この物語は、オーディンとトールの言い合いという点で「エッダ」にある「ハールバルズの歌」と似ているが、最終的にトールが一本取っているところが違っている。
むかしむかしあるところに(と、いきなり昔話口調ではじめてみる)、スタルカドルという男がいた。彼は、ある男の養子として育てられていた。
ある夜、養父が真夜中に彼を呼びおこし、いっしょに森へ来いという。何事かとついていくと、森の中には11人の男たちが座っていて、12番目のもっとも立派な席が開いていた。
スタルカドルが、この人たちは誰だろう、と思っていると、養父が平然とした顔で、開いている席に腰を下ろす。
そう、この養父というのは、実はオーディンだったのだ。他の11人は、アスガルドの主要な神々である。
オーディンが養子をとる話は、他にも多くみられる。
(毎度毎度、よくもそんなに子供を育てるものだ…。オーディンに育てられた子は、ロクな人生歩めないんですが。)
身内びいきなオーディンは言った、「ここに、わしの養子がいる。ここに連れてきたのはほかでもない。今夜、この男の行く末をきめてやりたいのだ。」
アスガルドの神々が、運命の女神ノルニルのように人間の運命を決めるというのもおかしな話だが。
すると、巨人殺しの神トールがまっさきに言った。
「スタルカドルの祖母は、アスガルドの神々から夫をえらばず、ヨツンヘイムの巨人を選んだ。(だからスタルカドルは巨人の子孫だ。)この男には子孫が出来ないようにしてくれよう。」
オーディンは、すぐに返した。
「ではスタルカドルの寿命を延ばそう。このものは、人の子の三代まで生きるだろう。」
トールが続ける。
「ではスタルカドルは、その三代生きるあいだに、卑劣な行為を多く犯すことになるのだ。」
オーディン
「この男には最上の衣服と武器とを与えよう。」
トール
「だが、この男は一生、自分の領地をもつことは出来ぬのだ。」
オーディン
「そのかわり、豊かな動産を与えよう。(土地=不動産、宝などは動産)」
トール
「それでも、スタルカドルは一生、満足というものを知らぬのだ。」
オーディン
「それもよかろう。スタルカドルは飽くことなく戦場に出、そのたびに勇敢な働きをし、勝利するだろう。」
トール
「しかし、そのたびにこの男は深い傷を受けるのだ。」
オーディン
「ならばわしは豊かな詩才を与え、どんな話をしても素晴らしい詩となるようにしてやろう。」
トール
「その詩を片っ端から忘れていく健忘症を」
オーディン
「王や諸侯たちから寵愛を受ける運命を」
トール
「だが平民からは憎み嫌われる運命を」
そこでオーディンは静かに席を立ち、神々に告げた。
「これでスタルカドルの運命は決まった。みな、ともにアスガルドへ帰ろうではないか。」
そう言うと、神々は黙って森の奥へと消えていってしまった。
あとには、冴え渡る真夜中の呆然と立ち尽くすスタルカドルがただひとり。
こんなムチャクチャな運命を授けられてしまった、彼のその後の物語とはいかに。
さあ! みんなで考えよう!
…物語としては、ここで終わっている。
オーディンの養子になった人間には、ロクなことが無い、というジンクスを裏付けるお話。
出展を探してみたところ、サクソの記した「ゲスタ・ダノールム」第6の書に、この物語の元になったと思しき人物「スタルカテル」を発見した。
それによると、オーディンはスタルカテルに精神の強靭さと詩をつくる才を与えることによってヴィーカルという名の王を破滅させようとしたのだという。また、スタルカテルがより多くの戦士を殺すために、人の三倍の寿命を授けたのだという。
だが、スタルカテルの生涯は、完全にオーディンに服したものではなかった。ヴィーカルを殺したあとは自分の好きなようにさすらい、自ら主君を選ぶ。女を嫌い、享楽のすべてを嫌い、生涯自らに厳しく生きた彼は、最後には自ら死に方を選んで、散った。
この、ゲスタ・ダノールムの「スタルカテル」には、トールの与えた呪いは全く見られない。
ゲスタ・ダノールムについての解説は
こちら。