「キング・オブ・ディッシュ!」

テーマ『皿』
お題『熱』『器』『粉々』『花模様』



 古来よりありとあらゆる生物が抜いては語れない三つの欲望と言うものがある。
 人は、それを三大欲望と呼ぶ。



「では、これよりディグラトヴァルタ国、厨士選抜試験を開催する!」

 兵士が強く宣言し、周囲から喝采が上がる。毎年たくさんの腕自慢の料理人達が、その料理の技を競い合うこの料理祭。隣国との戦争を控えた今年は、何故かその規模も過去最大のものとなった。理屈が分からない分不気味ではあるのだが、人々の盛り上がりはその疑問すらもどこかに吹き飛ばしてしまう。

「……ついに、きたか……」

 俺は真新しいコックコートに身を包み、その時を待った。王宮の庭に特別に作られた審査場には、すでに無数の調理台が並べられ、さらに外周を無数の食材が囲っている。基本的な食材から、物珍しいものまで。使うことをためらってしまいそうな高級食材さえ無造作に転がっている。
 文字通り、これから料理をするぞと言う男達の希薄がみなぎっている……。ような、気がした。
 しかし、何故俺達は調理台に立たずに、それを眺める位置にいるのだろうか。目的の調理代まで、距離はおおよそ50メートルはある。最初に地図をもらってなかったら、その位置さえも分からないぐらいだ。
 何か嫌な予感がする。しかし、それを口に出せるほど俺も経験豊富なわけじゃなかった。

「今回のテーマは、陛下が口にされたことのない料理! 諸君の健闘を祈る!」

 兵士がそう告げると同時、俺は内心舌打ちをする。国王といえばかなりの金を食費に裂ける分、そういう連中が食ったことのない料理と言うとかなり厳しいものがあった。だが、それでこそ国を代表する厨士を選抜する試験と言うもの。生半可なものでは手ぬるい。
 俺は愛用の道具をしっかりと確認し、スタートの合図を待った。

「では……。はじめぇぇぇぇぇっ!」

 轟音、とも取れる砲声が鳴り響くと同時、我先に厨房にたどり着かんと無数の料理人たちが走り始める。案の定、すでに潰しあいが始まっており周囲は団子状態だ。
 俺はそんな連中の様子を尻目に、一人違う道を選んだ。この場合、厨房に火を入れることより重要なのは食材だ。自分の思うとおりの料理を作るためには、まず言い材料を手に入れるのが最善である。どこを手に入れたって、調理台は自分が使い慣れている場所でもなければ道具に差が出るわけでもないのだから。

「……先に食材確保、か。考えてるね?」

 ようやく見つけた羊の背肉を切り取っていると、横手から声がかかった。見れば青いコックコートに竜の刺繍がしてあり、どこぞの料理店で修行を受けた風情がある。長そうな髪を帽子でまとめるその要旨は十分綺麗だが、両手にはしっかりと鍋や包丁を扱う時に出来る特有のタコがあった。向こうはすでに色々な野菜を取り揃えている。見る限り、当方は西方のものが中心の様子だ。

「そちらもな。合格枠は分からんが……。まあ、お互いいい仕事をしよう」

 俺はそう言いながら、切り分けた羊肉とその周りにあった香草をひとそろえ。さらにつけあわせになる材料も一通り収集しておいた。口は動かしても手は休めない。料理人の基本だ。

「そうね、ここからが問題だし……。私はメイ。メイ=フェレト。ね、手を組まない?」
「……タイ=ウェンだ。だが……。手を、組むとは?」

 相手が続けてきた理解不能の言葉に、俺は首をかしげる。この状況で、何か手を組む要因があるのだろうか?

