川辺川利水訴訟判決骨

平成八年(行ウ)第九号 
国営川辺川土地改良事業変更計画に対する異議申立て棄却決定取消請求事件


判決要旨

第一 主文

一 別紙目録一4及び5記載の原告らの訴えをいずれも却下する。
二 その余の原告らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とし、補助参加によって生じた訴訟費用は補助参加人らの負担とする。


第二 事案の概要

 被告は、熊本県内の人吉市並びに球磨郡の錦町、多良木町、須恵村、深田村、相良村及び山江村(以下「関係市町村」という。)にまたがる一定の地域を施行地域とする国営川辺川土地改良事業(農業用用排水、区画整理及び農地造成の各事業。以下、右各事業をまとめて「本件事業」といい、農業用用排水事業を「用排水事業」という。)につき、昭和五九年六月九目付けで、各事業ごとにそれぞれ事業計画(以下、まとめて「当初計画」という。)を決定したが、その後、平成六年一一月四日付けで、右各事業ごとに当初計画を変更する旨の国営川辺川土地改良事業変更計画(以下「本件変更計画」という。)を決定した。これに対し、原告古川十市ら一一六八名(うち七名は後に取下げ。以下、右七名を除いて「本件異議申立人」という。)が、同年一二月一九日から同月二一日までの間に、被告に対し、本件変更計画に対する異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)を行ったが、被告は、平成八年三月二九日付けで、本件異議申立人のうち二二名に対し異議申立てを却下する旨の決定をし、本件異議申立人のうちその余の一一三九名に対し異議申立てを棄却する旨の決定(以下「本件決定」という)を決定した。
 本件は、本件異議申立人等からなる原告らが、本件変更計画の違法として、@事業の必要性がないこと、A土地改良法(以下「法」という。)八七条の三第一項所定の法三条の資格を有する者(計画変更後に当該土地改良事業の施行に係る地域に該当しないこととなる地域内にある土地について同条に規定する資格を有する者を含む。以下「三条資格者」という。)の三分の二以上の同意を取得する手続(以下「同意取得手続」という。)に暇疵があること、B同条項所定の三条資格者の三分の二以上の同意が得られていないことなどを、また、本件決定に固有の違法として、本件異議申立人全員に口頭による意見陳述の機会を十分に与えなかったことなどをそれぞれ主張して、本件決定の取消しを求めた事案である。
 これに対し、被告は、本案前の主張として、@本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えは、いわゆる異議申立前置主義及び裁決主義から、不適法である、A三条資格者でない原告には原告適格がないとし、本案に関する主張として、本件変更計画について、@本件変更計画における事業の必要性の有無は本件訴訟の審理の対象外である、A同意取得手続に瑕疵はない、B法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件も充足しているなどとして、その適法性を主張し、また、本件決定については、本件異議申立人に十分に口頭意見陳述の機会を保障したなどとして、本件決定に固有の違法がないと主張している。

第三当裁判所の判断

【本案前の争点について】
一 別紙目録―4(一)記載の原告ら(本件変更計画に対する異議申立てをしておらず、これについての決定を受けてない者)及び同目録一4(二)記載の原告ら(本件変更計画に対して異議申立てをしているが、異議申立てを却下する旨の決定を受けているのみで、本件取消訴訟の対象である棄却決定の名宛人となっていない者)の訴えは、いずれも不適法であり、却下を免れない。
二 別紙目録一5記載の原告らについては、三条資格者であることを認めるに足りる証拠がなく、他に、原告適格を肯定すべき事情も認められないから、右原告らの訴えは、いずれも原告適格を欠く不適法なものであり、却下を免れない。

【本案の争点について】
一 本件変更計画の違法性の有無について

1 事業の必要性について

 原告らは、土地改良法施行令二条各号所定の基本的要件の一つである事業の必要性がないことを理由に本件変更計画が違法であると主張しているところ、国営又は都道府県営の土地改良事業において当該事業の必要性があるかどうかの判断は、当該事業の施行に係る地域の自然的、社会的及ぴ経済的諸条件を基に、当該事業による効用を多角的に評価しながら総合的見地より決すべきものであり、専門技術的かつ政策的なものであるから、行政庁の広範な裁量に任されているものといわざるを得ない。
 したがって、裁判所は、この点に関する行政庁の判断が全く事実の基礎を欠くとか社会通念上著しく妥当を欠くなどその裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められる場合に限って違法と判断すべきものというべきである。
 これを本件についてみるに、現地検証の結果その他関係証拠を総合しても、事業の必要性の判断が全く事実の基礎を欠くとか社会通念上著しく妥当を欠くとまではいえず、裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。

