「今日こそは吸血鬼の黒マント姿で現れると思ったのに!」 久しぶりに会ったジェームズはパブの定位置に座り、夕日と店の照明で眼鏡をギラギラと茜色に輝かせ俺の顔を見るなり笑顔でそう言い放った。 その時点での相手の一番の鬱屈を正確に撃つのは、悪魔のようなこの男の特技のうちの一つだ。俺は崩れ折れるように席に腰を下ろす。 「黙れ巻き毛インコ。太陽の出ているうちにパブに来る吸血鬼がいるか」 反撃は我ながら弱弱しかった。ジェームズは再会の挨拶や天気の話に話題を切り替えるつもりはないらしく、さらに追撃をする。 「君のアプローチが弱いんじゃないの?ちゃんと言ってる?「俺だっていつまでも若い訳じゃないのよ」とかそういうの」 「俺とリーマスの問題を、結婚適齢期の恋愛相談みたいに語るな」 「君たちの問題と彼女たちの問題にどんな相違点があるのさ」 「俺たちは別に……」 彼はじっと俺を眺めながら杯を傾けた。喉が一度しか動いていないのに、半分の量のビールがなくなる。どうでもいいが食道に弁とか付いてないのかこいつは。蛇か。彼は2人分のビールを注文し、こちらへ身を乗り出した。不気味なくらい学生時代そのままの顔をしている。時折俺達の屋敷に夜に尋ねてくるが、リーマスも「吸血鬼の人物名鑑に彼の名が載ってないのは不思議な気がする」と彼を見送りながら首をひねっている。 「なんなの君たちは。いつまでもラブコメ人気ドラマシリーズみたいにイチャイチャクネクネと。そういうのも嫌いじゃないけど、もういい加減シャっとしなよ。ピャッと。ちゃんと言ったことあるの?結婚してくれって」 「結婚って言うな」 「あ、ごめん。吸血鬼にしてくれ、だね。お前と永遠に生きたい、とか同じ棺桶で眠りたい、とかでもいいけど」 「あるさ……一応」 あれは10年近く前だっただろうか。マグルの宇宙開発のニュースを2人で見ていた時だった。「俺も吸血鬼になれば、200年後に2人で月世界を旅行できる日が来るかもしれないな」と俺は言った。何の気なしに。当時の俺は若く、2人はまだ恋人同士ではなかった。なので本当に他意はなかった。しかしリーマスの顔色は変わった。青くなり、かと思えば次に赤くなり、最後に緑色になった。「ところで……」と話題転換を試みたようなのだが、肝心の内容を考えていなかったらしく、彼は1分ほど沈黙した。そうしてワイングラスを握りつぶしたので俺は飛びのいた。よくは分からなかったのだが、何か今の話題がまずかったらしいと悟った。おまけにリーマスのその動揺は1か月続いた。彼は開いているあらゆるドア、あらゆる窓に頭をぶつけ、何度もグラスやカップを床に落とした。 ……今なら彼の気持ちが少し分かる。 「男としての責任もとれないような、そんな子じゃなかった筈なんだけど」 「リーマスは別に責任逃れでそうしている訳じゃない。むしろ逆だ。知ってるくせに」 普段は考えないようにしているが口にすると気が滅入る。子供の頃に意思に反して彼等の一族に加えられてしまったリーマスは、吸血鬼を伝染病の患者であるように認識している。吸血鬼化してしまえば体質は永久に変化し、人間の血液なしには生きられず、二度と日光を浴びられない体になってしまう。それに加えて魔法界での権利や保証も制限される。少なくなったとはいえ差別もある。たとえ俺が頼んだとしてもおそらく彼は―――。 「リーマスは気付いているのかな。このまま行くと、そのうちにシリウスが近所の人から「息子よりも若い男の愛人と暮らす助兵衛老人」の誹りを受けてしまう事に」 「いや、そんなのは別にいいんだ。リーマスが望まないことを無理にする必要はないと思う。