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その時歴史がまたまた動いた
序、全て爆発四散
銀河帝国。
ルドルフ大帝が時代を逆行させ作り上げた銀河系オリオン腕に広がる国家。規模の割に人口は250億と少ない。保有星系の数からして、その百倍はいても良いだろう。この程度の数に収まっているのは、長年の失政と。ずっと争いが続いている敵国自由惑星同盟の存在がある。
古くさいゲルマン風の名前を与えられた貴族達が国を牛耳るこの国だが。門閥に所属する貴族でも、必ずしも勝ち組ではない。
そんな勝ち組ではない貴族の一人。
クロプシュトック侯爵の屋敷で、パーティが行われていた。
現在勝ち組とされている門閥貴族であるブラウンシュバイク公オットー、リッテンハイム侯ウィルヘルムを始め。更には皇帝とその寵姫であるアンネローゼまで参加したものである。
本来はブラウンシュバイク公の屋敷で行われる予定だったのだが、クロプシュトック侯爵家はルドルフ大帝の時代から続く「名家」であり、現在は閨閥から外れてはいるものの名門。
その辺りを皇帝が汲んで、「名誉のために」パーティを行うことを決定。寵姫アンネローゼとともに出向いたのである。
ところが、パーティの主催者であるクロプシュトック侯爵は、体調不良だとかで早々に退出。
何しろ歳である。
仕方がないと、誰もがぼやいていた。
参加者の一人であるラインハルト=フォン=ミューゼルは。舌打ちしながら、空虚で盛り上がらないパーティを見ていた。
何より姉がばかみてーな髪型(こういう社交界では、謎の髪型で令嬢が登場することが多く、中には戦艦をもした髪型をしてくるものまでいる)で、この世でもっとも嫌っている……貧しい生活でも幸せだったラインハルトから姉を奪い取った老醜の皇帝の側に侍っている。
それだけでも、いつブチ切れてもおかしくなかった。
それを、ラインハルトの盟友であり、半身に等しい親友であるキルヒアイスが宥める。
ラインハルトの半身とも言えるキルヒアイスは恐ろしいほどに優秀で、今まで幾多の暗殺事件からラインハルトを守ってきた戦闘巧者でもある。
だから苛立つラインハルトに、キルヒアイスは精一杯笑顔を向けてきていて。
ラインハルトも友人の意図は分かるので。
バカみてーな髪型をした令嬢達が行き交う無駄な立食パーティを、心を無にして耐えようとしていた。
喜ぶべきか。
その忍耐は、その次の瞬間終わった。
クロプシュトック侯爵家が、爆発四散したのである。
もうもうたる煙の中、ラインハルトはどうにか起き上がる。キルヒアイスが、テーブルを盾にして、ラインハルトを守ってくれていたのだ。
「キルヒアイス! 無事か!」
「右耳が聞こえませんが、恐らく一時的なものでしょう。 それよりも……」
「ああ、分かっている! 姉上!」
叫ぶ。
辺りは阿鼻叫喚の有様だ。
見ると、パーティ会場は豪快に消し飛んでいる。
ゼッフル粒子を利用した爆弾かも知れない。咳き込みながら、ラインハルトは辺りを確認。
壁に突き刺さって死んでいるのは、ブラウンシュバイク公だ。
現在閨閥でもっとも力を持つこの国最大の貴族は、多分死んだことさえ理解できないまま、体が上下泣き別れになり。
上半分は崩れかけた壁に突き刺さって死んでいた。
ブラウンシュバイク公に続く二番手の閨閥の主であるリッテンハイム侯は、あれは。
天井から残骸になってぶら下がっているシャンデリアに、首だけ引っかかっていた。
甲高い悲鳴を上げたどこかの婦人が、そのまま卒倒する。
辺りは似たような死体の山だ。
姉上。
叫びながら、ラインハルトはキルヒアイスと手分けして辺りを探していく。そして、発見する。
バカみてーな髪型がほどけてはいるが、テーブルの下敷きになって倒れているアンネローゼを。
即座に机を蹴っ飛ばして、姉を助け出すラインハルト。
キルヒアイスがそそくさとその机が負傷者に当たらないようにとよけた手際は流石である。
幸いアンネローゼは生きているようで良かった。
ちなみに皇帝は。
あれか。
ラインハルトが見上げた先で、老醜の皇帝は。
飛んできた柱に突き刺されて、宙ぶらりんになっていた。
あれはどう見ても即死だ。
なだれ込んできた憲兵隊に対して、ラインハルトはテキパキと指示を飛ばす。アンネローゼを即座に病院に。
銀河帝国では、実は皇帝暗殺は初めてではない。
ただし、跡継ぎ候補が一人もいない状態での暗殺は、これが初めてだった。
現在皇帝フリードリヒ四世の孫娘が二人。それぞれの親はブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯だが、この事件で二人とも即死。
まだ幼い幼児の皇族である男の子が一人だけいるが、貴族の後ろ盾がいない。
ちなみにクロプシュトック侯爵は。自室で自殺しているのが発見された。
遺書には恨み言……閨閥の争いで負け組になった事や、息子に早世されたことが延々と書き連ねられているものが発見されたが。
正直それどころではない。
ラインハルトは、即座に部下達を集めて動き始めたが。
その翌月には。
有力貴族全部がいっぺんに死んだこの「クロプシュトックの惨劇」の結果、銀河帝国は千々に別れての内乱が始まったのである。
自由惑星同盟にて。事件が起きていた。
壇上であーだこうだと美辞麗句を並べて、周囲が大興奮している。演説をしているのは、ヨブ=トリューニヒト。
民主主義の負の側面を代表するような男であり。
保身技術のうまさだけで最高評議会の議員にまで上り詰めた男だ。
しかも現在は国防委員長までしている。
その演説の才能だけは、自由惑星同盟の軍人であるヤン=ウェンリーも認めてはいたのだが。
それ以外の全ては、邪悪の権化だと考えていた。
これは昨日のささやかな戦勝に対する記念式典であり、主戦派の議員と軍による盛大なものだった。
ヤンは同盟でも魔術師と言われる傑出した指揮官であり、何度も戦場で大功を立てている。
立場的にどれだけ馬鹿馬鹿しくても式典に出なければならない。
早く終わらないかな。
そう思ってヤンは美辞麗句を垂れ流すトリューニヒトから視線をそらして、羊でも数えようと思っていたのだが。
トリューニヒトが壇上から下がって。
最高評議会議長であるサンフォードが出てきた瞬間。
事件は起きていた。
「死ね売国奴っ!」
いきなり叫んだ男が、壇上に躍り上がると、この時代の拳銃として使われているブラスターを乱射したのである。
即座にボディガードが動いたが、ブラスターからほとばしったエネルギービームは立て続けにトリューニヒト、サンフォード、それにコーネリア・ウィンザーといった最高評議会議員を貫いた挙げ句。暴漢はボディーガードが取り押さえる前に爆弾で自決したのである。
大爆発で壇上は吹っ飛び、元々運動神経が皆無に等しいヤンはすっころんだ。
ぎゃーとかわーとか悲鳴が飛び交う中、側にいた先輩であるキャゼルヌに助け起こされたヤンは見た。
壇上は文字通り消し飛んでいて、多分参列していた主戦派の議員はことごとく「いなくなって」いた。
やれやれ、困ったな。
そう思いながら、ヤンは飛んでいたベレー帽を探して、それもキャゼルヌにかぶせて貰う。
キャゼルヌが呆れながら言う。
「相変わらず首から下は何の役にも立たんな」
「返す言葉もありません。 それはそれとしてこれは……」
「流石にお前さんも、ざまあみろとは言えないだろうなこれは」
「はい、まあ……」
あれは、どうみてもトリューニヒトは即死だろう。
更に「無気力議長」といわれていたサンフォードをはじめとする、最高評議会の主戦派がことごとくあの世に行ってしまった。
たくさん巻き込まれたボディーガード達も気の毒だが。
それ以上に、ここからが大変だ。
まず避難から開始する。
すぐにMPが来て、辺りを調査し始めるが。同盟のMPは無能で有名であり、捜査は難航するだろう。
ヤンも当然聴取を受けたが。
何もしようがないので困り果てているのを見て、MPもこれはなにも聞けそうにないと即座に解放してくれた。
そもそもヤンは政治的な駆け引きを高級軍人であるのに一切しないことで有名で、その筋からは気味悪がられていたほどなのだ。
部下達はヤンを慕ってくれているが、それでもあのようなことはしないだろう。
それはMPでも流石に把握しているようだった。
ともかく、同盟の首脳部が、無能だとは言えあっさり全部消し飛んでしまった。その中にはトリューニヒトもいた。
そしてトリューニヒト派閥の議員が右往左往しているうちに。
過激派軍至上主義団体である「憂国騎士団」が地球教とかいうカルト団体と経済的に結びついていたこと。
トリューニヒトも膨大なディベートを受け取っていたこと。
何よりトリューニヒト派閥の議員達が、悪辣なディベートでトリューニヒトの手で出世したことなどが明らかになると。
以降は、トリューニヒト派閥の解体が始まった。
こうして同盟は戦争どころではなくなり。
市民の非難の声が殺到する中、改革に尻を蹴飛ばされて進むことになったのである。
フェザーン自治領。
自由惑星同盟と銀河帝国の間に位置し、交易と経済で膨大な富を啜って生きている第三勢力。
その自治領主であるアドリアン=ルビンスキーは。「体が二つほしい」というほど多忙な時間を過ごしていたが。
同時に下半身が極めてだらしなく。
暇さえあれば女遊びを続けていた。
いつか罰が当たるのではないか。
そんな噂も流れていたのだが。その噂が、現実となる時が来たのである。
元々偏頭痛持ちだったルビンスキーが病院に掛かる。定期検診である。其処で、とんでもない事が発覚したのだ。
「性病だと!?」
「はい。 極めて珍しい性病で、帝国が起源らしいのですが、症例が少なく……」
「……」
覚えがありすぎる。
ルビンスキーが困惑する中で。医師は言う。
「この性病は感染するとウィルスが脳に入り込み、やがて死に至ります。 現時点で発見された症例の患者は発症した場合100%死亡しており、治療する方法もまだ確立していません。 感染率は高くはないのですが、既に自治領主閣下は発症してしまっておられます。 こうなると、どうにも……」
「わ、分かった……」
それは医師に当たり散らしても仕方がない。
覚悟を決めた上で、禿頭に浮かぶ汗を拭いながら、ルビンスキーは聞く。
「それで私の余命はどれほどだ」
「長くても一ヶ月というところです。 頭がしっかりしているうちに遺書や引き継ぎの整備をおすすめします」
「一ヶ月だと!」
「頭がしっかりしているのは一週間もないでしょう」
まさに絶望である。
更に医師の指示で関係を持った人間全員を洗い出すように言われ。リストを作って提出する。
その多さに医師も困惑して、全員が調査を受けたが。
それらの中で、同じく感染しているのは。極めて頭が良くて、お気に入りの愛人としているドミニク=サンピエールだけだった。
しかもこの性病は狂犬病に性質が近く、潜伏期の間であればどうにでもなるらしい。
ドミニクは潜伏期だが。
それを聞いて、何を思ったか。
ある青年を連れてきた。
それはルビンスキーも息子である事を調査で知っている、ルパート=ケッセルリンクという青年だった。
目を掛けて秘書にしていたのだが。
この青年もばっちり性病に感染していた。しかも既に発症してしまっていたのである。
それが意味することは明らかだった。
「こ、こ、この馬鹿息子が!」
「黙れ! あんたが見境なく女と寝るからこうなったんだろうが!」
病室でルビンスキーとルパートが醜く罵り合うのを、看護師が必死にとめる。
そして興奮したことが仇となり。
その翌日、遺書を書こうとしていたルビンスキーはそのまま昏倒。
希代の奸雄は機能停止した。
フェザーンの自治領主は、幸い世襲制ではなく、今までも急死の例があり。それに伴って、その次の自治領主が選ばれたのだが。
