ペルソナ5RTA

 

序、獅童正義

 

夜道で禿頭の男が女性に絡んでいた。上物のスーツを着ているその男は隣に車を停め、明らかに酒に酔っており、しかも欲望に目をぎらつかせて。女性の腕をつかんでいた。女性も女性で大声でも出せば良いのに、そのまま禿頭の男に好き勝手にされているばかりである。

それどころか、男は酒臭い息を吐きながら恫喝していた。

背丈は平均的な男性より少し高いくらいか。禿頭の割にあごひげを生やしていて、相応に筋肉質の男だった。目つきは異常に鋭く、眼鏡の奥には傲慢極まりない目がぎらついている。

「さっさと車に乗れ! 貴様のキャリアを台無しにしてやっても良いんだぞ!」

「止めてください! 私には婚約者が」

「だったらその婚約者をぶち殺してやろうか!」

唾を飛ばして喚き散らす男。

此処は本当に現在日本か。

盛り場の近くとは言え、ちょっとばかり愚かしすぎる。

私は、無言で男の手をつかんでいた。

酒臭い息を吐きながら、男はスジ者同然の声を挙げながら、よろめきながら振り返る。女性は男が手を放したので、さっと逃れていた。

「何だおまえ……っ!?」

私を見て、それだけで男は黙った。

私は近くの学校の制服を着ている。ちょっとばかり部活が遅くなったので、この時間になったのだ。

ちなみに部活のメンバーは全員グロッキーになって先に帰宅している。

顧問も流石に遅くならないようにと言って先に帰った。

いつものことだ。

私も学校に取り残されるのは面倒だったので、ギリギリで学校を出た。

まあ、部活に打ち込んでいるというよりも。

体力が有り余っているので、こうして発散しているだけだが。

私の背丈は男とあまり変わらない。

ただ、禿頭の男と決定的に違うものがある。

私は女で。

そしてつかんだだけで分かったが、実力が天地の差だと言うことだ。

恐らくだが、男も護身術くらいは学んでいる筈で。

一瞬でそれを理解したはずである。

故に、恫喝をやめて、一瞬黙ったが。

しかしながら、再び酒の勢いか、怒鳴りつけようとしてきた。

その瞬間。

私は、男の手を、いきなり自分の胸に押し当て。

つかませていた。

ぎょっとした禿頭の男の前で、私は息を全力で吸い込むと。

辺りの人間が気絶しかねない。大音量で絶叫していた。

「きゃあああああああああ! 痴漢! 襲われる!」

声は完全に爆風と成ってあたりを蹂躙し、側でオロオロしていた女はすっころんで真っ青に。

ついでに近くでワンワン吠えていた犬が、一瞬で恐怖に黙り込む。

辺りの家の電気がつき。

なんだなんだと人が出てくる。

盛り場近くとは言え、この辺りには住宅も多い。

そして出てきた人達の中には、スマホをさっと構えて、禿頭の男が私の胸をつかんでいる様子を撮影し始める者もいた。

それも複数。

男が大慌てして、私の体から手を離そうとするが。

万全の状態だったらともかく、酒の勢いで女をホテルに連れ込もうとする……しかも酔っ払い運転で……な有様である。

ついでにそもそも私と男では、格闘戦の技量が違いすぎる。

これでも私は、全国区で優勝経験がある。

この男は精々お座敷拳法をかじった程度だろう。

「痴漢だ!」

「すげえ! 胸をわしづかみにしてるぞ! てか胸でけえ!」

「いやっ! 離してっ!」

「え、お、ちょ……!」

あまりの事態に、禿頭の男が困惑しつつ、どうしたら良いのだろうと左右を見回す。

此奴は格好からして名士なのだろうが、残念ながらあまりの事態に自慢にしている(つもりなのだろう)頭も回らないようだ。

そして、撮影がされているのを充分に確認した私は。

倒れ込むフリをしながら。

男を巴投げしていた。

凄まじい勢いで空中に吹っ飛ぶ禿頭の男。

え、とか。

あ、とか。

そんな声とともに遙か空に舞い上がった男は、三回転半をしながら。弧を描いて飛び。それを群衆のスマホが動画に納め。

そして、ゴミ捨て場に頭から墜落したのである。

その姿は、高名な推理小説で、湖に突き刺さった死体のように。見事なYの字を描いて、両足が空中に突き出されていた。

一瞬、シーンと誰もが黙り込んだ後。

誰かがおおーと感動の声を上げて、拍手し始めた。

スマホカメラの砲列がYの字に足を開いたままゴミ捨て場に突き刺さっている男を撮影し続けている。

程なく警察が来た。

警察が来ると、私は即座に声を張り上げる。

「痴漢です! それどころか、この人をホテルに連れ込もうとしていたし、飲酒運転までしようとしていました!」

「え、その……」

「証拠なら、その辺の人達が動画に撮っています!」

「……ア、ハイ」

警官達が、まだYの字に足を開いて逆さにゴミ捨て場に突き刺さっている禿頭の男を引っ張り出す。

その顔を見て、警官が青ざめたが。

男は完全に目を回していて。

警察はそそくさと男を連れて去って行ったのだった。

不自然だが、全てスマホで多数の群衆が動画に納めており。

そしてこの動画はSNSや動画投稿サイトに投稿され。一晩で合計1000万再生。更には、数日で世界中に拡散され。

一億再生をあっという間に超えたのだった。

 

数日後。

私はテレビの記者会見を見た。

家に帰ってきてから、風呂を浴びた後である。

記者会見に出ているのは、あの禿頭の腐れ酔っ払いだった。獅童正義というらしい。まあどうでもいい。

獅童正義はあの傲慢そうな目はどこへやら。

いきなり平身低頭に謝罪を始めていた。

なんでも此奴は現役の閣僚で都知事経験者らしいのだが。

ここ数日で凄まじい勢いで「痴漢動画」が拡散し。消そうにも消そうにもその先から再アップされ。

それどころか海外でも大拡散され、「日本のハゲ痴漢成敗される」とか、「ハゲ男が女性を襲って投げ飛ばされる」だとかの題で出回り。

挙げ句コラ画像とかまで作られ始める大人気ぶりだ。

しかもYの字にゴミ捨て場に突き刺さった様子は「漫画のようだ」と大爆笑を呼んだようであり。

その権威は地に墜ち、それどころかマントル層までめり込んだと言える。

しかも私は上手に顔がうつらないように立ち回った。

さて、どうするんだろうな此奴は。

そういえば、禿頭に包帯を巻いている。

どうやら、あのとき頭を強打したらしかった。

まあゴミ袋がクッションになったし、死ぬことはないだろう。ポテチをつまみながら、私は風呂上がりの体をクーラーで冷やす。

「私は許されざる罪を犯しました! 最近連発している精神暴走事件! あれらは私が全て影で画策していたことなのです!」

精神暴走事件。

なんだかいきなり色々な人が変な行動を始めた結果、大事件になるろくでもない事件である。

ただ被害が凄まじく、地下鉄が脱線したり、バスが逆走して大事故を起こしたりと、死者だけで数十人くらい出ているはずだ。

それをこのハゲ野郎、自分の仕業と言い切ったのか。

ポテチをつまみながら、続きを見る。

カメラの砲列が、禿頭を照らしている。

そんな中、獅童とやらは、側に身なりの良いスーツ姿の少年を連れてきていた。少年は確か、どこかで見たことがある。

二代目少年探偵とか言われている、明智吾郎という奴だ。

テレビなんかでも露出が目立つ男だが。

それを側で、禿頭の男は頭を下げさせる。

明智は真っ青になったり真っ赤になったりしながら。

どうしたら良いのか分からない様子で、凄まじい形相をしていた。

「私は認知訶学というものを悪用し、この明智に……私の息子に、精神暴走事件を実施させていました! その結果、数多の尊い命が失われてしまったのです! その中には、認知訶学の研究をしていた学者までいました! その上、その死を偽装するために、まだ幼い子供に罪を着せるような真似まで……っ! 私は許されざる大罪人です! しかも私は……信じがたいことに、自分が総理になるために、それをやったのです! ただ欲望のためだったのです!」

どんどんと机を叩くと、獅童とやらが大泣きし始める。

鼻水も滅茶苦茶垂れ流している。

私はポテチがまずくなると思いながら、続きを見る。

「それだけではありません! 私は気にくわないという理由だけで、多くの官僚や政治家のスキャンダルを手下にしていたマスコミにでっち上げさせ、潰してきました! それに拡散されている動画であるように、私は飲酒運転を日常的に行い、それどころか秘書官や目についた公務員などの女性を手当たり次第に……性的嫌がらせを行い、関係まで強要していました! あの日も勇敢な女子学生がとめてくれなければ、凶行を……また……うぉおおっ! わ、私は! 人間と呼ぶに値しない! 悪魔だ! 悪魔のような男なのです! 私は日本の恥だ、は、恥……おおおおおおっ!」

周りの偉そうな議員達が慌てているが、獅童は涙をだらだら流しながら更に叫ぶ。

私はこれより出頭し、法の裁きを受けると。

そして、明智の頭をつかむと、一緒に深々と土下座していた。

「これより私は、極悪人として、大量殺人をさせてしまった息子とともに罪を償います! また、現役の閣僚としての座も、勿論議員としての地位も、返上させていただきます!」

しばらくぼんやり見ていたが。

まあ面白かったかな。

そう思って、私はテレビを切ると。

後は適当に体を動かしてから、寝る事にした。

 

どこかの青い部屋。

其処では、鼻の長い……それもとがった鼻が三十pは伸びていて、しかも巨大なぎょろ目をギラつかせた謎の男が、テーブルにつき。

側には、青い服を着た双子の幼子……それも両者ともにおしゃれな眼帯をつけている……が侍っていた。

鼻の長い男は、大きくため息をついていた。

「まさかゲームのキングが、このような形でいきなり落ちるとはな……。 頭を強打するだけで正気に戻るとは、想定外だ」

「これではそもそも囚人を更生させるどころではないのではありませんか。 囚人がそもそもいないのでは、更生どころではありません」

「そうです! 主、如何なさいますか!」

双子の幼子は、片方は荒々しく、片方は穏やかに言う。

鼻の長い男は、大きくため息をついていた。

「とりあえず次のキングを用意するとして、ともかく囚人が追い詰められるように手を回そう。 欲望を拗らせ、学び舎を好き放題に蹂躙している者がいたな」

「はい。 鴨志田卓という男です」

「うむ……そやつのところに、囚人が出向くようにせよ。 あの強烈な性格だ。 どうせすぐに激突することになるだろう」

いや、そもそも囚人すらいないのだが。

それでも鼻の長い男は、計画にこだわっている。

双子は困惑した様子で鼻の長い男を見やると、頷いていた。

 

