神の力を使えるようになる

教会に行く行かないは本人の選択であるが、
教会に行くことによって神の力を受けられる。
神の力を使うことを知らないと、その利点が感じられない。
それが分かれば、教会に行く大きな動機になる。
ぜひ、神の力を使う方法を身に着けてほしい。



「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。
あなたがたを休ませてあげよう。
わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。
そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」
(マタイ11:28-30)

「くびきは複数の家畜や人間の首に固定して、
一緒に決まった仕事をさせるための道具。
キリストのくびきは、キリストの弟子であることの象徴である。」
(聖句ガイド「くびき」)



キリストのくびきを負うと、負担が増えて大変だなという印象があるが、
これは、キリストと共にくびきを負うということ。
上の写真で例えると、右の牛が私で、左の牛がキリストになる。
つまり、くびきを通してキリストとつながることができる。
キリストとつながれば、キリストの力を使うことができるようになる。

自動車に乗ることで、自動車の力を使うことができる。
建設機械に乗ることで、建設機械の力を使うことができる。
ガンダムに乗ることで、ガンダムの力を使うことができる。
キリストとともにくびきを負うことで、キリストの力を使うことができる。

ラッセル・M・ネルソン大管長の総大会の話より
(リアホナ2022年11月号 95ページ)
「神と交わした聖約を守ることで得られる報いとは天の力であり、
それは、試練や誘惑、心の痛みにもっとよく耐えられるよう
にわたしたちを強めてくれます。
この力は、わたしたちの旅路を楽にしてくれます。
イエス・キリストのより高い律法に従って生活する人は、
より高い主の力にあずかることができます。
このため、聖約を守る人には、神との聖約の関係を通して、
特別な休みを得る権利が与えられるのです。
イエス・キリストとともにくびきを負い、
世に打ち勝つうえで必要な霊的な努力をするならば、
主は、主のみが持っておられる力で、
この世に引きずり込む力から皆さんを引き上げてくださいます。」

このくびきとは、神と聖約を交わすことであり、
そのことによって神とつながることができる。


儀式と聖約と祝福の関係

福音の儀式を受け、その聖約を守るとき、その祝福としてキリストの力を受ける。
3つの段階で力を受ける。

聖約について

聖約とは、神と交わす約束のこと。
聖約は儀式と祝福とセットになっている。
契約書になぞらえると、
契約書には、甲と乙の2者のそれぞれすべきことが書かれていて、
最後に承諾したことを表すためにサインか印鑑を押す。

「聖約」が、私達が神に対してすべきこと。
「祝福」が、神が私達にしてくれること。
神の力を授かることが含まれる。
「儀式」が、それを承諾したことを表すこと。
サインや印鑑に相当する。
私達が「聖約」を履行すると、神が「祝福」をくださる。

=> 契約書の形式で書面化してみた。(PDFファイル)

1)バプテスマで受ける力:聖霊の賜物

聖約 祝福 毎週、聖餐を受けることによって、聖約と祝福を更新する。

2)神権で受ける力

聖約 祝福 神権の鍵と神権の職は男性のみ受けることができる。
しかし、神権の力と神権の祝福は性別、年齢関係なく受けることができる。

3)エンダウメントで受ける力:聖霊の全き 聖約 祝福 神殿でのみ受けることができる。

4)結び固め

聖約 祝福 神殿でのみ受けることができる。
夫婦の結び固めと、親子の結び固めがある。
結び固められた夫婦から生まれた子供は、自動的に親に結び固められる。

「力」のレベルアップ

これらの「力」とは「自分の力以上のことを行う力」

上のレベルほど他人のために使う力、神に近い力になる。
1つ目の力の「聖霊の賜物」は自分自身に影響を及ぼす力。
2つ目の力の「神権」は自分の家族や教会員に影響を及ぼす力。
3つ目の力の「聖霊の全き」は、さらに広がって、全人類、生きている人々だけでなく、
既に亡くなった人々にまで影響を及ぼす力。

