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| 2026年夏。日本列島は天災に攻められ続けられた。そして災害は、今この時(9月8日)も、八丈島や伊豆大島など伊豆諸島から東海地方へ。そして関西から四国へと、台風崩れと秋雨前線が刺激しあって、「これまでに経験したことのない(気象庁コメント)」降水量で、「命を脅かす」ほどに暴れ回っている。 今朝の新聞のコラムで、「そちらの雨が少しでもこちらに降ればいいのに」と、降るところでは命の危険に脅かされるほどに降り、降らないところは、ダムの貯水率がほぼゼロに近づいて、稲枯れ現象に悩まされ続けているのである。 暑すぎる、雨が降らない、降りすぎる現象は、日本列島だけではなく、ヨーロッパでもアジアでも同じこと。 これもあれも、地球温暖化がもたらす結果だとは分かっている。異常気象だから仕方がないで済ましていたら、そう遠くない時期に、人類はこの地球上で生きてはいけなくなる。 田島の十三地蔵 こんなことをいつまでも考えていたら、もともとお粗末なボクの頭にもひび割れが起りそう。少し外の空気でも吸って予防しようかと、くそ暑いのを我慢して外に出た。しばらく歩くと、毎春楽しみにしているヤマザクラの古木が張りだす地蔵公園に出た。通り抜けようとしたら、「挨拶くらいしろよ」と睨み付けられたような気がした。13人のお地蔵さんの中の真ん中に立つお地蔵さんである。挨拶替りに、入り口に建てられている案内版を見た。「享保の大饑饉で被災したご先祖を供養するための十三体のお地蔵」さんだと記してある。享保饑饉から300年が経過している。その間ご近所の皆さまに可愛がられてきたのだろう、十三地体のお地蔵さんは皆さんご機嫌よろしく立っておられる。 |
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お墓の前の飢人地蔵
| そのまま帰宅するのも勿体ないような気がして、すぐ近くにも祀ってある別のお地蔵さんを訪ねることにした。田島の公園から歩いて10分足らずの、小高い丘の墓地の正面に祀ってある「六地蔵」さまである。案内版には、葉虫茎虫によりその年の稲は全滅の状態になった。そこに疫病が蔓延して多くの死者が出た。そこで地元の人たちは多くの死者を葬るために六体の地蔵を建てて供養したのだという。 ここのお地蔵さんも、丘全体を覆うさくらのもとで、安らかにおすごしのようだ。 |
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| 日本列島が、間をおかずして襲いかかる線状降水帯に悩まされている令和のこの時期に、なぜこのような災害が続くのか。お地蔵さんが建てられた300年前の享保の大饑饉との関連を無視してはならないような気がする。 德川吉宗の時代、つまり享保年間の大饑饉は、直後の天明と合わせても、人々はひどい饑饉に遭わされた。雨が降りすぎたら、家も田んぼも水没する。僅かばかりの収穫物も、年貢という名の下に、役人に持って行かれてしまう。農民は、絶望の中でも手の施しようがなかったのである。 凶作の悩みは、幕府だけではない。そこで役所は、干ばつを和らげるために、降った雨を溜めることを考えた。馬や牛の働きに替わる道具や機械を発明した。蒸気を動力にに替えることも考えた。人間の知恵は、やがて人間の知恵を飛び越える道具まで作り出す。それが、コンピューターという化け物である。知恵は知恵を呼んで、地下に眠る資源をも掘り尽くし、より楽な暮らしを求めて、つい、振り返ることを忘れてしまったのかも知れない。 今日の災害を生じさせる「天災」を生み出す地球温暖化が、人間の楽を求めすぎてしまったが故の「つけ」だと言うなら、そのまま享保の時代に戻ればよいのかと問えば、そんな簡単な話でもない。楽な暮らしを少しばかり遠慮して、毎年襲い来る災害から逃れられるのならば、その知恵を編み出すことくらい、「人類の知恵」が可能にしてくれるはずなのだが。 |
(つづく)