ボクと親父のプリティウーマン
最終話
(第二話から)
○ 五郎の部屋・寝室
智志「僕はマザコンじゃない(突然言い出す)」
みどり「え?」
智志「僕は言いなりなんかじゃない」
と、みどりを挑むような目で見る。
いつのまにか智志の目には、母親とみどりが同じ「女」という共通項で
結ばれてしまっている。
女(母親)に支配されているかもしれないという屈辱に耐えられない智志は、
女(みどり)に挑みかかる。
智志、みどりをベッドに押し倒し、にらみつける。
智志「僕はマザコンじゃない」
みどり「……」
智志がみどりに襲いかかる――。
○ 五郎のマンションの前
タクシーが来て、止まる。
五郎が降りてくる……。
○ 五郎の部屋・LDK
五郎が入ってくる。部屋の明かりはついているが、誰もいない。
五郎、寝室のドアを開ける。
○ 五郎の部屋・寝室
五郎がドアを開けて、中を覗く。
ベッドの上で、智志が丸出しのまま、グウグウ眠っている。
五郎「……」
○ 五郎の部屋・LDK
五郎が寝室のドアを閉める。
バスルームから、バスタオルを体に巻いたみどりが出てくる。
五郎とみどり、お互いに気づく。
みどり「!…ゴロちゃん……」
五郎「……」
みどり「……」
五郎「……」
みどり「……おかえり」
五郎「……ただいま」
みどり「服…着るから」
と、五郎の脇を通って、寝室に入る。
五郎「……」
○ 寝室
みどりがバスタオル姿のまま、何かを考えている。
ベッドでは、智志がグウグウ寝ている。
みどり「……」
○ 空が白み始める
街に朝が訪れる。
○ 五郎の部屋・LDK
五郎がテーブルについて、何か考えている。
寝室から、智志が出てくる。
智志「オッ、オヤジ!?」
五郎、智志に気づく。
五郎「おはよう」
智志「お、おはようございます(気まずい)」
五郎「朝飯食うか?」
智志「ん…はい」
五郎、立って行って冷蔵庫を開けて、中を覗く。
智志「オヤジ」
五郎「何だ?」
智志「みどりちゃんは?」
五郎「(無視して)オムレツでいいか?」
智志「オヤジ」
五郎「何だ、うるさいな。さっさと着替えて来い」
智志「みどりちゃんはどこって聞いてるんだよ」
五郎「出ていったよ」
智志「え…どうして?」
五郎「さあな、自分で出ていくと言って、出ていった」
智志「どこに行ったの?」
五郎「知らん」
智志、どうしていいかわからず、その辺をウロウロし始める。
五郎、冷蔵庫から卵を出して、ボールに割り入れ、かき混ぜる。
智志、「どうしよう、どうしよう…」と、ぶつぶつつぶやきながら、
部屋の中を歩き回る。
五郎、フライパンに卵を流し込み、箸でかきまぜながら、
フライパンの端の方に卵を寄せ、器用に丸め始める。
その間、智志は立ち止まっては歩き出すの繰り返しで、
部屋の中をうろうろしている。
五郎、オムレツを皿に乗せ、テーブルに置く。
五郎「昼に母さんが出てくる。食ったら彼女の荷物片付けるの手伝ってくれ」
智志、五郎の余裕の姿にイラだって、オムレツの皿を払い飛ばす。
砕ける皿。壁にオムレツ。
智志「なんで出ていかせたんだよ!(突然叫ぶ)」
五郎「……」
智志「おれ、みどりちゃんにひどいことしたんだ…みどりちゃんに乱暴したんだ…」
五郎「……」
智志「おれ、マザコンだって言われて、ショックで、どうしていいか
わかんなくなって、みどりちゃん全然抵抗しなくて…」
五郎「もういい…」
智志「全然よくないだろ!」
五郎「……」
智志「おれ、みどりちゃん傷つけちゃったよ…どうしたらいいの。
わかんないよ…なぁ、オヤジ、おれ、どうしたらいいんだよ」
五郎「みどりのことはもういい」
智志「何がいいんだ!」
五郎「……」
智志「何がいいんだよ。みどりちゃんはオヤジのことが好きなんだよ。
オヤジと一緒にいたいんだよ」
五郎「何言ってるんだ、お前」
智志「頼むよ、オヤジ。みどりちゃんを助けてやってくれよ!」
五郎「……」