私に両親から話が来る。

東京にしばらく住むらしい。

それで、秀尽学園とやらに行くことにしてほしいそうだ。

両親は私にほとんど興味がなく、学校で好成績を収めようが、実戦武道の全国大会で優勝しようが、どうでもいいようだった。

私としてはまだ未成年であるということもある。

はっきりいって親の意思に背くことも出来ないし、転校するしかない。

学校でさっさと手続きだけ済ませると、呆れる教師の前から、親はいなくなる。

両親ともに仕事に逃げているだけだ。

これでもし私があの獅童とか言う酔っ払いハゲに言いがかりでもつけられていたら、平気で見捨てていただろう事は間違いない。

そう断言するほど、しょうもない親だ。

教師もその様子を見て、ある程度事情を察したのだろう。

転校の手続きを粛々としてくれた。

それから、引っ越しの準備をする。

元々学校としても部活動にもあまり興味はなく、学年トップの成績の私がいなくなってもどうでもいいらしい。

それこそ何もかもどうでもいい。

そういう無気力極まりない学校だ。

部活のメンバーもしかり。

全国大会優勝の実績を作った私を尊敬どころか煙たがっており、いなくなることはそれで嬉しいらしい。

クラスメイトも、他の女子よりかなり長身である私が怖いのか、近寄ってくる気配がない。

どうでもいいことだが。

特に感慨なく学校を転校して。

秀尽学園とやらに通うべく、東京に行くだけだ。

両親は家の鍵だけ渡して、後は自分で全て済ませろといって。それっきりである。こんな調子で、小学生の頃から鍵っ子だったので。もはや慣れっこだ。黙々と荷造りをして、新しい住居に向かう。

東京は今時だから、当然行ったことがある。

鏡を見る。

一応美人ではあるらしい。

女子にもてた時期もあったが。私が実戦武道で地元のチンピラをまとめて畳んで交番に放り込む事件があってから、誰も近づかなくなった。

まあそんなだから、あまり容姿を整えるのにも興味がない。

ともかく空になった家を出ると、黙々と東京行きの電車に乗る。荷物も最小限だし、地元にもなんら思い入れはない。

電車で二時間ほど揺られて、それで東京駅に着くと。

更にそこから、路線図を見ながら複数の地下鉄や電車を乗り換えて、新しい家に。一軒家ではなくアパートの上、前の家より狭い。その上。あまり周囲の治安も良くはなさそうだった。

それでも、まあ良いか。

荷ほどきをして、淡々と準備をしていく。

それから、秀尽学園について調べてみた。

ろくでもない噂しかない学校だ。

一応都内でも進学校として知られているらしく、バレー部は特に強豪として知られているらしい。

バレー部の顧問は、オリンピックで金メダルを取った鴨志田という男で。

此奴については、一度試合を見たことがある。

190pを軽く超える長身の大男で、周囲から見ても頭一つ大きい巨漢。海外の選手と比べても劣らないフィジカルで、国内競技時代はオポジット(チームの攻撃を担うメインアタッカー)として名をはせていたらしい。

だが数年前にテレビ番組に出てきた時は萎縮していて、それ以降は音沙汰なく。いつの間にか、都内の学校の教師に収まっていた。

バレーの金メダルは日本がほしくてもどうにもならなかった部門で、それをとる立役者となった人物だったのに。

この凋落ぶりは如何したものか。

実際、メダル取得時の他の面子は、あらかた国内で有名なチームの監督をしていたり、。後進の育成をしたりでオリンピックに関わっている。

試合も一応見てみる。

バレーにはそれなりの興味があるからだ。全国などの大会には出たことはないが、これは私が怖がられていたからである。ほとんどの部活から声を掛けられることはなかった。球技大会などに出た時、バレー部を滅茶苦茶に蹂躙したことはあるが。別にどうでもいい程度の話だ。ローカル部活のバレー部に勝っても自慢にもならない。

全盛期の鴨志田は確かに強い。

跳躍力もあるし、長身から繰り出される破壊力抜群のスパイクは確かにとめられる選手はほとんどいなかったのも頷ける。

ただそれでも、鴨志田一人で勝てるわけでもないし。

世界レベルで言うと、もっと上のオポジットは同じオリンピックにも何名かいたようである。

日本チームは鴨志田が強かったから金メダルを取れたのではなく、セッター(トスを上げて攻撃をコントロールする司令塔)が有能だったことや。レシーブが各自得意で、相手の猛烈な攻撃をしのいで確実にアタッカーにつなげていたことが勝利の要因であったように思う。

ちなみにセッターだった人物は、それ以降ずっとオリンピック強化チームの専属コーチをして、国際大会でも結果を出している。

鴨志田だけが、どうしてかおかしな事に。母校らしいが、秀尽とかいう一進学校の教師をしているのだ。

どうも妙だな。

ともかく、不審に思っても仕方がないか。

学校に出る準備はしておく。

いずれにしても、まだまだ親の経済的支援がないと生活は難しいのである。自分に一切興味を見せない屑親であってもだ。

高校を出たらさっさと就職して、それで独立したいところだが。

それも難しいだろうな。

私はそう、現実的なことを考えていた。

 

1、鴨志田卓

 

秀尽は内部の設備が異様に古く、これは本当に平成の学校で、しかも都心にあるものなのかと小首をかしげた。

ともかく転校初日は問題なく過ごしていたのだが。

すぐにろくでもない噂を聞くことになった。

鴨志田という男。

体罰の噂があるようである。

しかも女子生徒相手に、性的暴行を働いているという噂まであるとか。

転校してから数日過ごしたある日。

帰路で、女子生徒と問答をしているのを見た。明らかに嫌がる女子生徒に、鴨志田が詰め寄っている。

金髪の女子生徒……あれはハーフか。帰国子女かもしれない。

長身だが、流石に鴨志田と比べると頭一つ以上小さい。

車に乗せて送ってやると鴨志田が言っているが女子生徒はこれから撮影があるからと断っていて。

舌打ちすると、鴨志田は強引に手を引こうとした。

女子生徒が明らかに怯えるのを見て。

私は無言で動いていた。

「高巻。 今日撮影だったろ。 急がないと遅刻するぞ」

「え、う、うん! それじゃあ、失礼します!」

私が手を引いたことで、高巻杏と言われるその生徒は、さっと逃げ出して。舌打ちした鴨志田は。

私をにらみつけようとして。

ぎょっとしたようだった。

私の胸は自分でも邪魔だなと思うほど馬鹿でかいのだが。

それを露骨に見てきたので。ああ、なるほど。

噂は本当だな。

そうとしか、思えなかった。

「見たことがない女子生徒だな。 転校生か」

「ええ、来たばかりですよ」

「そうか。 バレーをやるつもりはないか」

「……今度球技大会がありますね。 それで実力を見せてくれたら話を聞きましょうか」

それを聞いて、意味を理解できなかったのか。

鴨志田はくつくつと笑うと、おっけいといって車を飛ばしていった。

馬鹿な奴だ。

今の動きを見たが、鴨志田は衰えきっている。

一応全国区にバレー部を導いている実績があるらしいのだが、ザコばっかり相手にしていて、同格かそれ以上の選手と切磋琢磨している形跡がない。

オリンピック選手も、こうも衰えるのだな。

そう思うと、ちょっと滑稽だった。

さて、帰るか。

そう思うと、長身の男子生徒が声を掛けてくる。制服を着崩していて、金髪に染めているいかにもなヤンキーである。

「オイ。 見ねえツラだな」

「転校生だ。 雨宮という」

「おもしれー口調だな。 鴨志田の野郎に目をつけられっぞ」

「同じクラスの人間が、アレにホテルに連れ込もうとされていたからな。 助けただけだ」

不意に警戒から、同士を見つけた顔に変わる。

坂本竜司と名乗った男子生徒に誘われて、牛丼屋に行く。ちなみに私も制服はどちらかといえば着崩しているし。

他の女子生徒より頭一つ近く背が高いこともあって、周りは明らかに初日から怖がって近寄ってこない。

だから実は話しかけてきたのは坂本が初めてだったりする。

牛丼屋で、坂本から話を聞く。

何でもあの鴨志田には、体罰の噂があるという。

他にも女子生徒に様々な嫌がらせをしているとかで。女子バレー部員は目が死んでいるそうだ。

「最低のクソ野郎だぜあいつ。 今は高巻に目をつけているようでな。 執拗に口説いてやがる」

「そのようだな」

「お、分かるか」

「ここ数日だけで色々見てきたが、バレー部員は生傷が多すぎる。 あれはハードな訓練を受けている、というだけじゃない。 だが、妙だな。 女子生徒にはセクハラをしているとして、別に手を出しても平気そうな女性教師には一切興味を見せないし、一見すると紳士的に振る舞っている。 というか、明らかに距離を置いているな」

坂本が黙り込むと。

おまえ探偵、とか聞かれた。

探偵じゃないと返すと。

坂本はぼやく。

「あの野郎には色々因縁があるんだ。 なんとかして、奴の城みたいになってる学校をどうにかしてえ」

「分かった。 協力しよう」

「話早!」

「私としても、過ごしやすい学校が一番なのでな」

割り勘にして店を出る。

その後なんだか変なパレスだとか言う空間に坂本と一緒に紛れ込んで、変な喋るモルガナとかいう二本足で立って歩く猫に出会ったが。

出てきた変な奴は全部拳で粉砕して、あっさり脱出に成功。

なんだか妙な格好を……パン一の上からマントだけ羽織った王冠を被った鴨志田がいたような気がするが。

よく分からん。

坂本も困惑していたし。

よくわからんものを全部徒手空拳でぶちのめす私を見て、モルガナとかいう猫は終始呆然としていたが。

ともかく、鴨志田が変な格好をして暴れているらしいことは分かった。

これは排除一択だな。

そう私は判断していた。

 

