「私は君の事がこういう風に好きなんだ」 確かに彼はそう言った。長い長い時間ずっと彼を思ってきた。時々は歯を食いしばり、まれにクッションに八つ当たりなどもして、しかしおそらく俺の寿命が尽きて叶わないのだろうと半分諦めていた恋が成就した瞬間だった。俺が彼を抱きしめて、告白をすれば何もかも終わり、そして何もかもが始まると、俺はそう思った。 しかし彼は言った。 「ずっと楽しく暮らしてきたのに、とうとう言ってしまった」 俺には意味が分からなかった。彼の突拍子もない発言には慣れていたつもりだったが今回はお手上げだった。それとも今の言葉は「ずっと楽しく暮らしてきたし、これからも楽しく暮らせる」というような意味なのだろうか。 考えている俺には構わず彼は続ける。 「明日、日が暮れたら私はこの家を出るよ」 俺は目を剥いた。 「何故そうなるんだ。意味が分からない」 「君だって困るだろう。そんな邪な感情を持った人間が同じ屋根の下に住んでいたら」 「待て待て。どうしてお前は俺の返事を聞かないんだ。俺もずっとお前の事が好きだったんだ!」 間があった。 何十年もの思いをこめた告白に頬が薄く赤らむのが自覚される。しかしあろうことか彼は見る見る悲しそうな表情になっていった。打ちのめされた、と言っていいくらいに。彼は傷付いたのだ。 「違うよ、それは同情だ」 1秒で、俺はざっとこれまでの会話を反芻した。彼がどのような勘違いをしているかが理解された。自分が劣った存在であるという、強烈な思い込みによるものだ。俺が先に告白すべきだったのか? 「君は優しすぎる。もっと毅然としたほうがいい。だから私のような半端なものに人生を搾取されてしまうんだよ」 説教を。説教をされているようだ。人生について。どうしてこうなるのだろう。俺は少しも優しくなどないし、人に与えるのは嫌いだ。彼は何も分かっていない。彼は俺について何も分かっていない。俺の話も聞いてくれない。そして一度出て行くと言った以上、リーマスは俺を殴り倒してでも出て行くだろう。普段発揮されることは決してないが、吸血鬼は恐ろしい腕力を持っているのだ。段々このバカ吸血鬼に対して腹が立ってきた。 「キスぐらいなんだって言うんだ。くだらない」 「……くだらないはさすがに酷いよ」 俺は着ていたシャツのボタンをはずし始めた。彼が、かつてないほど動揺して、思わず服の合わせ目を閉じようとする。 「何をやって……」 「俺はお前とやる夢だって見ている。何度も何度も。やるといってもチェスやポーカーじゃないぞ」 「服を着なさい!」 シャツの袖から腕を抜く俺を止めようとして、彼は俺に覆いかぶさった。もはや何をやっているのか自分達にもよく分からない状態だった。 「知らないくせに!どんなに俺がキスしたかったか!眠っているお前の棺に何度口付けたか!」 服を着せようとする腕と、脱ごうとする腕が絡まって、そして俺達はキスをした。離したら彼は出て行くと思った。なので俺は必死に彼の背を抱き、足に足を絡めて、唇で哀願した。行かないでほしいと。彼は最初のうちは戸惑っているようだったが、やがては恐る恐る応えはじめた。前髪を撫でられた感触があって目を開くと、彼は到底信じられないという表情で俺を見ていた。 そして俺はもう一度目を閉じた。彼の唇が俺に触れた。 2008.08.09 次へ |