「……今に、分かるよ」

 メイがそう言ったと同時……。俺達の方に向かって、突っ込んでくる一団があった。先に厨房を確保した連中と言うのは分かるが、何やら妙に殺気立っている気がする。必要以上に。

「おおりゃあああっ!」

 髭面の男が、吼えながら鉈のように包丁を振り回す。対抗するもう一人の男も、それを中華なべで器用にかわしながら相手の隙をうかがっていた。
 その少し後ろでは、丹念に練り上げたであろう麺を鞭のように使い、横手の料理人をからめとる者、西方の海から来たと言う大型の赤身魚を振り回して周囲の料理人たちを殴り倒すものなど、実に多くの者達が戦っていた。
 まさに、ここは戦場だった。少し違うのは、戦っているのが兵士ではなく料理人で、武器の代わりに料理道具や材料、料理そのものが使われていることくらいか。

「……この国では、つまみ食いが昔っから横行しててね……」

 メイはそう言いながら、手に持った包丁で目前に伸びる麺の鞭を叩き切る。彼女も手馴れている辺り相当のものだが……。俺は内心、頭を抱えたくなった。

「……こういう理屈だったのか……」

 全て合点がいった。民衆に料理勝負なんてものを公開するのも、最初に厨房から料理人達を厨房から離したのも、全てこの血みどろの戦いが起こる前段階を製作するためだったのだ。と言うより、最初からこんな血なまぐさい集団を厨房においといたらはじめる前に戦いが起こる。

「俺は普通に料理を……。しにきたんだっての!」

 半ばやけになりながら振り回した俺の右足が、目前から振り上げられたツボのようなものを粉々に粉砕する。この中に詰め物をして焼く予定だったのだろうが、それならはじめから人を殴る用途に使うべきじゃないと思うのは気のせいか?

「ははっ、その調子その調子!」

 メイはお気楽に声を上げながら、次々に迫る男たちの手をかわし、料理に包丁を叩き込んで粉砕してゆく。もはやこれは料理人を選抜すると言うよりはただの泥試合になっている気もするが、まあそれはそれでいいだろう。
 要するに、俺はここに料理をしにきたのだ。それさえ忘れなければどうにかなる気がする。これは要するに、料理人たちのふるい落としなのだから、と。
 ようやくたどり着いた厨房で、俺はさっさと料理を始める。さっきまでここを使っていた奴は、俺の足元でパイを食らって伸びていた。さっき床に落ちたとき、やたら硬そうな音を立てていた気がするが捨て置こう。鉄鍋を叩き割ったのも気のせいだ。
 羊肉を下処理し、火加減を確認する。そこで、さっき足元に落ちた、物騒なパイが目に入った……。 



「そこまで!」

 最初と同じ、試験管の声がかかる。料理の方も完成し、もはや死屍累々になっている試験会場から、料理よりも戦いに精を出していた連中が文字通りに蹴りだされる。残っているのは俺とメイ、そしてもう一人、か。
 俺はやってきた審査員に料理を差し出すと、そのまま審査する国王の近くへと足を運んだ。横一列に並ぶと、それだけで気持ちが引き締まる気がする。
 それ以上に、相手の料理が見れると言うのもありがたかった。

「では、審査を始める! まずはメイ=フェレト!」

 宣言の後、メイの皿が審査に出される。しかし、先程とっていたたくさんの野菜たちは皿の上にはなく、あるのはただ無数の花ばかり。赤や白、黄色の花が無数に咲き誇るそれは確かに楽しい。だが、これは料理勝負のはず。しかも、皿の上に乗った花のどれもこれもが、本物の花ではないような……。
 造花か? と俺が首をかしげたとき、国王は白い花を掴むと、無造作に口に放り込んだ。何事もなかったかのように咀嚼し、ゆっくりと声を上げる。

「見事な飾り切りだの。まさか、野菜で花畑を作るとは。楽しい料理だ」
「ありがとうございます」

 姪が頭を下げるのを見て、改めて皿の上を見る。彼女の料理は、文字通り花だった。無数の花を野菜の飾り切りで表現し、花の茎や葉に当たる部分にはあさつきをベースにしたと思うソースに漬け込んだ魚で丁寧に作られていた。あれだけの時間で、これほどのものを……。正直、感嘆せざるを得ない。

「次は、ブレンヒルト=シウス!」

 驚嘆すべきメイ料理の後に呼ばれたのは、細面の青年の料理だった。差し出された皿には、見たところ何かの揚げ物らしきものがドカン、と乗っている。ラグビーボールにも似たそれは、妙な存在感を放っていた。
 王が食べようとしてナイフを入れたと同時、揚げ物の内部から恐るべき勢いで何らかの液体が放たれていった。すぐに表面が壊れ、出てきたスープらしいものと混ざる。断面層がわずかに見えたが、何らかのものを層状に揚げ、スープでも入れたに違いない。

