フィンランド叙事詩 カレワラ-KALEVALA

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第36章
Kuudesneljättä runo


 クッレルボは、単身出征します。
 無駄死にするだけだ、と止める母に、自分は死んでも構わない、戦いの中で死ねるなら本望だ、と、荒んだ言葉を吐きつけます。
 「そんな…。あなたが死んだら、私は一体どうすれば」
 「知らないね。そんなこと」
あれほど再会を喜んでくれた母に対し、何とも冷たい言葉! 駄目だよ、お母さんにそんなこと言っちゃ?! これが、クッレルボの、心に欠けると言われる由縁なのです。穏やかな時と、怒れる時の激しい感情の差。不安定に揺れ動く精神は、幼き日の愛情の欠乏が生んだ、悲しい性だったのでしょうか。(せっかく普通の人になりかけたのに、やっぱり…ってやつなのか。嗚呼、お約束だけどそれって切ない)

 父も、残された妹も弟も、彼の出征など全く気にかけもしない様子。それはそうでしょう。彼らにとってみれば、クッレルボなど、突然現れて、とつぜん家族に居ついた余所者です。クッレルボの母が再婚以前に産んだ他人の息子、それも、実の妹を犯すという鬼畜の行為を働いた後のことです。蔑むべき、忌まわしい人物と見られても仕方が無いことでしょう。
 でも、幾らなんでも、一度は家族として暮らしたクッレルボに対し、そんな態度はあまりに酷いんじゃないでしょうか。

 たとえ彼が死んでも泣いたりしない、という非情なる家族の中で、母だけが、彼を失いたくないという気持ちを告げます。
 「私は…、あなたが死んだら悲しいわ、クッレルボ。私だけは泣いてあげる。そのことだけは忘れないで」
 「…ありがとう。オレも、あんたが死んだら泣いてやる。じゃあ…な。」(←ここ、泣くシーンね。)

 こうして、敵地へ向かい、二度と戻らぬ覚悟で旅をするクッレルボ。
 しかし、そこへ家族の訃報が届きます。
 戦があったのか、それとも疫病や天災かは分かりません。ただ確かなことは、家族がすべて、命を落としたということ。
 父や兄弟の死を聞いたときは顔色ひとつ変えなかったクッレルボですが、母の死を知らされた時だけは、悲しみを示し母が丁寧に埋葬されることを願います。
 けれど、自らが家に戻ることはしません。ここまで来たらもう戻れないと覚悟していたのでしょうか。

 彼は天の神ウッコに願い、最上の剣を手に入れて、たった1人でウンタモの村へと殴り込みます。その容赦ない刃の前に軍隊は全滅。かつて、ウンタモがカレルボの一族にしたのと同じように、村には火が放たれます。 めちゃめちゃ強いです。たった一人で一族の敵討ちを果たしてしまいます。
 しかし、これで、本当に良かったのでしょうか。
 確かに彼は、幼き日の誓いを果たしはした。けれど、それは新たな悲しみと、自分と同じ境遇の子供を増やしただけ。失われた命は戻らず、失われた自分のこれまでの人生もまた、元には戻らないんですから。
 おそらくそれは、クッレルボ自身が一番よく分かっていたはず。
 復讐を果たし終えても何ら変わることのない現実、いや、それどころか唯一の生きる拠り所を失って、いまや全くの空っぽとなってしまった自分の心……。(バックミュージックin!)


 戦いを終えて戻って来た彼は、知らせどおり、家族が残らず死に絶えたことを知り、初めて涙を流します。
 母のため以外には泣かない、と言ったクッレルボ。
 しかしこの時の彼の涙には、彼のために泣いたりしないと言った、薄情な父や弟妹たちへの思いも込められていたかもしれません。人間ってそんなモンだ。泣かないとか強気なと言っといても、やっぱイザって時は、ちょっとホロリとな。

 「行きなさい、クッレルボ」
と、墓の下から母は言います。なんで死んだ母親が喋るのかは気にしてはいけません。ワイナミョイネンのときも死んだ母親が語りかけるシーンがあったので、たぶん、そういうお国柄なのです。(そんな纏め方…)
 「あそこへ。お前には、犬のクロを残しておいたわ。まだ…お前はひとりじゃないのよ。」
いや、犬なんか残されてもって気はしますが、いないよりマシですかね。どうなんでしょ。
 母には、分かっていたのかもしれません。自分がいなくなれば、クッレルボは生きることを止めてしまうと。
 事実、彼は誓いの成就とともに、死を願うようになっていました。
 犬を連れて、母の示した林へと出かけたクッレルボは、懐かしくも忌まわしい、あの場所へ、妹を破滅させた草原へとたどり着いてしまいました。

 贖いがたい罪の場所へ。
 そこを死に場所にするつもりで歩いてきたのでしょうか。

 ウンタモ一族を殺害した剣を抜いて、彼は、持ち主である自分を殺す気はあるか、と、訊ねます。天の神に願って手にいれた剣だけに、人の言葉も解することが出来たのでしょう。
 剣は嬉々として彼の血を欲しました。クッレルボの血は汚れており、その肉は罪深い。それらを裁くことが自分の喜びなのだ、と。
 満足したクッレルボは、その剣の刃を自分の胸に向け、柄を土に刺して、自らの体を貫くのでした。

 壮絶で、あまりにも悲しすぎるクッレルボの生涯はこうしてあっけなく幕を閉じます。
 もしも途中で、何かが変わっていたなら、結末はこうはならなかった…。

 それってクッレルボの所為だけじゃないよね、と思うのに、例によって、ジジイは最後で余計なことを言っています。
 「ふーん。子供ってのは、育て方を間違うとこうなるんじゃな。愛情を知らん子供は、ロクな大人にならんっちゃうことじゃ。教育は大切じゃぞぅ」

 ふざけんなー! ジジイ! 育て方だけが人間の未来を決めてんじゃないだろうよ!(怒)
 もし妹がノコノコ行方不明になってたりしなかったら、彼だってもーちょっと…。いや、そもそもウンタモが悪いんじゃないの? 何でカレルボ族を全滅させたりしたんだろ。憎しみが憎しみを呼びってやつなのか。人間ってのは、切ない生き物だ。
 つか、見物してただけの自称・賢者に言われたくないんですけど。

 フィンランドにどんな運命観があったかは分かりませんが、子供の育て方だけがクッレルボの死を早めた原因じゃない、と、私は思う…。


{この章での名文句☆}

喜んで食べないことがなぜあろう、
罪深い肉を食べないことが、
汚れた血をすすらないことが?

わたしは罪のない肉を食べ、
汚れていない血を啜って来た。


自ら死を選んだ若き英雄が、己の剣に問うたことに対する剣の返答。
彼の血は汚れ、殺された者たちの血は汚れていなかったのだと、剣は無情に告げる。
…そうなのか? 本当に、そうなのか…?



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