旅のまにまに
その拾参・とかげのしっぽ
日本を飛び出ていきなり不幸にも中国・香港国境では痛い目(なんと祝日は国境
UNTAC統治終了間際のカンボジア、私はバッタンバンという街にいた。
当時、この街はクメール・ルージュ(ポルポト派)の影響がまだ強かったため、
荒れ果てた狭い街中のいたるところに「UN」と青文字で描かれた白いジープやトラ
ックが走り回り、水色のベレー帽を被った兵士が歩く間を縫うように商売人や客引
き、物乞い、ジャンキー、春を売る者などが真昼間から動き回っている(動かない
のもいるけど)……という活動的なのか死んでいるのか、キケンなのか安全なのか
妙にわからない状況であった。
最初、この街からタイもしくはアンコール遺跡へ抜けようかと考えていたが、バ
ス(トラック)や船の切符売場(といっても露天)で買おうとすれば衛兵さんが、
「この先は山賊や地雷でキケンだ。はやくプノンペンに戻れ」
と邪魔してくるので買えない。しかも、バス(トラック)乗り場にいる運転手も、
「昨日は一台ぶっ飛んたよぅ、ヘラヘラ〜」
なんて不気味に笑いやがるので、さらに乗る気が失せる。どーせ、次に天国まで
吹っ飛ばされるのはオメェだよ、なんて呟きながらぷらぷらと歩いていると、駅
に列車が止まっているじゃないか!
聞けば明日の朝6時に出るよ、って優しい駅員(?)さんが言う。その言葉を聞
いたとき、アンコール遺跡など何処へやら、《鉄分の濃い》ワシは嬉しさのあまり
スグに宿に戻って寝過ごさないように早めに寝てしまった。
翌日、夜明け前に目覚めた私は電気もつかずに真っ暗な部屋の中であたふたと荷
造りして宿を後にし、駅へと向かった。
駅は一応駅らしく体面を保ってはいるが、ボロボロ。しかも間もなく出発しよう
とする列車の切符を買おうと大勢の人が窓口でダンゴ状態。あぁ、いつになったら
ワシの番になるんだ? なんて思っていたら、一人の駅員がワシに気づいて人を掻
き分けてくれ、あっさりと切符を売ってくれた。いやぁ、ありがたや。切符をもら
うとスグにホームへ。
目の前にデンとそびえる列車はなんと14両編成という長大さ、ちびっと圧倒され
てしまった。その内の10両は貨物車で残りは客車と機関車という貨客混合編成であ
るのだが、なんか妙に変。それは機関車の前には砂を詰め込んだ小さなトロッコが
連結してあり、また機関車のスグ後ろには兵隊さんをギッシリと詰め込んだ客車が
あり、その窓からは銃やロケットランチャーがニョキニョキと生えている……おい
おい、旧ドイツの武装列車じゃないんだからよぅ(笑)。
しかし、それだけではスッキリできない。トロッコ、機関車、軍用車両の後に続
くのはなぜか延々と貨車。そしてやっと最後尾に客車が申し訳なさそうに引っ付い
ているのだ。
ま、機関車の前に砂のトロッコがあるのは休戦中とはいえ、いつ戦闘が再開して
もおかしくなく、また線路に地雷が埋められている可能性もある。なので大事な機
関車を守るために連結しているのだろう、というのはよくわかる。なら、そうなら
ば機関車の後ろにこそ客車を連結し、貨車、軍用車両の順で列車は編成されなけれ
ばならない、と思うが……。
ワシのそんなギモンなど露知らず、切符を手に入れた人達は手馴れたもの。みん
な貨車によじ登ってその屋根の上に陣取っている。しかし、ちょっと登りにくいの
で一番後ろの客車に入れば更に驚いた。なんと車内はみーんなご老人と障害を負っ
た人で一杯なのだ。
おいおい、まるで『姥捨て客車』やないか!
と背筋が寒くなりながら空いている席に座ると、向いのおばあさんが、
「さ、ここから屋根に登りなさい。」
と、車両の外に突き出た梯子を指さす。
やはり客車が後ろにあるってことは……こはカンボジア。力あるものが生き残れ
るサバイバル国家。やはり軍人よりも、そして貨車に詰め込まれた荷物よりも国民
の価値は紙クズのように低いため、客車の客はどん尻で大切な列車を守る『楯』と
して頑張らねばならないのだ。なので、いざ列車が山賊に襲われでもしたら……こ
の客車を切り離してしまうのでないのか?
そして彼らに『エサ』を与えている間にまんまと逃げおおせ、翌日、そろそろ戻
って客車を回収、何事もなかったように再び列車は動き出んじゃないのか?
この国はそんなとこなんだ、とは実感していたが、あまりにも惨すぎるんじゃな
いか……この時ばかりは涙があふれ出てしまった。
国民はよぅ、『とかげのしっぽ』じゃないそ!
と思っても、襲われて切り離された時、あの車内にいるおばあさん達の運命は山賊
様の御心次第……なんだか気楽に旅をしているワシ自身、情けなくなって。
しかし、おばあさんはしきりに上にいきなさい、と勧めてくる。この親切は無駄
には出来ない、ワシは礼を言ってそのはしごを登り、足の踏み場もないほど人と荷
物で満杯の屋根を掻き分け、貨車の継ぎ目を飛び越えながらちょうどいい場所があ
ったので陣取る。
列車は定刻どおりにそろそろ動き出した。しかし、一向にスピードが上がらず、
のろのろのろのろ……なんと子供たちが追いついて列車に飛び乗れるくらいの新幹
線もビックリの超高速でカンボジアの平原を疾走!
そりゃ、山賊さんにしたらまるっきりカモネギ状態。やはりトカゲの尻尾作戦は
マジだな、とヒヤヒヤしてしまう。
車掌さん、屋根に大半の乗客が乗っているのはいつものことなのか、屋根伝いに
やってきては一人一人切符をチェックしている。しかし何処からともなく乗り込ん
でくるヤツやさっととび降りて草むらの中に消えていくヤツいろいろいるので収拾
がつかない。ま、のんびりしてていいんだけど(ははは)。
列車はそんな事など全く気にすることなくトロトロトロ。屋根の上は日差しはキ
ツいが常にちょうどいい風があたり続けるので気持ちいい。頭にタオルを巻いたワ
シはボケーッ。 だけど目の前を流れて行く風景の単調なこと。だだっ広い平原に
は所々にポツンと木が生え、あとは草原と水たまりに白い雲と青い空、そしてギラ
ギラの太陽。あぁ、なんてのんびりなんだぁ、これこそ平和ってもんだ、ってワシ
自身、起きていてもなんだか夢心地な気分。本当にこの地であんなに悲劇があった
とは思えないのだが、歴史は事実。もう二度と悲劇が起こらないことを願うばかり
だ。
列車は気が向いたように時々停車しては人を乗せて再び走り出す。太陽も真上に
登ってアヂぃのぉ、なんて思っていたら、もう西の空に沈もうとしている。いつに
なったらプノンペンに着くねん、とイライラすること出発から13時間、すっかり夜
になってしまったプノンペンにやっと到着。人でごった返すホームをワシはあのお
ばあさんはどうしたんだろう? と探すも、途中で降りてしまったようだ。御礼を
言いたかったのだが……けどよかった、しっぽ切られなくて。
これからもそんな事が絶対に起きませんように。と祈るばかりだ。

★ 当時と全く変わることのないカンボジア
国鉄。今なお客車は最後尾だし、屋根にも
人が……随分と平和になったというのに。
(プノンペン中央駅にて、98年撮影)