81年11月、京都で「Urban Synchronity」というイベントが
行われている。詳しい内容は下の広告を見て頂きたい。
何といっても、EP-4と坂本龍一氏の邂逅が感慨深い。
この日、何があったのか。
宝島82年1月号「ヲンナコドモ新聞」で、カオル氏の盟友であり、
タコの山崎春美氏が「その日」を詳述されている。
謹写させていただく。
「底冷えの京都の夜に教授がコンサートする」
京都の夜は文字通り底冷えした。当たりきだろう、
もう冬だから。でもぉ、という人のためにコンサート
は盛況なんだね、きっと。
今夜の出し物はぜんぶで5つ。
ハジマリハジマリは、何とも形容させてなるものか
って勢いで、「のいずんづり」だの「サラリーマン・
クラブ」だのって、京都ハエヌキのフリー・ミュージ
シャン達の迫力あるセッション。このグループ名が
「アーバン・トライブ」とあって、つまりこの文章は
「アーバン・シンクロニティ」ってコンサートの事後
報告なわけ。
京都会館別館には、坂本龍一のミーハ−を含めて
「千人の大半」が集まった。チラシにアルファ・レ
コードの広告が入るあたり、当日2,300円の価
値はあろうというもの。ま、落ち着いて聞いてよ、
おいおいワカルから。オモシロイ事に東京の発想なら
百人パソゴになるあたりが、京都では入れ替わり立ち
替わり合計30人ばかりの出演者が、移り行くのね。
演奏内容も順序にならって変化するミニマル・ミュ
ージックとあって、ヴァイブレーションの変化が楽し
まされちゃう仕掛け。ホントは僕、司会する予定だっ
たんだけど、何せ演奏がスムーズに長引くもので、あ
れよあれよと終わっちゃって、その夜のお客さん、逢
えなくてゴメンネ。
ふたつめは、東京から「上京」してきた「イコー
ル」。当人達の言によれば「タコにも似た」、佐藤
薫クン曰くは「日本のスロッピング・グリッスル」
だってさ。メンバーの、シリアスなまでの美しい
ストイシズムが透明に、、、ま、いいや、レコード
出てるから、そっち聞いてくれるぅ?実はライブが
イかったりして。
みっつめがですね、困ったな。遊談だったの、
本物の。ええ、松岡正剛の。ええ。シラケただろう
って?ところがところが。これが意外に盛り上がり
を加速させちゃったんだな。つまり、音の無い時間
が、お喋りまで止める抑制が有効だった。
なにせ「次はEP-4です」の最後の一言で
ワーッて来たんだよ。感動的だった。
よっつめは、言わずと知れたEP-4。
こればっかりは、高円寺周辺で回し聞きされ
ているテープを聞くか、アルファ・レコード
からの発売をじっと待つか、何はともあれ
キーボードに坂本龍一が入った初ライブは
異常なまでにノッたね。教授自身が久々に
ノリノリだったせいもあるけど、踊ろうに
も満員の観客が揺れていたんだ。
こうして自然に五つ目の紹介に入れるのが嬉しい。
セッションにしてインプロにあらずのエンター
テインは、だって、前述の坂本サン。サックスと
ギターに現プラスチックスの立花ハジメ。クラリネッ
トに、あのスコットじゃない、ロビン・トンプソン。
ベースに現チャクラの永田どんべえ。ドラムに現シネ
マの鈴木さえ子ってわけで、参ったよ。みんなが、
裏方まで興奮してた。微妙微妙にずれて行くって
リズム感が、多分、その夜日本全国で行われていた
どんなコンサートよりも、絶対に面白かったはずだ
よ。
こうして、出来なかった司会のお詫びを「ヲンナ
コドモ新聞」として紹介させ終わっちゃっていいか
な?打ち上げでどんな密談が交わされたか、とか、
どんなにコギレイに事が片付けられたかってアタリに
ついては、当然のようにして東京で行われる2月の
予定の次回を待ってくらさい。
山崎 春美 (謹写 圭骸)
以上であるが、坂本龍一氏とカオルの関係が窺えて、興味が尽きない。
「アルファから発売」とある様に、そこまで話しは煮詰まっていた
のだ。
また、この日の坂本氏は「B-2 Units」で登場したのも感慨深い。
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