「自分」→「家族、教会員」→「全世界、霊界」というレベルアップ。

バプテスマと確認の儀式は、救われる側になるのに必要なもの。
神殿の儀式は昇栄に必要で、救う側になるのに必要なもの。

「神とともに住む」→「神の御業を遂行する」→「神にようになる」というレベルアップ。


儀式と聖約と祝福について補足

儀式 聖約を行う 祝福を受ける アブラハムの子孫というだけで、自動的に救われているわけではない。
また、行ないだけでも救われるわけではない。
儀式と行いと恵みの3つがそろうことによって救われる。

神の力の現れ


祝福師の祝福から自分に与えられた力を知ることができる

神の力を得られない理由

神の力を得る事、神の力を使う事に関する指導者の話

第一の力「聖霊の賜物」について

ネルソン大管長
「教会のための啓示、わたしたちの人生のための啓示」より
(リアホナ2018年5月号)

わたしたちは複雑で争いの激化する世に住んでいます。
ソーシャルメディアに常にさらされ、
24時間やむことのないニュースの嵐が容赦なく襲いかかります。
真理を攻撃する無数の声や人の哲学をふるいにかけたいと思うなら、
啓示を受けられるようにならなければなりません。

繰り返し行くことのできる静かな場所を見つけてください。
神の御前にへりくだってください。
天の御父に心を注ぎ出してください。
御父に頼って答えと慰めを求めてください。
心配事や恐れ、弱さについて、イエス・キリストの御名によって祈ってください。
そうです、心の切なる思いについて祈ってください。
その後で耳を傾けてください。
心に浮かんだ考えを書き留めてください。
感じたことを記録し、それに従って、促しを受けたとおりに行動してください。
来る日も来る日も、年月を重ねて、このプロセスを繰り返すときに、
「啓示の原則が身に付いて」くるでしょう。
救い主、贖い主イエス・キリストは、今から再びおいでになる時までの間に、
最も力強い業を幾つかなされるでしょう。
わたしたちは、父なる神と御子イエス・キリストが尊厳と栄光のうちに
この教会を管理されることを示す奇跡的なしるしを見るでしょう。
しかし、導き、指示し、慰める、変わることのない聖霊の影響力がなければ、
これから先、霊的に生き残ることはできなくなるでしょう。

愛する兄弟姉妹の皆さん、
啓示を受ける霊的な能力を伸ばすように、切にお願いします。
この復活祭の日曜日が、皆さんの人生を動かす決定的な時となりますように。
聖霊の賜物を享受するために、そしてもっと頻繁に、もっとはっきりと
御霊の声を聞くために求められる霊的な業を行うことを選んでください。

第二の力「神権の力」について

ネルソン大管長「神の力と権能によるミニスタリング」より
(リアホナ2018年5月号)

さて、わたしが懸念していることを話してもよいでしょうか。
それは、あまりにも多くの兄弟姉妹が、
神権の力と権能の概念を十分に理解していないことです。
彼らは、神の力を使ってその子供たちを祝福するよりも、
私利私欲を満たす方がよいと思っているかのような行動を取ります。

あまりにも多くの兄弟姉妹が、
手に入れられるはずの特権を理解していないのではないかと、
わたしは危惧しています。
例えば、一部の兄弟は神権とは何か、
神権のおかげで何ができるかを理解していないような行動を取ります。
具体的な例を挙げましょう。
最近わたしが出席したある聖餐会で、
生まれたばかりの幼子が命名と父親の祝福を受けることになっていました。
若い父親は貴い幼子を腕に抱いて命名し、
それから美しい祈りをささげました。
ところが、その子に祝福を授けなかったのです。
その愛らしい女の子は命名されただけで、祝福を授けられませんでした。
その愛する長老は、祈りと神権の祝福の違いを知りませんでした。
神権の権能と力により幼子を祝福できたのに、しなかったのです。
何ともったいないことだろうと思いました。

