私の改宗談

今回は、私が末日聖徒イエス・キリスト教会と出会ってから、
バプテスマを受けるまでの話をします。
私が教会と出会ったのは、16歳の時でしたが、
バプテスマを受けたのは、20歳の時でした。
私の親は教会に入るのを反対していましたので、
未成年の間はバプテスマを受けることはできませんでした。

1981年、私が16歳のとき、ローマ・カトリックの教皇、
ヨハネ・パウロ2世が来日しました。
メディアは、このことを大きく取り上げ、
私もキリスト教に興味を持ちました。
その当時は、聖書をあつかった子供向けのアニメや、
キリスト教の説教がテレビで放送されていて、
それを見て、さらにキリスト教に関心をもちました。
私は、聖書を買って、読むようになりました。

あるとき、聖書以外にも聖書のような本があると噂を聞き、
それを読んでみたいと思いました。
いろいろな本屋や図書館を探し回りましたが、見つかりませんでした。
しかし、ある古本屋で、「モルモン経」という本を見つけました。
その当時は「書」でなく「経(けい)」でした。
「経(けい)」という文字はお経の「経」だったので、
仏教の経典かと思いましたが、
読んでみると、イエス・キリストのことが書かれていました。
自分が探している本はこれかもしれないと思いました。
しかし、持っていたお金では買えませんでした。

郵便局に貯金があったのですが、その日は土曜日だったので、
2日後の月曜日に学校から帰ってすぐ郵便局で貯金をおろして、
買い物にでかけました。
その途中、交差点で信号待ちをしていると、
2人組のアメリカ人に声を掛けられました。
彼らは、自分たちはモルモン教会の宣教師と言い、
話をしてもよいか尋ねました。
手に入れようとしている本と同じ名前の教会だったので、
彼らの話を聞く事にしました。
その日は、軽く立ち話だけをして、
次の土曜日に再び教会で会う約束をして別れました。
私は教会で本を手に入れられると思い、
その日は古本屋に行かずに家に帰りました。

宣教師と話しを重ね、やがて、バプテスマを受ける話になりました。
未成年なので親の許可が必要なのですが、許可が得られず、
バプテスマを受けられませんでした。
しかし、親からは、教会に行くことは許してもらえたので、
教会に通うことができました。

教会に通いはじめたころ、この教会では、だれでも、
ジョセフ・スミスのように、神様と直接、つながりを持てると聞き、
試してみることにしました。
私が通っている学校の近くに人気のない林がありました。
日曜日の朝6時ごろに、そこへ行き、
神様の存在を示してくださるようにお祈りしました。
神様か天使の姿を見たり、声が聞けたりすることを期待していましたが、
残念なことに、何も起こりませんでした。

しかし、しばらく後に、私は神様と直接のつながりを感じることができました。
モルモン書の中のモーサヤ書14章を読んでいたときのことです。
ここには、イエス様の受ける苦難について書かれていました。

「彼は、わたしたちの背きのために刺し貫かれ、
わたしたちの罪悪のために傷つけられた。
わたしたちの平安のために、懲らしめが彼に及んだ。
彼の鞭の打ち傷によって、わたしたちは癒されている。」
「彼は自分自身の苦しみを知り、それに満足する。」

これを読んだとき、突然、イエス様に対する感謝の気持ちが心にあふれ、
涙が止まらなくなりました。
イエス様の受けた苦難については、
以前、新約聖書の福音書を読んで知っていたのですが、
そのときは、それが私自身のために行われたという実感はありませんでした。
しかし、このときは、初めて実感できました。
神様と直接のつながりを感じることのできた経験でした。

しばらく、教会員になれない状態は続きましたが、
指導者の方からは、教会員でなくてもできる図書委員という責任をいただきました。
教会でお役に立つ機会を得ることができました。
また、図書室の本を読んで、知識も得られました。
他の方は、先祖の探求をするように勧めてくれました。
私は教会員でないので、神殿で身代わりの儀式を受けられませんから、
先祖の記録を神殿に提出するときに、
神殿のほうで儀式を受けてくれる人を割り当ててくれるよう手続きをしました。
私の代わりに、どなたかが儀式を受けてくれましたので、
私の亡くなった先祖たちはバプテスマなどの儀式を受けることができました。

やがて、20歳になり、親の許可がなくてもバプテスマを受けられるようになりましたが、
念のため、親に話してみると、まだ、親に養ってもらっている内はダメだと言われました。
しかたがないので、就職したあと、家を出て、
自立した後にバプテスマを受けることにしました。
しかし、ある宣教師から、
「そんなことだと、ずっとバプテスマを受けられない。
引き延ばしてはいけない。」
と言われ、もう一度、親を説得するようチャレンジを受けました。
断食と祈りをした後、親にもう一度、話したところ、
バプテスマを受けることをしぶしぶながら、許可してくれました。

両親が許してくれたときに、もしかしたら、
先祖の助けがあったかもしれないと思うことがあります。
両親は教会に入ることは反対していていましたが、
教会で先祖の探求をしていることには、関心を持ってくれました。
私が戸籍から調べられる範囲は、調べつくした後、
それ以外の資料がないか、両親に相談したところ、
母は親戚に電話して聞いてくれました。
また、父は私が手書きした系図をワープロで清書してくれたりしました。
そのことで、両親は教会に対して、心を和らげてくれたのかもしれません。
私がバプテスマを受けることができたのは、
教会のサポートだけでなく、霊界のサポートもあったと思います。

多くの方々の助けによって、今の私があると思います。
神様の助け、イエス様の助け、聖霊様の助け、天使の方々の助け、
宣教師の方々の助け、教会員の皆様の助け、霊界にいる先祖たちの助け、
両親の助け、これらの助けに感謝しています。

ホーム