2 同意取得手続の違法性の有無について

(一)三条資格者の特定に関する違法性の有無について
 原告らは、同意を得る前の段階で三条資格者を厳格に特定しなければならず、三条資格者の中に一人でも同意署名簿に記載されず同意するかどうかの意思表明の機会を与えられなかった者がいた場合には、土地改良事業変更計画が違法となると主張している。
 しかしながら、真実の三条資格者の総数を基準としてもなお三条資格者の三分の二以上の同意の要件を充足する場合において、手続的瑕疵があることを理由に変更計画を取り消すべきとするのは、被告が三条資格者を確認した方法、三条資格者であるにもかかわらず三条資格者として把握されなかった者が生じた事情等にかんがみ、法八七条の三第一項の趣旨に照らして著しく適正を害しその趣旨を没却すると認められるような瑕疵がある場合に限られるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、確かに、三条資格者であるにもかかわらず三条資格者として把握されておらず本件同意署名簿にも三条資格者として記載されていなかった者が多数生じたことは被告も認めるところであって、被告がした三条資格者の確認には、当初計画以降の三条資格者の変動を把握するのに十分でなかったところがあることは否定できない。しかしながら、被告が本件変更計画決定時までに三条資格者を特定した方法は、同条項の趣旨に照らして許容し得ないものであったとまではいえず、また、三条資格者であるにもかかわらず三条資格者として把握されておらず本件同意署名簿にも三条資格者として記載されていなかった者が生じた理由も、死亡、経営移譲等による三条資格者の変動の把握漏れが大半であって、これらは主として同一農家内の新旧の経営者の把握が十分でなかったことによるもので、その暇疵の程度は大きいとはいえず、それ以外の事情によるものはわずかであり、恣意的に特定の者を三条資格者から除外しようとしたような形跡はうかがわれない。以上からすれば、後に検討するとおり真実の三条資格者の総数を基準に同条項所定の三条資格者の三分の二以・uシ紊瞭碓佞・△襪漠・w)認められる本件において、同条項の趣旨に照らして著しく適正を害しその趣旨を没却下すると認められるような瑕疵があるということはできない。

(二)同意取得時の説明義務違反による違法性の有無について
 原告らは、本件の同意取得手続に説明義務違反による重大な違法があると主張している。
 しかしながら、法及び関係法令は、三条資格者から同意を得るに当たって三条資格者に一定の事項を説明すべきこととする明文の規定を設けていないのであって、被告が、三条資格者から同意を得るに当たって、三条資格者に対し、変更計画の概要等の公告事項に即して、一定の事項を説明する機会を設けるべき場合があるとしても、いかなる方法でその機会を設けるかは、被告の判断にゆだねられているというべきであり、被告が説明すべき事項の範囲及び程度についても、被告の判断にゆだねられている部分があるというべきである。そして、被告が三条資格者に対し本件変更計画の内容を説明するための機会として、四六回にわたって三条資格者に対する説明会を実施したことや、右説明会における説明の内容、本件変更計画の要旨を記載したパンフレットの交付状況などからすれば、本件の同意取得手続に説明義務違反による違法があるということはできない。
 原告らは、被告が県営、団体営等の関連事業による受益農家の費用負担について具体的な説明をしていなかった点に説明義務違反による違法があると主張するが、これらの関連事業の実施に当たっては、三条資格者からの同意取得を始めとする土地改良法上の手続が改めて本件事業とは別個に採られるのであり、三条資格者としては、関連事業の同意取得手続において、関連事業による費用負担の程度も考慮に入れ下、賛否を表明することができるのであるから、関連事業による費用負担については、基本的には関連事業の手続において説明されるべき事項であるということかでき、また、本件変更計画の段階では、関連事業における費用負担についての問題は未だ決まっていなかったのであるから、本件変更計画の段階で関連事業の費用負担の問題について説明をするとしても、その説明の内容・程度には自ずと限界が存在するというべきである。したがって、被告が関連事業の費用負担についての具体的な説明をしなかったからといって、関連事業も含めた一切の費用負担がないとの誤解を与えるような不適切な説明であったとまではいうことができず、原告らの主張は採用できない。

3 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否について

(一)三条資格者の人数について
 被告は、本件訴訟において、本件変更計画決定時までに把握していた三条資格者の人数を修正の上、法八七条の三第一項所定の三分の二以上の同意の対象となる三条資格者の人数を、用排水事業について三九○四名、区画整理事業について一四六九名、農地造成事業について八七九名と主張している。
 そこで検討するに、一被告が本件変更計画時までにした三条資格者の確認には、当初計画以降の三条資格者の変動を把握するのに十分でなかったところがあるとはいえ、本件訴訟の経過及び原告らの反論ないし反証の状況からすれば、三条資格者の変動によるものも含め、三条資格者の把握漏れは、本件訴訟の過程でそのほとんどが明らかにされたものと認めることができるのであって、法八七条の三第一項に規定する三条資格者の三分の二以上の同意の有無を判断するに当たり、その分母とすべき三条資格者の人数は、被告主張のとおり、用排水事業について三九○四名、区画整理事業について一四六九名、農地造成事業について八七九名であるか、これを若干上回る程度にとどまるものというべきである。