ほかの例を挙げましょう。
姉妹たちを初等協会や若い女性や扶助協会の指導者や教師として任命するときに、
召しを果たす力を祝福として授けるのを怠たる兄弟たちがいます。
勧告と指示のみを授けるのです。
また、ふさわしい父親でありながら、妻と子供がまさに
神権の祝福を必要としているときにそれを授けない人もいます。
神権の力はこの地上に回復されています。
にもかかわらず、あまりにも多くの兄弟姉妹が、
まことの神権の祝福を受けることなく、
この世のひどい試練を経験しているのです。
何と悲しいことでしょう。
このような悲しい出来事はなくすことができます。

兄弟の皆さん、わたしたちは神の聖なる神権を持っています。
主の民を祝福する神の権能を持っているのです。
「だれでもあなたが祝福する者をわたしは祝福しよう」
と言われた主のすばらしい約束について考えてみてください。
わたしたちには、イエス・キリストの御名により、
御心に従って神の子供を祝福する特権があります。
ステーク会長とビショップの皆さん、皆さんが管理する定員会のすべての会員が
神権の祝福の授け方を理解できるようにしてください。
神の力を十分に求めるために必要な個人のふさわしさと霊的な備えも含めてです。

第三の力「聖霊の全き」について

ネルソン大管長「神権の鍵という賜物を喜ぶ」より
(リアホナ2024年5月号)

ジョセフ・スミスによるカートランド神殿の奉献の祈りは、
この終わりの時に人生の困難に立ち向かううえで、
神殿が皆さんやわたしに、霊的な力をどのように与えてくれるかを教えてくれます。
教義と聖約第109章に記されている祈りを研究してください。
啓示により与えられたこの奉献の祈りは、神殿が祈りの家、断食の家、信仰の家、
学びの家、栄光の家、秩序の家、神の家」であることを教えています。

ここに挙げられている特性は、神殿について描写しているだけでなく、
主の宮で奉仕し、礼拝する人々に起こる約束でもあります。
そのような人々は、祈りの答えや個人の啓示を受け、信仰を深め、強さや慰めを受け、
さらなる知識とさらなる力を得ることを期待できるのです。

神殿で過ごす時間は、日の栄えの考えを持ち、自分が真に何者なのか、
どのような人物になり得るのか、どのような生活を永遠に送れるのか、
といったビジョンをつかむ助けとなります。
定期的に神殿で礼拝すると、自分自身への理解が深まり、
神の壮大な計画における自らの役割がさらによく分かるようになるとお約束します。

わたしたちは、神殿で聖霊の全きを受けると約束されています。
永遠の真理を熱心に求めるすべての人に天が開かれるという観点から、
この約束が何を意味するか考えてください。

わたしたちは、神殿で礼拝するすべての人が、
神の力と、彼らに対する務めを果たす天使たちを伴うと教えられています。
エンダウメントを受け、神の力で武装した男女が、
自分独りで人生に立ち向かう必要はないと知れば、
どれほど自信が増すことでしょうか。
天使が実際に自分を助けてくれると分かれば、どれほど勇気が湧くことでしょうか。

わたしたちはいかなる悪の結社も
主の宮で礼拝する者に打ち勝つことはないという約束を受けています。

神殿で得られる霊的な特権を理解することは、
今日のわたしたち一人一人にとってきわめて重要です。

状況の許す限り、定期的に神殿で礼拝すること以上に、
鉄の棒にしっかりとつかまる助けになるものはないでしょう。
世の暗黒の霧に出くわしたとき、
定期的に神殿で礼拝すること以上に皆さんの守りとなるものはないのです。
これ以上に、主イエス・キリストと主の贖罪に対する証を強め、
神の壮大な計画を理解する助けになるものはありません。
苦しいとき、これ以上に霊を慰めてくれるものも、
これ以上に天を開いてくれるものもありません。
ほかにないのです!