問題は此処からだった。
自治領主選挙で当選した自治領主であるニコラス=ボルテックは元々ルビンスキーの腹心だった男で、病気発覚前にある程度ルビンスキーからの引き継ぎは受けていたのだが。
明確に能力が不足していた。
帝国も同盟も戦争どころじゃなくなったこの状況で、真のフェザーンの支配者である地球教からせっつかれても、右往左往しか出来ず。
それを能力不足と判断した地球教により、ささっと暗殺されてしまったのである。
そして、その後には、更に能力が劣る凡人しかいなかった。
フェザーンでは、才覚のない奴が役人になる。
そう言われているほどなのだ。
フェザーンの大混乱を見た商人達は、フェザーンを離れ始める。帝国と同盟の裏で暗躍していたフェザーンが、瓦解を始めていた。
地球。
人類の生まれ故郷である。
現在はすっかり辺境となり、地球教とかいう悪質カルト団体の総本山となりさがっている場所だが。
其処で大事件が起きていた。
地球教の本部はヒマラヤ山脈の地下部分にある。これらは地球が人類の中心だった頃、政府のシェルターがあった場所だ。
地球が支配者の地位から脱落した時、雄大なヒマラヤは爆撃を受け、大規模に削られたのだが。
その地下のシェルターは無事だった。
少なくとも、今までは。
だが、地球教の幹部達が集まって、フェザーンをどうしようかと会議をしていた時。大地震が発生したのである。
元々ヒマラヤの巨大山脈は一千万年ほど掛けて、インド亜大陸がユーラシア大陸に衝突する過程で出来たものであり。大量の海生生物の化石が高山地帯から出土するのもそれが理由である。
現在でもインド亜大陸はユーラシア大陸に沈み込んでおり、当然地震が起きる。
地球時代でもM8クラスの地震はいくつも記録されているが、その日の地震は少しばかりレベルが違った。
マグニチュードが1上昇すると、地震の破壊力は三十倍以上はね上がるのだ。その日起きたM9.2に達する大地震は、地球時代に作られたシェルターの耐久力を遙か凌駕する破壊力を秘めていたのである。
あっと地球教の幹部達が声を上げるまでもなく。
地下のシェルターはまとめて崩落。
一瞬にして、不幸な信者数十万人もろとも、地球教の幹部全員が死んだ。
死んだ中には、地球教のトップである「総大主教」だけではなく、ド・ヴィリエをはじめとする幹部達全員(例外なし)が含まれており。
サイオキシン麻薬による信者の洗脳などの悪辣極まりない行動を重ねていた地球教幹部とその組織は、自然の力の前に瞬時に破綻してしまったのである。
大混乱に陥った地球教だが、過激派がまとめてぺしゃんこになった事により、全員がはっと目が覚めたのは皮肉だろう。
美しい地球には自治が認められている。
長年放置されていたことにより、資源は失われても自然は回復しているではないか。
形だけの自治の中、地球教徒に独占されていた行政機能が、一般的なものへと変化していったのは自然の流れだった。
まともな地球教徒も普通に存在しており、過激派がまとめて岩盤にぺしゃんこにされた結果。そういった地球教徒が主体となって、ごく普通の宗教団体へと地球教が生まれ変わっていったのは歴史の皮肉であるだろう。
こうして地球教徒は帝国同盟の裏側で張り巡らせていた邪悪な陰謀を諦めると、あっさり地球で静かに暮らす静かな団体へと生まれ変わった。
そしてこの後帝国で巻き起こる大戦乱に巻き込まれることもなく、ごく静かな自治だけ認められた辺境惑星として。
静かに時だけを過ごしていくことになるのである。
1、帝国大乱
帝国宇宙軍上級大将であるラインハルトは、姉アンネローゼの入院の手配を済ませると、忙しい日々を送っていた。
いくつかの戦役に参加する予定が、全て凍結された。
それもまあ当然だろう。
そもそもとして皇帝が死んだのだ。
しかも、である。
連絡があったが、同盟でも首脳部が一網打尽に消えたという話がある。毎年戦争ばかりしていた両陣営は、それどころではなくなった。
ラインハルトとしてみたら、どのような手を使ってでもぶち殺してやろうと思っていた皇帝が、勝手に死んだのは色々腑に落ちないが。
それでも、好機は好機である。
一日だけ頭を整理させるために部屋をうろうろしたりキルヒアイスや他の士官とともに組み手をしたり。
それで一旦は頭を冷やすと、動き出していた。
文字通り蜂の巣をつついたような騒ぎの中、ラインハルトは即座に軍の掌握を開始したのである。
かろうじて宇宙艦隊をまとめていたミュッケンベルガー元帥も、この事態には色々と思うところがあるらしく。
宇宙軍には動かないように厳命。
これに対して、各地の貴族が治安維持を理由に出動を求めてきていたが、それも拒否していた。
ミュッケンベルガー元帥はラインハルトから見て、どうにか合格点のラインにいる指揮官であり。
無能ではないが、求めるほどの者でもない。
その元帥府に出向いたラインハルトは、提案をしたのだった。
それはロイエンタール、ミッターマイヤーをはじめとする、ラインハルトが目をつけていた若き俊英達だった。
いずれもが、軍では必ずしも厚遇はされていない。
全員大貴族ではないからである。
お世辞にもまともとは言いがたい帝国軍では、平民出身の士官は、大貴族出身の下士官よりも発言権がなかったりする。
ラインハルトが抜擢しようとしているミッターマイヤーは現在少将だが、大貴族出身の佐官が文句を言った場合。彼らに強制は難しく、作戦行動に支障を出しているそうである。
「これらの指揮官を部下に入れたい?」
「は。 これから帝国の混乱は加速しましょう。 小官がこれより精鋭を募り、各地での争乱を鎮めて参ります」
「却下」
「……理由を聞かせていただきたく」
ミュッケンベルガーは言う。
そなたの考えは見え透いていると。
「ともかくこれ以上事態をややこしくするな。 しばらくはおとなしくしていてほしい」
「おとなしくも何も、これから帝国は大乱に落ちます。 皇位継承者が後ろ盾のない女性二人と、まだ幼児の男子のみ。 しかも後ろ盾になり得る大貴族はあらかたこの間の爆弾テロにて命を落としています」
「分かっておる。 だが、貴官に任せたら、この帝国を乗っ取られてしまうわ。 この私でも、それくらいは分からないと思うか?」
沈黙が流れる。
周囲が真っ青になって困惑する中。
ミュッケンベルガーは言う。
「ともかく、誰かしらの大貴族と手でも組んで、後ろ盾にするのだな。 貴官だけに任せていたら、とんでもない事になりかねん」
「分かりました。 良きように」
「……」
そのままラインハルトは元帥府を後にする。
側に着いているキルヒアイスに、愚痴をこぼしていた。
「あの場で殺しておくべきだったかもしれないな」
「無茶を言ってはいけません。 確かにあの場の人員程度なら、私とラインハルト様だけで全員を倒すことも可能であったでしょうが、その後がどうなるか見当もつきません」
「そうだな。 それにしても頭が固いだけだと思っていたが、ミュッケンベルガーもなかなか洞察が出来ているではないか」
「元々閨閥でもないのに元帥にまで昇進した人物です。 大貴族といってもかなり下の方だと聞きます。 その評価は伊達ではなかったと言うことですね」
ともかく、何人かの大貴族と会う。
マリーンドルフ家の温厚そうな……温厚なだけの伯爵は、まあ話していて味方にはなりそうだったが。
別に力にはならないだろう。
娘がとんでもない切れ者だと聞くが、まあそれは会ってみないとなんとも言えない。
何人かの貴族と面会しているうちに、ついに大物が来た。
リヒテンラーデ侯。
宰相をしており、前皇帝の盟友として若い頃から面識があった人物だ。
今ではすっかり陰険そうな老人に化けているが。
実のところは、若い頃はそれなりに美男子であったらしい。まあ誰しも、年を取ると変わるのである。
リヒテンラーデ侯はいう。
「貴官を帝国元帥として、ミュッケンベルガー元帥の後釜に据えたい」
「はあ。 しかしそれにふさわしい大功がありませんが」
「ミュッケンベルガー元帥がすっかり嫌気がさしているようでな。 それと断絶した名家を継いでくれないか」
至れり尽くせりだが。
こんな古狸が、こんな条件を出してくるには理由がある。
オフィスで、ラインハルトは腹の探り合いを行う。
「それで小官に何をお求めで」
「帝国の体制を維持するには、ヨーゼフ殿下に強力な後ろ盾が必要だ。 軍でも声望が高い貴官をどこかしらの名家を相続させて大貴族とし、それで軍事面の後ろ盾となってもらう。 私が政治面での後ろ盾となる。 それでどうにか当座はしのぐしかないだろう」
「小官には良いことしかありませんな」
「何が言いたい」
リヒテンラーデの年老いた顔に影が差す。
今までにない大混乱にある帝国だ。
此奴がどうにか収束させたいと考えているのは分かっている。
だが、それはそれとして。
ラインハルトみたいな危険人物に軍権を与えるのが、悪手だというのもわかりきっている筈なのだ。
「条件が一つ。 元帥府を設立した後は、私が選抜した士官達を麾下に入れる事を許可していただきたく」
「分かった。 その代わり、事は一秒を争う。 ヨーゼフ殿下を即位させたら、必ず力を貸すように」
「了解しました」
「……」
リヒテンラーデがラインハルトのオフィスから帰る。
ラインハルトは舌打ちすると、キルヒアイスに指示。
あれの監視をしろと。
キルヒアイスも、即座にラインハルトに心酔している部下達をまとめて監視部隊を編成。こうして両者は、手を組んだ端から、火花を散らし始めていたのだった。
ヨーゼフ帝が即位すると同時に、ラインハルトは帝国元帥となった。ミュッケンベルガー元帥は最後まで反対していたようだが、リヒテンラーデが元帥府を訪れると、無言で元帥を退いたようである。
何を言ったのかは分からないが。
多分何かしらの弱みでも握られていたのだろう。
ラインハルトは其処で、早速前々から目をつけていた部下達を集め始めたが。それはそれとして、宇宙艦隊の集まりは著しく悪かった。
帝国の正式宇宙艦隊は18個。このほかに、各地の大貴族が抱える私兵や、前線であるイゼルローン要塞などに駐屯する兵がいる。いずれにしても戦力的には合計で40万隻ほどになるが、これを一度に動かすのは極めて困難だ。
ラインハルトが求めたのは、正式18個艦隊の半数ほどでも指揮下に、というものだったが。
いわゆる帝国三元帥。
ミュッケンベルガー元帥は退役したとして、残りのエーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥が頑強に抵抗。
九個艦隊を麾下に入れたいと思っていたラインハルトのところには、四個艦隊だけが残ったのだった。
ラインハルトとしては、これはリヒテンラーデの仕事だろうと思ったのだが。
リヒテンラーデは言う。
「貴官がいう大功がないが故な。 まずはこれで実績を上げてほしい」
「四個艦隊の大軍であればだいたいのことはなせますが」
「そうであろうな。 ではまず、首都星オーディンと主要航路の安全確保をしてほしい。 帝国の混乱は既に始まっている。 各地で独立をもくろむ大貴族がいる。 それを掣肘しておきたいのでな」
「……分かりました」
ともかくだ。
四個艦隊を、ラインハルトの直衛、キルヒアイス。それから以前から部下にほしいと考えていたミッターマイヤー、ロイエンタールのそれぞれで指揮する態勢を整える。それに伴って、ミッターマイヤーとロイエンタールは中将に昇進。どちらも艦隊司令官としてふさわしい地位に昇った。
また同時に、少将だったキルヒアイスを上級大将に昇進。
いきなり上級大将とはと、意見を述べる者もいたのだが。ラインハルトは一蹴。
そしてこの四個艦隊をもって、首都星オーディンの周辺航路の安全確保に乗り出していた。