ただ……」 人間と吸血鬼の寿命は著しく違う。何十年か後に確実にリーマスは1人になってしまう。それは嫌だった。彼を1人にするのは。 「ただ?」 「いや、いい。俺のことはいいんだ。本当に」 「グリフィンドールの狂犬と言われた君も、すっかり「待て」と「伏せ」を教え込まれちゃって。そのうち野兎とか鳩とかを咥えて走って家に戻るようになるんじゃないの?」 「うるさい巻き毛ハムスター。おがくずをやるから巣でも作ってろ」 「今日の舌鋒は随分と鈍いじゃないか。どうしたパッドフット。ほら、背が曲がってる」 ほんの少しだけ優しい声になって彼は新たにビールを注いでくれた。 「この前のさ、君が美食倶楽部?の人達にさらわれた事件の時に、リーマスもいよいよその気になったかと思ったよ僕は」 笑い声と足音の異様にデカイ吸血鬼とその下っ端供に俺が誘拐されたのは1か月前のことだ。至高の血がどうのこうの、いや究極の血だったか、まあどうでもいいが、自宅での団欒中に堂々と連れ去られた俺は、危うく干しブドウ状態になるまで血を絞られるところだったのだが、リーマスとハリー達によって助け出された。杖が手元になかったというのもあるが、本気を出した吸血鬼と人間の腕力差が思ったよりも大きく、不覚にも自力脱出は不可能だった。 襟元を寛げられ、首筋をアルコール消毒され、「あとは斬るだけ」の状態にされた俺の姿を見て、リーマスは形容しがたい表情をした。縛めから解放され、しばらく互いに無言で対峙した後「もしも私が……」リーマスはそう言いかけた。 続く筈だったのは「君を吸血鬼にしたいと言ったらどうする?」という問いかけではなかったかと思う。俺はひとつ瞬きをする間に幾通りもの返事を考えた。できるだけさりげない、しかし喜びの伝わるような肯定の言葉を。しかし結局彼は長い時間沈黙してから「……いや、なんでもない」とそう言った。落胆を表に出すつもりはなかったが、リーマスはどうしてか感じ取ったようで言葉を失った。「ところで……」俺は話題を変えようとしたのだが何も思い浮かばないのだった。酷く悲しい気持ちの時に話題を探すのがあれほど難しい事だとは、俺は知らなかった。 「君たち誘拐されすぎ。セコムとか入ったらどうなの?」 「取りあえず扉には鉄板を入れた」 「あとさ、いちいちパニックを起こして僕の息子に手紙を出すのやめてくれない?」 「あ、それについては、すまん」 この前はとうとう「あなた達は危なっかしくて放っておけない」と手紙に書かれてしまった。あの小さかったハリーにそんな事を言われるなんて、とリーマスと俺は少しショックを受けた。 「うそだよ。僕の息子は君たちのことがすごく好きらしい。頼ったらいいよ。あの子は僕とリリーに似て頭が切れる上に強い。しかも素晴らしい友達が後ろ盾だ」 「うん……」 「吸血鬼ってさ、あれだっけ?まず人間が大量に血を吸われて、しかるのち同量の血を吸血鬼から啜ると同化するんだっけ」 「そうらしい」 「じゃあさ、我慢できなくなったら僕がアイスホッケーのお面をかぶって君達の屋敷の窓から侵入してやるよ。そしてベッドの上でイチャついている君達をチェーンソーで切り刻んで適当に血液交換してやる」 「なんだそれ恐いぞ」 「それだったら事故みたいなものだからリーマスも諦めるだろう?」 「いや、お前、その盛り上がった髪型でばれるだろう」 「人の頭を土饅頭みたいに言うな!