神殿こそ、神がわたしたち一人一人に用意しておられる
最も大いなる祝福への入り口です。
それは、神殿がアブラハムに約束されたすべての祝福を受けられる、
地上で唯一の場所だからです。

天使の助け

シェーン・ M・ボーエン長老「奇跡と天使と神権の力」より
(リアホナ2024年5月号)

神権の力の直接の結果として、
奇跡と天使の助けがわたしたちの生活の中に絶えずもたらされている。

ネルソン大管長は、奇跡を求め、待ち望むように教えている。

天使たちはわたしたちの周囲にいて、わたしたちを支えている。

すべての状況がわたしたちの願いや祈りのとおりになるとはかぎらないが、
神の奇跡は常に、神の御心、神の時、神の計画に従って起こる。

チリで宣教師をしていたころ、不当に逮捕され、投獄された。
不安になり、神様に祈ったところ、すぐに聖霊が訪れて、慰めてくれた。
聖霊は祝福師の祝福の中の言葉を思い出させてくれ、明るい将来を確信できた。
祝福師の祝福の言葉のとおり、釈放され、神殿で結婚し、多くの子供に恵まれた。

父方の祖父は祝福師の祝福で、癒しの賜物を約束された。
病人は癒され、死者はよみがえると。
何年も後、母が死んだと知らせを 受けた。
家に駆け付け、母の頭に両手を置いて、
主に、母を生き返らせてくださるようにと言った。
そうすると、母は目を開けて言った。
霊界にいたんだけど、あなたに呼び戻されたと。

家族7人でワードの戸外活動から帰る途中、
カーブで、一台の車が車線を越えてこちらの車線に入って来た。
対向車との衝突を避けるためにハンドルを切り、車は横転して横滑りし、
道路から落ちて最終的に助手席側が下になって土の中で止まった。
車から脱出したが、10歳の娘のエミリーがいないことに気づいた。
エミリーは車の下敷きになっていた。
助けに来たワードの会員数人と、車をひっくり返し、
エミリーを運び出せたが、息をしていなかった。
神権の力で祝福を行ったところ、彼女は息を吹き返した。
エミリーは1日半、昏睡状態だった。
わたしたちは彼女のために祈りと断食を続けた。
彼女は祝福されて全快した。
車を持ち上げてエミリーを救い出した人たちは、車の重さを感じなかったと言った。
天からの天使たちが地上の天使たちと一緒に車を持ち上げ、
エミリーの体を引き出せるようにしてくれた。

啓示

ダリン・H・オークス長老「啓示」より
(聖徒の道1983年12月号)

啓示には次の8つの目的がある。

1)真理を証する。
御霊によって、イエス・キリストが人類の贖い主であり、福音が真実であり、
モルモン書が真実であるという確信を得ることができる。(モロナイ10:4-5)

2)予言。
将来起こることを予言する。
大管長や使徒職を持つ人は世界や教会全体のために予言する。
祝福師も祝福を受ける人について予言する。
一般の教会員もその責任の範囲内において予言的な啓示を受ける。

オークス長老・姉妹夫婦は5人の子ども授かって以降、
10年以上、子供を授からなかったが、
妻が神殿で、もう一人子どもが授けられると御霊のささやきを受けた。
その予言は1年半後に成就し、6番目の子どもが生まれた。

3)慰める。不安や恐れ孤独感を取り去る。
預言者ジョセフ・スミスがリバティーの牢獄の中で、
何か月もの間ひどい状況に置かれていたときに、
自分と迫害されている聖徒たちのために主に嘆願したとき
次のような慰めの言葉が与えられた。
「息子よ、あなたの心に平安があるように。
あなたの逆境とあなたの苦難は、つかの間にすぎない。
その後、あなたがそれをよく堪え忍ぶならば、
神はあなたを高い所に上げるであろう。
あなたはすべての敵に打ち勝つであろう。」
(教義と聖約121:7-8)

