長崎の思い出

 長崎に出かけたら、まず訪れるのが平和祈念像です。1955(昭和30)年に完成したというから、すっかり大人の貫禄です。作は島原市出身の北村西望さん。高さ:9.7㍍、重さ:30トンだそうで、像の前に立つと圧倒させられます。

原爆投下直後の浦上天主堂(原爆資料館)

復興なった浦上天主堂

天主堂跡に残る支柱(原爆資料館)

原爆落下中心地碑

平和は俺たちが守る
 何度も訪れた長崎の町には、どうしても忘れられない思い出が詰まっている。1956(昭和31)年に初めて長崎に足を踏み入れたときのことだった。高校3年生になりたての5月、当時はとても強かった母校の高校野球が、勝ち進んで九州大会でたたかう際のこと。野球部を応援するために、応援団の一員として出向いた。
長崎の街は戦後11年しか経過していなくて、未だ復興途中だった。試合が行われた大橋球場は、原爆投下のほぼ中心地近くだった。が、平和学習が十分でなかったボクには、訪れた場所も単なる観光旅行地にしか感じなかった。大きな広場に、大きな柱が立ち並んでいる様は、原爆で破壊された天主堂跡などとは、とても思えなかった。
時は経って、最近同地を訪れた際、大橋球場はとっくに生まれ変わっていて、県営球場として地域に根付いている。浦上天主堂は、壁面の壁の色彩が素晴らしい壮大な教会として立ち上がっていた。二度と戦争を起こしてはならない、魔物のような原爆はまっぴらご免だの祈りを基軸に、頑張ってこられた地元の皆さんの努力が実を結んだ姿であった。
皆さんも、機会があったらぜひ長崎を訪れて欲しい。その時は、浦上天主堂と平和祈念像、原爆落下中心地、そして原爆資料館などには、目をそらさずに向き合って欲しい。

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