陸戦部隊は憲兵隊から抜擢したケスラーという人物が指揮して、オーディンの治安を確保。
更にラインハルトは主要航路を抑え、荷物をまとめてオーディンから逃れようとしていた大貴族を多数捕縛していた。
理由などどうでもいい。
リヒテンラーデが勝手にでっち上げてくれる。
その過程で少なからず交戦が発生したが、いずれにも完勝。まずは、このくらいであろうか。
オーディンが平穏を取り戻したのはひと月ほど後。
治安の迅速な回復にリヒテンラーデは満足したようだが、問題はまだある。
ブラウンシュバイク公の甥であり、以前からラインハルトを目の敵にしていたフレーゲル男爵等を中心とした貴族達が、反乱の兆候を見せ始めているのである。
まとまりは皆無だが、各地に散らばっているそれらを鎮圧するのは極めて難しい。
しかも秩序が皆無なので、首都星オーディンに仕掛けてくる可能性も否定できないのだ。
此処で、やっと更にリヒテンラーデが二個艦隊をラインハルトに渡した。
「手続きが必要だから」とか抜かして、散々渋っているのは面倒くさいことこの上ない話だ。
それに、である。
リヒテンラーデが王宮の親衛隊の一部を抱き込み始めている事は、既にキルヒアイスからもラインハルトは報告を受けていた。
「そうなると私はオーディンを離れるわけにはいかんな。 皇帝などどうでもいいが、姉上の身が心配だ」
「確かに状況が悪うございますね。 これで誰かしらまとめ役の大貴族がいれば、撃破はむしろ容易だったかも知れませんが」
「そうだな……」
幸いにもと言うべきか、
一番大貴族側についたら面倒だった帝国の驍将、メルカッツはオーディンで家族と一緒におとなしくしてくれている。
ラインハルトが何回か部下にならないかと誘ったが、退役まで考えている様子で、無理強いも出来ない。
元々寡黙で規律正しい人物で、ラインハルトとしても悪く思ったことはない。頑迷な老人だとばかり思っていたが、何度かの軍事作戦で見事な作戦手腕を見て、今では考えを変えていた。
優秀な相手には敬意を払う。
それがラインハルトの流儀だ。
ただし、無能であってもふさわしくない立場にいないのであれば、ラインハルトは慈しむ。
ラインハルトは極貧家庭の出身であり、末端の人々が何を考えているかも理解はしている。
ラインハルトが憎んでいるのは、能力にふさわしくない地位にしがみついている無能……今の門閥貴族などであり。
民衆達は、ラインハルトにとって憎悪の対象でも軽蔑の対象でもない。
その苛烈な能力主義は、時々部下からルドルフ帝の再来ではないのかとささやかれることもあるが。
民衆に対しての思想は、ルドルフと真逆であり。
少なくとも現時点ではそれが、ラインハルトとルドルフの差を決定的なものとしているのだった。
ともかく、キルヒアイスを総司令官に、ミッターマイヤーとロイエンタールを麾下に入れた三個艦隊を討伐部隊として編成。
リヒテンラーデが招集を掛けても無視している大貴族の討伐に向かわせる。
だが、大半の艦隊はオーディンで係留されたままで。一部に至っては、各地で大貴族に私物化さえされている。
ラインハルトは新たに「下げ渡していただいた」二個艦隊の編成を進め。若手士官の抜擢を進めながら。
今はともかく、盟友による貴族どもの討伐を待つしかないというまどろっこしい事をしなければならなかった。
ラインハルト自身が出たい位だが。
ここまで状況が悪いと、まだ入院中のアンネローゼを放っておけないのである。
ラインハルトはオーディンにて、陸戦部隊を編成しているケスラーに増員を次々に送り。
更に自身は残る二個艦隊の編成を済ませる。
この二個艦隊には、ケンプ中将とビッテンフェルト中将を当てる。
この二人は攻撃型の猛将だが、単独で動くのは厳しい。キルヒアイスが第一次遠征から戻ったら人員を変更して、手を分けて効率よく門閥貴族どもを駆除したいところであるのだが。
ともかく手元に艦隊がない。
まだエーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥は頑強にラインハルトに対する抵抗を続けており。
引退してひねくれたように屋敷に閉じこもってしまったミュッケンベルガーとは真逆の、抵抗の姿勢を隠してもいなかった。
どちらも指揮官としての能力はどうでもいいのだが、とにかく今回は事態の進展が急で、ラインハルトとしても力尽くで軍を麾下に入れると言う訳にもいかない。
このため、中将級の指揮官が何人も麾下にいるのに、艦隊を任せるわけにもいかないというもどかしい状況の中にいた。
程なくして、勝利の報告が届く。
少将の階級を持っているフレーゲルらが、寄せ集めの艦隊を集めてキルヒアイスに挑み、一蹴された。
こちらの被害は300隻程度だったのに対して、フレーゲルらは九割近い艦隊を破壊、捕獲され。フレーゲルらも戦死した。
まずは大勝利だが。
これによって、各地の門閥貴族が一斉に恐怖から蜂起。
それを各地に兵を派遣して、一つずつ潰さなければならなくなったのだ。
しかも、近隣の門閥貴族は、案の定オーディンに仕掛けてくる可能性が生じてきている。
現在麾下に入れているケンプとビッテンフェルトの艦隊は、単独行動を任せても成果を出しづらい攻撃型の編成だ。
キルヒアイス達は即座に各地の大貴族を潰しに掛かっているが、数ヶ月は戻ってこられない。
リヒテンラーデに鬼のようにお電話を入れるラインハルトだが。
リヒテンラーデは「調整に時間が掛かっている」の一点張りで、ラインハルトを怒らせるばかりだった。
そうこうしているうちに、寄せ集めの艦隊がオーディンに襲来する。
勿論ラインハルトが直にビッテンフェルトとケンプを率いて、鎧袖一触に叩き潰したが。
そうすると、今度はオーディンでエーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥が反乱の兆候を見せ。
慌てて戻り。
素知らぬふりをしている二人を監視しなければならないほどだった。
「もどかしい!」
キレたビッテンフェルトが、軍を用いてエーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥の元帥府を制圧するべきだと主張した。
元ワルキューレ(帝国の宇宙戦闘艇)の撃墜王であるケンプもそれに同意したが、まだ状況的にまずい。
オーディンに駐屯している艦隊が一斉に牙をむいたら厄介なことになるのだ。
相手は烏合の衆だが、それでも数が多い。万が一を避けるためにも、慎重にならなければならないのである。
「元帥閣下!」
「どうしたビッテンフェルト中将」
「アンネローゼ様を、我が旗艦ケーニヒスティーゲルにお迎えいたしたく! 我が旗艦であれば、一騎当千の猛者達が集っており、もやしのような首都星の兵士など、近づくことも出来ません! そこで首都星を制圧してですな!」
「大変に興味深い提案だが、今は抑えよ。 私とて、旗艦ブリュンヒルトに姉上を迎えてしまいたいほどなのだ」
そう言うと、流石にビッテンフェルトも黙る。
むむむと不満そうだが。
此奴はなんだかんだでラインハルトには絶対忠誠を誓ってくれているので。そこは心配していない。
連日キルヒアイスの指揮する討伐艦隊は各地で戦果を挙げており、名のある門閥貴族が次々にお空の星に変えられているが。
ともかく数が多すぎる。
そうしている間に、やっと追加で一個艦隊がラインハルトのところに配属されたが。配属された艦隊を見て、ラインハルトは絶句していた。
完全に老廃兵と旧式艦艇の寄せ集めだ。
どうやらエーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥が嫌がらせをして、各艦隊から役立たずを引き抜いて、渡してきたらしい。
それをリヒテンラーデは怒りもせず、右から左へ決済したというわけだ。
艦隊の惨状を見て、ビッテンフェルトは戦だと絶叫したが。ケンプが止めろと冷静に言う。
この艦隊はワーレン中将に任され、艦隊の整備と人員の再配置、再編成などが行われたが。
予備戦力以外にはならない。
ただし、予備戦力としては活用できる。
時間が過ぎていく中、どうにか艦隊の再編成を終えたワーレンを、キルヒアイスのところに送る。
それと同時に、各地で降伏したり捕虜になった兵士や艦艇が、わんさかオーディンに送り返されてきた。
相手がどんなザコでも、キルヒアイスが指揮をしていても。
これだけの連戦では、どうしても疲弊する。
これらの部隊を護衛、監視していたのは、いずれもがそういった疲弊した、損傷艦、傷病兵などの部隊であり。
ワーレンの艦隊はその代役にしかならないが。それでも代役が必要なのだ。
相変わらず、散発的にオーディンに大貴族の艦隊が攻めてくる。ラインハルトが迎撃する。
エーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥が嫌がらせをする。
その繰り返しが続くうちに。
一年が経過していた。
一度キルヒアイスが王都に帰還してくる。反乱を起こした大貴族の内、三割ほどを処分しての帰還だが。まだ七割が残っている。
膨大な捕虜を得て、ラインハルトは辟易していた。
とにかく仕事が忙しすぎる。
まだエーレンベルクとシュタインホフは嫌がらせを継続している。面倒なのは、この二人が「形式的に」「味方」であることだ。
現在オーディンは孤立しており、少しずつ領土を広げている状態なのだが。
門閥貴族にまとめ役が存在しないこともあって、まとまることも、各個撃破も、いずれもが難しい。
それぞれが勝手に領地に立てこもって、護衛艦隊や私兵の艦隊を用いて割拠している。貴族同士でも争いが始まっている有様だ。
この状況だと、流石に経済基盤となっているオーディンだけを抑えていても、どうしようもない。
こういう状態では、敵同然でも、これ以上味方を失うわけにはいかないのだ。
要所をキルヒアイスが取り返してきたが、それらにも散発的に貴族達が仕掛けてきている状態で。
他の貴族がけっちょんけちょんに負けたという情報が流れても、それでもなぜか謎の自信で「平民相手に負けるわけがない」とか思い込んで仕掛けてきて爆発四散する。巻き込まれる兵士達が気の毒ではあるのだが。
困ったことに、帝国がまとめて機能停止したため、貴族領土は却って無事で。一つずつ潰さなければならない事になったのだ。
幸いと言うべきか。
捕虜の内、ラインハルトに従う姿勢を見せる平民の兵士は多い。
それらを組織して、艦隊を編成。
ルッツ提督、ミュラー提督、メックリンガー提督等に艦隊を任せたが。この艦隊はまだまだ練度などに問題があり、即座に出すことが出来るわけではない。
幸いと言うべきか、キルヒアイスの活躍で、一年程度で要所は押さえることが出来た。だが、此処からすっ飛んでいく、というわけにも行かない。
まだまだ門閥貴族はわんさかおり。
それらがオーディンに散発的に仕掛けてくるから、である。
そこで艦隊を編成。
キルヒアイスとミッターマイヤー、ロイエンタールにそれぞれメックリンガー、ビッテンフェルト、ワーレン、ルッツ、それぞれの艦隊を任せる。
代わりにケンプはミュラーとともに、オーディンを守る。
地上軍はケスラーが率いて、オーディンの要所を固める。
だいぶこれで手駒がそろってきたが。
なおも問題は多く生じていた。
イゼルローンから急報である。
ラインハルトは書類仕事を終えて、アンネローゼのいる病院を訪問して。そして元帥府で、それを聞いて。
思わず立ち上がっていた。
「イゼルローンで反乱だと!?」
「はい。 イゼルローンに逃げ込んだ門閥貴族達が、ゼークト、シュトックハウゼン、両大将とともに反乱を起こしました。 しかも銀河帝国正当政府を名乗り始めたようです」
