新しい資本主義 と シオン主義


新しい資本主義とは

岸田内閣が「新しい資本主義」という経済政策を掲げている。
ニュースだけを見ても、どういうものなのか、よくわからない。
どのようなところが新しいのか。

今までの資本主義の歴史を見ると、「政府か市場か」「官か民か」の間で揺れ動いて来た。

新しい資本主義では、「政府か市場か」「官か民か」の二元論的な考え方ではなく、
新自由主義で生まれた課題について、
営利企業、政府、非営利団体が一体となって解決を図ることを目指している。
問題の解決が新たな市場を作り成長につながる。

成長と分配の好循環


資本主義の本質

資本の増やし方

資本家が銀行などから集めたお金で、土地や工場などの生産手段を用意し、
労働者を雇って事業をする。(投資)
商品を売って得た利益をさらに投資にまわし、生産量を増やす。
資本を増やしながら企業は成長していく。

2種類のお金

交換するためのお金 = 通貨 → 世間を流れる
増やすためのお金 = 資本 → 資本家に貯められる
これは、互いに矛盾する。
特定の人々に貯められると、通貨として機能しなくなり、不況を起こす。
小泉内閣のとき、戦後最長の好景気と言われながら、
一般庶民の生活が向上しなかったのはこれが原因。
資本として機能したが、通貨として機能していなかった。

資本主義の本質は「利子」

資本主義は工業とともに生まれた。
工業には工場、敷地、機械など巨額の資金が必要。
その資金を提供するのが投資家。彼らはその見返りとして利子を要求する。
その利子(配当)を確保するために、成長が強制される。
利子(配当)が無いものに投資はされない。

資本主義社会は成長が求められる。しかし、成長には限界がある。

経済の専門家は資本主義の経済を維持するには年間3%の経済成長が必要という。
100円を年利3%で預けた場合、2000年後には、4725517875582860538868322753円。
つまり4725兆円のさらに1兆倍。
世界の総生産の1兆倍。世界のすべての人が1兆年働いて払える金額になる。
資本主義が永遠に続くような錯覚を抱いているが、このシステムは長続きしない。

資本主義の問題点

資本主義の経済は市場原理の思想が支えている。
おのおのが自分の利益を追求すると、結果、全体の経済の発展につながると、思われていた。
しかし、その結果、一部の人々に富の偏在し、多くの人々が貧困に苦しむことになった。
特に、世界的な大恐慌のときにそれが顕著になった。
大恐慌のときに起きたことは、下記の「餓死者が出た例」にまとめて述べる。

解決策として考えられたこと

金融

お金を貯めると流れないという矛盾の解決のために、金融は存在する。

お金を貯めるために銀行に預けるが、貯められたままではなく、
他者に貸し出されて使われる。
こうして、お金が世間に流れる。

銀行だけでなく、年金や保険も金融の範囲である。

年金は老後の生活資金を貯めているように見えるが、
実際は現在の老人の生活資金として世間に流れている。

保険は病気やケガをしたときのために、治療費を貯めているように見えるが、
実際は現在の病人やケガ人のために治療費として世間に流れている。

現在の問題点は銀行が企業にあまり投資しなくなったこと。
国債などリスクが低いものにしか手をださない。
銀行が企業への投資に消極的なので、政府は個人が企業へ投資をするよう、
誘導しているが、プロが避けるものを、素人に勧めてよいのだろうかと思う。

成長企業が日本には少ないことが原因。日本は工業立国として成長したきたが、
物はある程度いきわたると売れなくなる。
時代は工業から情報に移り変わった。
情報産業は土地や工場や機械などの巨額な投資を必要としない。
銀行の役割は終わりに向かっている。
銀行が「貯める」を「流れる」に変えることができない状態になった。

物があるのに、不況になるのは、お金が流れないから。
金融が機能しないので、お金が流れないから、物やサービスが流れない。

自由貨幣制度

シルビオ・ゲゼルが提唱した制度。
「流れる」ことに特化した貨幣。
時間が経つと価値が減ることによって「貯める」ことをできなくした。
通貨として使えるが、資本としては使えない貨幣。
地域通貨としての実績はあるが、国家通貨としては実績が無い。