(二)同意者の人数(錯誤者を差し引く前の人数)について
(1) 被告は、本件同意署名簿に同意の署名押印がある者の人数(用排水事業について三四一七名、区画整理事業について一三四三名、農地造成事業について八四一名)から、実際には三条資格者ではなかった者(死亡者を含む。)や同意の署名押印が重複していた者等の人数(用排水事業について二一二名、区画整理事業について八四名、農地造成事業について一三名)を差し引いたのが同意者の人数であり、用排水事業が三二○五名、区画整理事業が一二五九名、農地造成事業が八二八名であると主張している。
 これに対し、原告らは、本件同意署名簿の三条資格者名義の署名押印部分のうち、@用排水事業二五七名、区画整理事業九二名、農地造成事業六一名については、署名押印部分の成立を否認するが、印影が当該三条資格者の印鑑によるものであることを認め、A用排水事業二五九名、区画整理事業一一○名、農地造成事業六五名については、署名押印部分の成立及び印影が当該三条資格者の印鑑によるものであることを否認し、B用排水事業六一一名、区画整理事業二一五名、農地造成事業一二九名については、署名押印部分の成立を認め、Cその余については、成立の認否をしていない。
(2) そこで検討するに、右@に該当する者で原告本人尋問を実施した一六名のうち、一名については、同意の署名押印部分の成立を認めるに足りる証拠がなく、同意者と認めることができないが、その他の一五名については、原告本人尋間における供述を子細に碑討しても、同意の署名押印部分の成立を認めることができ、同意者と認めることができる。
 また、右@に該当するその余の者についても、本件同意署名簿中の三条資格者名義の署名押印部分のうち、印影が自己の印鑑によるものであることを認めていることや弁論の全趣旨によって、同意の署名押印部分の成立を認めることができ、これらを同意者と認めることができる。
(3) また、右Aに該当する者で原告本人尋問を実施した八名のうち五名については、同意の署名押印部分の成立を認めることができ、これらを同意者と認めることができる。
(4) さらに、右B及びCについても、本件同意署名簿及び弁論の全趣旨によって、その同意の署名押印部分の成立を認めることができ、同意者と認めることができる。
(5) したがって、同意者の人数は、少なくとも、被告主張の人数から、右@に該当する者で同意者と認めることができない一名及び右Aに該当する者(ただし、同意者と認めることができる右(3)の五名を除く。)を差し引いた人数であり、用排水事業について二九五 二名、区画整理事業について一一五○名、農地造成事業について七六三名であると認めることができる。

(三)同意の無効原因の有無一錯誤について
(1) 原告らは、前記右(三)(2)で署名押印部分の成立を認めた者のうち、用排水事業の 五四六名、区画整理事業の一九○名、農地造成事業の一○四名は、錯誤により同意の署名押印をしたものであるとし、錯誤の態様として、ア「負担金(水代)は一切要らない」旨の説明を受けた、イ「県営・団体営の事業には参加しなくてもよい」旨の説明を受けた、ウ「あなたの農地は対象地域から除外された」旨の説明を受けた、工「国営事業は中止になった」旨の説明を受けた、オその他、力説明がなかったの六つを挙げている。(2) そこで検討するに、錯誤の理由としてウを挙げる者のうち、用排水事業の二○名、区画整理事業及び農地造成事業の各一名については、本件変更計画によって本件事業から除外されるのでないのに、本件事業から除外される旨誤った説明を受け、その旨誤信して同意をした可能性があるので、念のため、錯誤者として同意者から除くことにする。
 しかしながら、錯誤を主張するその余の者については、原告本人尋問を実施した一九名の供述を子細に検討し、関係証拠を総合しても、要素の錯誤を認めるに足りるものはない。

(四)小括
 以上のとおりであって、有効な同意者の人数は、右(二)(5)の人数(用排水事業につ いて二九五二名、区画整理事業について一一五○名、農地造成事業について七六三名)から、右(三)(2)で同意者から除くこととした人数(用排水事業について二○名、区画整 理事業及び農地造成事業について各一名)を差し引いた人数となり、用排水事業について二九三二名、区画整理事業について一一四九名、農地造成事業について七六二名である。そして、三条資格者の人数は、右(一)で検討したとおり、用排水事業について三九○四名、区画整理事業について一四六九名、農地造成事業について八七九名か、これを若干上回る程度であると認められる。したがって、同意率は、用排水事業について七五・一パーセント、区画整理事業について七八・ニパーセント、農地造成事業について八六・七パーセントか、これを若干下回る程度となり、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意があることを優に認めることができる。

4 原告らが本件変更計画の違法として主張するその他の点についてみても、本件変更計画に違法があるとは認められない。

二 本件決定に固有の違法性の有無について
1 原告らは、本件決定には、本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかった違法があると主張している。
 しかしながら、被告は、三回(計七日間)にわたって口頭審理を実施して口頭意見陳述の機会を設けており、その結果、異議申立人代理人である弁護士三名の外、延べ二七三名の者が口頭意見陳述を行っていること、その他本件決定に至る一連の経過、本件異議申立ての内容、現に行われた口頭意見陳述の内容等にかんがみれば、申立てに係る口頭意見陳述の機会が十分に与えられていなかったということはできず、被告が口頭意見陳述を聴取するために実施した口頭審理の方式が、合理的裁量を逸脱又は濫用するものであったということはできない。
 したがって、原告らの右主張は採用できない。

2 原告らが本件決定に固有の違法として主張するその他の点についてみても、本件決定に固有の違法があると認めることはできない。

(別紙省略)