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ダイビングのポイントとしても有名な釣浜は、大村から歩いて30分ほどで行けるのに、ちょっとした秘境の雰囲気が味わえる。小笠原高校の前の道を上がりきった所にある駐車場から右手に上がれば電信山、奥へ下れば釣浜に至る。ほんの5、6分の下りだが、この道がいい。亜熱帯の木々が生い茂り、時には野生のヤギを見かけることもある。 この道は、かつて父島で飼っていた犬、ホリーとよく歩いた。夏場はけっこう若者達が泳ぎに来るが、船の出た後はあまり人が来ないので、臆病で人間嫌いのホリーにとって、格好の散歩コースだったのだ。今でもよく思い出すことがある。
ある夏の午後、たぶん、船の出た後だったと思う。とても静かだったのを覚えている。釣浜に下りる道の途中で雨が降ってきた。大きく覆い被さるように茂ったオガサワラビロウの下で暫く雨宿りをした。 雨はスコールのように勢いを増す。雨粒が亜熱帯の木々の葉を叩く音が騒々しい。音に敏感なホリーは少し怯えた。腰をおろしてそっと抱いてやる。やがて、雨足は遠退いていった。周囲を圧していた音量が急に静まると、恵みの雨を浴びた植物たちの沸き立つような命の息吹きが満ち溢れた。 その時だ。近くの茂みの中に何かいるような気がした。コロボックル! もし、コロボックルがいるとしたら、こんな時、こんな場所に出るに違いない! 本当にそう思った。目を凝らし、耳を澄ませた。ただ、一つ、気になることがあった。妖精の類は純粋な子供にしか見えないと云うじゃないか。それじゃ、こんなオッサンに見える訳ないか・・・。 結局、コロボックルを見ることは出来なかったが、その時、不安そうに辺りを窺っていたホリーには見えていたような気がする。その後僅か5才で命を終えることになる彼女は、汚れた人間界より、ずっと向こう側の世界に近いところで生きていたような気がするから。

左がホリー。右はその後来たハート。
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