1929年の世界大恐慌後のオーストリアのヴェルグルという町で使われた。
地域紙幣の裏に毎月1パーセント分のスタンプを買って貼らなくてはならない。
持っていても減るので皆がそれをすぐに使い、経済の好循環が起こり、
失業者はいなくなった。大不況の中、ヴェルグルだけが繁栄する事になった。
しかし、この制度は国家により禁止されたので、
ヴェルグルは再び30%の失業者を抱える状態に戻ってしまった。

当時はスタンプを貼るという面倒なことをしていたが、
現在は電子マネーとして、自動的に減価する仕組みのものがある。

共産主義

カール・マルクスが提唱した制度。
利益を皆で平等に分配する。
これを行うため、私有資本の廃止、計画経済、一党独裁を行った。
(それに対する資本主義は私有資本、市場経済、民主主義)

共産主義も結局、人々を豊かにするという課題を解決できなかった。
共産主義国家でも、貧困や餓死者が出る事態を起こしてしまった。
餓死者が出た例は下記の「餓死者が出た例」にまとめて述べる。

共産主義国家では、制度を維持するため自由を制限し、暴力によって支配した。
また、いくら働いても、皆と同じ配分なので、労働意欲が失われた。
また、画一的な政策からくる失敗もあった。

非営利法人

お金が流れれないので起こる不況に対するもう一つの対応策は非営利法人である。
非営利法人は、お金なし(または安価)で物やサービスを提供することができる。
詳しくは、下記の非営利法人の役割で述べる。

餓死者が出た例

1929年の世界恐慌

資本主義国で市場原理が全体の利益獲得に機能しなかった例

1929年の世界恐慌のとき、職を失った人たちは生活費を稼ぐことができずに、
飢え死にする人が多くいた。
しかし、食べ物が不足していたわけではない。
逆に、その年は大豊作だった。
農家は値崩れを防ぐため作物を大量廃棄した。
食べものは貧しい人に回されることはなかった。

現代では、フードバンクという非営利法人が、
企業から賞味期限間近の食料の寄付を受け、貧しい家庭へ配布している。
新型コロナの感染症で職を失った人たちが多くいたが、フードバンクが彼らを支援した。

スターリン時代のソ連

平等配分による労働意欲の喪失の例

スターリンは、自分の土地を耕して自活していた農民たちから生産手段
(農地、農機具、家畜)を取り上げて、集団農場に集めて働かせた。
農業は自然が相手だ。雨が降ったらどうしようかとか、
寒くて霜がおりたらどうしようかということを農民たちは常に考えて、
自分の畑に手をかけている。
ところが、集団農場では、熱心に働く人がいなくなった。
朝9時から夕方5時まで働いて給料をもらえばいい、ということになり、
労働意欲が低下した。
雨や霜の対策のためには、徹夜で作業しなければならないこともある。
しかし、雇われ農民たちは雨や霜の対策をしないまま、
夕方5時になると家に帰るので、作物がダメになってしまい、多くの餓死者を出した。

毛沢東時代の中国

画一的な政策による失敗の例

1958年〜1962年に中国を襲った飢饉は、2000〜3000万人の餓死者を出した。

農場の所有を禁止するとした急激な変化を伴う農業政策方針を導入した。
私有地・重機類・家畜などあらゆるものが共同所有にされた。

所有権を離れた農具を手入れする者はいなくなり、使い物にならなくなった。
食糧は自分が消費しないと他の人が消費するので競って消費を始めた。
私有地で採れた作物は蓄えることなく食い尽くされ、家畜も食べ尽くされた。

鉄鋼の生産は経済発展のための重要な要件として認識され、
何百万人もの農民が農作業から離れて鉄鋼生産の労働力に加わるように命じられた。
農民らは自分の農具を溶かし鉄を作った。
しかし、それは品質が悪かった。
そのため、食料の生産量は大幅に減った。

「密植」(苗を3倍の密度で植えること)によって増産を目指すよう命令された。
風が通らず日光も差し込まない苗は実を結ばず種さえ回収できない結果となった。

畑を守るためにスズメなどの作物の種子を食べる野鳥を駆除するよう命令された。
この大量駆除は、鳥類が食べていた害虫の爆発的な増加をもたらした。
かえって、食料の生産量が減った。