「……」
頭が痛い。
実は似たような名前で帝国正当を名乗る門閥貴族はわんさか出てきている。問題は其処ではない。
帝国と同盟の間にあり。
両者の通行を塞ぐも同然の要所であるイゼルローンでそれが起きた、ということである。
ゼークトもシュトックハウゼンもラインハルトは知っているが、はっきり言って大した提督ではない。
典型的な門閥貴族出身の提督で、「貴族としての箔がほしい」という理由で大将になっているだけの輩だ。
指揮能力は一応最低限はあるが、それしかない。
問題はイゼルローン要塞が過去に何度も同盟軍を撃退している強大な宇宙要塞であり、駐屯している正規軍艦隊だけで二万隻に達すると言うことだ。
つまり、いきなりとんでもない巨大軍事勢力が出現したことになる。
イゼルローン要塞は内部に強大な自給自足のシステムを抱えており、二万隻と五百万人程度の人員であれば、全く問題なく支え続けることが可能だ。
勿論指揮官がアホなので、落とす事は容易だが。
問題は現状、たどり着く手段がないと言うことである。
戻ってきたばかりのキルヒアイスに、ラインハルトは首を振った。
「流石に俺もこの状況では、出来る事が限られてしまうな……」
「ラインハルト様……」
「キルヒアイス、姉上と会ったらすぐに貴族どもの処理に再度向かってくれ。 今度は手を三つに分けるが、遠征艦隊の総司令官はお前だ。 皆優れた提督であるし、判断は一任する」
「分かりました。 必ずや、可能な限り最速での鎮圧を行います」
キルヒアイスの能力は、ラインハルトの分身と言うにふさわしい。
頷くと、ラインハルトは新しく部下になった提督達の顔を見に行く。
まだ人員が足りないし。
この中の誰が、裏切るかも分からない状態だ。
せめてもう少し後に皇帝が死んでくれたら。帝国宇宙艦隊の半数でも掌握できていれば、話は違ったのだが。
今はともかく、敗残兵と、エーレンベルクとシュタインホフが渋りながら出してくる兵士を再編成して、組織化するところからやらなければならず。
それらの経歴をケスラーに洗わせ。
ラインハルト自身も、身辺に気をつけなければならない状態だ。
其処まで考えて、はっと思い出す。
もう何年か経たないうちに、これ以上もないほど残虐にブッ殺してやると、皇帝に対してずっと思っていたのに。
死なれて困ったなどと、どうしてラインハルトは思ったのか。
ラインハルトはリアリストであろうと考えている。これはあくまで、全てを円滑に動かすために、だ。
そんなリアリストのラインハルトだから、皇帝に対する即座の反乱など起こさずに、機会を待っていたのだ。
まさかこんな形で、もう少し皇帝が長生きしてくれていればと思うことになるとは。
それに政敵として邪魔で仕方がなかったブラウンシュバイクとリッテンハイムが消えたことが、こんなに足を引っ張ることになるとは。
大きくため息をつくと、ラインハルトは従者にココアを買いにやらせた。
そしてクリームと砂糖をドバドバ入れて、血糖値が跳ね上がるような「とても頭が悪い甘すぎるココア」を作ると、それをどこにも誰にもぶつけようのない苛立ちとともに飲み干したのだった。
2、平和が来たはずなのに
自由惑星同盟。
主戦派の議員がその筆頭であるヨブ=トリューニヒトや、議長サンフォードもろとも消し飛んで。
反戦派だったジョアン=レベロが繰り上がりで評議会議長になり。
それで、一転して方針が変わった。
ジョアン=レベロは、国民にデータを提示したのである。
「150年にわたる戦争により、我が国は疲弊を続けてきました。 多くの大人が戦場で散り、その結果社会が大幅に弱体化したのです。 これらのデータをご覧ください。 犯罪発生率の上昇、検挙率の低下、様々な社会システムの稚拙化。 更に軍でさえ、まだ少年兵と呼べる年齢の子供達が、後方では勤務をしている状態です。 これははっきり言って、非常に国家としてまずい状態です」
立体テレビでそれを見ていたヤンはその通り、と思った。
隣で茶を入れてくれるユリアン少年。
軍の宿舎で、ヤンは背伸びしながら、見るだけで不愉快ではない演説を久しぶりに見るなと思った。
勿論過度の期待は禁物だが。
「帝国は現在、皇帝が頓死するとんでもない大混乱の中にあり、仕掛けてくる可能性は少ないでしょう。 正規軍艦隊を縮小するのは問題ですが、予備役部隊、各星系のガーズなどのうち、後方の星系のものを縮小することは可能でしょう。 更には、こちらから戦闘を仕掛けないことで、人員の消耗を抑える。 これをこれからしばらくの国策とします」
「しばらくは平和が来そうですかね、ヤン提督」
「さてね。 帝国がとにかくきな臭いからね」
今の演説はとても良識的で、ヤンもそれで助かると思ったのだが。
問題は帝国の状態が支離滅裂だということだ。
閨閥に当たるブラウンシュバイク公やリッテンハイム侯がテロで全滅し、その後をどうにかまとめている宰相リヒテンラーデ公(最近公爵に昇格したようだが)にはとにかく人望がない。
その上急なことだった事もあり、あのラインハルト=フォン=ミューゼル。いや、今はローエングラムだったか。ともかくあのラインハルトですら、鎮圧に右往左往している有様らしい。
他の誰でもこれは掌握は無理だろう。
少なくともこれから数年は厳しい筈だ。
問題は別にある。
ラインハルトが帝国をまとめた後、このままの状態で大丈夫なのだろうか。
ラインハルトはまだヤンが見たところ、軍事に関する天才的な才覚しか感じ取れないが。もしも政治方面でも天才的な手腕を持っていたら、話がかなりまずいことになる。帝国のガンである門閥貴族をまとめて処理した後、ダイナミックに老いた国を改革し、圧倒的な兵力で攻め込んでくるだろう。
それを防ぐには。
イゼルローン要塞。
あれを少なくとも、掌中に収めておきたい。
幸いヤンはこの間中将に昇進した。
何度かイゼルローン要塞を越えて攻め込んできた門閥貴族の艦隊を叩き潰して、それで武功を挙げたのだ。
この間まで第四艦隊の参謀にすぎなかったのだが。それで分艦隊司令、艦隊司令へと順々に昇進。幸いここ一年以上ラインハルトが前線に姿を見せないこともあり、同盟艦隊の被害は少なく。
逆に打ち倒している門閥貴族の艦隊は多い。
それもあって、出世している士官は多い。ヤンの同期であるラップもその一人だ。ラップは今少将で、そろそろ中将にと言う声が掛かっているらしい。
ヤンが任されたのは新造された第十三艦隊だが、まだまだ編成途中の部隊で、規模はやっと一万隻と言うところだ。
最初の任務は、まだ分からない。
「帝国を倒すのは今が好機だ!」
「弱腰になった政府の尻を蹴飛ばせ!」
いきなり外で、誰かが叫んでいるのが聞こえた。考えを中断されてヤンはむっとしたが。外を見ると、どうやらデモ隊がいるらしい。
例の爆弾テロの後、悪事を働いていた憂国騎士団はまとめて処理されたのだが。それとは違うようである。
「支持率のために戦争をする」。
そう揶揄されてきた最高評議会だが。
逆に言うと、戦争で勝つと喜んで票を入れる市民はその数だけいるということだ。
民衆は常に賢いわけではない。
ヤンも歴史を知っているから、それを理解していた。
「参ったね。 この状況だから反戦デモではないだろうとは思ったけれど、戦争を仕掛けろと政府に圧をかけようとするとは」
「今攻勢を掛ければ勝てるのではありませんか?」
「ユリアン。 あの天才ローエングラム伯爵……いや公爵になったのだったっけな。 ともかく天才ローエングラム公ですら、苦戦している状態なんだよ。 文字通り帝国全体が泥沼になっているんだ。 其処に一緒に足を突っ込みに行くのかい?」
「そ、それもそうですね……」
ユリアンに優しく諭すと、ヤンはそれはそれで考えなければならないと判断した。
イゼルローン要塞は。
出来るだけ早い内に落とさなければならない。
幸い、今イゼルローンでは、血迷った門閥貴族が何名か入って、独立国を自称している状態だ。
帝国から援軍が来る可能性は低い。
しかしもしもイゼルローンを落とした場合、更に主戦論が過熱するのではないのだろうか。
そう思えてしまう。
少なくとも、民衆は流血を望んでいるように見える。
これが民主主義の欠陥である事は、ヤンもよく分かっていた。それでも、民主主義は専制主義に勝ると考えるから、命を張るのだ。民主主義国家の軍人として。
「ちょっとオフィスに行ってくる。 統合作戦本部に作戦案を出してくるよ」
「ヤン提督からですか」
「ああ。 ただし条件が色々とつくと説明した上でね。 レベロ議長だったら、恐らくうまくいくだろうとは思うが」
第十三艦隊が出撃する。初陣の先は、艦隊の兵員誰もが知らされていない。途中で三つの星系のガーズと合流して、合計二万隻に規模は拡大したが。そのうちガーズはヤンも数あわせとしか考えていない。
今の状況で、ラインハルトが最速で帝国を掌握するまでに四年。そうヤンは分析を終えていた。
その後、ラインハルトは恐らく、記録的な兵力で同盟に侵攻をしてくるはずだ。その時、イゼルローン要塞を抑えているのが帝国だと、非常にまずいことになる。
現在なら、孤立しているイゼルローン要塞は、攻略可能。
そう報告書を出した後、ヤンはそれに付け加えていくつかの条件を提示。それを、統合作戦本部は飲んだ。
そしてジョアン=レベロ議長が目を通した上で、決済してくれた。
出来るだけこちらからの攻撃行動は控える。
そう明言した議長の言葉通り、例年の三分の一も艦隊が動いていない。
イゼルローン回廊近くまで艦隊が到着した時、ヤンは初めて、麾下の部隊にこの艦隊の目標がイゼルローンの攻略である事。
それには作戦がある事を告げていた。
イゼルローンに叛徒襲来。そう聞いて、イゼルローンの門閥貴族達は謎の自信でのこのこと出てきた。
艦隊数はおよそ二万隻。
イゼルローン要塞に駐屯している正規軍艦隊である。
一個艦隊半という規模だが、指揮をしているゼークト提督は精々中堅どころと言うところで、それほど優れた指揮官ではない。
しかもだ。
「やたら華美な装飾が為された艦艇が多数見受けられます」
「情報通りだな」
これがゼークト提督だけだったら、まだ色々小細工をしなければならなかったのだろうが、その必要もない。
戦術コンピュータが分析してくるまでもなく、これは雑兵の集まりだ。
ゼークト提督も気の毒だなとヤンは思った。
貴族達は私兵を繰り出し、自慢の旗艦を前衛に並べ立て、それで勝てると思い込んで突撃してきた。
一当てもせずに、ヤンは即時全軍に撤退を指示。これは作戦通りの行動である。
大慌てで逃げ出す第十三艦隊を見て、貴族達の艦は更に調子に乗った。ゼークト提督も、大慌てでアホどもを引き戻すために歩調を合わせようとしているが。まあ、そのままやらせておけば良い。
そのまま、同盟軍は後退を続けて、イゼルローン回廊の外側にまで脱出。更に後退。貴族達の艦隊は、追いつけそうで追いつけない第十三艦隊に食いつこうとし。当たりもしない主砲やレールキャノンを放ったりしたが。一隻も命中せず、この距離では迎撃弾で落とされるだけだけだった。
程なくしてイゼルローン回廊からかなり引っ張り出された貴族達を含むイゼルローン駐留艦隊は、完全に第十三艦隊を見失った。
それどころか、である。
「凄まじいジャミングです!」
「どういうことだ!」
「恐らくは敵の無人電子戦衛星の大軍に囲まれています!」
「……っ」
ゼークトも大将であり、一応の戦場経験はある。
どこに逃げたとか喚いている貴族達に、とにかく此処は敵地であり、どこから仕掛けてくるか分からないと説得するが。
戦えば絶対に勝てると思い込んでいる貴族達は、必死にシャトルで伝令を送っても無視して、単艦でどこかに行きかねない有様だった。
大慌てでゼークトが艦隊をまとめて、現在位置を把握するところから始めている間に。既にヤンは次の手を打っていた。
