公害・地球環境懇談会ニュース原稿
川辺川ダム建設計画をめぐる闘い
川辺川利水訴訟弁護団長
弁護士 板井 優
1 利水訴訟5月16日に判決!
2003年1月24日に開かれた第10回口頭弁論において、福岡高等裁判所第3民事部(小林克己裁判長)は、国営川辺川利水訴訟を結審し、判決を今年5月16日午後2時と指定した。昨年11月30日の進行協議で、裁判所が結審の方針を明らかにしてから、農林水産省は結審・判決をなんとか引き延ばそうと策動してきたが、一審原告は断固これに反対し、小林裁判長も「淡々と判決をする」として国の引き延ばしを受け入れなかったものである。
国営川辺川利水訴訟は、五木の子守唄で知られる熊本県人吉地方を流れる球磨川の最大支流川辺川に建設予定の川辺川ダムから農業用水を引いて1市2町4村の農地をかんがいするという国営川辺川土地改良事業変更計画の取り消しを求めている裁判である。
1996年6月26日、一審の熊本地方裁判所に原告866人が提訴し、その後補助参加人も含め約2100人が裁判に加わった。しかし、一審判決は、対象農家の約半分しか調べていないのに、土地改良法に基づき3分の2以上の対象農家の同意があるとして、原告の請求を棄却した。これに対し、「たとえ裁判所の判決が出てもノーなものはノーだ」(梅山究原告団長)として、約9割の農民が控訴をしたのである。
この裁判は、2000年9月7日に熊本地裁で敗訴判決を受けてから同月22日に控訴しているので、約2年8ヶ月で判決ということになる。
一審原告は逆転勝訴を確信して判決行動に向けて全力投球中である。
2 川辺川ダム建設計画の経緯と問題点
1963年から65年にかけて人吉地方を襲った水害を契機に建設省は、川辺川ダム建設計画を立て、67年には「治水」の外に「利水」なども含めた多目的ダム計画として進められることになった。ちなみに、計画されたダムは東京ドーム67個分の貯水能力を持つ、九州第2のダムである。
その後、1976年にダム建設計画が告示され、1984年には川辺川ダム計画を前提にした国営川辺川利水事業の当初計画が農林水産大臣により公示された。
しかしながら、川辺川ダム建設計画は、次のような問題を当初から持っていた。
「治水」目的すなわち洪水対策であるが、1965年頃の水害については、その時点から球磨川本流にある市房ダムの放流ミスではないかの指摘が水害体験者からあった。またその後、河川改修も進み、禿山だった流域の山林が復活したことから、1983年の水害では降雨量が多かったにもかかわらず被害は軽かった。
「利水」目的すなわち農業用水確保も同様に問題がある。戦後、各地で土地改良事業が行われた結果水の確保はできており、1984年の国営利水事業の当初計画の際には、計画実施の時に事業の範囲から外すという念書を入れるので形だけでも同意して欲しいと言われ一応同意したが、1994年の変更計画には同意しないという事態が生じている。実際、1994年は百年来の大干ばつであったが、対象地域の被害は少なかった。
こうした事実があるにもかかわらず、1998年6月、建設省は川辺川ダム建設計画を変更する計画を告示した。その結果、ダム関連建設総費用は約4000億円になっていった。
ところで、川辺川ダム予定地にはクマタカなどの絶滅危惧種が生息しているが、建設省はこれまで環境アセスメントを実施してこなかった。そればかりか、建設大臣は2000年12月土地収用法に基づき川辺川ダムの事業認定を告示し、2001年1月、球磨川漁協に16億5000万円の漁業補償を提示した。これに対し、球磨川漁協は同年2月臨時総代会で、11月臨時総会でこれを否決した。これを受けて、潮谷義子熊本県知事は建設省に説明義務を尽くしていないと批判し、12月には約3000人が参加し建設省との間で住民討論集会が行われた。
しかしながら、建設省は、熊本県知事がまだ説明責任があるとしているのに、12月下旬、川辺川ダム本体工事着工の障害となっている球磨川水系の共同漁業権の強制収用裁決申請を行った。
