牧師室より

春を淡く彩った桜も、すっかり葉桜になった。サクラ類にはクマリンという芳香成分がある。花そのものよりむしろ桜餅の塩漬け葉によってそれは楽しむことができる。里山を歩いていると、一年に三回同じ芳香を楽しむチャンスがある。最初は、春にウワミズザクラが開花した時。ソメイヨシノなどの一般的なサクラよりずっとはっきりとした芳香が木の周囲に漂う。二回目は秋ごろ。草むらに生えるフジバカマやヒヨドリバナの葉が枯れて分解されると、藪の中からクマリンの芳香が立ち昇る。フジバカマの生葉は香らないが、枯れて細胞が壊れる時に酵素が作用してクマリンが生成されるのだ。平安貴族はこれを、匂い袋に利用した。三度目はおもに冬の暖かい日。オオシマザクラの落ち葉が土中でゆっくり分解され、日差しに匂い立つ。聖書の中で昔の人々は、香を焚き、献げ物も祭壇で焼いて、香りを神様に届けようとした。香りという目に見えないものによって神様とつながろうとした昔をふと想う。(中沢麻貴)