非営利法人の役割

なぜ非営利法人が必要か。なぜ営利企業や政府に任せないか。

営利企業

社会的に必要な事業なのに、営利企業に任せていては、
採算が取れないなどの理由により、実施されない。
それを非営利法人が実施している。

政府

憲法89条では「公金その他の公の財産は、…公の支配に属しない慈善、教育若しくは
博愛の事業に対し、支出、又はその利用に供してはならない。」とある。
一方、憲法25条では「国は社会福祉の増進に努めなければならない。」とあるため、
政府が直接、事業を実施するのでなく、非営利法人が事業を行っている。

非営利法人は政府よりも柔軟に行動できる。

阪神大震災時に非営利法人は機動的な活動ができた。
行政が柔軟な対応ができないのは、その平等性からきている。
行政の収入源は税金であり、それぞれに画一的に対応しなければ、
納税者の支持は受けられない。
個別的なニーズには対応できない。
多くの人に提供するためにそれぞれが最低限度になる。
生活保護の支給も最低賃金を超えないようになっていて、生活環境も規制される。
かつて、生活保護を受けていた一人暮らしのお年寄りが、夏の暑さで熱中症にかかり、
有志の人がエアコンをプレゼントしたところ、エアコンを持っているのなら、
生活保護は打ち切るといわれた事件がマスコミで話題になった。

非営利法人は多彩な事業を行える。

非営利活動は、むかしは慈善事業を指していた。(慈善型、奉仕型)
今は「自分たちのニーズは自分たちで解決」という双方向性、互酬性を持っている。

非営利法人によるボランティアは、新しい民主主義の形。

現在の間接民主主義では、政治に自分たちのニーズを反映させるには、
数年に1回の選挙しかない。
しかし、選挙によって選ばれた人が、自分たちのニーズを満たしてくれるとは限らない。
今までの方法では、「お役所だのみで、結局ニーズが満たされなくて不平をいう」
ということだった。
それが「自分たちのニーズは自分たちで解決する」という変化がでてきた。
これが、現在の非営利法人の特徴だ。
選挙で間接的に社会を変えることに加え、ボランティアで直接的に社会を変えるという
直接民主主義的なものが社会に生じはじめた。
また、1997年にノーベル平和賞を受賞した「地雷禁止国際キャンペーン」のように、
非営利法人は政府を動かす力を持ち始めている。

市場経済(営利企業)や計画経済(政府)では解決できなかったことが、
非営利で非政府の団体によって解決できることがある。

自由、平等、友愛

フランス国旗(トリコロール)
青自由営利企業 市場経済
白平等政府 計画経済
赤友愛非営利法人情品経済

社会は自由と平等と友愛の3つがバランスを持って保たれなければならない。
資本主義社会では、自由であるが不平等で、愛より利己的な欲望に満たされる。
共産主義社会では、平等であるが不自由で、愛より暴力で維持される。
今後は、営利企業(自由)、政府(平等)、非営利団体(友愛)が
バランスをもって機能する社会が期待されている。

情品経済

山根一真さんが「デジタル産業革命」の中で提唱した言葉。
近年、金銭のやり取りのない経済活動が増えつつある。
「情報」または「サービス」を提供して、
その対価として、感謝や賞賛などの「情」を得る。

無料のソフトウェア(フリーウェア、オープンソース)、
無料で提供されるインターネット上の情報、ボランティア活動化など。

お金が欲しいのではなく、人からの感謝や賞賛や、
良いことをしたというすがすがしい気持ちが報酬。

シオン主義

キリストが再臨した後、キリストが全世界を統治する。
その社会・経済の仕組みは、資本主義でもなければ、共産主義でもない、
シオン主義である。
一般的にシオニズム(シオン主義)とは、
パレスチナにユダヤ人の民族的拠点を設置しようとする思想・運動のことを指すが、
ここでは、末日聖徒イエス・キリスト教会のいうシオンのことを指す。
そのことを以下に説明する。

シオンとは

シオンとは心の清い状態であり、このような人の集まり、つまり民のことである。

「主はその民をシオンと呼ばれた、彼らが心を一つにし、思いを一つにし、義のうちに住んだからである。
そして、彼らの中に貧しいものはいなかった。」(モーセ7:18)

「心の清い者、これこそシオンである。」(教義と聖約97:21)

