牧師室より

ようやく秋の気配。北国の山では今年、ブナの実が不作でクマやシカやイノシシが里に下り、農作物や人に害を為す心配があると聞く。一方、私がいつも散歩する里山では、ドングリ類が今年も豊作だ。コナラ、クヌギ、シラカシ、スダジイ、マテバシイなど。場所によっては、山道に足の踏み場もないほど落ちている。ドングリを食する大型哺乳類が生息していないことを残念に思う気持ちが心をかすめる。カルガモが冬越しする助けになると考えると嬉しいし、これで特定外来種のタイワンリス(クリハラリス)が増えるだろうと思うと複雑な気持ちになる。  「主の教えを愛し/その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び/葉もしおれることがない(詩編1:2−3b)」。常に潤いと養分を与えられる木のようでありたいと感じ、同時に木の世話をする責務の大切さも思う。 (中沢麻貴)