学校に出ると、鴨志田が私を露骨に……てか私の胸を、露骨にじろじろ見ている。まあどうでもいい。

猿にパンツを見られて何か思うところがあるだろうか。

昔の鴨志田はそれなりにチームスポーツが出来る人物だったようだが。

今の鴨志田は猿だ。

以上。

あの後何度かパレスだとかいうのに入って、高巻も巻き込まれて。自分以外はなんだかペルソナとか言うのを出せるようになったが。

よく分からないのでどうでもいい。

私は出てくる変な存在……モルガナ曰くシャドウとかいうのを全部徒手空拳で粉砕できるので。別に困らないからだ。

モルガナが必死に説明してくれたところによると。

欲望によって認知が歪んだ世界がパレスで。

桁外れに強い欲望を持った奴がパレスを作るのだとか。

まあ実際に目で見たので否定するつもりはない。

パレスの奥のお宝とか言うのがモルガナの目的であり、何なら自分は本当は人間なのだとか言っていたが。

それもすこぶるどうでも良かった。

ちなみに鴨志田は私にはそれほど敵対的ではなく、球技大会を楽しみにしているとだけ言っていた。

高巻が声を掛けてくる。

「球技大会ってどういうこと?」

「ああ、それは後で分かる。 鴨志田の鼻どころか肋骨とか腕とかもへし折ってやるから、待っていてくれ」

「ちょ、何するつもり!?」

「心配しなくても合法的にやる」

高巻もペルソナとか言うのが出て超人的な動きが出来るように(パレス内では)なっているが。

私としてはそれはどうでも良くて。

現実世界で。

鴨志田を。

拳でぶちのめすべきであると。しかも公衆の面前で。と思っている。

この学校で高巻や坂本の話を聞き、更にはバレー部の手ひどい痛めつけられぶりを見る限り、鴨志田の凶行は明らかだ。

それに女子生徒は多分あれは、体を触る程度では済んでいないな。一目で分かるくらい精神的に追い詰められている。

しかも誰も逆らえない空気が出来ていて、それが露骨すぎる。

なんだかマザーグースに出てくるハンプティダンプティみたいな体型の校長が鴨志田に揉み手をしているのを見た。教頭もほとんど同レベルのようだ。

この学校の知名度を上げるために、鴨志田とバレー部を利用している。

だから、誰も逆らえない空気が出来ている。

何度かパレスに潜った後、坂本から聞いたが。

坂本の足を折り、陸上部として再起不能にしたのは鴨志田であるらしく。

ついでに陸上部を潰し、バレー部以外の目立つ部活も全て潰して自分の城にこの秀尽とか言う学校をしているようだ。

全部口から吐かせて、それで社会的にブッ殺すべきである。

さて。

球技大会の日が来た。

此処が勝負所だ。

 

教師チーム対生徒チームで、バレーの試合が行われている。ほとんど一方的だが。私は鴨志田が明らかに全盛期の面影もないほど衰えているのを確認。

本当に衰えたんだな。

そう思いつつ、壁で腕組みして待つ。

生徒チームは、ほとんどがバレー部員だが、明らかに腰が引けている。その中の一人である三島という同クラスの男子は、特に顔中にあざを作っていて、とても厳しい訓練で受けた傷とは思えなかった。

その三島が、容赦のない鴨志田のスパイク(全盛期に比べると論外レベルだが)を受けて、耐えきれずに吹っ飛ぶ。

倒れた三島を、形だけは助けて、保健室に連れて行かせる鴨志田。

女子生徒が黄色い声を上げている。

鴨志田先生凄い、とか。

あの子可哀想とか。

勿論、可哀想と言っていながら嘲笑している。坂本が、非常に不愉快そうにしていた。

では行くか。腰を私は上げていた。

「では行ってくる」

「お、おう。 本当に大丈夫だろうな」

「任せておけ。 今のを見たが、鴨志田にもう全盛期の力はない。 勝てる」

「……」

坂本が生唾を飲み込んでいる。

後、もう一言付け加えておいた。

「巻き込まれるから少し離れていろ」

「おまえ、本当に人間?」

「多分な」

そのまま、代わりの生徒に入れと鴨志田が言っている中。

私が堂々と、腰が引けているバレー部員に代わって入る。ちなみに残り五人は男子バレー部員だが、背丈はあんまり私と代わらない。

「えっ!? 転校生?」

「丁度退屈していましたのでね。 私が代わりに入ります。 セッター!」

「ひっ!? は、はい?」

「ただ単純に高く上げろ。 それだけでいい」

教師陣が呆然としているが、鴨志田がまあ良いじゃないですかとにやついている。

此奴、相手の実力を見て分からないほど衰えたのか。

一応全国区にバレー部を連れて行っているのに。どうやら既に、この男は檻の中の虎ところか、太り果てた飼い猫に果てたらしかった。

今のはラフプレーだから、サーブ権をくれてやると鴨志田がバレーボールを放ってくる。

ちなみに得点は生徒チームが負ける寸前。

普通なら絶体絶命だが。

バカが。

サーブ権を渡した時点で終わりだ。

バレーボールを受け取ると、ふっと音を立てて、私は上空に放り投げる。

いわゆる天井サーブである。

実際には見栄えが良いには良いが、あまり実用性がない技術で知られているが。そのまま私は走りながら跳躍して、そこからサーブをたたき込んでいた。

高さ、申し分なし。

私の垂直跳びのジャンプ力は122p。

これに私の身長、腕の長さも加えると、インパクトの打点は地上三メートルを軽く超える。

オリンピックの現役代表だったらそれでも対応できるだろう。

だが、明らかに鴨志田は、それを見て唖然とし。

しかも出遅れた。

ガゴンと一瞬遅れて、サーブが教師陣の合間を抜けて、床を直撃。鴨志田も当然対応できなかった。

しかもボールは体育館の壁にぶつかると、凄まじい回転をしながら、しばらく其処でギャリギャリと音を立て。

そして、こっちに跳ね返ってくる。

誰もが絶句する中、私は帰ってきたバレーボールをつかみながら、審判に言う。

「審判! 得点は」

「せ、生徒チーム!」

「次行くぞ」

再び天井サーブである。

完全に今ので腰が引けた男子教師達。鴨志田は顔が真っ青になっている。

そういえばこいつ。

パレスで高巻がペルソナとかいうのに目覚めた時、真っ青になっていたな。

ひょっとして逆らえない相手にしか強く出られないのか。それとも逆らう能力がある女子にはむしろ恐怖を覚えるのか。

まあどうでもいい。

二本目の天井サーブ。

炸裂。

鴨志田の至近を抜けたボールが、床を直撃。ガゴンと、また凄まじい音がした。

壁に炸裂して、転がっていくバレーボール。

呆然とコート側でみている女子生徒に声を掛けておく。

「其処の女子生徒! もう少し離れていろ。 巻き込まれるぞ」

「ひっ!」

「い、いこ! あんなの擦っただけで死んじゃうよ!」

慌てて離れ始める女子生徒達。

男子教師が、半笑いで言う。

「な、なかなか将来有望な転校生ですな鴨志田先生!」

「……は、はい、そうですね」

なんだ。

もう萎縮したのか。

三本目。

今度は鴨志田の股下を抜いてやる。

無駄にタッパばかりある鴨志田は、筋肉はそれなりに鍛えているようだ。それなりにガタイがいい坂本の足を容易に折る程度には。

だがそんな程度の鍛錬。

所詮自分より弱い相手にイキる程度のもの。

そんなことをしているうちに、オリンピックで優勝した頃の力など、とっくに失っていたのだ。

四本目。

教師達は触れることすら出来ない。

五本目。

鴨志田の頬をかすめた一撃が、ガゴンと床を粉砕しそうな音を立てる。ひっと、男性教師が悲鳴を上げていた。

「か、鴨志田先生。 そろそろ本気を……」

「鴨志田先生。 まさか、反応すら出来ないわけじゃないですよね。 私からもお願いしますよ。 是非、凄い実力を見せてください」

私からも言う。

実際、煽っているつもりはない。

この程度か、金メダリストが。そう思って、本気で実力を見せてほしいだけである。

実際問題、オリンピックの準決勝では、総合力で勝る相手に勝利して、決勝に日本チームは進んだ。

少しでも骨が残っているのであれば。

それを見せてみろ。

私の本音だ。

いつの間にか、得点は逆転。後一点となっていた。完全に化け物を見る目でこっちを見ているバレー部員に、私は言う。

「なんだ。 私はバレー部ですらないぞ。 そんな私が入っただけで逆転されて、悔しくないのか。 それとも、トレーニングなんか実際には受けていなくて、体罰でも受けているのか」

「き、君!」

「最後のサーブ行きますよ。 あ、そうそう。 鴨志田先生の実力を見たいので、鴨志田先生めがけてサーブしますね」

それを聞いて、明らかに鴨志田が逃げ腰になる。

やれやれ。

少しでも闘志を見せるようであったら、此処から一対一の勝負を申し込んで、徹底的にぶちのめすつもりだったのだが。

いや、考えが変わった。

ともかく、この試合は勝たせて貰う。

そのまま天井サーブをたたき込む。鴨志田はひっと声を上げて、直撃をかろうじてレシーブしたが。

弾ははじかれて、壁にぶつかって。つまりアウト。

ゲームセットだ。

ハイタッチを求めるが、バレー部員達は全員絶句している。

それよりも、鴨志田は完全に今ので吹っ飛んで、後頭部を激しく床に強打。白目をむいて、口から泡を吹いていた。

「きゅ、救急車!」

「腕が折れてる! 肋骨もだ!」

「急いでくれ!」

教師達が慌てていやがる。

三島があれだけたたきのめされて、完全に戦意喪失した時には嗤っていたくせに。

球技大会はそのまま終わり。

坂本と高巻が来て、声を掛けてきた。

「おまえ、マジすげえな! バレーの経験者か何かか?」

「いや、ただの女子高校生だ」

「何にしても、いい気味だよ。 鴨志田がバレーであんた一人にここまでコテンパンにされたんだよ。 あいつが持ってた権威なんて、これで粉々だね」

「そういうことだ」

坂本は周りが怖がる中声を掛けてきてくれたし。

高巻はパレスの中で助けてからは、ちゃんと話してくれるようになった。

前の学校ではそういう友達もあまりいなかったので。

それだけで充分だし。

そんな友達を苦しめていた鴨志田がコテンパンになったのなら、それでいいのだった。

 

数日後。

全校朝会の最中に、鴨志田が現れる。鼻にガーゼをつけ、左腕をギプスで固め。更には肋骨も何かで固定しているようだった。

入院中と言うことで、それに誰もが驚いたのだが。

鴨志田は壇上に上がると。

いきなり独白を始めたのである。

「私は……私は……っ! 罪を告白するために、今日は学校に来ました!」

どよめく生徒達。

ああ、ひょっとして。

頭打って、まともになったのか。

鴨志田は涙を垂れ流しながら、ひたすらに独白を始める。ハンプティダンプティみたいな体型の校長が呆然とそれを見ていた。

曰く、男子生徒達への暴行をずっと続けてきていた。

それらは教師も保護者もそろって隠蔽に協力してきた。

それで調子に乗った。

この学校を自分の城と思い込み。

ライバルになるかも知れない陸上部も潰した。

陸上部を潰す際に、担当教師を首にした挙げ句。あからさまな虐待を陸上部に加え、そして。

「意図的に坂本竜司くんを挑発して、殴りかかるように計算した上でしました! そして正当防衛と言いながら、その足を折ったのです! 学生時代の大事な足を! その騒ぎで陸上部は潰れ、坂本君は走れぬ身になってしまったのです! わ、私は、なんと言うことを……っ!」

