教訓に教訓、規則に規則

イザヤ28:10、教義と聖約98:12

教訓に教訓、教訓に教訓、
precept upon precept, precept upon precept;

規則に規則、規則に規則、
line upon line, line upon line;

ここにも少し、そこにも少し。
here a little, and there a little:

神が教えられる方法
教訓(precept)、規則(line)、少し(little)の3段階
「少し」から「教訓」へレベルアップしていく。

少し = 戒めを守る
自分のための戒め。
外形的なことを行っている段階。

規則 = 教義を学ぶ
戒めの目的と意味を知る。
意味を知ると一つ上の段階に行ける。

教訓 = 愛によって行動ができる
人のために働く力を身に着けた人だけが、日の栄えに行ける。

戒めの一つ一つには目的と意味がある。
戒めは永遠の命につながっている。
モーセの律法も形に意味がある。(キリストの贖いの象徴)
アロン神権のレベルは、物質的なもの。
メルキゼデク神権のレベルは、霊的なもので、救いに至る。

戒め、預言者の勧めのリスト


リストではなく原則を

上記でリストをあげたが、その元となる原則を理解することが大切だ。

デビッド・A・ベドナー長老「わたしの福音の原則」

正しい原則を教えて、自らを治めさせる。(ジョセフ・スミス)

人々の注意をそらしてはならないという原則

オークス管長は、聖餐の準備と執行に関するアロン神権者の義務についてお話しています。
人々の注意をそらしてはならないという原則を説明し、
アロン神権者は体の動きだけでなく外見においても、
教会員の心を礼拝や聖約の更新からそらすことがないようにしなければならないと話しました。
また、それに関する秩序正しさ、清潔さ、敬虔さ、および厳粛さの原則についても強調しました。
興味深いことに、オークス管長は若い男性にすべきこととすべきでないことの
長い項目リストを提示したわけではありません。
むしろ、その原則を説明し、若い男性やその両親および教師が個人の判断力と
霊感を用いてこの指針に従うことを期待したのです。
そして、こう説明しています。
「細かなルールを提案するつもりはありません。
全世界の教会のワードや支部の状況はそれぞれに非常に異なり、
ある状況に必要だと思われる具体的なルールを決めても、
ほかの所にはそぐわないということがあり得るからです。
わたしはそれよりも、教義に基づいた一つの原則を提案したいと思います。
もしすべての人がこの原則を理解し、それに従った行動をするなら、
ルールはほとんど必要でなくなります。
個々のケースについてルールや勧告が必要な場合、
地元の指導者が教義と関連の原則に一致した指導を与えることができます。」

しるしとしての安息日の原則

2015年4月の総大会で、ラッセル・M・ネルソン大管長は
「安息日は喜びの日」であると教えました。
またネルソン大管長は安息日を尊ぶことについての基本的な原則を
どのように理解するようになったかを説明しました。
「どのような方法で安息日を聖別するのでしょうか。
わたしがまだ若かったとき、安息日に行うことと行ってはならないことについて
他の人々がリストにしたものを学習しました。
程なくして、安息日に対する自分の行いと態度が
自分と天の御父の間のしるしであると聖典から学びました。
そのことを理解すると、もう行うことや行わないことのリストは不要でした。
ある活動が安息日にふさわしいかどうか判断する必要がある場合、こう自問するだけでした。
『自分は神にどんなしるしを差し出そうとしているだろうか。』
この質問は安息日についての選びをきわめて明確にしました。」
ネルソン大管長の簡潔で力強い質問は、安息日を尊ぶことの意味と、
安息日を尊ぶためにすべきことに関する不明瞭な部分を
すべて断ち切る原則を強調しています。
ネルソン大管長の質問は様々な状況にあるすべての人たちにとって
祝福となる指針と標準をまとめています。

デビッド・A・ベドナー長老「ことごとく、キリストにあって一つに帰せしめる」

教会員であるわたしたちは時折、学習すべき個人的なテーマや果たすべき事項を連ねた
非常に長いチェックリストを作成することで、
生活において福音を区切り、引き離して実践していることがあります。
しかし、そのような取り組みが、わたしたちの理解やビジョンを狭めてしまう可能性があります。
パリサイ人のごとくチェックリストにしがみつくことは、
主に近づくうえで妨げとなり得るため、注意しなければなりません。

決意と清め、幸福と喜び、継続的な改心と守りは、
果たすべきすべての霊的な事柄を単にこなし、
チェックをつけることからは得られないのです。
むしろ、わたしたちを変え、祝福する救い主の福音の力は、
その教義と原則、実践することとの関連性を識別し、
応用することから生じるのです。

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