シオンという言葉には、心の清い人々が住む所という意味もある。

過去に有ったシオン


エノクとその民が築き、天に取り上げられた町はシオンと名付けられた。

「エノクは、義をもって神の民に教えを説き続けた。
そして、その生涯に、彼は一つの町を建て、それは聖なる都、すなわちシオンと呼ばれた。
彼はまことに、時がたってシオンが天に取り上げられるのを見た。
エノクの生涯におけるシオンの時代は、合わせて365年であった。
エノクとそのすべての民は神とともに歩み、彼はシオンの中に住んだ。
それから、シオンはなくなった。
神が御自身の懐にそれを迎え入れられたからである。
そのことから、『シオンは消え失せた』という言葉が広まった。」
(モーセ7:19、21、68、69)

天に取り上げられたこのシオンは、福千年の時代にこの世に戻ってくる。
そして、やがて建てられる新エルサレムに合流する。


ニーファイ人の中にも、キリストの降臨後166年の間、シオンの時代があった。

「彼らは互いに教え互いに仕えあった。
そして、彼らはすべてのものを共有し、皆、互いに公正に振る舞った。」
(3ニーファイ26:19)

「(キリスト誕生から)第36年には、民はニーファイ人もレーマン人もともに皆、
地の全面で主に帰依した。
そして、彼らの中にはまったく争いがなく、論争もなく、皆、互いに公正に振る舞った。
また、彼らはすべてのものを共有したので、物持ちも貧しい者も、
束縛された者も自由な者もなく、皆自由であり、天の賜物にあずかる者となった。
ところが、この第201年には、高価な衣服を着て、
あらゆる見事な真珠と世の美しいものを身に着けるなどして、
高慢になった者たちが彼らの中に現われ始めた。
そのときから、彼らはもはや自分たちの所有物と持ち物を共有しなくなった。
そして、彼らは階級に分かれ始めた。
また、彼らは利益を得ようとして自分自身のために教会を築き始め、
キリストのまことの教会を否定するようになった。」
(4ニーファイ2、3、24ー26)


初期のキリスト教会でも、シオンの状態にあった。

「信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、資産や持ち物を売っては、
必要に応じてみんなの者に分け与えた。」(使徒行伝2:44、45)

「信じたものの群れは、心を一つにし思いを一つにして、
誰一人その持ち物を自分のものだと主張するものが無く、
いっさいの物を共有にしていた。」(使徒行伝4:32)

シオンは将来この地上に築かれる。

シオンを築くということは、あらゆる時代の神の民が関心を示してきたことである。
各時代の預言者たちはこの時代を予言した。
しかし、彼らはそれを見ることなく世を去った。
わたしたちは、この時代、すなわち時の満ちる神権時代に生まれ、
シオンを築くことに加わる。
新エルサレムは福千年に備えて建設される最初のシオン共同体となる。
ミズーリ州インデペンデンスに建設される。
新エルサレムはすべてのシオンを管理する中心地、首都である。
新エルサレムからシオン共同体の建設が全世界に広がる。
シオンのステークを通じてシオンの社会は備えられ強められる。
シオンはまず南北アメリカで発展し、全世界に満ちる。
主の再臨の前の大きな艱難から主の民を守るために、シオンが設けられる。
神は聖徒をシオンに集め、その後、荒廃と滅亡を起こされる。
集められた心の清い者を除き誰もそれから逃れられない。

シオンと共産主義

シオンと共産主義は財産を共有する点では似ている。
しかし、その依り所とする思想が違っている。
共産主義 シオン(奉献の律法)
無神論である。
宗教は麻薬のようなものである。
あの世で報われるので、現状を改革しなくてもよいという
無気力を起こさせるものと考える。
「神」を依り所とする。
この世界のすべての物は本来、神の物であるという考えが、
人から私利私欲を消し去る。
資産を所有しているのではなく、管理を任されている。
この社会制度の維持のために国家的暴力が用いられる。
労働者という「自分」が資本家という「他者」から利益を奪い返す
という「闘争」によって「平等」を実現すると考える。
教会員の「心の清さ」(愛、分かち合いの精神)で維持される。
生活に困っていない「自分」が生活に困っている「他者」を助ける
という「愛の精神」によって「平等」を実現すると考える。
「平等」とは、だれもが同じ量の配分を受けることを言う。(魚を与える) 「平等」とは、だれもが自立している状態を言う。(釣り道具を与える)
神殿のエンダウメントの儀式で、奉献の律法に従うと聖約する。
これは、将来、シオンの中の実施されるルールとなる。

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