ガンガンと壇上に頭をたたきつける鴨志田。

それを見て、流石に生徒達がひそひそ話し始める。

そういえば体罰の噂があった。

でも関わるとまずいから誰も言わないようにしていた。

教師達もみんな鴨志田の味方だった。特に男性教師は。

校長と教頭が、鴨志田を持ち上げているのを何度も見た。ごままですっていた。

そういう話の中。鴨志田は顔を上げる。

「それだけではありません! 私は逆らえないことを良いことに、女子バレー部の部員達には、日常的に性的な嫌がらせをしてきました! 体を触る程度なら日常! 気に入らない時は殴ることもしました! そればかりか、生徒の服を脱がして、写真を撮ったり! それ以上の、きょ、教師にあるまじき事も! それだけではありません! 高巻杏さんにも私は、非道の限りを尽くしました! 彼女の親友の鈴井さんにポジションを約束する代わりに、関係を迫り続けたのです……!」

ごっと、壇上に鴨志田が頭をひときわ強く打ち付けていた。

誰もがしんとなるなか。

鴨志田は額から血を流しながら、顔を上げていた。

「私は、罪を償わなければならない! これより自首します! そして教師の任を辞します! 誰か警察を! この悪党を逮捕するために、警察を呼んでください! さもなければ、私は死んでお詫びしそうだ!」

「か、鴨志田先生! お、落ち着いて!」

「警察を今呼びました」

私が言うと、鴨志田は。

私を見て、それで。

ありがとうと、深々と土下座をしたのだった。

いや、側に竜司と杏がいたからかもしれない。

ともかく警察が来て、日常的な暴行、セクハラ、傷害、恐喝、恫喝などの容疑で鴨志田を逮捕。

去年には転校した生徒もいて、その生徒は恐らく強姦もされたらしいという話があった。

杏が言っていた。

友人の志帆……鈴井とさっき鴨志田が呼んでいた女子生徒だが。恐らく鴨志田に暴行を直に受けていると。

それでも自分にはバレーしかないからと、歯を食いしばって耐えているのだと。

竜司が頭を掻く。

「直にボコしてすっきりしたかったけど、犯罪になっちまうよな……」

「ええ。 ちょっと納得いかないけど、全部罪を告白するつもりみたいだし、何よりもあいつはもう社会復帰できないわ。 それでいいわよ」

杏もそう言う。

まあ、二人が納得しているし。

それでいいか。

それから、バレー部への聴取が行われると。鴨志田が今までやってきた事が全て明らかになり。

しかも鴨志田をあからさまにひいきしていた校長と教頭の姿が目撃されたこともあって、二人も警察に聴取されたようだった。

にわかに学校が慌ただしくなったが、そんな中、黒い猫が現れる。

そいつはモルガナと名乗り、喋った。

あのパレスにいたモルガナらしい。

流石に驚く私に、モルガナは告げるのだった。

「パレスが消えた! お、おまえ一体何やったんだ!」

「何って、鴨志田が得意としてるバレーボールで、鴨志田を完膚なきまでにぶっ潰しただけだが」

「鴨志田って金メダリストだったんだろ……」

「昔の話だ。 全盛期だったらかなわなかったかもな。 今の鴨志田は、牙が抜けた虎どころか、すっかり太って戦い方を忘れた猫に成り下がっていたよ」

そう告げると。

モルガナは、なんだかとんでもないものでも見るかのようになぜか私を見て。

そして、竜司と杏に本当なのかと聞き。

二人も頷いたので、絶句したのだった。

 

2、斑目一流斎+α

 

学校がばたついている中、杏に誘われて気分転換に出かける。私の格好を見て、杏が目を丸くしたが。

「あんた何それ。 えっと、カウボーイか何か?」

「私服をほとんど持っていないのでな。 なんだかド迫力に見えるらしいのを着ている」

「まあ、別の意味でド迫力だな……」

「此奴家でもこれ着ててさ……」

竜司がぼやくと、モルガナも言う。

なんだかモルガナに気に入られたらしくて、家に住み着かれた。

まあ親なんて来ない家なので、猫くらいはそれこそどうでもいい。餌も猫と同じで良いし、トイレなんかも問題なさそうだが。

まあ問題なのはワクチンなどの接種だが、猫ではないと言い張るのでどうしようか困ってはいる。

ノミが湧いたりしたら対応はしようと思うが。

カウボーイみたいと言われた私の私服は、半ズボンに短めのシャツという非常に簡素なものであり。

これだと胸と足がよくわからんが目立つらしい。

それもあって、中学時代に友人とかろうじて言えるくらいの仲の人間が一人だけいたのだけれど。

その子が、大迫力だとか言っていたのを覚えている。

よく分からないが迫力があるのは良いことだと思って、これをいつも着て出てきているのだが。

ちなみに髪はいつもポニーである。めんどうなので。

それで、鴨志田ぶっ潰したパーティでもやろうかと店を物色していたのだが。そうしたら、いきなりなんだか線が細い青年に声を掛けられた。

道路際であり、どうも追い駆けてきたらしい。

そして、杏に向けて、貴方こそ探していた人だと、いきなりプロポーズみたいな事を言ったのだった。

 

喜多川祐介と名乗ったこの青年の話によると、現在斑目一流斎なる人物の弟子として働いている画家見習いで、美大に行くべく専門校で勉強をしているところだそうである。何でも一芸特化の学生が集まっている専門高校で、此処から美大に向かう人間は珍しくもないのだそうである。

その喜多川は線が細くて独特の雰囲気であり、ぐいぐい来るので調子が戻った杏も圧倒されていたが。

それはそれとして、私の方を見て、これもこれで興味深いとか言われた。

「興味深いとはどうしてだ」

「何というか、戦士の肉体をしていると思ってな。 現在日本の女性というよりは、武術と生まれながらにあったような……」

「サムライかなんかかよ」

竜司が突っ込みを入れるが。

祐介が丁寧にフォローを入れる。

「巴御前を例に出すまでもなく、古くは武芸を納めた女性は珍しくもなかった。 戦国時代にも、武芸が優れていて名を残した女性は何人もいる」

「そうなんだな……」

「それで蓮、そのなんというかワイルドさって……」

「まだ二人には話していなかったが、ある実戦武術を私は幼い頃からやっていてな。 計画的に肉体改造をした結果だ」

そうなのかと、喜多川が何度も頷く。

竜司は怖いから絶対に逆らわないでおこうとぼやいていて。それがどうしてかちょっと面白かった。

それはそれとして、喜多川は何やらチケットをくれる。

師匠の展覧会だそうである。

これを是非見に来て、それで師匠の素晴らしさを理解してほしいと。そして、それが分かったら。

その弟子である祐介の絵のモデルをしてほしいと。

まあ、別に良いかとは思ったのだが。

少しばかり気になることがあった。

少し前から、モルガナに言われて、この辺りにあるパレス……メメントスと言うらしいのだが。それに潜っているのだ。

何でも強烈な自我を持つ奴は個人としてパレスを持っているそうなのだが。この辺りにあるパレス「メメントス」は、人間の集合的無意識……人間全部のパレスであるらしい。

確かに渋谷駅地下と言えば、新宿駅ほどではないが、途轍もない人数が行き交う大動脈のような場所だ。

そこで、悪さをする人間の影。シャドウをモルガナに頼まれてぶちのめして回っているのだが。

其処でぶちのめしたストーカーの影の口から、斑目の名前が出たのだ。

なんでも斑目という画家に弟子として住み込みをしていたのだが。虐待を受け、描いた絵を全て盗作され。挙げ句の果てに着想も全て奪い取られて放り出されたと。

酷い扱いを受けた弟子の中には、自殺者までいるらしい。

どうも喜多川が言う凄い画家と言うのと、その斑目の名前が被って仕方がない。

とりあえず、妙だという意見は竜司と杏にも共有。ついでにモルガナとも話しておいて。実際に展覧会に出てみた。

竜司は乗り気ではなかったが。

杏にモデルに成ってほしいらしい祐介は、杏を誘って解説行脚に出向く。で、だ。

展覧会の絵を見ていくが。

明らかにおかしいと、私は思った。

退屈そうにあくびをしている竜司に肘鉄を噛ます。それだけでごっとガタイがいい竜司が吹き飛びそうになるのだが、ちょっと大げさだろう。背は竜司の方が高いのだから。

「おまえダンプカーかよ! パワーおかしいんだよ!」

「大声を出すな。 それよりも妙だと思わないかこれらの絵」

「俺にはわかんね」

「どう妙だと思うんだ?」

モルガナに言われたので、統一感がなさ過ぎることを告げる。

盗作。

そうメメントスでぶちのめしたストーカーが言っていたが。これは明らかにおかしい。険しい顔のおっさんを見つける。絵の知識がありそうだが。

私はとりあえず話しかけてみる。

「どうも妙な個展ですね」

「あ、う、うむ。 そうだな……」

「絵に統一感が全くない。 それにこの絵、明らかに左利きで描いているように見えますが。 こっちの絵は、右利きで描いているように見えますね」

「……鋭いな君は。 斑目も、昔はこうではなかったのだがな。 あの男は。どこまで業を積み上げるつもりなのだか」

嘆息するおじさん。

絵を見ていくと、違和感は増すばかりだ。

作家にはテーマ性というのがどうしてもある。

例えば伊藤若冲という江戸時代の画家は自然や動物を極めて巧みに描き、特に鶏の絵については右に出る者がいない。

大迫力の絵を描くので、見応えがあるものばかりだ。精密さにしても躍動感にしても、素人が見ても凄いと一発で分かる。

ちょうどスマホで画像が出てきたので、竜司とモルガナにも見せる。

竜司もすごさが分かるようで、おおと感動の声を上げていた。

「こういう作家の個性はどうしても出る。 いくら色々な絵を描ける作家だとしても、右利き、左利きまで使い分けられるのか」

「君は鋭いな。 だが、その観察眼はとっておきなさい。 此処では言わない方がいいだろうね」

目を細める。おじさんはそそくさと行く。

斑目については、ここに来る前に調べたが。日本画壇においては第一人者といっていい存在のようである。

だとすると、下手なことを言って目をつけられたら。

絵を売るような仕事にいる人間は、食っていけなくなるのかも知れなかった。

まあ私はあんまり関係ないが。

とりあえず杏と祐介に追いつく。サユリという美しい女性画を前に、祐介が熱弁していた。

確かに素晴らしい絵だ。

それに関しては確かではあるのだが。どうにもこれもおかしい。技量が根本的に他と違う。そういう結論が出る。

「杏」

「どうしたの?」

「モデルの話受けろ」

「えっ……」

私も、自分で受けても良いのだがと言うと。祐介は少し考え込んだ後、杏の方が良いらしく、視線をそらす。

別に脱ぐくらいはしてやってもいいが。減るものでもないし。

そう告げると、杏が流石にぎょっとしたのか。それとも私の発言を覚悟か何かとでも勘違いしたのか。

ともかく、モデルの話を受けることにしてくれた。

善は急げだ。

早速その日のうちにアトリエに。

資産数十億はくだらないらしい斑目だが、家はぼろ屋だ。いや、これも妙だな。質素な生活をしているフリがプンプンする。ついでにパレスの反応もあるらしい。まあ、これで確定だろう。

