【よろパラ 〜文学歴史の10〜 年表】
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【永禄3(1560)年】
月日  天皇 政体 事項
2月15日 第106代
正親町天皇
征夷大将軍
足利義輝
管領
細川氏綱
政所執事
伊勢貞孝
関東管領
上杉憲政

関白
近衛前久
毛利元就、陸奥守に就任

 毛利隆元は従五位下大膳大夫となる。
 ≫『毛利隆元』

3月19日 島津義弘、島津豊州家の養子となる

 島津義弘は、
 島津豊州家の島津忠親の養子となり、
 日向国飫肥城に入る。


4月 『肥田城合戦』

 浅井氏と六角氏との合戦。
 浅井賢政(後の長政)の初陣。


5月12日 今川義元、西上作戦開始

 兵25000を率いて駿府を出発。
 西三河から尾張への軍事作戦を開始する。

 ≫『今川義元』

5月19日 『桶狭間合戦』

 織田信長、桶狭間にて、
 今川義元を討ち取り今川軍を撃退する。


5月23日 松平元康、岡崎城に入る

 今川氏の人質となっていた松平元康は、
 今川義元の戦死を機に岡崎城に入る。


5月26日 『長浜城合戦』

 長宗我部氏と本山氏との合戦。
 長宗我部元親の初陣。


6月15日 長宗我部元親、家督相続

 父・長宗我部国親が急病に倒れ死去。
 元親が家督を相続する。


8月 『野良田合戦』

 浅井軍と六角軍との合戦。
 愛知川東岸での合戦。


8月23日 織田信長、美濃国へ出陣

 織田信長は美濃国の制圧へ向けて、
 軍事行動を開始する。


8月25日 長尾景虎、関東へ出陣

 関東管領・上杉憲政を、
 押し立てて関東へ攻め入る。
 岩下城・沼田城を陥落させ厩橋城へ入る。
 ≫『関東管領』


9月 武田信玄、信濃国へ出陣

 長尾景虎が関東へ
 出陣したことに対しての牽制。
 同時にこの頃に海津城が完成し、
 対長尾景虎戦線を整える。


10月 三好長慶、河内国へ出陣

 畠山高政の高屋城・飯盛山城を攻略。

 

 《永禄3(1560)年のポイント》

 この年、織田信長が『桶狭間合戦』において今川義元を討ち取る。
 この今川義元の死によって松平元康(後の徳川家康)は三河国に復帰する。

 またこの年、浅井賢政(後の長政)や長宗我部元親が初陣を飾るなど、
 『応仁文明の乱』以降、打ち続いた混乱と殺戮の戦国史に、
 新しい群雄が登場していることが注目される。

 その一方で関東では長尾景虎の進出を受けて、
 北条氏康と武田信玄が連携して軍事作戦を行い、
 畿内でも三好長慶が軍事行動を展開するなど、
 旧態然とした戦国の世でもあった。

 その混沌とした中で新世代が登場する永禄3年は、
 戦国史において新旧の分岐点となる年であった。


 

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