聖餐式の言葉を考える
パン
永遠の父なる神よ、
わたしたちは御子イエス・キリストの御名によってあなたに願い求めます。
- キリストは私たちと父なる神の間に立つ仲保者なので、
キリストを通して父なる神に祈り、願う。
このパンを頂くすべての人々が、御子の体の記念にこれを頂けるように、
- 裂かれたパンはキリストの引き裂かれた体を象徴している。
事前に切ったパンを用意せず、儀式中に裂くのはこのため。
- パンはキリストの肉体的な苦しみ、特に十字架上での苦しみを表す。
- キリストによって、すべての人々が復活することができる。
また、進んで御子の御名を受け、
- 1つ目の聖約はキリストの名前を受けること
- まわりにクリスチャンだと公言し、クリスチャンらしくふるまう。
(特に知恵の言葉に従うときに公言する機会がある。)
いつも御子を覚え、
- 2つ目の聖約はキリストのいつも覚えていること
- 毎日、祈りと聖典研究を行い、キリストの言葉と模範について考える。
独りきりになっても常に神が見ていることを意識して悪いことしない。
御子が与えてくださった戒めを守ることを、
- 3つ目の聖約はキリストの戒めを守ること
- 神とまわりの人を愛する。
- 「心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、
主なるあなたの神を愛せよ。
自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ。」
(マルコ12章30−31節)
- 「人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、
人々にもそのとおりにせよ。」(ルカ6章31節)
- 「わたしがあなたがたを愛したように、
あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13章34節)
永遠の父なる神よ、あなたに証明して、
いつも御子の御霊を受けられるように、
- 聖霊の賜物
聖霊を常に伴侶にできる。
試練や苦難が多いこの世で、神から直接、慰め、癒し、平安、導き、
助け、力を受けることができる。
自分に起こる、あらゆることに、神の御業と愛を感じることができるようになり、
試練や苦難を成長のかてとすることができる。
- 御霊の賜物
種々の霊的な力。
異言(外国語)を話し、理解し、翻訳する賜物。
知恵や知識を得たり、教えたりする賜物。
イエス・キリストが神の御子であられると知る賜物。
人の証を信じる賜物。
預言(啓示)を受ける賜物。
癒しをする賜物。
奇跡を行う賜物。
信仰の賜物。
このパンを祝福し、聖めてください。アーメン。
- 「祝福」とは、神の恵み。神の恵みにより人は真の幸福と喜びと完全を得る。
- 「聖め」とは、キリストの贖罪を通して、罪から解放された、
純粋で、清く、聖なる状態となること。
水
永遠の父なる神よ、
わたしたちは御子イエス・キリストの御名によってあなたに願い求めます。
この水を頂くすべての人々が、
この人々のために流された御子の血の記念にこれを頂けるように、
- 水は人の罪を贖うために流されたキリストの血を象徴している。
- 水は、キリストがゲツセマネの園に始まる激しい霊的な苦悶の中で流された血を表す。
ゲツセマネの園でキリストは全人類の罪の代価を支払うために、
わたしたちの理解を超えた苦しみを受けられた。
その苦しみは非常に激しく、あらゆる毛穴から血が流れ出るほどだった。
キリストが御自分の血を流されたことにより、
悔い改めて福音に従った生活を送る人々に罪の赦しを与える。
また、いつも御子を覚えていることを、
- (パンと同様)
- 3つの聖約のうちキリストをいつも覚えていることが再度述べられる。
永遠の父なる神よ、あなたに証明して、
御子の御霊を受けられるように、
この水を祝福し、聖めてください。アーメン。
聖餐式の間にすること
キリストの生涯と使命、そして贖いについて思い出し感謝する。
バプテスマの聖約を更新する。罪の赦しを更新する。
自分の生活を吟味し、罪を悔い改めるための時間を取る。
心の中にへりくだり悔い改める気持ちを持つ。
聖餐式では「打ち砕かれた心と悔いる霊」を捧げる。
- 打ち砕かれた心と悔いる霊 (broken heart and contrite spirit)
打ち砕かれた心を持つとは、謙遜であり、罪を悔い、柔和であること、
すなわち神の御心をよく感じ取ることのできる状態をいう。
- 打ち砕かれた心
高慢な心、自分勝手な心、欲深い心が打ち砕かれた状態。私心のない心。
自分が神にしてほしいことを願い求めるのでなく、
神が自分にしてほしいことを尋ね求める気持ち。
- 悔いる霊(精神)
神が自分にしてほしいことを知った後は、
それに従えるよう自分を改善していく意志。
雑学的知識
パン
一部のキリスト教会ではイースト菌を用いないパンを使っている。
これは、キリストと使徒たちが最後の晩餐(最初の聖餐)を行った日は過ぎ越しの祭りのときで、
この日はイースト菌を用いないパンを食べることになっていた。
水
当教会でも初期のころはワインを用いていた。
水を用いるようになった経緯は、教義と聖約27章に記載されている。
「1830年8月、ジョセフはぶどう酒を手に入れようとして出かけた。
その途中で、天の御使いに会い、この啓示を受けた。
当教会の聖餐式では、現在はぶどう酒の代わりに水が使われている。」(序文)
「見よ、わたしはあなたがたに言う。
聖餐を受けるとき、あなたがたがわたしの栄光にひたすら目を向けて、
あなたがたのために葬られたわたしの体と、
あなたがたの罪の赦しのために流されたわたしの血を父に記念して、
それを受けるならば、あなたがたは何を食べ、何を飲んでも差し支えがない。
それゆえ、わたしはあなたがたに戒めを与える。
あなたがたは敵からぶどう酒も、強い飲み物も買ってはならない。」(2、3節)
知恵の言葉が載っている89章が啓示されたのが1833年2月27日なので、
知恵の言葉よりも先に聖餐式ではワインを用いていない。
この啓示が与えられた理由とその意味について、
ジョセフ・フィールディング・スミス大管長は次のように説明している。
「この天の使者はジョセフ・スミスに、聖餐に何を用いても差し支えない、
また敵からぶどう酒も強い飲み物も買ってはならないと告げた。
その理由は明らかである。
預言者には多くの敵がいたからである。
しかし、それには、単に敵から身を守るということ以上の意味がある。
なぜなら、これらのものに不純物を混ぜようとする邪悪で腹黒い人々に対する
警告でもあったからである。
当時の初期の教会には、聖餐には水しか用いないという習慣はなかったが、
このとき以来、ぶどう酒に代わって水が用いられるようになった。
それまでは、血に似ているということでおもにぶどう酒が用いられていたのである。」
ワインに不純物が混入されていることは、近年でも、
1985年にオーストリア産ワインにジエチレングリコールが混入されていた例があった。
血
アダムとエバが赤い禁断の実を食べて堕落した。
キリストが赤い血を流して贖いを行った。
堕落により人類は血によって生かされる体(病気になり、老化し、死ぬ体)になった。
贖いにより人類は霊によって生かされる体(不死不滅の体)を得られる。
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