斑目は家の中にいるらしい。

間取りを確認。一カ所、あからさまにおかしいところがある。斑目は温厚そうな老人だったが。どうにも笑顔が嘘くさい。

向こうで祐介が杏とモデルで脱ぐ脱がないでもめている間に、打ち合わせをしておく。モルガナはパレスに潜りたいらしいが、私としてはそんなことをしなくても、一発でけりをつければいいと思うので。

斑目が、好々爺を装ってこっちに来た瞬間。

力の加減を工夫して、震脚を床に入れ。

斑目を、思いっきり転ばせた。

あ、というまでもなく、すっ飛ぶように前に転んだ斑目が。間取りが明らかにおかしい場所に頭から突っ込む。

ドカンと音がして。其処が隠し扉であった事が分かり。ついでに、隠し扉が吹っ飛んで内部が露出する。

斑目は完全に泡を吹いて床に転がっていた。そして、その床の周りには。

「大変だ喜多川! 斑目先生が転んだぞ!」

「何だって!」

喜多川が走ってきて、そして部屋の異様な様子を目撃する。まあ、それはそうだろう。ぼろ屋の中にはアトリエもあるのだが。

其処は明らかに隠し倉庫。

しかも、其処に並んでいるのは。

膨大な、サユリ。

どれもこれもがサユリである。

私が咳払いをすると、竜司が打ち合わせ通りに言う。

「サユリじゃねーか! しかもいっぱいあるぞ!」

「まさかこれって、盗作か!?」

「それだけじゃない! 個展にあった絵も他にたくさんある!」

勿論わかりきっていたので、先に台詞を決めていたのだが。

みんな棒読みをもう少しどうにか出来ないのかと、モルガナに突っ込みを入れられてしまった。

「も、模写という可能性も!」

「良く見て。 なんだか人の名前と、売る予定の日時が書かれてるよ!」

「やっぱり盗作じゃねーか?」

「そ、そんな筈は、そんなはずはない! そうですよね、先生!」

相変わらず白目をむいて転がっている斑目。

あれ。

私ある程度震脚を手加減したし、それで転ぶのもそんなに派手に行かないように注意したのだけれどなあ。

死んでないかあれと、小声で竜司に言われて、私も多分大丈夫な筈だと返すけれど。ちょっと心配になった。

とりあえず救急車を呼ぶ。

頭部を強打したかも知れないという話をすると。大慌てで大きめの病院に連れて行ったので。多分大丈夫だろう。

夕方には、意識を取り戻したし。脳に問題も起きていないと連絡が来たので、喜多川がほっとしていた。

それにしてもどうしていきなり転んだのだろうと、心配そうにしていたが。

それ以上に、あの無数のサユリについて、聞きたいのだろう。

ずっとそわそわしていた。

後一押しでこれは事態に気付くだろうな、と判断したので、帰ることにする。

別に無理しなくても、どうせ気付くだろうし。

あの部屋の有様は異常だ。

それに、あれが模写ではなく、贋作である事。しかも本物として売り払うつもりだった事は、あの場に証拠として残されていた。

近々呼ぶのは、警察になるかも知れない。

 

意外なことに、翌々日。

事態が別の方向から動いた。

斑目一流斎が、いきなりテレビで記者会見を行い始めたのである。

丁度個展を開いている最中だ。

それが急に記者会見である。

斑目は頭に包帯を巻いていたが、そこまで派手にすっころんだっけとちょっとだけ罪悪感が私にも湧いた。

家でテレビで様子を見ていると、斑目はしゃべり始める。

「わ、私は! 今まで多数の弟子達から作品を奪い、それを自分の作品として発表するという、芸術家にあるまじき行いをしてきました! それだけではありません! わ、わが日本画界の現在の至宝! サユリについても、とてつもなくおぞましい罪業を重ねてしまったのです!」

困惑する様子のカメラが揺れる中、大泣きしながら斑目が罪を告白していく。

サユリの作者、喜多川祐介の母は病弱で、死期を悟ったとき、我が子を抱いた自画像を描いた。

元々素晴らしい才能を持っていた彼女の、文字通り魂を全て込めた絵だ。素晴らしいものに仕上がった。

だが、それを見て斑目は邪心を抱いてしまったのだ。

赤子の部分を塗りつぶせば。

バカみたいな評論家どもは、きっとサユリの絵としての意図が分からず、神秘的だと絶賛すると。

更に大量に複製して、本物は実は盗まれたのだが模写はあると言いながら売れば、いながらにぼろもうけが出来るのだと。

そんなことを考えた斑目の前で、喜多川祐介の母が発作を起こした。

それをあろうことか、斑目は放置。

死ぬに任せたのだ。

「わ、私は、日本芸術界の至宝とも言える逸材を、み、み、自らの手で、死なせてしまったのです! しかも、愚かしい欲得を求めてです! こ、こんな私は、それで味を、味を占めてっ……! 弟子の絵を、奪って、自分のものとして、発表し続けました! それどころか、弟子達には虐待を続け、じ、自殺に、自殺にまで……追い込んだものまで……う、うぉおおおおおおっ! おおおおっ!」

大泣きしながら、斑目が机にガンガンと頭をたたきつける。

あーこれはひょっとして。

頭を打って、色々とおかしくなっちゃったかな。

自分がやったことだというのに、私は他人事のようにそんな風に思った。

「も、申し訳、ありませんでしたあああああっ! 今すぐ自首し、罪を償います! 極刑を、私に極刑を……っ!」

それで、会見が「しばらくお待ちください」というボートの画像に切り替わっていた。

竜司からチャットが飛んでくる。

「な、なんだか凄かったな」

「ああ。 パレスを攻略するまでもなかった」

「さっき調べてみたんだが、パレスも消えてたよ。 ひょっとして、これってパレスに入って歪んだ欲望のコアを盗み出すより安上がりで早かったりしてな」

「喜多川くん大丈夫かな……」

杏がぼやく。

とりあえず、喜多川の様子を見に行く。

なんでもすぐに警察が来たらしく、証言を受けた通りのこれから売る予定の贋作が膨大にあったのを押収しに来たそうだ。

喜多川は、迷惑を掛けて済まないと頭を下げてきたが、問題ないと皆で返す。

その後、なんだかんだで気があったと言うことで、チャットを交換。ついでにメメントスに入ったところ、うっかり喜多川も巻き込んでしまい。ついでにペルソナも発現していた。

まあいいか。

とりあえず、問題はなかったのだから。

 

太った男が、必死に走って逃げている。

今まで警察の捜査を攪乱してくれていた親玉が、春先にいきなり自爆してしまった。その結果、上の方は大混乱。

いわゆる闇バイトで渋谷を根城に若者をターゲットに荒稼ぎしていた男、金城は。組織の上層部が壊滅していき、自分も追われているので、必死に逃げていたのだった。

冗談じゃない。

そう思いながら、金城は走る。

クソ底辺で泥水を舐めていたのが、やっと千載一遇の好機がきたのである。それで稼いで。今まで虐げてきた連中を、今度は虐げる番だ。そう思って、必死にやってきたのに。全てが台無しだ。

もう部下も全部つかまった。

必死に裏路地を抜けて、飛び出したのはどこかの学校の近くだ。警官が見える。元々太めで、必死にスーツを着込んで、それで整髪料で頭を頑張って固めて。それで名士を気取っていても。どうしても素が出る。

警察が見ている。

そう思うと、金城は恐怖で震え上がり、完全に判断を誤っていた。

近くにいる生真面目そうな女子生徒に、躍りかかったのである。

人質にするつもりだった。

そして、車を要求して、逃げるつもりだったのだ。

運がなかったのは、その女子生徒が、合気道を実戦レベルで習得していた事だろう。その女子生徒、新島真というのだが。

襲いかかってきた金城がナイフを取り出すよりも早く、踏み込むと同時に腹に肘打ちをたたき込むと、数発の打撃をぶち込み。悶絶したところを、強烈な蹴りで吹き飛ばしていた。

更に金城が運が悪かったのは、吹っ飛んだ先にもっとやばい存在がいたことである。

飛んできた金城をつかんだのは、金城より更に背が高い女子生徒だった。凄まじい激痛に意識朦朧としている金城は、雨宮という女子生徒に。

そのままつかまれると、ジャーマンスープレックスで。アスファルトにたたき込まれていた。

下がマットだったらまだ分からないでもないが。

道路で行う柔道が、致命的なダメージを容易に与えるのと同じ事。

一瞬で金城は意識を消し飛ばしていた。

 

金城が警察に連行されていく。ナイフどころか多額の現金、更には何かの帳簿、ついでに薬物まで持っていたらしく。フルコースと言うことで。警察がたくさん来て、私も聴取された。

別にやましいことはしていない。

ちなみに、隣に新島真生徒会長もいる。そう。この人は一年上の生徒会長である。少し前から、なんか事件があると私たちがいると言うことで、目をつけられていたらしい。それで知り合いになったのだが。

今回、一緒に金城をぶん投げて制圧したことで。

どうしてか妙な連帯感が生じていた。

私が以前獅童を放り投げた「痴漢ハゲ撃退動画」の女子高生だと知ったか、警察は顔色を変えて何かひそひそと話していたが。

程なくして、検事だという人が来る。

検事だとすると相当だ。

あれ、ただの血迷ったデブではなかったということか。

「お姉ちゃん……」

「真、貴方は帰っていなさい」

「で、でも。 最初にあの男に襲われたのは私よ。 彼女は犯人を制圧するのを手助けしただけで、もしあいつを逃がしていたら」

「良いから。 別に何かを問い詰めたりするつもりはないわ」

不満そうにしながらも。

新島生徒会長はその場を後にする。警察が連れて行った。多分別室で軽く調書を取った後、帰してくれるのだろう。

さて、私は何をされるのかな。

とりあえず、目の前で席に着いた新島生徒会長の姉だという検事。新島冴と言ったか。とにかくびしっとして、隙がない人物に見える。その人が、一つずつ説明してくれる。

「獅童正義を唐突に葬った貴方が、度々捜査線上に出てくる。 これは何かの偶然なのかしら」

「捜査線上?」

「獅童正義が会見で言っていたでしょう。 様々な悪事をしていたって。 今、獅童から聴取を受けながら、それを調べているのだけれどね。 斑目、金城、どちらも獅童の財源であった事が判明しているのよ」

「はあ……」

とはいってもなあ。

斑目と接触したのは偶然でるし。

まああいつがろくでもない輩なのはメメントスで知ったけれど。あくまで「転んだ」のは「偶然」である。

それに金城に至っては、そのままなんかよく分からない状況でいきなり襲われた挙げ句、ただ黙らせただけ。

蠅を払っただけである。

勿論メメントスは話せないが、それらを淡々と説明すると。

じっとこちらを見る新島検事。

私もじっと視線を帰す。

やましいことなんぞしていない。

少なくとも、私は正しいと思ったことをやっただけである。

「少し前に貴方の学校で大きな騒ぎがあったらしいわね」

「ああ、変態セクハラ教師が自爆した」

「球技大会で大立ち回りをしたそうね。 バレー部の、しかも全国出場経験がある男子生徒を子供扱いするレベルの実力で、衰えたりとはいえ金メダリストを圧倒したと。 何者かしら貴方。 格闘技の大会で全国大会での優勝経験はあるようだけれど」