3 利水訴訟控訴審の到達点
控訴審で一審原告は、次の2点について裁判所に要求し、受け入れさせた。
@ アタック001で対象農家約4000人中2000人を一審原告が直接調べた結果を証拠で出すこと
A 事業の必要性(中島熙八郎熊本県立大教授)費用対効果(宮入興一愛知大学教授)、憲法に基づいた土地改良法の解釈(中川義朗熊大教授)についての研究者の証人尋問をすること
その結果、次の点を明らかにすることができた。
@ 用排水事業の同意率は32.25%にすぎないこと
A 用排水事業の必要性がないこと、費用対効果はメロンの水増し分を差し引くと0.9に過ぎないこと
また、裁判の途中で、一審原告が同意署名簿の原本(約4000人分)を確認したところ、多数の変造個所が見つかった。これに対し、農林水産省は対象農家の同意があるので変造ではないと居直った。しかし、2002年12月26日に行われた農林水産省側の証人桐木正男山江村職員に対する一審原告の鋭い反対尋問で、こうした居直りが全く根拠のないものであることを明らかにした。
4 収用委員会、事業認定の無効を審理へ
現在、国土交通省(旧建設省)は、1日も早く強制収用裁決を出させて川辺川ダム本体工事の着工を強行しようとしている。しかし、利水訴訟の結審が迫る中、熊本県土地収用委員会も国交省の要求どおりの審理を強行出来ず、本年度内のダム本体工事の着工は不可能となっている。さらに、来たる2月25日の収用委員会では、ダム事業認定の無効問題で宮入興一愛知大教授や遠藤水源連事務局長の意見陳述が予定されているし、損失補償問題も含めて今後相当な期間審理は続く見通しとなった。
こうした中で、熊本県が提唱した住民討論集会は今年2月16日に第6回を数え、今回は環境問題を取り上げることとなった。また、最近開かれた川辺川・球磨川流域の自治体・議会の説明集会では、人吉・八代両市の議員の多くや八代市長からダム反対の強い意見が出された。
5 今後の課題
現在のところ、今年5月16日に言い渡される国営川辺川利水訴訟判決は、次のとおり、単に利水問題に止まらず川辺川ダム問題全体に関わる問題になりつつある。
@ 福岡高裁が判決で3分の2以上の同意がないという理由で、異議申立棄却・却下決定を取り消し、かつ判決を確定させたら土地改良法により利水事業を遂行することが出来なくなる。ところで、同意が3分の2未満しかないという判断は事実認定の問題であり、最高裁は法律審であるから上告理由にはならない。したがって、勝訴判決が出たら、直ちに農林水産大臣に上告断念を求める闘いが必要である。
農林水産大臣が上告断念となれば、再変更計画を策定することになるが、その場合は3分の2以上の同意署名を取れるかどうかは対象農家の判断の問題であるが、現状では不可能である。
A 農林水産大臣が上告断念を表明し川辺川ダム計画が「利水」という重要な目的を失うことになれば、多目的ダム計画も再変更計画を策定せざるを得ない。ところで、新河川法ではダムを作るかどうかは河川整備計画において決めるというのが原則である。そして、河川整備計画は流域住民の参加の下で策定されるべきである。
そこで、農林水産大臣が上告放棄をすれば、直ちに国土交通大臣に河川整備計画の策定を待って川辺川ダム再変更計画につきを検討したいとの態度表明をさせていく闘いが必要である。現在、球磨川流域の推進派の自治体首長や議員はダムの是非を論じるのであれば流域会議に参加しないとの態度を取っており、流域会議が開催されればダム不要を前提とする河川整備計画が策定される可能性が高い。
こうした@Aの課題を実現する上で、国民世論の支持と理解の下で国会や政府を変えていく闘いが必要である。特に、国会でこれまで大型公共事業問題を通じて闘いを支えていただいた多くの国会議員も含めて、川辺川問題を考える政党の垣根を越えた超党派の議員の支持と理解を得ていくことが問題解決の重要なキーワードとなるであろう。