智志「オヤジは、みどりちゃんが好きなんだろ。だったら頼むよ。助けてやってよ!」
五郎「何言ってるんだ? おれには、お前の母さんっていうちゃんとした妻がいるだろ」
智志「母さんなんて、どうだっていいよ!」
五郎「ナニッ!?」
智志「今はみどりちゃんの話しをしてんだよ。みどりちゃんを大事にしてやれよ。
オヤジはみどりちゃんだけを見ててやれよ」
五郎「母さんはどうするんだ?」
智志「母さんなんてどうだっていいって言ってるだろ! 母さんはおれが面倒見るよ。
母さんひとりぐらい、おれがちゃんと面倒みる。だから、みどりちゃんを捜しに行こう」
五郎「……」
智志「オヤジ!」
五郎「……」
智志「オヤジッ!!」
五郎「母さんと別れることになってもいいのか?」
智志「……」
五郎「家族が壊れることになっても、それでもいいのか?」
智志「……」
五郎「……」
智志、はっきりとうなずく。
○ 駅
五郎と智志がみどりを捜しに来る。
みどりはいない。
○ 銀座の街
五郎と智志がみどりを捜しに来る。
みどりは見つからない。
○ 数寄屋橋公園
五郎と智志がみどりを捜しに来る。
みどりはいない。
○ みどりが勤めるスナック
五郎と智志がみどりを捜しに来る。
みどりは、いない。
智志「どこ行ったんだろ?」
五郎「……(考える)」
智志「あっ…(と何か思い出す)」
* * * * * * *
人事課長の松橋がみどりに迫っている。
松橋「みどりちゃん、おれの愛人になる気ない?」
* * * * * * *
智志「あいつのところかもしれない」
○ 住菱商事・受付
五郎と智志が来る。
智志「(受付嬢に)あの、松橋人事課長の自宅の住所を知りたいんですが…」
受付嬢「失礼ですが、どちら様でしょう?」
五郎「(横から)警察の者だ」
と、能率手帳を出す。
智志「え!?」
○ 松橋のマンション
五郎と智志が来る。
五郎「(管理人に)松橋さんの部屋は何号室だ?」
管理人「失礼ですが…」
智志「警察のものです」
五郎「中に強姦魔がいるんだ」
管理人「えッ!? 本当ですか!?」
○ 松橋の部屋
松橋がベッドにみどりを抑えつけている。
松橋「いまさら何を言ってるんだ…これがしたくてここに来たんだろ?」
みどり「……」
松橋、みどりにキスしようとする。
みどり、抵抗する。
その時、五郎と智志が飛び込んでくる。
松橋「な、何だ、お前ら?」
五郎と智志(同時に)「警察の者だ!」
松橋「何!? (智志を見て)確か君は…」
智志「カノジョに手を出すんじゃない!」
と、松橋を殴りつける。
松橋「(吹っ飛んで)内定取り消しだ!」
そこに管理人と、以前公園で五郎とみどりを事情聴取した滝巡査が飛び込んでくる。
滝巡査「強姦魔はどこだ!」
松橋「(間髪をいれず)こいつらです!」
と、五郎と智志を指す。
滝巡査「(五郎と智志とみどりを見て)またお前らか!」
五郎・智志・みどり「……」
○ 警察署
○ 取調室の前
智志とみどりがベンチに座っている。
みどり「ごめんネ…」
智志「何が?」
みどり「わたしのせいで就職だめになっちゃって」
智志「君のせいじゃないよ。なんでも自分のせいにすることないよ」
みどり「……」
智志「僕のほうこそ、昨日はゴメン」
みどり「いいよ。気にしなくて」
智志「でも…」
みどり「智志クンが痛いのがわかったから…智志クンの痛み、治してあげたかったから…」
智志「……」
みどり「わたしにできることはあんなことしかないから…」
智志「……」
取調室から、五郎が出てくる。
五郎「智志、(次は)お前だ」
智志、取調室に入る。
五郎とみどり、ふたりだけになる。
みどり「外で待ってよ」
○ 公園
ブランコやすべり台がある町の小さな公園。
五郎とみどりがいる。
五郎「出ていく?」
みどり「ウン…」
五郎「なぜだ?」
みどり「……」
五郎「どうして出ていくんだ?」
みどり「……」
五郎「智志が好きになったのか?」
みどり「そんなことない。わたしが好きなのはゴロちゃんだけ」
