分岐学(Cladistics:あるいは分岐分類学)とは具体的にどういうことをするのか?
分岐学とは、生物が具体的にどのように進化してきたのか?。それを探る方法であり、系統解析の一種です。1950年、ドイツの昆虫学者Hennig(ヘニング、あるいはヘニック)によって提案されたもので、現在では遺伝子や形態データから生物の進化を探ることに広く使われている代表的な系統解析の手法です。
分岐学は英語ではCladistics :クラディスティクスと呼ばれます。またこの手法は最節約法:most parsimony method(あるいはmaximum parsimony method )と同じものです。
さて、分岐学ではどうやって生物の進化の歴史を調べるのでしょうか?。
そもそも、生物が進化する時、次ぎのようなことが起こります。
1:生物の特徴は祖先から子孫に受け継がれる。つまり遺伝する。
2:ひとつの祖先から幾つかの子孫が進化する。
この2つは生物の非常に基本的な原則ですね。単純な事実です。そしてこの2つの事実から次ぎのようなことが言えます。
3:同じ祖先から進化した子孫は同じ祖先から同じ特徴を遺伝によって受け継ぐだろう
これらのことから次ぎのような結論が導き出されます。
4:以上の1、2、3、から、同じ特徴をもった生物は同じ祖先から進化してきた子孫であると考えることができる
分岐学は進化のこうしたふるまいに注目して、まず[生物が共通の祖先から受け継いだと思われる特徴]を探すことから始めます。こういう特徴を共有派生形質(Synapomorphy:シナポモルフィー)と呼びますが、それさえ探し出せば調べている生き物がどのくらい近い関係を持つのかどうか分かります。また、ひいてはそれを手がかりに生物の血縁関係を探り出すことができるからです。
ですが生物が持っている特徴のすべてがこうした系統をさぐる手がかりになるわけではありません(ようするにすべてが共有派生形質であるというわけではない)。実際、生物の特徴のなかには系統をさぐるのに使えないものがあります。
注:これは分岐学/最節約法の考え方で、生物の形質の類似の度合いを使って系統を推論する近隣結合法などではこうは考えません。ただ最節約法と近隣結合法の形質にたいするこうした態度の違いは、どちらのアルゴリズムが正しいのか?というよりは、むしろアルゴリズムの性質の違いを示しています。
そこで、分岐学(最節約法)では使えるデータだけを取り出すために外群比較という方法を使います。これは
5:AとBを、それらとは異なる生き物Xと比較することでA、Bに見られる共通の特徴を探す。
という方法です。もしAとBがXよりもお互いに近縁ならば、AとBはXとは共有しないがAとBだけが共有するご先祖さま(S)がいたはずです。
_______X
|_S___A
|___B
もしそういうご先祖さまがいたのなら、AとBはSから受け継いだ共通の特徴(共有派生形質)を持っていると期待できるでしょう。一方、XはSの子孫ではないのですからその特徴を持っていないはずです。ですから、Xと比べた時、Xは持っていないがAとBで共通する特徴が見つかったら、それはSから受け継いだ特徴であり、ひいてはAとBの血縁関係を示す証拠であろうと考えることができます。これが外群比較です。
ようするにこのように↑考えればいいわけです。
具体的な例:
では実際の生物を例にして具体的に考えてみましょう。キノコとくらべてタンポポとヒマワリ、ワラビの共通点を探してみましょう。するとこういうことが分かります。
キノコに対して、
1:タンポポ、ヒマワリ、ワラビはどれも葉緑素を持っていて光合成をする
2:タンポポとヒマワリは花を咲かせて種子をつける。しかしワラビには生殖器官はあるが花はない、また種をつくらない。
以上の事実はそれぞれ次ぎのように言い換えることができます。
1番目の特徴はタンポポとヒマワリ、ワラビが共通の祖先から受け継いだ特徴である
2番目の特徴はタンポポとヒマワリが彼らだけの共通の祖先から受け継いだ特徴である。
ようするに、1の特徴はワラビとタンポポ、ヒマワリが彼らの共通の祖先から、葉緑素という共通の特徴を受け継いだことを示しているわけです。
するとこういう図が描けます。
____________キノコ
|__A1____ワラビ
|____タンポポ
|____ヒマワリ
この図のA1とはワラビとタンポポ、ヒマワリの共通の御先祖様です。彼らはこの祖先から共通の特徴、葉緑素を受け継ぎました。つまりこういうわけです。
____________キノコ
| ↓ここで葉緑素という特徴がうまれて、それが子孫のワラビやタンポポ、ヒマワリに受け継がれる
|__A1____ワラビ
|____タンポポ
|____ヒマワリ
このように考えればいいわけですね。
さらにバージョンアップする
さて先に取り上げた2番目の特徴はタンポポとヒマワリが彼らだけの共通の祖先から花と種子という特徴を受け継いだ、ということを示しています。この情報を先ほどの図に加えるとこのようにバージョンアップすることができます。
____________キノコ
|________ワラビ
|_A2__タンポポ
|___ヒマワリ
この図のA2はタンポポとヒマワリだけの共通の祖先です。この祖先からタンポポとヒマワリは種子と花という共通の特徴を受け継いだわけです。
つまりこういうことですね。
____________キノコ
|________ワラビ
| ↓きれいな花と種子という特徴はここで進化して子孫に受け継がれた
|_A2__タンポポ
|___ヒマワリ
このようにして作った図を分岐図(クラドグラム:Cladogram)といいます。分岐図は系統樹とか家系図のようなものだとかんがえてください。例えば人間の家系図を分岐図的に示すとこうなります。
___________血縁の遠い人
|______私のいとこ
|____私
|__私の弟
分岐図はいろいろなことを私達に教えてくれます。幾つかのことはすでに説明してしまいましたが、さきほど作った分岐図を以上の家系図とくらべて考えてください。すると
____________キノコ
|________ワラビ
|_____タンポポ
|___ヒマワリ
3種類の植物の中で一番血縁が近いのはタンポポとヒマワリであるということが分かります。
このように進化や様々な事柄を教えてくれる分岐図。そしてそれを作る学問、それが分岐学です。
どうです?。分岐学の原理とは非常に簡単なものですね。とはいえ、これは理想的なお話。じっさいの作業はこんなに単純ではありません。事実、生き物の特徴を検討すると矛盾した分岐図が幾つも描けてしまうことがあります。ですから今度はもうすこし実践的な例を見ていきましょう。
参考文献として:
「系統分類学入門ー分岐分類の基礎と応用ー」 E・O・ワイリー他 宮正樹訳 1992 文一総合出版
「系統分類学」 E・O・ワイリー 宮正樹・西田周平・沖山宗雄共訳 1991 文一総合出版
「生物系統学」 三中信宏 1997 東京大学出版会
「種の起源」(上下) ダーウィン 原著1859 岩波文庫
分岐学の入門書(のつもり)「恐竜と遊ぼう」はこちら^^;)→