最初は親切心だった。
 俺が食事をするのをじっと眺めているその目があまりにも羨ましそうだったので、俺は彼が可哀相になったのだ。俺がその時に食べていたデザートの苺は大きく赤く、それを食した事のない彼には、さぞや神秘的な甘さを持った宝石のような食べ物に見えたのだろう。口には出さないが、きっとものすごい我慢をしているに違いない(しかし彼は自分の部屋で食事を摂ろうかという俺の申し出は必ず却下する。俺がものを食べている姿をせめて見ていたいらしい)。そんな顔を彼はしていた。
 俺は食事のあとこっそりと冷蔵庫からありったけの苺を出し、食べた。その夜は満月だった。
 果たして深夜に俺の部屋に来た彼は俺の血を飲み、いつもと味が違うと呟いた。どういう風に味が違うのかを問うと、「食べたことはないが、果物のような味がする」と彼は言う。俺は満面の笑顔になって、先程20粒ばかり苺を食べたと種明かしをしてみせた。彼の笑顔。「ああ、これが苺の味なのか」
 ここで満足しておけば良かったのだ。友人を喜ばせて、俺の善意がささやかな満足を得た時点でやめておけば。しかし愚かにも俺は余計な考えをめぐらせた。俺の口にしたものを間接的に彼も摂取するとすれば、ある種の薬などはどうだろう?と。片想いをしている者が、相手の恋心を燃え上がらせる為に飲ませる、いかがわしい薬などは?俺はすぐにそう考えた。そうなると見境がなくなってしまうのが俺の生まれつきの欠点だ。俺はすぐにその手の薬を取り寄せた。
 結論から言えば、満月の食事の後で再びこっそりと薬を飲み干した瞬間、俺は深く後悔した。胃が、ぎゅうっと縮み上がるのが自分でも分かった。どっと吹き出る脂汗。手のひらの温度がどんどん下がってゆく。ああ、友人に薬を盛ろうなどという恥知らずな真似は、世の道理が許さないのだ。妙な話だが、俺は納得し、安堵した。何か固いものとぶつかった感触があって、自分が椅子から床へ落ちたのが分かった。彼の声がしたように感じたが、気のせいかもしれない。今夜は彼に食事をさせてやることができない。最後にそれをすまなく思った。










2008.08.09


次へ