夫に先立たれたある婦人は、死んだ夫の霊を近くに感じ、愛と関心を確信した。

4)励ます。
神の教えや戒めに従いたいと思うように励ます。

ある技師の体験談。
宣教師の訪問を受けた彼の奥さんは、二人を家に招き入れた。
奥さんは宣教師のメッセージに積極的だったが、
彼の方は自分の意に反して勝手にレッスンが進んでいるように感じた。
ある晩、奥さんはバプテスマを受けたいと、彼に打ち明けた。
彼の心には怒りが込み上げた。
彼は上着をつかみ、ドアを荒々しく閉めて夜の戸外へ出て行った。
歩きながら、宣教師にレッスンを許した自分を、ののしった。
やがて歩きつかれ、怒りも収まってきた。
すると何かしら祈りたい気持ちに駆られた。
彼は歩きながら祈った。
疑問に答えてくれるよう、神に懇願した。
そのとき、はっきりと心に訴えるものがあった。
「福音は真実である。」そう告げる声が聞こえた。
安らかな思いに満たされた。
家に着くまでには、あれほど怒りを覚えたことが進歩の機会に思えてきた。
玄関のドアを開けると、ひざまずいて祈る奥さんの姿があった。

5)知識を伝える。
大切な宝物をなくした子供が助けを求めて祈り、そのありかを知らされた。

系図探求で問題にぶつかったとき、
祈りを通して、その解決に必要な事柄を知らされた。

教会のある責任に、だれを召したらよいか答えを祈り求めた指導者に、
みたまが具体的に名をあげて答えた。

6)何かを思いとどまらせる。
御霊は人から不安感を取り去る役割をするが、
何かを思いとどまらせる場合、逆に不安を与えるときがある。

オークス長老の経験談
ブリガム・ヤング大学の学長をしていたころ、1枚の書類に目を通していた。
その書類は何度も確認をしていた。
しかし、サインをしようとしたとき、非常に消極的な思いと不安を感じ、
もう一度洗い直すように依頼した。
すると、それまで分からなかった問題点が明らかになった。
もし事を進めていたら、大学は将来非常に厄介な問題を抱え込んでしまうところだった。

7)確認する。
私たちは、神様から導きを受けるとき、すべてを神様にやってもらうのではなく、
まず自分の自由意志を行使し、自分自身で考え、その結果を主に伺うと言う方法をとる。
それが正しければ、心の内が燃えるように感じる。(教義と聖約9:7-9)

8)行動を促す。
緊急事態など突然、御霊が行動を促すことがある。

オークス長老の祖母チェスティ・オルセン・ハリスの体験
家の近くの干上がった川底で何人かの子供たちを遊ばせていたとき、
子供たちを川底から土手にあげるようにと言う声が聞こえてきた。
とても天気の良い日で、雨が降りそうな気配はなかったので、
無視して、遊びを続けた。
ところが、せかすような声がまた聞こえたので、
急いで子供たちを集め、土手に駆け上がった。
すると、突然の濁流が、子供たちが遊んでいた場所を
ものすごい音を立てながら流れていった。
その啓示が無ければ、皆、溺れ死んでいたところだった。

神の力の経験談

KY姉妹の話

KY姉妹のお母さんは、徐々に目の視力が無くなっていった。
病院で診てもらうと脳に腫瘍(つまりガン)があり、それが原因と分かった。
しかし、その病院では手術ができないので、大学病院を紹介してもらった。
大学病院に予約を入れたが、診てもらえるのは1か月後だった。
それまでにもっと悪化しないか不安になったがどうにもできなかった。
その後すぐステーク大会で教会の中央幹部が訪問することを知って
癒しの祝福をしてもらえないか、ステークの役員に相談した。
土曜の夜の集会の後、中央幹部の長老が家を訪問してくれて、
癒しの祝福をしてもらえた。
大学病院の診察日になって、診察してもらうと、
脳の腫瘍が消えていて、治療は必要はないと言われた。
お母さんの視力はやがて戻っていった。

