| 【よろパラ 〜文学歴史の10〜 年表】 |
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| 【斉明天皇3(657)年】 |
| 月日 | 天皇 | 政体 | 事項 |
| 7月3日 | 第37代 斉明天皇 |
都貨邏人、漂着 | |
筑紫国に漂着。 吐火羅とも記され、 中央アジアのウズベクや、 東南アジアのミャンマー中部や、 タイ南部の住人とする等、諸説がある。 彼らは、飛鳥へ招待される |
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| 7月15日 | 盂蘭盆会を行う | ||
盂蘭盆会を行い、 都貨邏人を饗応する。 また飛鳥寺に西に須弥山石像を安置する。 |
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| 9月 | 有間皇子、発狂するも快癒 | ||
有間皇子は、発狂を装うも、 牟婁湯で病気を療養したとして、 快癒した旨の報告を行う。 ≫『有間皇子』 |
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《斉明天皇3(657)年のポイント》 都貨邏人が漂着し、 飛鳥へ招待した上で歓待している。 政治面では、それまで狂人を装っていた有間皇子が、 突如として「牟婁湯での療養」を経て、正気に戻り、 朝堂に緊張感が走ることとなる。 この年、遣新羅使を送り、 新羅経由で安全な陸路での唐への入国を企図するも、 日本と唐との外交関係の拡大を妬む新羅によって妨害され、 唐へ外交使節を送ることは、 実現出来なかった。 所謂「改新政権」から「中大兄皇子政権」とも言える体制になって、 唐との外交関係の拡大を目指していたことは注目される 朝鮮半島問題を巡っての外交使節団の派遣であったと思われるが、 新羅の妨害に遭い頓挫する。 極東アジアでは、激しい外交戦が繰り広げられており、 日本は完全に出遅れていた。 |
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