中世騎士文学/パルチヴァール-Parzival

サイトTOP2号館TOPコンテンツTOP


プロローグ ガハムレトとベラカーネ


「疑いが人の心の隣に住み着くと、魂は苦渋を味わわねばならぬ。
退くことを知らぬ勇士の心も、かさざきのように黒い疑いが入り混じれば、賞賛の外に謗りも受けることとなる。」



 物語は、主人公であるパルチヴァールの父、ガハムレトから始まる。彼は、アンショウヴェ(アンジュー)の王、ガンディーンの次男だった。
 この時代は長子相続が普通。この制度によれば、長男がすべての家徳を相続することになり、次男である彼も、本来であれば兄の許しなしに何も手にすることの出来ない一家臣に転落するはずであった。制度に逆らい、弟思いの兄、ガーローエスは領土と財とを割譲し、弟が王と名乗れるように計らおうとするが、若きガハムレットは、既に故郷を後にすることを決めていた。嘆く兄と母を故郷において、わずかな郎党と旅に必要なものだけを手にすることを望んだのだ。
 位高き婦人の愛と名声を求める、騎士としての腕試しの旅。のちに登場するフランスの女王や、家族を捨てて、自らが仕えるべき、住まうべき場所を求めての旅である。
 それは、彼と、まだ生まれてはいない、彼の息子たちの運命の始まりだった。


 かくてガハムレトは、幾多の国を渡り歩き、やがて強大なカリフのもとに仕えるようになる。彼が身に付けたのは、遍歴する船の長期滞在に相応しき錨の紋章。彼の馬具や衣装の色は、アハマルディ(エメラルドグリーンに染められた高価な絹)の緑である。
 だが、その錨はいずれの地にも深く下ろされたことが無く、飽くことなき名誉と冒険を求める旅は続くのだった。

 やがて、ツァツァマンク王国へと流れ着く。
 (この国はアフリカの伝説の国で、実在したわけではない。都がカイロ近郊ということは、エジプト辺りを想定して語られたのだろうか。)
 黒い肌を持つ異教徒たちの住むこの国では、まさに今、戦いの真っ最中であった。
 この国の女王、ベラカーネはイゼンハルトという王の求婚を受けていたが、なかなか首を縦に振らなかった。そこでイゼンハルトは、戦いの装束を身につけず、槍と盾だけを持って冒険の旅に出てしまったのである。そして、森の中で偶然出会った女王の過信、プローティチラスとの一騎打ちの勝負に挑み、相打ちとなって死んでしまう。
 どう考えても、若さと短気が死亡原因である…。
 だが、イゼンハルトの部下と親族たちは、これを女王のせいだと考えた。女王が、王の武具を剥がせ、自分の部下に殺させたのだ、と。
 かくて亡き王の報復のため、ツァツァマンクの国に大軍が押しよせることとなったのである。

 ガハムレトが訪れたのは、まさにこの時だった。
 最初は女王の黒い肌に戸惑うガハムレットだったが、話を聞き、手厚くもてなされるうちに、肌の色や信仰を越えた思いに目覚める。何より女王は美しかった。プトレマイオスとクレオパトラ、だ。
 女王のために婦人奉仕をすることを決めた彼は、戦場に出、この国の勇士たちを恐れさせたイゼンハルトの忠実な部下たち、ヒューテゲールやガシエル、さらにラツァリークを一騎打ちで倒す。だが、身内と戦ってはならないという倫理に従い、従兄弟のカイレトとは戦わなかった。カイレトは、つけている紋章がアンショウヴェのものではなかったことから、相手がガハムレトだとは気がついていなかったのだ。(槍の攻撃を防ぐため、通常は顔にも防具がついている。顔がはっきり見えることはない。)

 異邦の騎士ガハムレトのめざましい働きによって、ツァツァマンクの国は救われた。
 捕虜となった人々はガハムレトに恭順の誓いを果たし、ガハムレトは、美しき女王、ベラカーネの愛を手に入れる。こうして、彼女は勇士ガハムレトの最初の妻となった。
 これで「めでたし、めでたし…」と終わらないのが、童話と叙事詩の違いである。
 自分の国と、美しい妻を手に入れても、ガハムレトの中に疼く冒険の心は満足せず、安穏な暮らしを長くは望まなかった。戦いを求める血の滾り、それは、愛を凌駕して彼を突き動かす。幸せを捨てて密かに国を抜け出したガハムレトの行く手には、再び、冒険の扉が開かれようとしている。
 ガハムレトは、身重の妻に、置手紙を残していく。

 『ここに、我が愛する人に愛を贈る。我々二人の子がもし息子であったら、その子は勇気溢れるつわものになるだろう。
 アンショウヴェの血を引く、その子に伝えて欲しい。お前の祖父はガンディーンと言い、一騎打ちに倒れた。その父はアドダンツといい、同じ運命に倒れた。…
 祖先に当たるマツァダーン様は、デルデラショイエ(喜びの園、という意味)なる妖精によってファームルガーン(本当は妖精の名)の国に連れて行かれた。私の家系は、このお二人から出て栄光に輝いている…。』

 口で言えばいいのに、わざわざ書いて残していくあたりが筆まめなお方だ。
 彼は、妻との生活が嫌だったのでも、妻の肌が黒いのを嫌っていたのでもなかった。一つところに留まって、槍を錆びつかせているのに我慢ならない性質だったのだろう。
 それは、妖精の血を引くがゆえの宿命だったのかもしれない。

 悲嘆のうちに、ベラカーネは一人の男の子を産み落とす。
 かささぎのように、白と黒との入り混じる肌を持つこの子を、母はフェイレフィース(まだらの息子)・アンシェヴィーンと呼ぶ。結局一度も顔を見ることのなかった父が予言したとおり、戦場において幾多の槍を折る勇士に成長する。

 これが、ガハムレトとベラカーネの結婚、そしてパルチヴァールの異母兄、フェイレフィースの誕生の物語である。




戻る   次へ