「ただの格闘技の伝承者ですが」

まあ、隠しておいても仕方がないだろう。

私はある長きにわたって伝承されている格闘技、それも実戦型の伝承者である。

一子相伝とかではないのだが、私の両親はそういうのに興味がなく。祖父が私に伝承したのだ。

その過程でむっちゃくちゃに体を鍛えたし。

計画的に食事をして体を強くしたので。

気がついたら、オリンピックで普通にてっぺんとれるくらいの格闘戦能力が身についていた。

それだけの話である。

「ただの格闘技の伝承者が、いくら何でも色々関わりすぎだと思うのだけれど。 何か妙なことをしていないでしょうね」

「そう言われても……」

「はあ、分かったわ。 ただし貴方監視がついている事を忘れないで」

それは気付いている。

斑目があの号泣会見をした直後くらいから、どうも公安らしい警官が尾行してきている。

まあ私としては何も悪さはしていないので、堂々としているし。

夜とかには、見張りについている警官に背後から挨拶して、差し入れをしたりしている。それで警察も、目を白黒させているようだ。

どうでも良いことだが。

とりあえず解放された。

竜司と杏が待っていてくれた。

「災難だったな。 変質者に絡まれたんだろ。 ナイフまで持ってたって」

「物騒ね全く」

「いや、絡まれたのは新島生徒会長だ。 私は生徒会長がぼっこぼこにした相手を、完全に制圧したに過ぎない」

そういうと、二人は顔を見合わせる。

それから、数日後。

新島生徒会長が来て、今まで尾行して済まなかったと謝ってきた。別に謝られても困る。

それでまた偶然メメントスに新島生徒会長も巻き込まれて、あっさりペルソナがでた。

むしろこっちの方が意図的に起きているのではないのだろうか。

そうとさえ、私は思うのだった。

 

3、奥村邦和

 

メメントスでぶちのめしたその男のシャドウは、獅童に命じられて酷いことを子供にしてしまったと号泣していた。

それでメメントスから出て、そいつに直に会いに行く。

すっかりやつれて酒の臭いしかしない部屋に皆で踏み込むと、そいつは出頭の準備をしているようだった。

「だ、誰かね」

「遺書と言えば分かるか」

「……っ!」

「渡せ」

しばらくうつむいていたそいつは、金庫をあさって、取り出す。

古い遺書だ。

どうやら娘、一色双葉というらしいが。

ともかく一色双葉に対する愛情が綴られたものだった。

「これをねつ造して、まだ小学生で、目の前で母親が死んだ子供の前で、育児ノイローゼだの、子供のせいで研究が出来なくなっただの、読み上げただと? しかも大勢の親族の目の前で?」

「め、命令だったんだ! 獅童、当時は都知事だった! 俺はただの下っ端で、逆らうとか、そういう選択肢はなかった! その上、その母親、一色若葉の研究を奪うために、獅童がやれって命じて。 自殺の責任を子供になすりつけたんだ!」

「そういえば会見でそんなことを言っていたな」

「今になって、なんて酷いことをと反省してる。 それで出頭するつもりだった……」

双葉の目の前で百回くらいぶん殴って顔の形を変えてやろうかと思ったが、まあいい。

ともかく、着いてくるようにいう。

新島生徒会長が、その一色双葉。

現在は佐倉双葉という名前になっているそうだが。

その子のことを突き止めた。

近くの駅に住んでいる。

それに、その子の叔父が、現在保護者をしている人物に集りまくっていることも分かっている。

その叔父の方は、メメントスでぶん殴って、既に行動は止めさせたので、問題はない。問題は、双葉の方だ。

今も精神に多大な傷を受けて、部屋に閉じこもり気味だそうだ。

「複数の文書偽造の罪が成り立つわ。 それだけじゃない。 児童虐待に名誉毀損。 貴方の罪、かなり重いわよ」

「わ、分かっている! でも、目が覚める前は、ただ命令されてやっただけだと思っていたんだ! 今は本当に、どうしてあんなことをしてしまったのか分からない!」

新島生徒会長の言葉に、男は土下座して言う。

竜司がぶち切れたのか、男に蹴りをたたき込もうとするが、私がとめた。

「此処でぶん殴るよりも、先にやらせることがある」

「なんだよ」

「おい屑。 出頭する前に、佐倉双葉の前で今の話を全部しろ」

「……」

双葉が重度の引きこもりになっていることは既に分かっている。

学校に行ってもいないし、そもそも部屋で何をしているかも分からないそうだ。

それどころか、現在の保護者である佐倉惣治郎に引き取られるまでは、酷薄な親族の間でたらい回しにされていたのだとか。

許せない話だ。

それを話すと。

男はうなだれて、そして分かったと言った。

 

佐倉双葉が、警察に連れて行かれる男を恨みを込めて睨んでいる。

殴って良いぞと言ったら。非力な体で、ゲームチェアを持ち上げて、なんどかぶん殴ろうとして、ふらついて。

それで無理だと判断したのだろう。

ぺしぺしと細くて非力な足で蹴って、それで泣きながら外道悪魔鬼と、徹底的に罵っていた。

代わりに殴ろうかと竜司が言ったが、首を横に振る。

母親である若葉が双葉を愛していたこと。

それに遺書がねつ造だったこと。

それらが分かったことで、トラウマも晴れたらしい。

それに元凶である獅童は、国家反逆罪が既に確定していて。死刑及び無期懲役で確定している。

恨みは晴らされてはいるのだ。

ともかく男は出頭。

あれは刑期は最低でも十年はつくだろうという話だ。まあ、十年でも二十年でも刑務所に放り込まれて。

それで後は一生罪悪感に包まれていれば良い。

「なんだか知らないけど、あんがと。 助かった」

「部屋、掃除してやろうか」

「ほんとか。 でも、触っちゃいけない場所もあるから」

双葉も簡単に人見知りが治るわけでもないのだろう。私にしか話さない。

ちなみに保護者である佐倉惣治郎氏は気難しそうな男性だったが。やつれ果てた屑が姿を見せて、引っ張ってきた私たちが事情を話すと。遺書も見てから、それで双葉のところに案内してくれた。

それで医師も部屋に入れなかった双葉が、あっさり部屋から出てきて人と話しているのを見て。

満足したようだった。

いつでもルブランという自分の店に来い。

そういう話だった。

「それにしても良かったのか。 顔の形が変わるくらいまで殴っても、おまえなら許されたと思うが」

「いや、私そんなゴリラみたいなパワーねえっす」

「そうか」

テキパキと掃除をする。

案外杏は役に立たず、私と生徒会長でテキパキと掃除をして。他の面子がゴミを外に運び出していく。

私以外を怖がってあんまりみないので、まあそれは仕方がないかなとも思うが。

モルガナが呆れた。

「実はな。 さっき竜司に頼んで調べてたんだが、双葉にもパレスがあったんだ。 過去形だがな」

「ほう」

「多分ペルソナ使いの素質があるぞ」

「そうか」

それから、三週間ほどかけて、少しずつ外に引っ張り出した。

実際問題、悪が全て牢屋にホームランされたことで、双葉もすっきりしたのだろう。急速に回復してきていて。

他人と顔を合わせるのも、少しずつ出来るようになっていた。

それでメメントスに入ったら。

案の定ペルソナが出たのだった。

 

生徒会長が親しいという奥村春という三年の女子生徒を紹介してくれる。普段は屋上で野菜を作っているらしいのだが。

奥村フーズという大企業の令嬢である。

だったらもっと良い学校に行かせろよと私は思うのだが。

或いは、社会勉強なのかも知れない。

生徒会長の話によると、春の家庭環境が色々とおかしいらしいのである。

「家庭環境がおかしいとは?」

「お父様、変わってしまったの」

悲しそうに春が目を伏せる。

なんでもブラック企業も良いところで知られる奥村フーズでは、社員を使い捨てるようにして使い潰しており。

それどころか、狂ったように蓄財を進め。

春をアホな男の許嫁にして、春の父は政界への進出をもくろんでいるというのだ。

野望に満ちて上昇志向があるというよりも。

もはや暴走した重機のようだと春は言う。

「少し前までね、なんだか知らない政治家の人と話をしていたんだ。 それがいきなりぷつっときれて、それからお父様の会社の経営があまり好調ではなくなってきたの。 それまで、都合良く競合他社のスキャンダルが起きていたけれど、それもなくなったから」

「そういえば、まさか……」

「世間で精神暴走事件って言っているらしいね。 恐らくはそれだったんだと思う。 一度聞いちゃったんだ。 獅童って名前。 多分獅童って人の財源になる代わりに、政治家になるつもりだったんだと思う。 ……おじいさまが残した小さなお店は、とても慎ましやかで、誰にでも優しいおじいさまは誰にでも愛されていたの。 でも……」

春の祖父は、連帯保証人を背負わされ。

春の父は、地獄のような貧困の中で、悪鬼のように金に執着する男へ代わっていたらしい。

それを聞くと世間で良くある悲劇であり。

春の父も被害者であるとも言えるのだが。

ただ、それでも。

悪行をやって言い訳ではない。

「とりあえず、順番に問題を解決しよう」

「それで提案。 春も一緒に参加しても良いかしら? メメントスで悪人を叩き潰して回るのにも、人手が多い方が良いし」

「分かった。 皆が良いのなら」

とりあえず、まずはメメントスだ。

春を連れていくと、やっぱりあっさりペルソナが出る。モルガナがあきれ果てていた。

「なんでこんなに簡単にペルソナが出るんだよ! これってそもそも、悪意に曝された時に身を守るための心の鎧なんだぞ。 それにだいたい、悪意に曝されて生身で平気なおまえは一体何なんだよ!」

「鍛え方が違うだけだ」

「いや、どういう理屈?」

「世紀末でもやってけそうだな……」

すっかり突っ込みが板についている竜司に、双葉もぼやく。

ちなみに双葉はすっかりもう馴染んでいる。

ただここにいる面子と佐倉惣治郎氏以外とは、あまり喋ることはないが。

それで。

既にかなり深くまでメメントスの奥まで潜ってきている。途中になんだか壁みたいなのがいくつかあったのだが。

それらは全部私が素手で粉砕したので問題ない。

ちなみに途中に案の定いた。

春のフィアンセだとか言う優男だ。

春を見て、その優男がゲヘヘヘとか嗤う。

「生きの良い女子高生のフィアンセ! めっちゃくちゃにしてやりたいって思うのは、男の夢だよなあ! そこにいる男ども! 分かるだろう!」

「わかんねーよ!」

「妄想と現実は区別しろ。 創作をしていると、どうしても妄想が表に出てきて、現実と混ざることはある。 だがおまえは創作などしていないだろう。 だったらなおさらだ」

祐介は頭が良いので、言うことも痛烈だ。

普段の言動がエキセントリックだが、それはそれとして整理された頭脳もきちんと持っているのである。

それに対して、もう猿みたいに春のフィアンセは吠える。

「黙れ! 俺は政界にも足がかりを持つ名家の長男なんだぞ! 本当だったら、もっといい家の女を妻にしても良いくらいなのを、「妥協してやっている」んだ! 俺って謙虚だろう! 謙虚で美しくて人格者の俺を褒めろ、褒めろー!」

