
モルモン書と聖書はセットになって、初めて、神様の計画の本筋を理解できるように
なっています。
・わたしたちが選択の自由を行使するために、反対のものが必要でした。
(2ニーファイ2:11-16)
・旧約聖書には、バプテスマや聖霊の役割について書かれていないので、
新約聖書の時代に新たに登場した教義であると思われがちですが、
モルモン書によって、ニーファイに時代にもバプテスマや聖霊の役割の
教えがあったことが分かります。
また、イザヤ書からの引用部分に聖書にはないバプテスマという言葉が出て
います。(1ニーファイ20:1)
・プロテスタントではバプテスマは救いには必須ではないと教えていますが、
モルモン書ではイエス・キリスト自身がバプテスマは救いに必須だと
教えています。
・天の御父、イエス・キリスト、聖霊はそれぞれ独立した御方ですが、目的は一つです。
(3ニーファイ11:32,36)
・復活した救い主は骨肉の体を持っておられます。
(3ニーファイ11:10-17)
・イエス・キリストはわたしたちを救う方法を知るため、
わたしたちの罪と苦難のために苦しまれました。
(アルマ7:11-13)
・現在も、神からの啓示は途絶えていません。
(モルモン9:7-9)
5)モルモン書に書かれていることが、現実と一致しています。
・コロンブスのアメリカ大陸への到達が書かれています。
ピューリタンが信仰の自由を求めてアメリカに渡ったこと、
独立戦争のことも書かれています。(1ニーファイ13:10-19)
・イスラエル国家の再建が書かれていますが成就しました。
・鉄道、航空機、電気通信機の出現が書かれていますが成就しました。
(2ニーファイ15:26-29)
・モルモン書に出てくるアメリカを訪れたイエス・キリストは
アメリカ先住民の言い伝え(白い神の伝説)に一致しています。
・モルモン書は聖書と同じく「交差並行法」という古代ユダヤ独特な
記述方法で書かれています。聖書にこの方法が用いられていことが
発見されたのは20世紀になってからでした。
ジョセフ・スミスがモルモン書を世に出したずっと後です。
・モルモン書ではアメリカ大陸に馬がいたことが書かれていいますが、
ジョセフ・スミスの時代には、コロンブス到達以前のアメリカ大陸には
馬はいなかったと思われていました。(1ニーファイ18:25)
そのことでモルモン書の信ぴょう性が疑われましたが、
のちにアメリカ大陸で馬の化石が発見されました。
・モルモン書ではアメリカ大陸にセメントで建物を作ったことが書かれて
いますが、ジョセフ・スミスの時代には、アメリカ大陸の古代の建造物に
セメントを用いたものは見つかっていませんでした。(ヒラマン3:9)
そのことでモルモン書の信ぴょう性が疑われましたが、
のちにアメリカ大陸でセメントの建造物が発見されました。
・モルモン書ではアラビア半島に紅海にそそぐ川があったことが書かれて
いますが、ジョセフ・スミスの時代には、そのような川が見つかって
いませんでした。(1ニーファイ2:6,8)
そのことでモルモン書の信ぴょう性が疑われましたが、
のちにアラビア半島に紅海にそそぐ川が発見されました。
6)人類が今まで解決できなかったことを解決する方法が書かれています。
モルモン書からわかることは、
富に対する執着と性的不道徳が文明を滅ぼすということです。
この2つに注目しなければ、社会の問題を解決できません。
例えば、少子化対策として、政府は子供のいる家庭に補助金を出すと
いう方法をとっていますが、これは効果はないと思います。
少子化の根本の原因は、結婚しなくても、性欲を満たせる手段が
蔓延したことにあります。
戦争が起こる主な原因は経済的なことです。それを奪ったり、
守ったりすることで戦争が起きます。
7)世界中にイスラエルの散らされた民がいることを教えています。
・モルモン書の民はイスラエルの散らされた民の一部です。
モルモン書にはイエス様がアメリカ大陸を訪れたことが載っています。
イスラエルの民は世界中に散乱していて、
イエス様は、それぞれの場所にも訪れていらっしゃいます。
(3ニーファイ16:1-3)
・それぞれの場所でも、神様に導きを受けた人々が記録を残しており、
それが将来、出てきます。(2ニーファイ29:11-14)
・イスラエルの散乱と集合は、アブラハムに約束された祝福のために必要でした。
「アブラハムの子孫により、地のすべての部族が祝福を受ける」という約束です。
イスラエルの血統と文化と教えが世界中に広がり、
世界中の人類が神様の祝福にあずかることができるようになりました。
(1ニーファイ15:12-20; 22:3-12; ヤコブ5;6; 3ニーファイ20:10-46)
(詳しくは「アブラハムの聖約と末日の教会との関係」を参照)
・日本にも、イスラエルの文化や教えの痕跡が残っています。
世間には、日本人とユダヤ人に共通したものがあるという説があります。
・モルモン書はそれが真実であることを裏付けています。
・モルモン書の役割
モルモン書の副題は「イエス・キリストについてのもう一つの証」です。
英語では、「Another Testament of Jesus Christ」とあります。
この「Testament」は「証」という意味です。
英語では旧約聖書は「Old Testament」、新約聖書は「New Testament」と言います。
ここでの「Testament」は「聖約」という意味です。
古い聖約と新しい聖約という意味です。
Testament には、「証」と「聖約」の2つの意味があります。
モルモン書の「Another Testament」という副題は、モルモン書が「Old Testament」
「New Testament」に続く、第3の「Testament」ということも表しています。
モルモン書は旧約聖書や新約聖書とともに、イエス・キリストを証しています。
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