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AIくんの功罪
プロ野球大好きのボクが、胸ワクワクで待っていた交流戦開幕の前夜。あまり嬉しくないニュースが飛び込んできた。球界人気ナンバーワンの巨人軍監督である阿部慎之助氏が、長女に暴力を振るったと言うことで、渋谷署に逮捕された。逃亡のおそれなしということで、すぐ釈放されたのだが、読売巨人軍は、即刻本人申し出の辞表を受け付けた。親が娘に暴力を振るう、謂わば家庭内の事件なのだが、有名人の家族であるがために世の中騒然となった。翌日の新聞では、姉妹喧嘩を止めに入った父親(阿部監督)に、長女が口答えしたために、暴力を振るったのだという。
長女は、「父とこのような大がかりなけんかというのは初めてのことであり、チャットGPTに相談したら、匿名で相談できる児童相談所があると知らされたので電話をした。(すると)児童相談所は、警察に通報した。そしてこの度の父の逮捕ということになってしまった」という、わかりやすい声明文を発表したという。
ボクはこの事件、チャットGPTなるAI機能がある故の、事態の発展だと受け止めている。ボクもよくパソコンの前に座り込んで、Copilot君と会話する。彼(AI君)はボクに対して、大変親しそうに、あらゆる疑問に応えてくれるから楽しくて仕方がない。こんな便利なお友だちが、高校生時代に存在していたなら、しっかりはまり込んでしまい、もっと利口な人間になっていたかも知れないとも思う。
待てよ、そんな単純なものなのかよ、AI君とは。ひょっとしたらとんでもない誘惑だって持ちかけられていたかもしれない。どんなことでも大人の世界をしりたがる高校生だったボクは、今ごろ…と考えただけでも怖くなる。
もし、監督のお嬢さんが、チャットさんに相談することを、信頼できる母親や先生に向けていたのなら、事態はこんなことにまではならなかったろう。断っておくが、阿部監督の行為を肯定的に捉えようとか、児童相談所の警察への通報が悪いと決めてかかっているわけではない。AI君の言うことを無批判に信用してしまうことの危険性を言いたいだけ。ボク自身も、AI君と今日も向き合いながら、今回の阿部監督事件をどう結論づけるべきか、よ〜く考えてみることにしたい。(2026年05月31日)
ツユどき大好き
この時期どこかで何かに、同じことを書いたりしゃべったりしていたような気がする。糞暑い真夏を前にした梅雨時が、ボクは大好きだって。見える範囲の木々がしっとり濡れていて、花壇の花やカタバミとかドクダミとか、みんなみん生き生きと背伸びをしているじゃないか。2月頃に咲いた梅の花も、しっかり青い実になって、ボクに収穫してくれる日を待っている。6月初旬には恥ずかしそうに俯いて咲いてくれる夏つばきも、その日が待ち遠しいように、蕾君がキョロキョロあたりを見回しているよう。
植物さんたちよ。さあ、ボクと手を繋いで、大声で叫ぼう。「猛暑日だって、酷暑日だって、そんなの怖くないよ。優しい友といっしょなら、いかに険しい坂だって、へっちゃらさ」って。(2026年05月24日)
五月はボクの月
毎年5月が来ると、なぜか感傷に浸る。月の半ばがボクと次男の誕生日が重なることもある。が、それだけではない。なかなか畏まって報告することでもないが、ボクの人生を大きく分けた出来事が、青年時代に刻まれているからである。
一つは、結婚記念日が5月8日。25歳で結婚して、今年で62年、夫婦喧嘩を繰り返しながら、今日にたどり着き米寿を迎えた。「思えば遠くに来たもんだ」とつい口すさみたくなる。二つ目は、労働組合運動で会社から職場を追われ、5年間もの間仕事を取り上げられた。お陰で、その後他の人とはまったく違う人生を送ることになる。でもそのことを悔やんだりはしていない。むしろ、その数年間に得た経験が、ボクの人生をより豊かにしてくれたと思っている。現在米寿を迎えて、配偶者ともども元気に余生を送っている。「静かに…」ではなく、「元気に」というところ。毎年訪れる「五月の感傷」が、米寿の今年こそ、印象深いものになりそう。(2026年05月10日)
雑草とりも楽じゃない
狭い我が家の猫額庭でも、4月の草むしりには、けっこう時間を要している。特にドクダミとか。いつの間に忍び込んできたものか分からないうちに、種々の草が我が物顔にはびこっている。そんな話をすると友は、「除草剤を撒けばよかじゃん」と気軽に応えてくれる。
冗談じゃない、彼らだって何とか子孫を残そうと頑張っているのに、薬で途絶えさせることなんて、ボクの良心が許さない。なんて格好つけたりしていると、そのうちに、向こうの方から新しい芽が顔を出した。
面倒くさくても、道具を使って、目障りなものだけをせっせと排除することにした。もうこんなもんでよかろうと、道具をしまいかけると、家の中から、「まだ、こっちの方に雑草がいっぱい残っているよ」と、連れ合いの冷たい言葉が飛んできた。仕方ない、散歩の時間を少しだけ遅らせるかと、また草と向き合うことに。(2026年4月26日)
ラジオ局はどうなる?
