アブラハム書の問題

「高価な真珠」の「アブラハム書」は、
エジプトのミイラに付随していたパピルスから翻訳された。
アブラハムが書いたものである。

翻訳元の資料であるパピルスは、長い間行方知れずだったが、
1966年、メトロポリタン美術館にあることが分かった。
その後、教会が譲り受けた。
美術館は引き渡す前に、いろいろ調査を行った。
年代測定を行ったところ、約2000年前のものだった。
アブラハムは約4000年前の人だったので、全く、時代が違っていた。
また、書かれている文字を翻訳したところ、
アブラハム書の内容とは違う内容だった。
内容は死者の書と言われるもので、どのミイラにもつけられている、
いわゆる、お経のようなものだった。

この出来事によって、ジョセフ・スミスの言っていたことは、
でたらめだったという噂になり、一部の教会員は教会から去っていった。
しかし、私たち教会員には、聖霊の賜物が与えられている。
このような疑問点が生じたときは、学者の言うことを鵜呑みにせず、
まずは、神様に尋ねるべきであろう。
そうすれば、個人的な啓示によって答えを得ることが出来るのである。

2018年4月の総大会でネルソン大管長は次のように述べている。
「わたしたちは複雑で争いの激化する世に住んでいます。
ソーシャルメディアに常にさらされ、
24時間やむことのないニュースの嵐が容赦なく襲いかかります。
真理を攻撃する無数の声や人の哲学をふるいにかけたいと思うなら、
啓示を受けられるようにならなければなりません。
導き、指示し、慰める、変わることのない聖霊の影響力がなければ、
これから先、霊的に生き残ることはできなくなるでしょう。
愛する兄弟姉妹の皆さん、啓示を受ける霊的な能力を伸ばすように、切にお願いします。」

つまり、アブラハム書の問題のような、一見、教会に不利になるような情報が、
今後、たくさん出てくると思われる。
私たち教会員は、聖霊の賜物を受けたものとして、
そのような不安定な情報を鵜呑みにせず、
最も確かな情報源である神様に尋ね求めなくてはならない。

では、私の受けた答えを以下に述べる。
これは個人的に受けた答えなので、教会の公式な見解ではないことを付け加えておく。

約4000年前、アブラハムは、エジプトに滞在していたとき、アブラハム書を書いた。
これはエジプトの人々にも受け入れられた。
しかし、時代を経るにつれ、エジプトの人々は真実の神から離れ、
多神教の神々を拝むように変わっていった。
その中で、アブラハム書も変質していき、
約2000年前には死者の書のようなものに、なってしまった。

ジョセフ・スミスは、アブラハム書を翻訳する前に、聖書の翻訳を手掛けていた。
その成果は「高価な真珠」に「モーセ書」や
「ジョセフ・スミス マタイ」として収録されている。
つまり、現在の変質してしまった聖書を元にして、時間を遡って、
啓示を受けて元の形に回復したのである。
ジョセフ・スミスは同じ手法を使って、約2000年前の死者の書を元にして、
更に約2000年遡って、アブラハムが記したときの状態に回復したのである。

学者たちによると、アブラハム書からの模写第一は、
ミイラを作っている所であると言われる。
しかし、エジプトの絵画の伝統では、生者は2本足、死者は1本足で描く。
なので、この絵は生贄されようとしている所で、正解である。
また、これと似たような絵が他から見つかった。
そこには、アブラハムという文字が書かれていた。



参照)
アブラハム書の翻訳

アブラハム書の翻訳と史実性

アブラハム書には、聖書に書かれていない、
ジョセフ・スミスの時代に知られていなかった事実が書かれている。

アブラハム書では、カルデヤで指導者たちの礼拝していた偶像を拒絶したために、
ささげ物として祭壇上に置かれた犠牲者たちがいた。
最近の研究で、アブラハムの時代にこのような罰が執行されていた事例が発見された。

アブラハム書には、聖書に出てこない「オリシェムの平野」という名称が出てくる。
20世紀まで発見も翻訳もされていなかった古代の碑文に、
シリヤ北西部に位置する「ウリスム」と呼ばれる町のことが記されている。

アブラハム3:22−23は、当時のアメリカ英語の文体ではなく、
もっと中近東の言語の特徴を持つ詩的構成で書かれている。

模写1とアブラハム1:17は、偶像のエルケナの神について述べている。
この神は聖書には述べられていない。
しかし、近代の学者たちは、古代メソポタミヤで礼拝された
神々の中にこの神の存在を確認している。

模写1の図6の4つの像は「この地球の四方を表す」と説明されてる。
同様の解釈が、その他の古代エジプトの文書内にある同一の像を
研究している学者たちによって論じらた。

模写1には、「頭上の大空」と呼んだものの中を泳いでいるワニの神がある。
これは、エジプト人が天の概念を「天の海」としていたことに当てはまる。

アブラハム書は、聖書以外の古文書に見られるさまざまな事項に一致している。

アブラハム書の中で、神はアブラハムに太陽と月と星について教えている。
幾つもの古文書は、アブラハムが天に関する知識を
エジプト人に与えたと繰り返し述べている。
例えば、紀元前2世紀にエジプトの統治下に住んでいたユーポレムスは、
アブラハムは天文学とその他の科学をエジプトの祭司たちに教えたと記録している。

エジプトの神殿の図書館から見つかった3世紀のパピルスは、
アブラハムをアブラハム書の模写1に似た絵図に関連づけている。

20世紀に発見された後年のエジプト語の文書には、
パロがアブラハムを犠牲にしようとしたが天使により救い出されて
犠牲にすることができなかった次第が述べられている。
その文書によれば、後にアブラハムは、パロの宮廷で天文学を教えている。

アブラハム書におけるその他の詳細は、中近東に広く存在する古代の伝承の中に見られる。
これには、アブラハムの父テラが偶像礼拝者であったこと、
飢饉がアブラハムの故国を襲ったこと、
アブラハムがエジプトの偶像をよく知っていたこと、
アブラハムがハランを出たのが聖書の記述にあるように
75歳よりも若かったことが含まれている。

これら聖書に記述のない事項は、
19世紀のアメリカ人には入手できない、あるいは知られていないものだった。

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