フィンランド叙事詩 カレワラ-KALEVALA

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第6章
Kuudes runo


 当たり前と言えば当たり前なんですが、アイノの兄・ヨウカハイネンはかなり思いつめていました。

 自分のせいで妹は死んだ。けれど、妹を死に追いやったのは、自分だけでなくワイナミョイネンでもある。老賢者に身のほど知らずの勝負を挑んだ愚かな自分、そして、年甲斐もなく若い娘にうつつを抜かし、ぬけぬけと嫁取りにあらわれたジジイ、拒むことの出来なかった妹…。
 韻を踏んだ短い文章の繰り返しではありますが、あらゆる葛藤と自己嫌悪、憎悪が文の間に感じ取れます。
 彼は、あとに出てくる別の若者・レンミンカイネンとは別の意味で、激情家なのです。

 思いつめた彼は、自分の持てる限りの魔法を使って弓を造ります。すべてはワイナミョイネン個人を殺すための専用の武器。悪霊の宿る鹿から取った弦を使うほどの念の入れよう。
 もはや彼には、そうするしか、妹と自分の思いを晴らす方法は無かったのかもしれません。

 一方で、ワイナミョイネン。
 命を狙われていることもつゆ知らず、新たな女性を娶るため、船をしつらえ、ポホヤの地を目指してゆうゆうと航海中です。前の女(アイノのこと)など、すっかり忘れている様子で、まだ見ぬ美女を思い楽しそう。あんだけ落ち込んでたくせに、むっちゃくちゃゲンキンなジイさんです。そりゃあアイノも浮かばれないし、妹を弄ばれた兄キも怒るでしょうよ。
 結論。
 ヤツに同情の余地なし。やっちまえ、ヨウカハイネン!

 「お待ち! あんた、それで一体誰を殺す気なんだい!」

 ちょっと待ったをかけたのは、ヨウカハイネンの母でした。「あんた…まさか、あのワイナミョイネンを射ろうっていうのかい?! ダメだよ! 彼は貴い血筋の人、あの人がいなくなったら、この地上から優れた歌が消えてしまう!」
 いくら助平でゲンキンなジジイだとしても、ワイナミョイネンは半神の大賢者です。殺してしまったら、彼しか知らない秘密の魔法が失われてしまい、多くの人が困るでしょう。
 ヨウカハイネンも、これには少し思いとどまりかけました。

 けれど――引き返すには、もはや遅すぎたのです。弓に宿した悪霊が、彼をそそのかしたのかもしれません。
 「構うものか。オレは、あいつを殺す!」
家を飛び出したヨウカハイネンは、岬の上で待ち受け、船でやって来るワイナミョイネンに狙いをさだめます。「さあ当たれ、曲がった白樺の枝よ!」
 放たれた矢は、3本目にしてワイナミョイネンの肩を貫き、冷たい海に突き落とすことに成功します。ざまあみろ、とばかり、満足したヨウカハイネンは、弓を手に家に戻りました。

 待っていた母は、尋ねます。
 「あんた…まさか、本当に撃ってしまったというの?!」
 「ああ、そうさ。オレの手で、ヤツを海に叩き込んでやった。殺してやったよ」
 「何てことを!」
母親は嘆きの声を上げますが、ヨウカハイネンはそんな母に目もくれなかったようです。妹の仇を討ち、自分の内にくすぶっていた嫉妬や羨望をも片付けた、そんな清清しい気持ちだったに違いありません。
 けれど、彼の取った方法は卑怯であり、許されるものではありません。
 老賢者殺し(本当は死んでないんだけど)という罪を背負った彼がどうなったのか、彼が作り出したおぞましいまでの威力を持つ魔法の弓がどうなったのか―――。
 それらは全て、謎のままです。
 なぜなら、これ以降、ヨウカハイネンがメインステージに立つことは、ないのですから。


{この章での名文句☆}

「すべてこの世の喜びが、たとえ倍でも消えてしまえ!
すべての歌も滅びてしまえ!」



妹を失ったヨウカハイネンの怒りと悲しみが凄まじいものであったことを示す一言。
この一言の呪詛とともに、彼はワイナミョイネンに矢を放ちます。
その胸の中にあった思いは、いかばかりのものか。



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