あるとき一人の百姓が、どういうわけか、Skrmsli(
スクリムスラ)と、いう巨人と、賭け将棋をした。将棋というのは、古代北欧人が好んで行った盤ゲームのことで、「巫女の予言」にも登場する。
百姓はこの勝負に、たった一人の息子を賭け負けてしまう。巨人は去り際、もし百姓が息子をうまく隠すことが出来たら、賭けは無かったことにしてもいい、と、言い残した。
この巨人はとても鋭い視力を持つ、頭のいい巨人だった。
百姓夫婦は絶望し、オーディンに祈りを捧げる。オーディンはこの祈りを聞き入れて、子供を麦の粒に変えると、畑の真ん中に隠してみせた。麦は麦畑に。これなら見つかりっこない。
ところが巨人は翌日やってくると、あっさりその隠れ場所を見つけてしまう。巨人は余裕綽々で明日もまた来ると言って去っていくが、百姓夫婦は気が気ではない。
そこで、失敗したオーディンをあっさり見限って、次はヘーニルに祈りがささげられた。
このヘーニル、「エッダ」での登場シーンは少ないが、それ以外の場所ではオーディン・ロキとともに、何故かしょっちゅうつるんでいるトリオの一人なのだ。
ヘーニルは百姓の息子を白鳥の羽に変え、白鳥の胸元に隠してみる。
しかし、これもあっさりと見つかってしまう。
ますます絶望した百姓夫婦は、最後に、ロキに祈りを捧げる。
…ロキが祈られるというのも、ロキが祈りを聞いてやって来るというのも、どうにも、相当違和感があるんですが…。(笑)
やって来たロキは、子供を小さな魚の卵に変えて、メスのひらめの腹の中に隠してみる。しかし巨人は最初から分かっているよう、さっさと釣りをはじめてしまう。そこでロキは、「釣りか、いいな。オレにも見せてくれよ」などといいながら、巨人に付きまとう。巨人のほうも、邪魔だと思いながら、追っ払うことが出来ない。
ロキは何とかごまかそうとしたようだが、ついに、子供の隠れているひらめが釣り上げられてしまった。
するとロキはここで、反則技に出た。
巨人が子供の変えられた卵を見つけるや否や、卵を奪い取るのだ。
そして、元の姿に返して、「小屋に逃げ込め、入り口をしっかり閉ざすのだ」と、耳打ちする。どこまでも逃がすつもりである。(い、いい人だ?!)
小屋に飛び込む子供を見て、巨人は高笑いしながら追いかけた。何しろ相手は子供、大したことはないと見くびっている。
しかし、小屋は、ロキの言ったとうりしっかり閉ざされているので、こじ開けることが出来なかった。
巨人は力任せに開けようとする…と、そのとき、小屋の屋根の上から大きな釘が落ちてきて、頭のてっぺんから、体を貫いてしまった。
もちろん釘はロキの仕込んでおいたものだった。
しかもロキは、倒れている巨人が生き返らないようにと、足を切り、足と胴体の間に火打石と鉄を置く。(シドレクス・サガにも、同じようにして小人の蘇りを防ぐシーンがある)
こうして巨人は魔力を失い、ばらばらになった体を繋げることが出来なくて、死んでしまった。
子供を助けてもらった百姓夫婦はロキに篤く礼を述べ、神々の中でもっとも賢い者と褒め称えたそうである。
…なんか思いッきり、
ロキに騙されてるよ、ご夫婦。
オーディンは特に、支配者階級に好まれた知恵の神といわれる。
と、すれば、庶民の間での知恵の神は、ロキのような少々ずる賢い神だったのかもしれない。この話も、雰囲気からして、民間伝承の一つだったのではないだろうか。
【出典元トレース結果】
H. A. Guerber "Skrymsli and the Peasant's Child"
(
http://www.anglo-saxon.demon.co.uk/lyfja/ghp/goodloki.html)
この話の元となっているのは、以下の3つらしい。
1) Skrymsli Ryma
2) Lokka Thaattur.
3) Odin ur Asgørdum
3は未確認ですが、1と2はフェロー諸島で作られたバラード。フェロー諸島とは、9世紀はじめにノルウェーから人が移住していった島で、位置的にはノルウェーの先っぽから大ブリテン島へ向かう途中。アイスランドは、この島へ行こうとして船が難破したことから偶然発見された土地です。
ノルウェーから移住した人が持ち込んだということで、北欧神話と源泉は同じですが、多少、改変されているようです。
【補足】
ロキが実際に神として信仰されたことは、北欧では一度もないようです。