KT夫妻の経験

KT夫妻はアメリカに住んでいたときのある日、
二人同時に同じ夢を見た。
北海道に住んでいたときに同じ支部にいた人たちが夢に出てきた。
KT夫妻が北海道に住んでいたのは、まだ東京神殿ができるずっと前で、
神殿ができる前にその人たちは亡くなっていた。
KT夫妻は気になり、彼らが死者の身代わりでエンダウメントなどの
儀式を受けたか調べたところ、まだであることが分かった。
そこで、KT夫妻は北海道時代の友人に、彼らの名前を神殿に提出し、
儀式を受けてくれるよう頼んだ。
頼んだ相手からはしばらく連絡が来なかったので、
儀式が終わったかどうか分からなかった。
しかし、ある日KT夫妻はまた二人同時に同じ夢を見た。
今度は、夢に出てきた人々がこのように言った。
「これでやっと伝道に行くことができます。」
後に、この夢を見た少し前に儀式が終わっていたことが分かった。
(霊界でもエンダウメントを受けて伝道に行くらしい。)

SK兄弟の経験

SK兄弟は3歳のときに、父が亡くなった。
彼は19歳で、この教会に入った。
彼がある日、父がどんな人だったかを、父を知る人たちに聞いてみたいと思った。
父には兄弟がいたが、父が亡くなってからは、連絡が途絶え、
父の兄弟が今どこにいるのか、母は知らなかった。
しかし、彼は何かの手がかりを捜し求め、
父がかつて設計の仕事で働いていた米軍基地に連絡を取った。
そこで父が所属していた設計事務所の連絡先を教えてもらった。
そして、父を知るかつての上司に会うことができ、父の話しを聞くことができた。
その人の話しによると、父は立派な人だったようだ。
その人は父の実家の連絡先を知っていたので、教えてもらい、その住所を訪ねた。
しかし、近所の人に聞くと、もう、父の両親は亡くなり、
父の兄弟の連絡先は分からないとのことだった。
彼はがっかりしたが、父のかつての上司とも話しができて、
満足しなければいけないと思いあきらめた。
それから数ヵ月後、奇跡が訪れた。
彼は父の身代わりの儀式を神殿で受けるために、父の名前を提出していた。
教会の管理本部で働いている同じワードの姉妹から
「あなたのお父さんは、十年前に身代わりの儀式を受けているよ。」と言われた。
はじめ彼は何を言われているのか分からなかった。
実は、教会の管理本部にはSK兄弟の父の弟が勤めていた。
先の姉妹がSK兄弟の提出した父の名前をコンピュータに入力しようとしていたところ、
SK兄弟のおじがその横を通り、ふと画面を覗き込んだ。
自分の兄の名前があるので彼は驚いた。
そういう経緯で、すべてが明らかになった。
それを聞いたSK兄弟は、捜していた自分のおじが、同じ教会の会員であったことと、
自分の父が自分より前にバプテスマを受けていたことに驚いた。

AM兄弟の経験

AM兄弟は、ある日、変な夢を見た。
山道を歩いていると、おばあさんが石に腰掛けていた。
彼は、彼女に「何をしているんですか。」と尋ねたところ、
彼女は、「儀式を受けるのを待っているのです。」と言った。
ここで夢から覚めた。
その朝、家族と食事をしているときに、彼は、この変な夢の話しをした。
すると彼の息子が震え始めた。
実は、息子も同じ夢を見ていた。
これは何かありはしないかと言うことで、
神殿に提出した自分達の先祖の名前に漏れがないか調べてみることにした。
すると、先祖のある女性の名前が漏れていることが分かった。
彼は、その女性の名前を提出し、身代わりの儀式を行った。

SG兄弟の経験

SG兄弟は仕事でトラブル続きだった。
ある日、大変なことが起った。
共同で事業を行っていた相手が事業の資金三千万円を持ち逃げした。
しばらく、食べることもできない、夜も眠れない日々が続いた。
ある日、これは自分が何かを怠っていて、
それを神様が気づかせようとされているのではないかと、彼は思った。
そして、神殿での身代わりの儀式を全うすることを怠っていた事に気づいた。
それから、よく神殿に入ることにした。
するとしばらくして、事業資金を持ち逃げした人が現れ、
自分のしたことを謝り、お金を返してくれた。
それ以降、仕事でのトラブルもなくなった。

私の経験談

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その他の人々の経験談

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