春は穏やかな雰囲気の女性であり。

見かけと裏腹に力持ちなのだが。

しばらくジト目でそのフィアンセの影を見ていた春は、ぼそりと言った。

「無理! 生理的に無理です! 自分の感情で相手を判断するのは良くないって事は分かっています! でも、貴方は私を人形か何かとしか思ってない! そんな人のところに嫁ぐなんて、いくら奥村家のためとはいえ、奥村家の財産を食んで育った身とは言え、我慢には限度があります!」

「黙れ! これからたっぷり調教してやるよ! 俺の家には※※※※な※※※※がたくさん用意してある! それで※※(全て表記不可能)」

「そろそろおまえこそ黙れ」

私が懐に音もなく入り込むと、シャドウの腹に一撃をたたき込む。

一瞬の間の後。

シャドウはメメントスの中を吹っ飛び、何度も壁でバウンドして、最終的に春の前に落ちてきた。メメントスの中では、私のパワーは更に増すのだ。

其処に春が、全力で具現化された斧を振り抜く。

ホームランである。

壁にたたきつけられたフィアンセが、ずり落ちる。

もはやその姿は、潰れたカエルと代わらなかった。

そういえば、昔潰れたカエルがシャツに住むアニメがあったとか。それを思い出してしまった。

「す、すびませんでしたあ……」

「とりあえず、体に戻って全ての悪行を告白しろ。 その様子だと、多数の人間を不幸にしてきているだろう」

「はひ、その通りでふ……」

土下座する春のフィアンセの影。

とりあえず、これでこちらは片付いた。

次は奥村社長だ。

 

例のごとく、奥村社長にはパレスがあるらしいのだが。

別にそんなもん。わざわざどうこうするまでもない。

春に案内して貰って、友達が見学したいからといって、奥村社長のところに案内して貰う。

奥村フーズは業績の好転が止まったとは言え、それでも巨大企業だ。

だが、社内は空気がぴりついていて。

あまりいい会社ではないなと私は思った。

応接室で会った奥村社長に、軽く挨拶する。

学校の友人だと春が話をしてくれたので、鷹揚に奥村社長が頷く。随分機嫌が悪そうだが。

まあそれはそうだろう。

既に春に聞いているが、例のフィアンセが逮捕された。

なんでも未成年を家に連れ込んでは、とても口には出来ないようなことを散々やりまくっていたらしく。

しかも金で全てもみ消していたらしい。

被害者の人数は三十人を超えており。

しかも被害者の中には、まだ小学生だった者までいたのだとか。

あの腐れフィアンセが。

春は下手をするとそんなのに嫁がされるところだったのかと、生徒会長はぶち切れていた。

ついでに、ハッカーとしての高い実力がある双葉が調べてくれたのだが。

奥村フーズの決済は真っ黒。

裏帳簿があって、相当な金が獅童のところに流れていたらしい。

残業の常態化は当然。

残業の平均時間は200時間という有様で、しかも労基に金を握らせてそれをもみ消していた形跡まであるとか。

というわけで、お仕置き決定である。

元は善良な人なんだと、春は泣いて訴えてきたので。まあいつものようにお仕置きをするだけだが。

「春は学校で良くやれているかね新島君」

「はい。 春はとても優しくて、後輩達からも人気がありますよ」

「貴方のような優秀な友達が増えてくれればそれでいいのだがな」

竜司とか杏を見ながらそういうことを言うので、皆の怒りのボルテージが上がっていく。双葉のハッキングで悪行の証拠は既に山ほど出ているのだ。

この場で殺るか。

いや、まあ穏当に行くか。

とりあえず部屋の見取り図などは分かっているし。

それで計画は既に立てている。

うまくいくのかと春は心配したが、問題ない。

手加減のやり方は、私も散々身につけているからだ。

「そうそうお父様。 こちらの雨宮蓮さんは、格闘技の日本大会で、優勝を経験しているんです」

「ほう。 全国優勝とな」

「以前から暴漢をあっさり取り押さえたりと、なかなかの凄腕なのですよ」

「そうか、それは凄い事だな。 それはそうと、そろそろ時間だ。 今日は後は春、おまえが案内してあげなさい」

頷くと、春が目配せ。

皆立ち上がって、それぞれ部屋から出て行く。

それで代わりに応接室に入ったのは、奥村社長の愛人疑惑がある秘書だ。春に対する敵意を燃やしていて。フィアンセのところに送り込もうとした形跡があるらしい。

というわけで、ついでに片付けるとする。

すれ違う瞬間、春に敵意のこもった視線を向けていた。

まあそれだけで分かる。

後は、部屋を出た瞬間、私は床に震脚をたたき込む。

同時に、それを受けた秘書がすっころぶ。

転ぶ角度まで計算済みだ。

秘書は思いっきりすっころびながら、場にあった大きめの観葉植物を思いっきりひっくり返す。

そしてその観葉植物はドミノ倒しのように近くにあったガラスの高級そうな机を跳ね上げ。

其処に乗っていた、これまた高級そうな何かの……なんだろ。ペン立てだろうか。

それを吹っ飛ばし。

それが、奥村社長の額を直撃したのである。

奥村社長はそれをまともに受けると、悲鳴も上げずに、思いっきり椅子から後ろにすっころんで頭を強打していた。

何が起きるかは分かっていたが、それでも春がきゃーとかかわいい悲鳴を上げる。

私が獅童をぶちのめした時のわざと上げた悲鳴と違って天然物だなこれは。

すぐに来た警備員が、床で目を回している秘書。倒れている観葉植物。ついでに床で泡を吹いている奥村社長を見て、呆然としていたが。

ともかく、救急車を春が手配。

それで、にわかに奥村フーズが忙しくなった。

奥村社長が、泡を吹いたまま、搬送されていく。

私たちは事前に予定通り距離を取っていたこと。

春がいきなり秘書が転んで、それで観葉植物が倒れて、と説明をしたこともある。

特に警察に通報されることもなく。

それで奥村フーズを出ることが出来た。

春が心配そうにしている。

だが、問題ない。

壊れないように、きちんと手加減はしてあるからだ。

 

奥村社長が倒れてから数日後。

記者会見が行われる。

其処で、奥村社長が、カメラの砲列の前で、ひたすらに号泣しながら会見していた。

「私は! 大事な社員達を使い捨てにするという、考えられない悪行を重ねてきました! 厚労省に手を回し、労働基準法に反する……いや、そのような言葉では生ぬるい! 月あたり200時間もの残業を強要し、そればかりか潰れそうな社員には事前に目をつけて、首にすることで厄介払いを続けていたのです!」

また全てを告白している。

やっぱり間違いない。

私が上手に頭を打たせると。

どうやら悪人は、しっかりその罪悪感が消えるようだった。

「それだけではありません! 皆様に提供していた食材には、意図的にやすい屑肉や、廃棄寸前の痛みそうな野菜なども混ぜていました! そ、それに……それに……っ! 私は大量の賄賂を、既に逮捕されていた獅童大臣に送り! それで、それで……政界への進出をもくろんでいたのです! わ、私は屑だ! 大事な社員を守るどころか、己の野心のために……おおおおおっ!」

号泣する奥村社長。

とりあえず、皆でスマホにより会見を見ているが。

春が嘆息していた。

「お父様にね、病室で何度も謝られたの。 本当に済まなかった。 あのフィアンセがどうしようもない屑だって事は分かっていたのに、と」

「それでどうするんだ春先輩。 奥村フーズって、同族経営なんだろ。 いきなり経営なんて出来るのか?」

「うん……」

規模と反して奥村フーズは同族企業であり、奥村社長が死ねば、株は全部春のものとなる。

勿論経営なんて経験がない春だ。

ある程度勉強はしていただろうが、大変な道のりになる。

それでもやらなければならない。

だとすると、後はあまり時間がないか。

既に監視に来ている公安の数も増えていて、私の友人全員に張り付いている。杏に言われたが、最近退院した(鴨志田の一件での心労が祟って入院していたのだ)志帆にもマークがついているようだ、と。

そうなると、急がなければならないだろう。

「皆、聞いてほしいことがある」

「どうした蓮」

「これらの一連の事象、とても偶然とは思えない。 メメントスの奥に、何かあるっぽいとモルガナが言っていただろう」

「ああ、それはそうなんだが……」

モルガナとしても、パレス関係なく問題が解決していくのを見て、色々と困ってはいたらしい。

人間だと主張しているモルガナだが、それでもこのような状況が続くと自信がなくなるのだろう。

モルガナが元気がないと、皆も不安になるようだった。

「というわけで、メメントスの最深部まで潜ってみようと思う。 春先輩も忙しくなるだろう。 だとすれば、片付けるならさっさとやるべきだ」

「そういえばそろそろ夏休みだったな。 それまでに片付けないと、ずるずる引きずりそうだ」

「俺はいっそ夏休みで余裕がある時に対処したいが、そうもいかないか」

今、学校の屋上で話し合いをしているのだが。

遠くから、双眼鏡で公安が監視してきている。

ちなみに双葉もリモートで参加中だ。

「メメントスってあれ、何回か潜ってみて分かったが、深さ尋常じゃないぞ。 一番奥まで潜ったら、なにがあるか分からん」

「だったら潜って確かめるだけだ」

「うん……ま、まあそうだよな……」

私の脳筋発言に、双葉が引き気味だが。

まあ良いだろう。

後は実際に潜って確かめるだけだ。

 

4、最後のお仕置き

 