「これは……。赤酢のタレか」

 飛び出してきた液体を少し舐め、王はその正体をすばやく察知する。この辺り、流石は海千山千の料理を食べていると感心せざるを得ない。改めて王が件の揚げ物に切れ込みを入れると、層の中身がようやく分かった。
 何らかの芋で外壁を作り、その内側に片栗粉で止めたあん、さらにそれをキャベツで押さえている。この二重構造のおかげで、タレが外に漏れ出さなかったのだろう。

「ほほう、これは面白い。歯ざわりが無数にあるぞ」

 言いながら次々食べ進めてゆく。周囲の審査員も一言言ってからつまんでいるが、何やら驚いたような表情だ。一つのことに尖らせて、評価を得よう、と言うことなのだろうか。
 しかし、王の評価に対して向こうが無言なのが気にかかるが……。

「では、最後に。タイ=ウェン!」

 一言の後、俺の料理が王の前に出た。俺が作ったのは仔羊のロースト。羊肉のうまみを使った真っ向勝負だが……。あれに気付けば俺の勝ち、気付かなかったら俺の負け、だ。

「ふむ、羊肉か……。確かに珍しい食材だが、塩コショウだけでは……!?」

 一切れ口にした国王が、もう一切れ口にしようとした時。カツン、と音を立てて、俺の皿が真っ二つに切れた。

「……何、これは……!?」
「はい。パイ皮を使わせて頂きました」

 驚愕に驚く国王に、俺は一言の説明をする。それだけで察したのか、国王は俺の料理を皿ごと持ち上げ、バリバリと食べ始めた。これには驚いたのか、メイとシウスの目が見開かれている。

「……羊肉だけでは食べ出がなかったのが、
皿にしたパイ皮が歯ざわりの面白みを加えて……。しかも、肉汁と合わせたソースをゼリー寄せにして中に封じてあるとは……。見事じゃ!」

 王の賞賛に、俺は一礼をして答えた。審査をするといって引っ込んでいく王や審査官を尻目に、メイが詰め寄ってくる。

「……なんてもの作るわけ……? 皿まで食べれる料理、なんて……」
「足元にパイ皮が転がってなかったら、思いつかなかったかもな」

 俺は静かに、そう答えてやる。メイはやられた! と言う顔をしながら天を仰ぎ、シウスのほうはそれを聞いて表情をわずかに変えただけだった。しかし改めて見てみると、この男少々おかしい。
 俺やメイはあの暴走をどうにか耐え切っている。そのせいかコックコートにかなりの汚れや乱れが目立つし、正直息も上がっている。だが、この男のコートは綺麗過ぎる……。何かがおかしい、と頭の中で何かが告げていた。

「では、審査の結果を発表する! 審査委員長、お願いします」

 しかしそんな俺の思考も、告げられた言葉に中断される。そして兵士の紹介にあわせ、ゆっくりとシウスが立ち上がった。

「今回の厨士合格者は、メイ=フェレト。並びにタイ=ウェンだ」

 浪々とした声音を張られても、俺達は呆然とするしかない。

「厨房長ブレンヒルト=シウスより、お前達二人を正式に王国厨房に招き入れる。この国の料理は戦いだ、お前達をこれからみっちり鍛え上げるから覚悟しておけ」

 そこまで言われて、ようやく状況が把握できたらしいメイが歓声を上げた。俺の質問の声も、それにかき消されて聞こえなくなる。

「……やれやれ。どうにかなったか……」

 俺はゆっくりとため息を吐きながら、空を眺める。この料理場で、何度こういう光景が出たのかは分からないが……。悪趣味だ、とは感じていた。
 ともあれ、これで王宮つきの料理人、身分は保証されるし給料も出る。今までより暮らしは楽になるだろう。

「まずは、つまみ食いの撃退方法からだな。今日のようなものではないぞ?」

 にやりと笑みを浮かべながら、シウスが俺の目を見てそう告げてくる。
 前言撤回。これからもっと辛くなりそうだ。 





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