月に一度、私は彼の血を飲む。

 それは満月の夜に行われる。
 夕食のあと、窓辺の椅子に腰を掛けて彼は私を待ち、私は彼の部屋を訪れる。
 暗闇のなか2人は無言で、彼は主治医を相手にするように無造作にシャツをはだけ、私は彼の髪をかき上げる。彼の血は、非常に鮮烈な味がする。

 私は普通の人間が摂る様な食事を口にすることが出来ない。せいぜいチョコレートか紅茶、ワインを飲む程度で、それも多くは嗜まない。友人が日に3度食べているコールスローやローストビーフ、茹でたジャガイモや果物は、大変おいしそうに見えるのでいつも悲しい思いをする。友人はとても優雅に、楽しそうに食事をする男だ。誘惑に耐えきれなくなると私は無作法にも彼の皿に手を伸ばし、彼が味わっている綺麗な色をしたパプリカや、イチゴをひときれ噛んでみる。しかし残念ではあるが魅力的な食材の何もかもは、私の舌の上に載ると灰の味しかしなくなる。ざらりと溶ける食物の繊維。友人が満足そうに食べているあの食事を味わうことは私には永久に不可能のようだ。しかも翌日には酷い吐き気と眩暈に見舞われて、私は熱を出すことになる。友人は「一体何度繰り返せば気が済むんだ」と笑って私を看病してくれる。そう、子供時代の彼も実においしそうに食事をしていたものだ。

 子供の頃に彼と出会ってから、もう30年はこの吸血行為を繰り返している。人に寄生をしなければ生きていけない害虫のようなこの体を呪った事もあったし、自分が生きていく価値を疑った事もあった。そんな私に彼は純然たる好意で血を与え続けてくれている。

 彼以外の人間の血を飲んだ経験が数度ほどしかないので詳しくはないのだが、彼の血はとりわけ特別な味をしているように思う。古い家系のせいだろうか、どこか苦味のある、それでいて彼の人柄そのままのように華やかで強い味の血。そして血液の味には、現在の彼の体調、睡眠不足であるとか食事が偏っているであるとか、或いは悩み事があるといった精神的な面まではっきりと現れるので、私は彼の血を飲みながら時折笑いを堪えなければならなくなる。
 特筆すべき点は彼の血の効能だ。飲んだ後は世界がまるで変わる。景色の色は鮮やかに見え、木の先端や夜空の雲の散らばり具合、レコードから流れる音楽、一つ一つが素晴らしく得難く思われる。眠りから覚めると今日一日の時間を何に費やすべきか毎日新鮮な気持ちで考える。おそらくこれは彼が日々見ている世界なのだろう。友人の血を飲んだ後の1、2週間はこのように鮮やかになった日常を私は過ごす。しかし残念ながら時間が経つと疲れてしまうのか、又は本来の私に戻ってしまうのか、段々と風景は色あせ、私は現実世界よりも惰眠と より親交を結びがちになってしまう。

 満月の夜に私は彼の血を飲む。
 私の牙が彼の喉に食い込んでいる時、ごくまれに彼の手が上がって私の背に触れることがある。
 彼の名誉のために述べておくが、私の口内から分泌される酵素にはそういう働きがある。血液の凝固を防いだり、血を吸っている相手の意識を酩酊状態にするような。
 もしかすると自分が今なにをされているのかもあやふやになっているのかもしれない。友人は私の名を呟くときもある。優しい声で。
 私はそれを聞くと何とはなしに悲しい気持ちになる。
 決して必要以上に触れたりしないように注意を払いながら、私は空想をする。もし彼の背に腕を回したら、きっと暖かいだろうなどといった常軌を逸した空想を。そして血を吸うためではなく彼に口付けたら、一体友人はどんな顔をするだろうと。私もまた彼の血に酔っているのかもしれない。
 そんな私を誘うように、彼はまた私の名を囁く。血よりも甘い、その声で。










「好きでもない男に30年も血を吸わせるかバッキャロー」
シリウスの意見

でも自分が先生に好意を打ち明けるのは、
恩を売って彼を意のままにするようで
プライドの高いシリウスにはできません。

なので彼が自分に手を出してくれたら
「じゃあ俺も!……」って言えるのになあと思っているようです。
だからシリウスは一生懸命誘っています。
1年に約12回、すっごい頑張って色っぽく誘ってます。
12×30

先生、いい加減気付いてあげないと
2人共おじいちゃんになっちゃうよ!!

2007.10.31


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