五郎「じゃ、どうして出ていこうとするんだ?」
みどり「ネェ、ゴロちゃん」
五郎「何だ?」
みどり「あしながおじさんの話、知ってる?」
五郎「……(突然何を言い出したのかと思う)」
みどり「孤児院で育った女の子が、逢ったこともないあしながおじさんの
おかげで大学にいけるようになるの」
五郎「最後に、女の子とあしながおじさんが結婚する話だろ?…それがどうかしたのか?」
みどり「あの話には続きがあるの」
五郎「?」
みどり「女の子とあしながおじさんは、結婚して幸せに暮らしてたの…だけど、
一緒に暮らしているうちに、女の子は何かが違うって感じ始めるの」
五郎「……」
みどり「女の子にとって、あしながおじさんはお父さんのかわりだったの。
あしながおじさんにとっても、女の子は娘の代りだったの。女の子は娘と
してじゃなく、女として生きたくなったの」
五郎「……」
みどり「ひとりの女として…だから、女の子はあしながおじさんと別れてしまうの…
それでおしまい」
五郎「それが、君が出ていく理由なのか?」
みどり「……」
五郎「君はおれと逢う前から女だったよ…君を娘だと思ったことは一度もない」
みどり「……」
五郎「おれといてくれないか…女房とは別れる。今度は本気だ」
みどり「奥さんと別れちゃダメだよ……智志クンと別れちゃダメだよ」
五郎「……」
みどり「わたしが好きなのは、智志クンのお父さんのゴロちゃんなんだから」
五郎「……」
みどり「ゴロちゃんに逢えてよかったと思ってる」
五郎「……」
みどり「ゴロちゃんに逢って、みどりは明るくなれた」
五郎「……」
みどり「ゴロちゃんに逢って、みどりは優しくなれた」
五郎「……」
みどり「ゴロちゃんに逢って…みどりは、女になれた…」
五郎「……」
みどり「だから…サヨナラ」
みどり、握手を求めて、手を差し出す。
五郎、みどりと握手する。
みどりが手を離そうとしたとき、五郎がみどりを引き寄せ、抱きしめる。
五郎「行かないでくれ」
と、みどりを強く抱きしめる。
みどり、五郎の胸に顔をうずめている。
五郎「おれのそばにいてくれ」
思いがけず、五郎の目から涙がこぼれる。
いつのまにか、取調べを終えた智志が、公園の入り口から二人を見ている。
みどり、五郎の胸に顔をうずめたまま、動かない。
泣いているのかもしれない。
みどり、しばらく五郎の胸に顔をうずめていたが、五郎を突き放して、走っていく。
五郎、走り去るみどりを見ている。
智志、みどりを見送る五郎を見ている。
走って公園を出ていくみどり。
五郎「……」
○ 五郎の部屋・LDK
五郎と智志が、みどりの荷物をダンボールに詰めている。
五郎「早くしろ。母さんが来る」
智志「オヤジがグズグズしてるんだろ」
五郎、みどりが残していった持ち物をひとつひとつ感傷を込めて見ながら、
箱に入れている。
智志「オヤジ!(早くしろ)」
五郎「オ、オウ」
と、みどりのものをダンボールに入れる。
全部詰め終わって、智志、箱にガムテープを貼る。
智志「……」
五郎「……」
なんとなく気の抜けたような気分になるふたり。
智志「悪かったな」
五郎「何が?」
智志「おれのせいで、みどりちゃん…」
五郎「お前のせいじゃない…みどりは、自分がそうしたいと思ったから出ていったんだ…
誰が悪いわけでもないんだよ」
智志「オヤジの涙、初めて見たよ…父親っていうのも、ただの男なんだって初めて思った」
五郎「そうか…」
インターフォンが鳴る。
智志「母さんだ!」
○ 五郎の部屋・玄関
五郎と智志が来る。
智志「いらっしゃーい」
と、ドアを開ける。
しかし、ドアの外にいたのは、五郎の会社のアルバイトの京子だった。
五郎「京子ちゃん!?」
京子「私、内村さんと一緒に暮らしたい!」
と、五郎に抱きつく。
五郎「えッ!?」
智志「(あきれて)またかよ、オヤジ!」
○ 五郎の部屋の前
ドアがゆっくりと閉まる。
おわり