帝国軍の巡洋艦……ボロボロの……過去に鹵獲した品を、色々手を入れていじったものだが。
それに同盟で最強の陸戦部隊である、薔薇の騎士連隊を乗せて、イゼルローン要塞に送り込んだのである。
ゼークトとシュトックハウゼンは……というよりも要塞駐留部隊と要塞駐留艦隊は昔から伝統的に仲が悪かったのだが。流石にボロボロになって逃げ帰ってきた味方を受け入れない訳にもいかない。
そればかりか、第十三艦隊は既に高度なジャミングによって、イゼルローン要塞の索敵も麻痺させ。
更には、怪情報も流しまくっていた。
その中には、要塞駐留艦隊が全滅したというものまであり。
要塞があれば無敵だと考えているシュトックハウゼンも、不安に右往左往していたのである。
其処にたどり着いた味方の艦。
それをあっさり受け入れてしまったシュトックハウゼンは、「フォン=ラーケン」なる少佐に状況を聞こうと出向き。
そしてあっさりつかまり。
シュトックハウゼンを人質にした薔薇の騎士連隊は、催眠ガスを使ってあっさりイゼルローン要塞の兵士達を無力化。
防御システムも、事前調査を用いて黙らせる事に成功。
第十三艦隊がイゼルローンを攻略して要塞に艦艇が入った頃。
やっとゼークトは艦隊の混乱を収拾し、自艦隊の「位置を特定」する事にも成功して。のこのことイゼルローン要塞に戻ってきたのだった。
後は、悲惨だ。
警告を受けても、貴族達は一切無視した。
イゼルローンが落ちたところで、我らが負けるわけがない。そう信じた彼らは、少しでも怯んだゼークトを無視して、不幸な私兵達を駆って「要塞を空き巣した不届きな叛徒どもの首を挙げようと」、突撃を開始したのである。
もはや無視するべきなのでは。
そう進言したのは、ゼークトの幕僚であるオーベルシュタイン大佐だったが。
ゼークトも伝統的な門閥貴族であり、その考え方を受け継いでいた。
オーベルシュタインも一応貴族であるのだが、ついにゼークトの思想は理解できなかった。無能なのは事実だが、どうしてそう考えたのかまでは理解が及ばなかったのである。
今ゼークトが考えたのは、戦闘の勝利以前に。
門閥貴族達の間で、自分の評判が落ちること。
それによって家名が下落したり、或いは閨閥になる好機を逃すこと。
そういった門閥貴族の思考だったのである。
帝国が支離滅裂になっていて、それどころではないという状況は、ゼークトの脳裏にはなかった。
帝国不滅。
その思想からは、ゼークトは最後まで逃れられなかった。
オーベルシュタインはさっさと専用のシャトルで脱出したが。
ゼークトは、無策で突撃していく味方が、イゼルローンの凶悪な防空システムに鴨撃ちにされて壊滅していく様子。
更には、主砲。
トールハンマーの光が、自分たちに発射されようとしているのを見た。
貴族達はそれでも勝てると謎の自信で突撃を続けており、ほとんどが自動迎撃システムで消し飛んでいたが。生き残った者は狂騒的に突撃し続けている。
それらを前に。逃げるという判断は、ついにゼークトは出来なかった。
そして、トールハンマーが帝国軍艦隊を襲い。
司令部がまともに消し飛んだことで、やっと麾下の艦隊は逃げ出した。それでもまだ生き残っていたわずかな貴族の艦艇は突撃をし。アホがと言わんばかりのイゼルローン要塞からの対空砲火で全艦撃沈されたのだった。
こうしてヤンの第十三艦隊は、イゼルローンを味方の血を一滴も流さず攻略し。
イゼルローン要塞と、三百万を超える軍属の家族を捕虜にし。
二万隻いたイゼルローン駐留艦隊の内、5000隻以上を宇宙の塵とする大戦果を挙げることに成功したのである。
そしてそれが。
また問題を引き起こすのだった。
ヤンが首都星ハイネセンに帰還すると、ジョアン=レベロ議長は予定通りの発表をきちんとしてくれた。
今回の戦いは、帝国が混乱を収束させた後の平和構築のために、イゼルローン要塞を制圧する必要があったこと。
イゼルローン回廊を通ることは困難で、これより三個艦隊前後を常に備えに置けば、余程の事がない限り帝国軍は同盟領に侵攻できないこと。
可能性があれば現在支離滅裂な状態になっているフェザーン回廊を通ってくることだが、それも今の帝国の状況であれば難しく、最低でも数年は時間を稼げること。
その間に、艦隊の再編成を進め。
人員の消耗を避け、社会に人材を戻して社会の劣化を回復させること。
それらを丁寧に説明したのだが。
ヤンが宇宙港でシャトルから降り立つと、いきなりマスコミの大軍に囲まれたのだった。
「ヤン提督! 報道陣から質問があります!」
「提督は疲れておいでだ。 悪いが失礼させていただく」
「報道に応えてください! 国民は皆ヤン提督の言葉を望んでいます! 提督が行くところ、帝国を蹴散らし、圧政に苦しむ民衆を救うことが必ず出来る筈です! 帝国領に攻め込むべきだと言ってください! レベロ議長の言葉が嘘だと言ってください!」
ほとんど怒鳴り声だ。
辟易したヤンを薔薇の騎士連隊がスクラムを組んで守り、マイクとカメラを押しつけてくる報道陣を押しのけて道を作ってくれた。
ヤンはげんなりしながら、薔薇の騎士連隊の護衛を受けつつ、オフィスに戻る。まだ残務整理があるのだ。
オフィスの周りにも報道陣がわんさかいて。
それどころかデモ隊もいた。
帝国を倒せ。ヤン提督の言葉をねつ造したレベロ議長を許すな。そんなことをデモ隊が喚いている。
勘弁してくれと、ヤンは思って。
オフィスに入ると、幕僚達に、大きなため息をついていた。
「私が書いたとおりの文書を、レベロ議長は読んでくれた。 何かしらのねつ造などされていない。 一体どういうことだこれは」
「恐れながら、民衆は自分が聞きたいことを聞き、信じたいことを信じるものなのです」
ズバリいうのは、良識派の参謀であるムライである。
ヤンもそれは分かっている。
民主主義の歴史を見る限り、それは事実だ。
ルドルフ大帝のような輩を玉座に据えて、時代を大逆行させたのは間違いなく当時の市民達で。
似たような愚行は何度も繰り返されてきた。
民衆は甘美な言葉に酔いしれるし。
結構あっさり騙される。
だが、今回は最大限の手を打った。それにもかかわらず、この有様はどういうことだというのか。
むくれているヤンに、レベロ議長から連絡が来る。
軍内部からも突き上げが来ているらしい。
あれは絶対にねつ造だと、一部の軍幹部が主張しているそうである。レベロ議長は、それを告げてから、すまないと頭を下げていた。
なんだか大丈夫かヤンの方が心配になってくる。
この人が生真面目で信頼できる政治家である事は知っている。だが、抱え込みすぎて、闇落ちしてしまうのではないかと思ったのだ。
実際、そうして壊れてしまった政治家は、歴史的にも多い。
名君が暴君になるのは、珍しい事ではないのだ。
「私からも、あの文書が事実であることを証言いたしましょうか」
「そうしてくれると助かる。 だがそれでも収まるかどうか」
「やれやれ、演説など苦手極まりないのですがね」
「それでも君に頼みたいのだ」
大きなため息が出る。
ヤンはとりあえず、それからレベロ議長とテレビに出て、皆の前でこれは自分の作戦案であり、今後帝国に逆侵攻でもしない限り戦争にはならない。そのための攻略作戦だったと明言したが。
血の気が多そうな女性キャスターが、ヒステリックに喚く。
「今でも帝国では圧政に多くの人々が苦しんでいます! 彼らをヤン提督は放置すると言うのですか!」
「帝国の人々の問題は帝国の人々の問題です。 この銀河系宇宙には二つの国家があり、それぞれの考えがあります。 帝国の兵士だった捕虜の言葉を聞いたことが貴方はありますか?」
「洗脳されている人々の言葉など聞くに値しません! 私の祖父も父も戦争で死にました! それも全て専制主義の悪夢を終わらせるためです! その聖戦に私はキャスターという立場から参加しました! ヤン提督はこの行動が正しくないと仰るのですか!」
唾を飛ばしながらまくし立てる女性キャスターに。
ヤンは苛立ちを感じ始めていた。
「帝国の人々は、我々同盟の民を、「選挙のたびに好戦的になるよく分からない奴ら」と今認識しています。 それだけ両者の間には差があります。 国父アーレ=ハイネセンがこの国を作ってから、既にそれだけの差が生まれてしまったのです。 今、どちらかのやり方を無理矢理押しつけても、悲劇にしかなりません。 まずは和平をし、それから交流をし、互いの良さを理解していくしかありません。 幸い、今帝国では、英明なる存在が覇権を握ろうとしています。 ラインハルト=フォン=ローエングラム。 彼は恐らく帝国を制圧した後、同盟にも挑んでくるでしょうが。 その時のためにも、今戦力を失うわけにはいかないのです。 今混乱している帝国に手を出しても、泥沼に足を突っ込むのと同じ事になります」
丁寧に説明するが。
女性キャスターは興奮してまくし立てるばかりで、話にならなかった。
これではプチトリューニヒトではないか。
あっちは人々の正義感と怒りと興奮をうまいこと利用してのし上がった怪物だったが。こちらは人々の感情を代表していると思い込んでいるだけ。だからこそ余計にタチが悪い。
反戦派の議員などはヤンのこの答弁を好意的に見てくれたが、翌日から薔薇の騎士連隊を護衛に宿舎に呼ぶしかなくなった。
それくらい。主戦派の人々が押しかけたのだ。
彼らはヤンが丁寧に説明した、今平和を得なければならない理由などどうでも良かった。ただ感情を優先して、帝国の人々に怒りをぶつけたいだけ。それが分かるから、ヤンも頭が痛かった。
そしてこういう人々が国家を運営していくのが民主主義である事もわかっているから。余計に悲しくなるのだった。
外で怒号が聞こえる。
「英雄ヤン提督、魔術師ヤン提督! 洗脳されている彼を救出しなければならない!」
「和平派の議員どもはヤン提督を洗脳した! 八つ裂きにしてしまえ!」
「エル=ファシルでもイゼルローンでも帝国軍の魔の手を払いのけたヤン提督が、あのような事を言うわけがない! あれは合成映像と音声だ!」
「卑劣な真似をしたレベロは売国奴だ!」
過激なわめき声が聞こえる。
辟易したシェーンコップ准将が宿舎に入ってきた。
ユリアンが紅茶を入れる。
女っ気がないのが残念ですなとか言いながら、シェーンコップが紅茶を堪能する。図太い男である。
シェーンコップはヤンに権力を握るように使嗾したりかなり危険な考えも持っている人物だが。
幸いヤンに対する忠誠は本物なので。
それについては疑ってはいなかった。
「あれが、貴方が守りたかった人々ですかな」
「残念ながらそうだよ。 これだけ社会が劣化しているというのに、まだ血を求めるなんてどうかしているね」
「全くですな。 中にはそれなりのきれいどころもいるのに、顔をゆがめて叫び散らしている有様は、自分の美を捨てているとしか思えない。 勿体ないことです」
「そうだねえ」
毎晩とっかえひっかえ女遊びをしていて、ユリアンがその影響を受けると困るとすらヤンが考えているシェーンコップだが。
流石に自分が絶対的に正しいと判断して、感情を客観に優先させるような女性は関わり合いになりたくないらしい。
これだけ評判が最悪なのに女が寄りつくシェーンコップではあるのだが。
それでも理性的で自分になびかない女性に対しては苦手意識みたいなものを持っているらしいと聞いたことがある。
そういえばヤンの副官であるフレデリカ中尉にも、シェーンコップは興味を見せないようだ。
非常に聡明で美しいと思うのだが。
まあその辺りは、ヤンにはよく分からない。
「それで如何なさいます」