メメントスの最後の扉を、私がこじ開ける。無理矢理引き裂いて開けていくのを、皆が固唾を飲んで見守っていた。

「何というか、敵に回さなくて良かったよ」

「皆もシャドウと戦えるではないか」

「い、いや、うん。 ソダネ」

竜司がなぜか片言だ。

まあそれはいい。

ともかく更に奥へ。

多分この下が最下層だ、ということだった。

それまではなんだか迷宮みたいになっていたが、この辺りから雰囲気が随分と違ってきている。

周りには大量の人間が檻に入れられていて。

それで、それを見て。

モルガナがわなわなと震えていた。

「どうした」

「お、思い出した。 我が輩、ここにいたんだ……」

「牢屋の中にか」

「そ、そうだ。 しかも我が輩は、此処で生まれたんだ……」

黙り込むモルガナ。

とりあえずわんさか湧いてくるシャドウを、文字通りちぎっては投げて、ちぎっては投げていく。

更に深くまで潜る。

皆ヘトヘトのようだが、私は余裕である。

「皆、問題ないか」

「背中くらいは守るけどよ。 なんでシャドウの魔法とかも食らって平気なんだよおまえ」

「鍛え方が違うからだ」

「どういう理屈?」

竜司の突っ込みが冴え渡る。

私としては、別にたいした問題ではないので、さっさと進むだけである。

そして、最深部に出る。

其処には、青い服を着た幼女二人がいた。それぞれ、眼帯をつけている。

「囚人! どうしてここまで力尽くで来られたんだ!」

「囚人?」

皆を見るが、全員首を横に振る。

ジュスティーヌとカロリーヌと名乗った双子らしい幼女だが。性格は真逆のようだ。カロリーヌと名乗った双子が、壁をげしげしと蹴る。

「本来おまえは、獅童に濡れ衣を着せられ、様々な試練をくぐり抜ける筈だった! それがなぜ!」

「知るかそんなこと。 それで邪魔をするなら容赦しないが」

こんなところに来ている双子だ。人間とも思えない。

双子に向けて、大股で歩き出すと。双子が明らかに一歩下がる。だが、足の長さが違う。すっと手を伸ばして双子を捕まえると、離せと叫ぶ双子を。私の前でべしゃっと潰していた。

そうするとあらや不思議。

双子が文字通り合体して、一人の幼女になるではないか。

今更メメントスの怪奇現象には驚かないのでどうでもいい。

「あれ、私は……」

「あ、貴方はラヴェンツィアどの!」

「! モルガナ!」

わっとモルガナが飛びつく。よく分からないが、敵意はないらしい。そして、奥から、怒りの声が聞こえてきた。

うなり声のようなそれは。

明らかに敵意がこもっていた。

「もういい! 散々苦労して計画を練ってきたのを、腕力で全部台無しにしおって! 貴様のような奴は、私が自ら成敗してやる!」

「ものすごい力だ! 他のシャドウどもとは比較にもならないぞ!」

双葉が冷静に分析してくれる。

そして、その声を出しているのは。

なんだあれ。

歩いて行って、見上げる。

たくさん管が伸びている、壺か何かだろうか。

「なんだこれ。 壺?」

「瓶かしら」

「コップじゃね?」

「うーん、何かの機械も組み合わさってるし、どうにも変形とかしそうなんだけど」

双葉が言うには、此処がメメントスの最下層だそうだ。

そうか。

だったら話は早い。

ラヴェンツィアが言う。

「あれは、人々の願いがこもっていたはずの存在。 今は人々をもてあそび、世界を破綻させようとする悪神です……!」

「そうか。 じゃあ容赦なく粉砕しても構わないな」

「やれるものならやって見ろ。 私は大衆の願いそのもの! 大衆そのものを相手にして、筋肉だけで勝てると思うなよ」

「やってみないと分からないだろう」

ずんずんと私が歩いて行く。

それに明らかにコップみたいなものが怯む。

「わ、私を誰だと思っている! 大衆の願いそのもの、つまりは聖杯である! この世界杯である私を素手で倒すつもりか!」

「そのつもりだが」

「おのれええええっ!」

聖杯からなんかビームみたいなのがたくさん発射されて辺りに突き刺さるが、はっきりいってどうでもいい。

ビームが当たっても効かないのを見て、聖杯が絶句する。

「なんで魔法が通じない!」

「鍛え方が違うからだが」

「そんな理屈で今のを耐えられて良いはずがない! メギドラオンだぞ! 万能属性の最高位魔法だぞ!」

「なんだかよく分からないが、それで?」

更にずんずんと進んでいく。

後ろでよく分からないラヴェンツィアとかいう幼女が怖がって震えているし。出来るだけ早めに片付けた方が良いだろう。

さて、そろそろ良いか。

既に配置についている皆が、管っぽいものを一斉に切断する。

それで、聖杯がぎゃっとか悲鳴を上げていた。

「なっ! 貴様等、何をするつもりだ!」

「一目で分かるエネルギー供給装置だ。 そんなもの、断ち切るに決まっているだろう」

「ふ、巫山戯るなあっ!」

「それよりも覚悟は良いか。 私の拳は、聖杯だか知らんが、ちょっとばかり痛いぞ」

皆が飛び離れる。

それはそうだろう。

今まで私の拳を浴びたシャドウがどうなったか、見ているのだから。

メメントスで更に力が上がる私だが。

その理屈はよく分からない、のだが。

「わ、分かった今!」

「?」

双葉が言う。

なんでも、双葉によると、私はそもそもペルソナと一体化しているらしい。素でペルソナが体とフィットしているそうだ。

よく分からないが、そもそもペルソナというのは心理学でいう精神的な仮面だ。色々な理由で用いるが、それ以上でも以下でもない。

体の中にあっても。

別に不思議ではないだろう。

ともかく、踏み込む。

それに対して、聖杯は変形して逃げようとするが、させるか。

踏み込んだ瞬間。メメントス全体に凄まじい衝撃が走る。

そして、私が拳をたたき込むと。

聖杯を名乗る不審者の真ん中に、直径二十メートルほどの大穴が空き。更には、その向こうに巨大な空洞が生じていた。

「え……?」

「相変わらずえっぐう……」

双葉がぼやく。

とにかく大穴が開いた聖杯は、その場で分解。崩壊していった。

だが、それでもなんだかまだ気配は消えていない。

聖杯の破片が、少しずつ浮いて組み上がっていく。

「お、おのれ、こ、こうなったら! 私の真の姿を、見せて、見せ……」

「早くしろ」

「い、今やっている!」

何やら聖杯が必死に残骸をかき集めて形態変化をしようとしているが。

なんだろう。

どう見ても極めて不格好なロボットにしか見えない。それも、非常に中途半端なサイズである。

見上げるような巨大さだった聖杯とは比較にならないほど小さい。

それでも、なんとかガラクタをかき集めて作ったようなロボットが出来る。それが、ギシギシ言いながら、必死にこちらに向けて罵ってくる。

「これが私の真の姿! 統制の神ヤルダバオトである!」

「ヤルダバオト?」

「えーと、今検索して調べたら出てきた。 簡単に説明すると、ユダヤ教の後の方の時代に出たグノーシス主義ってもので、本来信仰されていた神を邪神で偽の神と定義したものらしい」

「なんだかよく分からないが、悪者でいいのか?」

双葉に竜司が聞くが。

まあ、悪者で良さそうである。

それよりも、私が視線を向けると、びくりと恐怖に身をすくませるラヴェンツィア。あれが明らかに影からこっちを伺って、ヤルダバオトに「も」恐怖しているのが分かる。

「これに何かされたのか?」

「そ、そのものは我々の主に成り代わり、人の心の世界を支配し。 そして私も引き裂いて、二つに分けて下僕と変えたのです」

「ああ、それでくっつけたら合体したのか……」

「え、は、はいっ! まさか物理的に悪魔合体が出来るなんて思ってもいませんでしたが……」

とりあえず、あれは悪でいいと。

とにかくボロボロでふらふらのヤルダバオトを皆で既に囲んでいるが、まあこれならわざわざ手を下すまでもないだろう。

私はつかつかと歩いて行くと。

ひょいと足下を払っていた。

ヤルダバオトが頭から地面に激突し、粉々に砕ける。

いや、それでもなんとか人型は保っているが。踏みつけると、ぎゃっと情けない悲鳴を上げたのだった。

 

ベルベットルームとか言う部屋に皆で案内される。

其処には鼻の長い目がぎょろついた甲高い声のおじさんがいて。不安そうにラヴェンツィアがこちらを見ていた。

私がへろへろでぺしょぺしょのヤルダバオトを引っ張ってくると。

鼻の長い男。イゴールとか言ったか。

それが、困惑しながら言う。

「ようこそベルベットルームへ。 私も様々な英雄を見てきましたが、まさか物理的な力だけで偽の神を打ち砕いてしまうとは。 貴方ほどの英雄は初めて見ます」

「そうか。 それはありがとう。 で、これはどうする」

「どうすると言われましても……」

「た、助けてくれ! まさかこんな化け物で遊ぼうとしていたとは思わなかったんだ! 心の海に帰る! だから!」

こんなことを言っているがと、ヤルダバオトを視線で刺す。

すっかり人間程度にまで縮んだ上に、頭を打ってからはすっかりとおとなしくなってしまった。

てかずっと私の顔色をうかがっている有様だ。

「とりあえず、此処を乗っ取って悪さをしていたんだろ」

「法律で裁けるような存在ではないだろう。 貴方方が決めれば良い」

竜司と祐介がそれぞれに言う。

ラヴェンツィアは私に物理的に元に戻されてからずっとこっちを怖がってみているが。元に戻れたのに嬉しくないのだろうか。

ちょっと不思議である。

しばし考えてから、鼻の長い男、イゴールは言う。

「ラヴェンツィア。 ヤルダバオトは牢に入れておきなさい。 これではもはや何も出来ないでしょう」

「よろしいのですか」

「構いません」

「分かりました……」

多少不満げだが。

くすんくすんと泣いているヤルダバオトを引っ張って、ラヴェンツィアが牢屋に連れて行く。

がしゃんと鉄格子が閉まる音が、無慈悲に響いていた。

では帰るか。

なんでもモルガナはラヴェンツィアが助けを求めるために作り出して、私に会いに来たものであったらしい。

だとすれば目的を果たせたわけではあるし。

しかも猫の姿で、外で普通に過ごせるのだとか。

だったらこれで一件落着だろう。

皆でメメントスを出る。

帰路ではシャドウは出るには出たが、私が先頭で歩いていると、皆恐れて逃げ散ってしまったので。

別に戦う必要もなかった。

外に出ると、渋谷はいつものままだ。

というか、メメントスで悪人のシャドウは片っ端から叩き潰して回ったので、少しはマシになっているだろう。

とりあえず伸びをする。

そうすると、生徒会長が言う。

「まだ双葉ちゃん、あまり人になれていないわよね。 だったら皆で海にでも行きましょうか」

「あ、いいね! 賛成!」

「水着選んであげるね」

「……うん」

あんまり乗り気な様子ではない双葉。やっと外を歩けるようになったくらいである。海に行くのは流石に難易度が高いだろう。

とりあえずそれはこれから克服していけば良い。

なんだか分からないが。

とても早く問題が片付いたような気がする。

これから夏休みが始まる。

これならば、特に問題もなく。

勉強が苦手な竜司や杏も、生徒会長に勉強を教わることも出来るし。

それ以外にある程度夏を楽しむことも出来るだろう。

ともかく、あのヤルダバオトだとかが企んでいた悪事は全て未然に防ぐ事が出来た。それで可とするべきなのだった。

 

(終)