先日の新聞で、福岡におけるラジオ送信局の合理化案が出ていた。即ち、RKB(RKB毎日放送)・KBC(九州朝日放送)・LOVE FMの3局が合体して、福岡地域では民間放送が1局にしぼられるということか。民放といえば、かく言う筆者の古巣でもある。
プロ野球の中継などを、新聞などで比較してみると、確かに同じ時間帯に同じカードが並んでいて、無駄な気もしないではない。でも、それぞれの局で汗を流している局員にしてみれば、これから先自らの行く末が心配でなるまい。一視聴者である小生の場合、最近AM放送など聴いていないし、ましてやラジオで音楽を聴くことなど、全くない。だが、ラジオを頼りに生きているであろう長距離ドライバーに取ってみれば、ラジオは情報収集の命綱であるのかも知れない。
役所や民放経営者の、それなりの言い分もあろう。だが、こんな重要な問題は、少数の関係者だけで片付けるのこそ大問題である。じっくり腰を落として、国民皆で話し合いましょう。(2026年4月5日)
至福のとき
定年でサラリーマンを卒業して25年、一日を自分なりに計画を立てながら生きている。定年前には暇だろうなと心配していたことも、けっこう忙しくしながら、一日の終わり時間を追いかけている。
そんな繰り返しの中で、一日の最高に幸せな時間は、朝食の後の時間である。腹が膨れても、未だ眠気が完全に取れていない。ソファーに座って、テレビに目をやる。きょうも、海の向こうの我が儘大統領が、何やら暗い話をなさっている。聞き漏らすまいと思っても、ボクの脳は勝手にお休みモードに沈み込んでいく。
ふわーっとした時間が過ぎて目を覚まし、もう夕方かと時計を見たら、なんと朝食から30分しか経っていない。目をこすりながら洗面所へ。そこからがボクの再起動が始まるのだ。なったって、わけわからない30分の時間こそ、ボクにとって、「至福の時間」なのである。(2026年03月29日)
メジロが来ない
何故か今年は、我が猫額庭でメジロの姿が見えなかった。ご近所さんにお尋ねしたら、「そう言えばうちの庭にも…」とおっしゃる。偶然にも、その日の朝刊でも同じことが書いてあった。
どうしたのだろう、山に大好きな餌が豊富なのかなとも考えた。だが、猫額庭を開園して半世紀にもなるが、そんなことは一度もなかった。朝目が覚めると、「ジュージュー」と煩いくらいに泣き叫んでいたのに。
猫額庭の冬は、必ずメジロの、季節のご挨拶から始まっていた。山に食べ物があるくらいで、こちらへのご挨拶をサボるわけがない。原因が悪い話でなければよいのだが。(2026年3月8日)
一本の苗木が…
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ただ今我が猫額庭には、食べ頃の甘夏がたくさんぶら下がっている。この樹。引っ越して来てすぐに植えたもの。4〜5年経った頃、白い花が咲き、実がなった。秋には、いっちょうまえに膨らんで橙色の化粧をし、お正月になるとボクに新年のご挨拶をする。
苗木を買った目的は、その橙色に憧れたためである。狭いながらも家屋を取り巻く空間には、なにやかやと季節の花が咲き誇ることを夢見ていたボク。色が消える年末から年始にかけての猫額庭に、彩りを絶やさないための作戦であった。つまり、色が消える季節に、ぼんぼりのように大きな輝きながらぶら下がる様子を夢見てのことだったのだ。
園芸に詳しい友に教えられたとおり、11月に苦土石灰を撒き、春先に「おいしい」牛糞堆肥を惜しみなく与える。3月には彼らが呼吸しやすいように、無駄な枝の剪定を怠らない。毎年それだけはサボらずに励んだら、5月に白い花をつけ、その花びらの下から豆粒ほどの実がつくようになった。
最近では、たわわに実る甘夏が、道行く人の目を引きつける。食べ頃が来ると、連れ合いが、雑誌で覚えた甘夏のジャム造りに励む。長時間かけて皮をむき、小さく刻んで、味付けをし、煮込む。
出来上がったジャムを小分けして、隣近所や知り合いに配って回る。途切れがちになる年寄りの会話が、そこで一気に復活する。代わりに頂いた茶菓子のお裾分けがボクの口へ。
やがて、収穫を終えると、また剪定の時期が来る。そして白く輝く花を愛でる。1年近い先のジャム作りに励む嫁さんの、嬉しそうな顔を思い浮かべながら。小さな小さな春を楽しむこの頃である。(2026年03月01日)
オリンピックに興奮

年齢を重ねて動きが鈍くなった分、テレビの前に座る時間が増えている。特に今年は、イタリアでのオリンピックが面白くて、はまりっぱなしなのだ。現在(2月20日)、日本のメダル数が積み重なって、金5個、銀7個、銅12個と、合わせて24個のメダルラッシュに、つい興奮の連続である。スノーボートに始まり、フィギュア、ジャンプ、スピードスケートなど息つく暇なく日本選手の活躍が飛び込んでくる。
同じ種目でも、むかしのテレビ観戦とは全く異なる。広いゲレンデを滑るにしても、空中からドローンが追いかけて、選手の表情などを細かく映し出してくれる。室内競技では、一挙手ごとに満員の観客席が湧き上がる様子がリアルであり、自ずと興奮のるつぼに引きずり込まれていくからたまらない。
ボクの日常生活では、年齢のせいで少しずつ動く範囲が狭くなっていくが、なになに心配することはない。これからは、野球のWBCが待っているし、サッカーのワールドシリーズなど、スポーツ観戦だけでも目白押しだ。しっかりはまり込んで、同趣味の仲間を増やしていく楽しみだっていくらでも増えそうだ。(2026年02月22日)
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