「イゼルローンに近々赴任する。 これについては、私がいないと駄目だろう。 イゼルローンには常時三個艦隊を駐屯し、残りの艦隊はフェザーン回廊とイゼルローン回廊両方ににらみを利かせ、どちらから帝国軍が侵入してきても即応できる体勢になる。 フェザーン回廊の出口には迎撃自動衛星を多数配備し、回廊そのものにはフェザーン商人が逃げ込むためだけのわずかな通路を作って、残りは機雷で埋め尽くすつもりだ」
「また消極的な」
「それでいい。 帝国がローエングラム公の手に落ちたあと、どうなるかまだよく分からない状態だ。 あのローエングラム公が大苦戦しているという話だからね。 同盟に逃げ込んでくる難民が大量に出てきているし、フェザーン商人も混乱はしているが内戦にはなっていない同盟に多くが逃げ込んできている。 うまくいくと、両国の国力差は同等にまで落ち着くかも知れない」
そうなれば、守勢に出て戦力を消耗しないことが意味を持ってくる。
最高評議会議長には踏ん張って貰うしかない。
ただ、何度かレベロ議長と話し合ったのだが。
連日主戦派の市民が過激な意見を口にして、更には主戦派の議員もそれらの後押しをされていることもある。
とにかく辟易していて、髪の毛が減る一方のようだ。
ただ、程度の差はあれこればかりは男性である以上仕方がない。
今は伊達男として知られるシェーンコップだって、後十年もすれば髪の毛がかなり後退するだろうし。
美男子でも何でもないヤンでもそれは同じだろう。仕方がない運命だ。
「こんな筈ではなかったのにな」
ヤンがぼやく。
ヤンが想定していたよりも、同盟の人々は血に飢えていた。どれだけ同盟が傷ついて、国力を落としてもだ。
ヤンも、ここまで民衆が愚かだとは、思っていなかったのである。
翌日、良くないニュースが飛び込む。
反戦派の議員として活動していた、友人であるラップの妻であるジェシカ=エドワーズが。主戦派の暴徒に襲われて、頭を六針縫う大けがをしたのである。似たようなことがあちこちで起き始めている。
ヤンは思わず無言になり。
そして、以降はイゼルローンに出向くことを、最優先にしたのだった。
3、加速する混乱
不機嫌極まりないラインハルトのところに、オーベルシュタイン少将が来る。この間抜擢したこの参謀は、冷酷極まりない陰険な謀略で次々とオーディンにいる無能な味方を処理しているが。
そのやり口が残虐すぎて、キルヒアイスをはじめとする他全員から嫌われていた。
ラインハルトもはっきり言って嫌いだったが。
それでもオーベルシュタインが有能なこと。
更には非常に優れた知略を持っていて、忠誠心も疑う余地がないこと。
これを理解していたので、部下として重宝していた。
ラインハルトも激情に突き動かされる人間ではあったが。
こんな時キルヒアイスが側にいたらどう言うか。
実際に現在、帝国中を走り回って、門閥貴族を片っ端からしばき回ってくれている親友の理性的な言葉を思い出す度に。
激情を客観的な理性が押さえ込むのだった。
「ラインハルト閣下」
「どうした」
「エーレンベルク元帥、シュタインホフ元帥が反乱を企んでいるようにございます」
「ほう……」
まあ、そんな事実はないだろう。
オーベルシュタインは、あくまでそれをでっち上げる方法を考えついた、ということだろう。
問題は、両元帥ともに元帥府を抱えている事で。
現在どうにかラインハルトが掌握した艦隊の他、オーディンに残っている六個正式艦隊は、二人の麾下にあると言うことだ。
なんとかこれを有名無実化したいところなのだが。
頑強に両元帥が抵抗する上に。
ラインハルトの軍事力強化をリヒテンラーデ公が好まない事もある。
奸物三人が協力して、ラインハルトを隙あれば後ろから刺そうとしており。
このため、ケスラー麾下の少なくない兵力を常時姉上のいる病院の護衛につけざるを得ず。
更には、麾下の艦隊を、オーディンから遠ざけることも出来ない状態にあるのだった。
ラインハルトは戦略的に勝つことを基本としていて。
戦略的に極めてよろしくない今の状況では、とにかく各個に撃破していくしかないと理解している。
オーベルシュタインは、帝都で軟禁されている故ブラウンシュバイクの娘であるエリザベートや、同じく故リッテンハイムの娘であるサビーネとの政略結婚を提案してきたほどである。
だがラインハルトは二人を知っていて。
どっちも見かけだけのオツムがアホな女なので興味はなかったし。
今更閨閥に加担して、それで貴族の一員として振る舞うのも馬鹿馬鹿しい。
手としては確かにありなのだが。
今はそれではないと判断していた。
ともかくだ。
邪魔なシュタインホフ元帥とエーレンベルク元帥をどうにか始末できるのなら、それに越したことはない。
だが陰謀に関しては、リヒテンラーデも相当なものだ。
良くしたもので、リヒテンラーデは最近は、ラインハルトと二人きりでの面会を避けている。
オーベルシュタインが現れてから、特に身の危険を感じたからかもしれない。
「それでどのような手段を執る」
「現在密偵が工作を進めておりますが、それぞれの元に、それぞれがローエングラム閣下と裏で手を結んだという情報を流しております。 既に二人とも、互いを疑い始めている兆候がございます」
「二人はそれなりに長い付き合いだと聞くが」
「勿論その通りです。 しかしながら、いくつかの不和の種がございまして」
そう言って、オーベルシュタインはある手帳を取り出す。
それはケスラーに過去預けた手帳だ。
昔ラインハルトは、無能な老将である(しかし先帝の若い頃からの悪友でもあった)グリンメルスハウゼンという提督の下にいたことがある。
この人物は自他共に認める無能者だったのだが、だがそれが故に、彼の前では多くの貴族が口をすべらせた。
人畜無害な老人を装いながら、グリンメルスハウゼンはそれらをずっと……貴族社会の醜聞を、手帳に残していたのである。
本来ラインハルトはそれを使う気はなかったのだが。
去年から解禁した。
内戦が長期化して、とにかく手段を選んでいられなくなったのだ。
同盟もイゼルローンを攻略して以降、どうやら国内で主戦派と反戦派がもめにもめているようだが。
それでも帝国側に攻め込んでくることはなく。
国内の整備を急速に進めているらしい。
あまり内戦が長引くと、長年の疲弊を立て直される可能性がある。
その上フェザーンの商人達はほとんどが同盟に逃げ込んだようである。これは門閥貴族達が揃いも揃って無能で強欲で。
かろうじて存在していた秩序が失われてからというもの、それに拍車が掛かったからである。
商売が成立しない上に治安が悪すぎる。
そうなれば。国内を再建中で内戦も起きていない同盟の方が稼ぎやすい。
それにフェザーンから逃げ込んできた帝国の駐留武官達から聴取は終えているのだが。どうやら同盟は内密に膨大な借金をフェザーンにしていたらしく。フェザーンがなんだかよく分からない内輪もめの末に破綻した今。その借金を合法的に踏み倒して、経済的にも一息ついているらしい。
逆に帝国はラインハルトとキルヒアイスに別れての内乱鎮圧を続けているが、まだ四割近くが反乱を続けていて。そのほとんどが独立国を自称している状態だ。
ラインハルト麾下の兵員は千二百万程度で、残りはエーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥の麾下か、各地の貴族達に従っている状態。現在五百万ほどを再編成し続けているが。それも信頼性が低い。
とにかく麾下の提督達には、予備兵力の再編と訓練を続けさせるばかりで。
現状五千万を有する同盟艦隊には、これでは対応できない。
エーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥を黙らせて、麾下にいる戦力をどうにか奪取できれば話は変わる。
オーベルシュタインのやり口は気にくわないが。
今は兵力の確保が最優先なのだ。
「それでどれくらい掛かる」
「三ヶ月ほどかと」
「分かった。 ともかく、今はあの三匹の老怪の連携を崩すことだ。 出来るだけ急いでやれ」
「は……」
オーベルシュタインが行く。
そして、また別口から連絡。
ミュラー提督が訓練中の艦隊が、またまたオーディンに仕掛けてきた貴族達の艦隊を確認。
規模は二個艦隊ほどもいるという。
現在帝都にいるラインハルト麾下の艦隊は、ケンプとミュラーとラインハルトの直衛艦隊だけ。
今は出来るだけ王都から動きたくない。
ラインハルトはケンプにも支援に行かせると、後は雑務をこなす。
二日ほどで、貴族達の艦隊を壊滅させたと連絡が来る。
まあ雑兵の集まりだ。
この程度は軽いだろう。
キルヒアイス達も、各地で確実に勝ちを重ねているが。有人惑星の制圧と、自治の付与に苦労しているらしい。
嫌がらせのためにリヒテンラーデの派遣した徴税吏などが横から口を挟んでくるらしく。それらを押さえ込むのに四苦八苦しているようだ。
リヒテンラーデも一応形では皇帝を抑えている状態。
まだ六個艦隊、帝都に「無傷の」「味方ではない」艦隊がいる状況だ。
ラインハルトも、強攻策をとれないのが厳しいところだった。
いっそ、キルヒアイス達を連れ戻すかと何回か考えた。
一度オーディンを完全に武力制圧して、それからと思ったのだが。
しかしながら、エーレンベルク元帥もシュタインホフ元帥も、それに供えて準備を進めており。
もしも力尽くでやれば、最悪オーディンは灰になる。
今、そうするわけにも行かない。
悩みは多かった。
三ヶ月が過ぎ。そして、成果が出る。
エーレンベルク元帥が、裏で手を組みたいとラインハルトに言ってきたのである。程なくして、シュタインホフ元帥も同じように言ってきた。
オーベルシュタインがどんな手口を使ったのかには興味はない。
今は、ただ。
これを利用して、オーディンを制圧することが大事だった。
またマスコミを満載した民間船がイゼルローンにやってきた。
現在イゼルローンは、ウランフ提督とヤンが固め。ビュコック提督が「要塞司令長官」として赴任する強力な体勢を取っている。
生半可な相手には負けない強力な陣容であり、常時二万隻を収容できるイゼルローンの内外に合計五万隻の艦隊が展開している状態だが。
それでもヤンは充分ではないと判断していて。
今まで同盟国内に配備していた役にも立たない防衛要塞の類を、どんどんイゼルローンにかき集めていた。
残りはフェザーン回廊を睨むウルヴァシーに集めており。
此処も周囲に軍事拠点が増やされ、次々に艦隊が集まってきている。
何かあっても即応できる。
その状態は出来てきているのだが。
殺気だった「記者団」が乗り込んでくると、門前払いとも行かず。ウランフ提督は前線の偵察に行ってしまい。ビュコック提督は要塞の視察に出かけてしまったので。ヤンが対応しなければならなかった。
いつも三人で分担して定期的に来る血の気が多いマスコミに対応しているのである。
同盟を代表する猛将で知られるウランフ提督が、この間帝国領に攻め込むべきですよねとかほざいた記者団に、それは小官が決めることではないと一喝。
ビュコック提督もあまり真面目に相手にしてくれないと言うこともあり。
それ以降は、記者団は明確にヤンにターゲットを絞っている。
しかもどこからか行動のタイムスケジュールを入手したのか、ヤンが要塞にいる時を見計らって記者団が来るので。ヤンも辟易していた。
ともかく記者会見をしなければならない。
先にレベロ議長から、とにかく対応をしてくれと、本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げられて。
更に減った髪の毛を見せられてしまったので。
ヤンもああだこうだは言えなかった。
レベロ議長はそれほど髪の毛が減っている方ではなかったのだが、それだけストレスが激甚だと言うことだ。
現在のところ、かろうじてここ二年戦争がなかったこと。
主戦派の議員が戦争を表だって煽らなかったこと。