……ばれるかな……じゃあダース・ベイダーのマスクだとどうかしら」 「なんでダース・ベイダーがチェーンソーを装備してるんだ」 「じゃあライトセイバーで」 「いや、もうそれ見た瞬間リーマスが笑い死ぬから……」 想像すると、頭部が不自然に膨らんだダースベイダーが我が家のベッドの上で仁王立ちしているのだった。俺は吹き出した。 「よしよし笑ったね。まあ何でもいいから、そのうちジェイソンが来て悩みが解消するかもしれない、くらいに考えておきなさい。いじめて悪かったね。さあ、骨付き肉をお食べ」 「……」 不意をつかれたので俺は素直に驚いていた。励まされていたのだろうか?というか、そんなに落ち込んでいたのだろうか?俺は。 ジェームズは錆ついたロボットのような独特のウィンクをして見せる。 「元気がないから話を聞いてやってくれって頼まれたしね。リーマスに」 俺は顔を覆った。 「あれで顔に出てないつもりなのが却ってびっくりだよ君。ほら、人生は長いしチャンスはまた来る。ビールは美味しい。君も僕もリーマスも、愛する人と暮らしている。最高じゃないか」 鈍い刺激のある水、くらいに感じていたビールに突然味が戻った。ちゃんと麦芽の匂いもする。言葉の勢いで他人の気分を操作してがらりと変えてしまうのは、悪魔のようなこの男の特技のうちの一つだ。やつは歌いながら料理にビネガーを振りかけている。先ほどまでは頬を抓りあげたいとまで思っていた顔が、妙に頼もしく見えた。 そして唐突にリーマスに会いたくなった。日暮れのあと屋根の上に座って、俺の帰りを待っているだろう吸血鬼に。俺の今後の処遇については一旦置いて、今夜は久しぶりに散歩に出てみるのも悪くない。犬とコウモリの姿になって遠出をしてもいい。 俺の表情の変化を読んだのだろうか、満足そうに笑って、ジェームズは酢のスープに浮かんだ具のようになった芋のフライを齧った。そしてこう言った。 「あ、でも知ってると思うけど僕は短気だから。ある日突然チェーンソー片手に暖炉から現れる可能性はゼロじゃないからね。覚えておくこと」 帰ったら、警備会社との契約についてリーマスと話合わなければと俺は思った。俺の今後の処遇や、今夜の散歩より優先されるべき事柄だった。何より暖炉にセンサーを取り付けるのが重要だ。 ……或いは家に帰るなり「今すぐ俺を吸血鬼にしてくれ!さもないとジェイソンが来る!」と震えながら叫ぶべきなのだろうか。よく分からない。リーマスと共に長い人生を過ごすのは望むところだが、脅迫されてというのはどうだろう。 親友はジェイソン、恋人は吸血鬼。いくらここが魔法界といっても豪華キャスト過ぎはしないだろうか。とりあえず俺はビールを飲み、次の杯を頼んだ。 なんなのこの繊細な夫婦!面倒くさい!(笑) 地下のタイル張りの部屋の、 めっちゃ洗いやすそうなビニールの寝台の上に (床には金盥とかが置いてあって) 何かの再利用っぽい適当な紐でくくられたシリウスを見て、 先生は激しく落ち込んだと思います。 落ちこみながらも無言でぐいぐいとシリウスの手を引っ張って、 そのまま帰るかと思いきや、項垂れながら 隣の部屋にあった美食倶楽部の人達の棺を ひとつ残らず粉砕していくのでした。 でかくて重そうな高級棺が、生卵のように壁に叩きつけられて割れるのを見て、 シリウスは今後の自分達の交際に、ますます悲壮な覚悟を固めました。 (ハリー達は紫外線砲で大乱闘中in階上) あ、吸血鬼化の手順はキング御大が考案されたやつです(たぶん)。 あれ萌えるのよね最後に(ねたばれ)神父が征服されちゃうところ。 ところでこの2人、マグルのホラー映画を見る時は ソファに並んで座ってずっと手をつないでいると思います。 百合カップルだね☆! 2010.10.31 次へ |