トオキヒノユメ
お題(テーマ:秋):月、夕暮れ、伸ばした手、花、涙
思えば遠くまで来たものだ。
はるか遠くに見える蒼を眺めながら、一人ため息をつく男がいる。まあ、ぶっちゃけた話、この場には俺しかいないんだけれど。
長袖のシャツと重いブーツにズボン。これが必要な環境とは言え、古巣でこんな姿を見せたら笑われるだろうな、とも思える。それほどに、今の流行から浮いている。
無論、これは流行とかファッションではなく。必要性を重視したつくりである。ベストはポケットを大量にくっつけたタクティカルなもの。シャツは体温の放射を最低限に抑える特殊素材。名前を覚えている方が珍しい、呼ばれ方を考慮しているのだろうかと思うくらい長ったらしい代物。ズボンも同じ素材で、ブーツは電磁石を装着している。重力が働かない場所では、これを使わないと立ってもいられない。
「……目指す場所ははるか先。銀河の彼方、大フロンティア……、か」
呟く男の胸には、銀色に光るネームプレートがあった。
石動獅頭。獅子の頭と書いてシズ。おかしな名前をつけたものだ、とは思う。語呂が悪いったらありゃしない。しかしそれでも、親には何らかの考えがあってつけたものだとは思う、思いたい。
良くも悪くも、この目立つ名前のおかげで色々と得をしたとは思う。誰よりも遠くに行きたい、と言う欲求だってあった。
空を見るのも好きだったし、だからアストロノーツになろうと思ったのだ。
しかし、こうなると話が違ってくる。
ため息一つついて、通信のビーコンを押す。何も考えることなく。
「こちらワークシップ『イブニング』現在目的地に向かって順調に航行中。どーぞ」
と、いつも通りの定時連絡を開始しながら、振り返る。もはやどうがんばっても、いくら必死に手を伸ばしても……。地球にいる家族には、手など届かない。
「目標到達までの推定所要時間、およそ体感時間で三日。恐らく地球では3年……。この辺りは不明。とりあえず、任務に向けて航行中」
なあなあになってはいるが、とりあえず口では言うべきことをしっかりと伝える。
火星と木製の間に位置する、隕石帯アステロイドベルト。ここに未知の鉱物がある、と言う噂が立ったのは今からちょうど二年前のこと。
元々、隕鉄と言うのは惑星では取得不可能な物質であることが多い。鉄、と言うのも鉄形の物質が多いだけであって、その中にはものすごいエネルギーや、新しい技術革新の元になってくれるものが多い。月の石に含まれるヘリウム3は、枯渇寸前だった地球のエネルギー問題を見事に解決した。
そのおかげで、今俺はここにいる。枯渇寸前のところを首の皮一枚つなげて生き延びた人類は、その生態系を宇宙にまで拡大。今ではコロニーを作りながらどうにかこうにか生き延びている。
今後も、人類は発展するだろう。しかしそのぶん、人一人に対する風当たりはずいぶん冷たくなったなあ、と感じる。
「探し物については、問題なく回収します……。では、交信終了」
そのまま通信を切り、外の様子を確認する。本当はメインモニタなんぞ使わなくても情報は入ってくるのだがそこはそれ、気分と言う奴だ。
まだ、自分は人間として生きている。それをこの広すぎる世界で俺が忘れたら……。誰が覚えているだろう?
そう思ったとき、ふと。目の辺りに何かが流れた。右手を伸ばしてぬぐってみると……。手の端に妙なものが触れた。
涙、だ。
「……そういえば、こんな機能もあったっけな……」
そう思い返しながら、とりあえず休憩にすることにする。農業プラントの端っこで育てているコスモスが、そろそろ花を咲かせる頃だろう。生花を育てると言うのはなかなかに骨が折れるが、まあいい趣味には違いない。苦笑しながら、俺は歩き出す。
歩き慣れた、自分の体の中を……。
――こちらムーンベース『ガリバー』生体ワークシップ『イブニング』からの通信を確認。
生体脳に異常なし。ミッションの継続を通信指示します……。
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