更には憂国騎士団を代表とする好戦的な団体が黙ったこと。
それらもあって、かろうじて和平派が有利だが。
どうしても声が大きい奴は目立つし。
古今東西、マスコミというのは声が大きい奴にばかりすり寄る傾向がある。
というわけで、また記者会見である。
ヤンのところには、顔も覚えていない記者達が殺気だった様子でずらりと並んでいて。人間の壁を作っている薔薇の騎士連隊にも怯んでいなかった。
「ヤン提督! イゼルローンに駐留している艦隊の精強さ、素晴らしいですね! 帝国のどのような艦隊が来ても退けられるのではないでしょうか」
「それは考えにくいですね」
ヤンが一蹴。
そして丁寧に説明する。
「古今東西、「難攻不落」とされた要塞のほとんど全てが陥落していて、このイゼルローンとて例外ではありません。 更に問題なのは、もしも帝国の内戦が終わり、再編成が終わった場合。 このイゼルローン要塞は、戦略的価値を変える可能性があるということです」
「ええと、具体的にお願いできますか」
まあ相手は素人集団だ。
ヤンも咳払いすると、説明を進める。
元々イゼルローンには占拠を目的とした攻撃が行われてきていた。しかしながら、もしもイゼルローン要塞を必要ないと帝国側が判断した場合、どうなるか。
何かしらの拠点をイゼルローン回廊の外側にでも作って、其処に大兵力が駐屯するくらいならいい。
もっと簡単なのは。
この直径六十キロの人工天体を。
破壊してしまうことだ。
それを説明すると、記者達がぞっとした様子で黙り込む。
実のところ、この規模の小惑星程度だったら、現在の人類は充分に破壊する技術を持っている。
巨大な質量兵器でも勿論構わないし。
限定的な手段にはなるが、例えばマイクロブラックホールを投射するという戦術も存在する。
勿論簡単にそれらを許す気はない。
ただし、帝国がイゼルローン要塞を破壊するつもりで攻撃を仕掛けてきた場合には。どのような手段を執ってくるかは分からないし。
それを確定で防ぎきれるとは分からないのだ。
「幸い、現在帝国では内戦が続いています。 この内戦はローエングラム公の勝利に終わるでしょう。 先ほど、ローエングラム公が政敵であるエーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥をともに排除したという情報が入ってきました。 これで恐らくローエングラム公の勝利は加速し、二年以内には終わると思われます。 我々がやるのは、その二年の間に、無駄に侵攻して戦力を削ることではありません。 今まで失った社会の損失を、少しでも回復させることです。 ガーズなどには、少年兵すら配備されているケースがあるほどなんです。 表向きには「バイト」だの「契約社員」だのの名目でね」
それを指摘すると、記者団は更に黙り込む。
軍ですら大人が一線以外に配備されているのだ。
他の場所の人材の枯渇がどれほどか。
少しでも考えれば分かるだろうに。
それが分からないで、それでいながら正義だ大儀だと抜かして。視聴率と発行部数を稼ぐ事しか考えていない記者達に、ヤンは正直頭に来ていた。
「前線は正規軍艦隊が守ります。 貴方達が今するべき事は、主戦をいたずらに煽るのではなく、二年後くらいに収まる帝国の内乱、その後あの天才ローエングラム公が圧倒的な大軍で攻め込んできた時のために、同盟の国力を再建すべく、人々が努力するように報道することではないのですか。 我々も現在は、難民の受け入れや、散発的に仕掛けてくる門閥貴族の艦隊を退けるので忙しい。 それを理解していただきたく存じます」
「……」
記者達が黙り込んだので、追い返す。
全員が帰った後、ヤンは大きなため息をついていた。
シェーンコップがコーヒーを持ってくる。
紅茶の方が好きなのを知っている癖に。
まあ、どうせ此処に紅茶があってもまずいだけだが。
それでも貴重な物資を無駄にするわけにもいかないので、飲む。苦いし酸味が強くて安物だ。
こういうのも軍の兵士の士気を下げる。
悪名高い後方士官のドーソン中将のように、ダストシュートを調べてじゃがいもがどれだけ無駄に捨てられていた、みたいなアホな発表をするつもりはないが。それでも、ヤンとしても無駄は避けたいのだ。
「お疲れ様ですな。 それにしても、記者達を黙らせた手腕、同盟の広報担当でもやっていけるのでは」
「勘弁してくれ。 ローエングラム公はオーディンでの政敵を排除して、これから帝国の再統一を加速させる。 私は二年といったが、それより早く済むかもしれない。 その後は帝国を再建するのに、そうだな。 多分二年くらいはかかるだろう。 ただそれは楽観で、下手をすると二年後くらいに、十万隻を超える艦隊がイゼルローン回廊に押し寄せるかも知れない。 フェザーン回廊にも同時にね」
「しかしそれは悲観の話です。 そううまくいかない可能性もあるのでは?」
「一番やらなければならないのは客観的な分析なんだが、今はとにかく情報が足りていない。 なら悲観で考えるしかないのさ」
「それは分かりますが」
デスクに戻る。
戻ると、要塞内の防衛強化の視察をしていたビュコック提督から、ねぎらいと、次は自分が対応するというメールが来ていた。
ありがたい話だが。
多分ウルヴァシーにもああいう記者団は来ていて、主戦派が喜びそうなインタビューに応じる提督を探しているはずだ。
この間サンドル=アラルコンという准将が、もろにその手の主戦派が喜びそうなインタビューをしていて。
それでヤンも大きなため息をついた。
しかも此奴は、民間人を虐殺した容疑が掛かっている札付きの問題人物で、指揮能力はあっても軍人失格である。
こういうのを記者団が探して徘徊していると思うと。
この国は大丈夫なのだろうか。
ハイネセンの求めた自立自活自尊の概念は既に死んでしまったのではないか。
そうヤンは悲しくなるのだ。
ほどなく「うるさい蠅」がいなくなったからか、ウランフ提督も戻ってくる。今日も考えもなしに突っ込んでくる門閥貴族の艦艇数十隻ほどを処分したらしいが、別に報告する必要もない。
三人で色々と打ち合わせをしておく。
ヤンの予定では恐らく四年で決定的に状況が変わる。
それまでに、どうにかローエングラム公が率いる大艦隊に対応する準備をしておかなければならない。
かろうじて国内では和平派が主流で。
主戦派が最高評議会を独占する様子はない。
それも今のままではどうなることか。
頭が痛い話だった。
「偵察艦隊から入電!」
「!」
「帝国正規軍艦隊を確認! 旗艦バルバロッサです!」
旗艦バルバロッサといえば、キルヒアイス提督。ローエングラム公の腹心が乗るものである。
同時に三個艦隊に達する艦隊も確認されたという。
にわかに緊張が走る。
だが、偵察艦隊からの情報だと、バルバロッサはイゼルローン回廊には目もくれず。麾下の艦隊とともに、恐らくこの辺りの支配をしている門閥貴族を討伐しに向かったらしいと連絡が来た。
胸をなで下ろしている場合ではない。
ついに最辺境である此処まで、ローエングラム公の麾下の部隊が来たと言うことである。
それは、門閥貴族達が追い詰められていると言うこと。
ローエングラム公の帝国再編が、予想より早く済む可能性が高くなったことを意味していた。
「これは油断出来んな。 ハイネセンに連絡して、更に防備を固めるべく、可能な限り無駄を避けるようにしてもらわねばならん」
「厄介な話です。 また主戦派が勢いづきますね」
「そうだな……。 わしのような老人が先に死ぬのが正しい社会だ。 これ以上若者を無駄死にさせたくはないものだな」
ビュコック提督がぼやく。
再編の作業をしているうちに、明らかに足腰に問題が出てきている。
同盟の戦歴とともにあるような人だ。
一兵卒から始まって、現在は大将。近いうちに元帥になるだろうとも言われている。一兵卒から元帥になることは、昔の軍隊では考えられなかったことだが。今では普通にあることだ。
一兵卒から将官にまで出世した人物が、現在の同盟では現役で十名以上いる。
「あまり無理をなさらず。 ビュコック提督に今前線を離れられては困ります」
「そうだな……」
虎のような気迫を誇る老提督も、苦笑いする。
あまり未来は明るいようには見えない。
キルヒアイスが連絡を入れてきて、不機嫌な中ラインハルトは応じた。キルヒアイスの連絡だ。
嬉しいはずなのに。
やっと邪魔だったエーレンベルク元帥とシュタインホフ元帥を引退させた。
だが、それと同時に、多数の兵士が、一斉にボイコットしたのである。
ラインハルトの麾下に結局収まったのは半数ほど。残りは故郷に帰りたいと申し出てきたのだった。
後で分かったのだが、両元帥とも、いずれはラインハルトに敗れる可能性が高いと見越していたらしい。
其処で人員を操作して、門閥貴族領に故郷がある兵士達を多数集めて、首都に配備していたそうだ。
それらの兵士にとっては、ラインハルトが勝とうが門閥貴族が勝とうが、どうでもいい兵士も多い。
故郷に帰って、家族に会いたいのである。
想定以上に麾下に入れる事が出来た兵士が少なくて、ラインハルトは色々苛立っていたのだが。
ともかく、キルヒアイスからの急報だ。でないわけにも行かなかった。
立体映像でキルヒアイスの連絡を受けると、流石に不機嫌も多少収まる。これで姉上もいて、一緒に姉上の作った料理でも食べられればいいのだが。
姉上はあの爆発事故の後遺症で、恐らくは左手が生涯不自由になり、歩くのも補助が必要となるらしい。
勿論キルヒアイスはそんなことは気にもしないだろう。二人が好き合っているのはラインハルトも知っているし。
皇帝になったら二人の結婚を祝福するつもりだが。
料理が食べられないのは事実で。
それは悲しかった。
「ラインハルト様。 急報です」
「うむ。 如何したか」
「こちらをご覧ください」
キルヒアイスが見せてきた映像は、地獄絵図だった。
ブラウンシュバイクの一族のなんとか言う伯爵の領土で起きた惨劇だ。貴族の支配が終わったと判断した民衆と貴族側の兵士達が激突。
兵士達の中からも民衆に味方する者が出て、壮絶な殺し合いになった。
結果としてなんとか伯爵は死んだ。
それは良いのだが、キルヒアイスが駆けつけた時には、壮絶な殺しあいの末に、領土は滅茶苦茶になっていたのである。
破壊され尽くした街。
泣いている子供。
焼けただれた死体があちこちに散らばっている。
戦場で様々な悲惨なものを見てきたラインハルトも、流石に青ざめていた。
「敗色濃厚となった貴族達の領地で、似たようなことが次々に起きているようです。 既にロイエンタール、ミッターマイヤー両提督も派遣して事態の収拾を進めていますが、物資が足りません」
「分かった、すぐにオーディンから送ろう」
「お願いいたします」
敬礼すると、キルヒアイスの映像が途切れる。
超光速通信によるものだが。
久々の連絡がコレか。
ともかく、アイゼナッハという極めて無口で、「はい」「いいえ」しか口にしないと噂の士官に補給を指示。
やっと帝都防衛の余裕が出来たこともある。
ケンプに補給艦隊を護衛させ、ピストン輸送で前線に送り出させる。
報告書が来る。
キルヒアイスからのまとめだった。
現在の状況だと、恐らく後一年半ほどで内乱を終わらせることが可能だ。門閥貴族達はまとまりもなく、各個撃破は容易。
それに対して、こちらは戦力を増している。
恐らくは、全土平定はそれほど難しくはない。
問題はその後。
予想以上に各地の荒廃が酷い。
貴族達がため込んでいた財産は、大混乱の中で相当量が失われてしまっている。中にはフェザーン商人によって買いたたかれてしまったものまであるようだ。
これらの財産は、ラインハルトが復興資金として当てにしていたのだが、そう簡単に事態は進まないらしい。
頭が痛い話だった。
