【ここの概要(歴史、自然など)】
牛久沼は、南から北に向かって炎が揺らめいているような複雑な形をしている。ここ泊崎大師堂は西側の半島(?)の突端にある。
県内に数多くある弘法大師ゆかりの場所だが、七不思議があるのはここくらいかもしれない。但し七不思議のうち4つまでは現存しない。(看板参照)
大師堂は若干の高台にあり、牛久沼を見晴らすことが出来る。
もとは縁結び/長寿のご利益だったが、一言メモにもあるように、今は「死ぬならポックリ逝きたい」というポックリ大師として人気があるとか。
【行ってみた感想】 2001.12
ここに来るのは3度目だったが、なぜかいつも夕方になってしまう。一度目は猫を見かけたが、その後見かけていない。猫と遊びたいなあ。
それはともあれ、ここは他の百景にあげられている神社仏閣の中では一番規模が小さいかもしれない。大きさは地味なのだが、見てのとおり全体が朱塗りで、なおかつ手入れも行き届いている。
【看板説明文】
● 泊崎大師堂のいわれ
泊崎大師堂は、弘法大師(空海)が大同年間(八〇六〜八一〇)の昔にこの地を訪れ千座護摩を修めたところに建てられたと伝えられ、昔から縁結びと長寿にご利益があるとされている。
いまでは長患いせずに人生の最後を迎えられると云うことで多くの人々の信仰を集めています。
● 弘法の七不思議
この地を訪れた弘法大師にまつわる言伝えが弘法の七不思議として現在に語りつがれています。
一、駒の足跡(こまのあしあと)
駒(馬)に乗って弘法大師がこの地を訪れ、小川に架かる石橋を渡ったときに、駒のひづめの跡が石に残ったと伝えられている。
一、木瓜(ぼけ)〔バラ科の落葉低木〕
弘法大師がこの地を訪れたときに通った参道の木瓜は、それ以後実をつけなくなってしまったと伝えられている。(現在不存在)
一、逆松(さかまつ)
弘法大師がこの地を訪れたとき、持ってきた松の杖を挿したものが根づいて地をはうように見えることから逆松と伝えられている。
一、硯水(すずりみず)
弘法大師がこの地に訪れたとき、字を書くのに湧水を使って墨をすったと伝えられ、この湧水を使って字を練習すると上達するといわれている。
一、独鈷藤(どっこふじ)
弘法大師堂地にあった藤の節々が、独鈷(仏教で銅、鉄製の両端のとがった短い棒)に似ていることから独鈷藤と名付けられたと伝えられている。(現在不存在)
一、五葉の杉(ごようのすぎ)
弘法大師堂地にあった杉の葉が五枚の葉を付けていたことから五葉の杉と名づけられたと伝えられている。(現在不存在)
一、法越(のっこし)
弘法大師がこの地で千座護摩の行を修めた後、他の地へ移動するとき馬に乗って川を渡った場所が法越と名づけられ、法越には藻が生えなかったと伝えられている。(現在不存在)/茎崎町
● 牛久沼八景
【備考】
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