オーディンの周辺は幸い安全も確保でき、ハラスメント攻撃をしてきていた門閥貴族はあらかた片付けた。
軍事的な盟友を失ったリヒテンラーデは現在おとなしくしている。ケスラーに命じて監視もつけている。
だが、流石に帝国を制圧するまで、皇帝に即位するつもりはない。
実質的な最大権力者になる云々の問題ではなく。帝国の混乱が一段落してから、というのが理由だ。
出来れば同盟を征服してからが好ましかったのだが。
実はそれも難しくなりつつある。
オーベルシュタインが来た。
「閣下。 レポートをまとめました」
「ああ」
ざっと目を通す。
この内乱が終わった後の帝国の状況だ。
門閥貴族どもがまとめていなくなることで、帝国は正常化する。それについては大変に素晴らしい。
問題はそれからである。
国内の荒廃ぶりが凄まじいのだ。
貴族達も内乱で資産をほとんど吐き出してしまっていて、復興資金も捻出しなければならない。
これから民衆の抑圧されていた権利などを解放して、味方につけるまではいい。
問題は、想定されるその後の軍事力だ。
「無理がない範囲だと、艦艇十二個艦隊……」
「はい。 同盟艦隊と同規模。 各地の護衛艦隊をあわせると、同盟艦隊の方が多くなるでしょうな」
「しかも資金的には限界か」
「は……」
帝国の人口は同盟の約倍だが、倍もいながら百五十年も互角の戦いを続けてきた。勿論初期はもっと差があった。
それが両国の内実を意味している。
同盟も近年は弱体化していたが。
どうにか四苦八苦しながら主戦派を押さえ込んでいる事で、国力が回復しつつある状態だ。
それに対して帝国はどんどん国力が落ちている。
勿論リヒテンラーデを排除して、ラインハルトが改革を主導して回復させるつもりだが。
同盟からの馬鹿げた大規模侵攻作戦でもやって自滅でもしてくれない限り、これは短期間で同盟を滅亡させるのは難しい。
しかも十二個艦隊の戦力には、最新鋭艦ばかりとはいかない。
この懐事情では、国を再建することに注力した場合。更に常備軍を減らさなければならなくなる可能性すらある。
レポートを読み進める。
帝国国内を安定させ、経済を好転させるまでに掛かる年月。
予想では二十年。
オーベルシュタインは嘘を言わない。
いや、ラインハルトの前で嘘を言わない、が正しいか。忠誠を誓ってくれているからこそのデータだ。
そしてラインハルトは知っている。
あのルドルフでさえ。
自分の身長と体重を測量の単位としようとした時。部下が出してきたデータ変更にかかる天文学的な金額が記された見積書を見て、思いとどまったという事実に。
ラインハルトは現実を無視するつもりはない。
金がなければ改革は出来ないのだ。
頭をかきむしりたくなるが、オーベルシュタインの前で弱みを見せるつもりはなかった。
「分かった。 卿は同盟の動きを監視しつつ、内戦を一刻も早く終わらせること、その後の私による改革の体制の下地を急いで準備せよ。 改革を唱える人間で能力のあるものは、経歴、元の地位に関係なく抜擢する」
「は……」
「皇帝にはなるつもりだが、世襲するつもりはない。 それについても、優秀な者が私の跡を継ぐようにするシステムを構築せよ。 立憲君主制だろうと民主制だろうといっこうにかまわん。 時間はどうせかかる。 その間に、私がいなくても帝国が回るように準備が必要だ」
「了解いたしました」
頭を下げると、オーベルシュタインが行く。
それからリヒテンラーデが何やら書状をよこしてきたが。
ラインハルトに結婚を勧めるものだった。見かけだけはいい女が三十人くらいリストアップされているが、どれもこれもオーディンでつかまったか、各地でつかまった門閥貴族の子女だ。
死ねと言いたいのをこらえて、全部突っ返させる。
そもそも辺境の制圧が終わったら、絞首台に蹴り込んでやるつもりだ。エーレンベルクとシュタインホフと一緒に散々邪魔をしてくさって。
挙げ句にまだ帝国を保持出来ると思っているのか。
ゴールデンバウム朝なんぞ門閥貴族を全部片付けたら速攻で終わりだ。地団駄を踏みたくなる。
どうして皇帝がさっさとくたばったのに。
何もかもこううまくいかないのか。
ぐびぐびとココアを飲み干すと、書類を片付けるラインハルト。
また来客だ。
来たのは、ヒルダという女性である。最近接触してきたマリーンドルフ家の令嬢で、門閥貴族とは思えないほど頭が良い。
ちなみにさっきの見合いの中にはいなかった。
門閥貴族の中では傍流で、要するに連中の間では「良識的」として知られても、それ以上でも以下でもなかったからである。
ヒルダは相談役として優れていて、ラインハルトも悪くは思っていなかった。意外な話だが、ラインハルトは女性に対して別に当たりが強いわけではない。キルヒアイスと下宿していた下宿先のおばさん達とは仲良く接していたし、姉の友人である年上の(既婚の)女貴族などとも普通に話していた。
ラインハルトが女を遠ざけていたのは、明らかに金と権力目当てだったり、オツムが空っぽだったりしたからである。
ラインハルトは相手を差別しない。能力によって相応の対応をするだけだ。能力がなくても別にそのものに過酷な対応はしない。敵意を持っている場合は容赦がないが。ただそれだけだ。
ヒルダは比較的良識的で、オーベルシュタインとは別方向から提案をしてくれるので、話していて助かる。
キルヒアイスは右腕として忙しい。
いにしえの帝王にも複数のブレインを置いて、それぞれの視点から意見を言わせていた者は多かった。
ラインハルトはそれをオーベルシュタインとヒルダにやらせているだけである。
いくつかの話で意見を聞いて、ラインハルトは大いに満足した。
いつか妻を持つのなら。
ヒルダのように聡明な女性が良いものだ。
そんな風にヒルダが帰った後、ラインハルトは思ったのだった。
4、平和の時
フェザーン特区に降り立ったアンネは、文通をしていた相手を見つけて手を振る。今では帝国と同盟は友好条約を結んでおり、戦争はずっと起きていない。それぞれ別方向に開発を進めていて、人類はそれぞれが好む国家に所属していれば良かった。まだ銀河系は三分の二も残っているし。それ以外にも近隣には銀河がいくつでもあるのだから。
アンネに駆け寄ってきたのは、十歳も年下の文通相手である。リィナという。十歳年下だが、あのヤン=ウェンリーの孫娘だからか、ものすごい天才児として知られているようで。
星間ネットで知り合った時は、同年代だと思っていた。
ちなみにフェザーン特区にある合同大学にこれから通うので、リィナは先輩になる。
ちょっと生意気で、古くで言うならメスガキとかいうらしいが。
流石に本人にそれを言うと怒るので、言うことはない。
フェザーンを歩きながら話す。
「三十年も前に戦争が終わって、それからずっと平和なんだってね」
「正確には三十二年前です。 同盟と帝国で総力戦をやって、それでキルヒアイス提督がラインハルト帝に進言したそうです。 既に両者の実力は伯仲、これ以上は得るものなし。 ゴールデンバウム朝は倒れ、同盟も平和と安定を求めている。 だから、これ以上は止めようと」
「キルヒアイスさんか……」
見上げた先にあるのは、キルヒアイスを従えたラインハルト帝と。
ヤン=ウェンリーが握手している銅像。
ただし、本人達の希望で、等身大で作られているそうだ。
帝国皇帝であるラインハルトと、同盟軍統合作戦本部長兼イゼルローン方面艦隊司令官である二人の死闘は激烈を極めたが、結局決着はつかず。
今ではその死闘は語り草となって、研究本がダース単位で出版されている。
アンネの前の前の世代くらいまでは、帝国には農奴という酷い扱いを受けている人達もいたが。
ラインハルト帝がそれらは全て解放して。
今では帝国と同盟では生活水準も医療技術も変わらないし、なんなら積極的に人々が行き来までしている。
同じ大学に両国の生徒が通うなんて、昔だったら考えられなかったらしい。
少し前にラインハルト帝は亡くなったが、孫達に囲まれての大往生だったらしくて。
アンネも国葬で特に年寄りがおいおい泣いているのを見た。
だけれどもアンネにはあまり関係がない話だ。
昔はとにかく酷かったらしいのだけれども。アンネの生きた時代には、まともな待遇が当たり前になっていた。
偉大な皇帝として尊敬はしているけれど。
それはそれとして、その業績は、どうしても肌では感じにくいのだ。
大学に案内して貰って、中を見て回る。
最新の設備が整っていて素晴らしい。
最近では帝国同盟合同で、銀河系中心部の超巨大ブラックホールの調査などもしているらしい。
アンネの目的は生物学研究で。
それによるテラフォーミングだが。
リィナの目的は、宇宙物理学の発展で。
なんでもアンドロメダに先遣隊を送る時に、その面子に加わることなのだとか。
授業を一緒に受けた後、学食で軽く話す。
「それにしても150年も戦争していたのに、良くうまくやれるようになったよね」
「帝国側が約二十年間、同盟に手を出せなくなったのが大きいと言われています」
「そういえば、空白安定期って言われる時期があったんだっけ」
「はい。 酷い内乱の後、国力の回復のために帝国はラインハルト帝主導で国を立て直しました。 その間に同盟でも国力を蓄え、空白安定期が終わった後、双方の国力は完全に互角になっていたそうです」
その結果、勝負がつかなくなった。
偉大な英雄は、自国を立て直し、ゴールデンバウム朝を屠るので精一杯。
同盟は血の気が多い主戦派を掣肘して、国内の立て直しに必死。
それが終わった後、人類統一をもくろむラインハルト帝が大動員を発令したが。意外にも、側近からさえ反対意見が出たのだとか。
「オリオン腕とペルセウス腕に別れた人類社会は、既に互角の実力を持つ国家に分割され、更には世代も変わろうとしている。 その状態で、今更また戦争を起こすよりも、それぞれが外側の領域を開発して、人類の生存領域を増やすべきだ。 そういう意見を、最側近であるオーベルシュタインさんが提示。 それに普段は反対しがちなヒルダ皇妃も同意したのだとか」
「あー、皇妃殿下も意見が同じだったんだ」
「それでもラインハルト帝は出征したものの、やはり兵士の士気は低く、イゼルローンの守りは鉄壁で。 激しい戦いの後、決着もつかず。 キルヒアイスさんの意見もあって、停戦になったそうだよ」
「……ラインハルト帝。民衆を慈しむ逸話が多いもんね。 兵士達が誰も戦争を望んでいないって、気づけたのかな」
そうかも知れないと、リィナは言う。
結果、和平の後は、それぞれが銀河の未踏破領域に進出を開始した。
更に遠くへ。
ゴールデンバウム朝の前の時代も、人類はそんな風だったらしいけれど。いずれにしても、今回はそれぞれで生き方を選べるし。過去の失敗を知っている。
前よりはきっとましになると信じたい。
午後からも同じ授業に出る。
リィナは話していて、ギフテッドである事が一発で分かる。頭の回転が遅い相手にあわせるしゃべり方を理解しているのだ。
それでいて生意気だけれど不愉快ではないのは。
今はギフテッドに対する教育システムが完備しているから、かもしれない。
ラインハルト帝もとんでもないギフテッドだったらしく、幼い頃は周りからはずっと敵視されていたそうだし。
そういった前例から、少しでも学ぶようにしたのだろう。
いずれにしてもアンネは平和な時代に生きている。
大学を終えたら、帝国に戻って、進出した星系でのテラフォーミングに従事する予定だ。
勿論たまに宇宙海賊とかも出るらしいけれど、それらの退治は軍の仕事。
生き方がいくつもあって、自由に選べる。
平和な時代の証拠だ。
アンネはそんな時代に。
今希望を持って生きていた。
(終)
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