ボクと親父のプリティウーマン
第一話
○ 東京の街
例えば、銀座。日曜日の午前10時ごろ。
街を歩く夏服の女たち。
歩行者天国で遊ぶ子供たち。
腕を組んで歩く若いカップル。
パラソルの下で語り合う老夫婦。
夏の日差しがまだ残る都会の休日。
こうした映像に智志の声がかぶさる。
智志の声「もしもし、母さん? 今、東京に着いたよ…ウン、
時間どおり…ウン…これからオヤジのマンションに行くから
…じゃ、また電話する」
○ 五郎のマンション
雑然とした町並みの中に建つマンション。
○ 五郎のマンション・5階エレベーターホール
エレベーターの扉が開いて、スポーツバッグを持った、
リクルートスーツ姿の内村智志(22)が出てくる。
廊下を歩いていく智志。
○ 五郎の部屋の前
「内村五郎」の表札。
智志が来て、インターフォンを押す。
しかし、応答がない。
智志、またインターフォンを押す。
やはり、応答がない。
智志「?(首をひねる)」
智志、ドアノブを試してみる。ドアが開く。
智志「オヤジ?」
と、中に入っていく。
○ 五郎の部屋・LDK
ステレオから静かにFM音楽が流れている。
キッチンのほうにテーブルがあり、リビングにはソファが置いてある。
智志が入ってくる。
智志「オヤジ?(と、呼んでみる)」
しかし、返事はない。
○ 寝室
智志が入ってくる。
ベッドに、誰かが寝ている様子。
智志「ったく、いつまで寝てるんだよ」
と、タオルケットをめくる。
寝ていたのは、全裸の若い女(林みどり)だった。
智志「!」
慌ててタオルケットを戻し、寝室から飛び出す。
○ LDK
智志が寝室から慌てて出てくる。
トイレから、内村五郎(48)が出てくる。
五郎「おぅ、智志」
智志「オヤジっ!」
五郎「来たのか」
智志「来たのかじゃないよ。誰だよ、あれ」
五郎「誰だって、女だ」
智志「そんなこと見りゃわかる。どうしてオヤジのベッドに女が寝てんだよ?」
五郎「ここに住んでるんだ、彼女」
智志「住んでる!?」
五郎「同棲してるんだ、いいだろ」
智志「いいだろって…何考えてんだよ。こんなこと母さんにバレたらどうすんの?」
五郎「心配するな。母さんには言ってない」
智志「当たり前だろうが・・心配してんだよ、母さんは…オヤジがまた女つくって
るんじゃないかって…ちゃんと見てきてくれって、母さんに頼まれて来てんだよ」
五郎「ごくろうさん」
智志「あのな、オヤジ! ちょっとそこに座れよ!」
と、椅子を指す。
五郎「ウム(と、座る)」
智志「(向かいに座って)いいかよ、オヤジ。オヤジには母さんっていう
ちゃんとした妻がいるんだ」
五郎「もう少し静かにしゃべれ」
智志「どうして?」
五郎「彼女が起きてしまう」
智志「起きりゃいいだろ。もう昼前じゃないか」
五郎「昨夜遅かったんだ」
智志「どうして?」
五郎「そんなことまで言うのか?」
智志「……」
五郎「元気な女でな…」
智志「いいよ、言わなくて…そんなことより、どうして母さんがいるのに、
他の女に手を出すんだよ?」
五郎「ウム…」
智志「ウム、じゃないよ。オヤジと母さんはちゃんとした夫婦なんだよ」
五郎「ウム…」
智志「夫婦っていうのは、一生死がふたりを別つまで一緒にいるものなんだよ」
五郎「いるじゃないか、一緒に」
智志「いないじゃないの」
五郎「それはおれが単身赴任になったからだろ」
智志「そういうことじゃなくて、家にいるときだってそうだろ。あっちにも
こっちにも女作って、ちっとも家に帰ってこなかったじゃないか」
五郎「ウム…」
智志「今だって、オヤジのベッドに女が寝てるじゃないの」
五郎「ウム…」
智志「ウム、でごまかすなよ。どうしてそんなことするんだよ?」
五郎「ウム…」
智志「母さんのこと嫌いになったの?」
五郎「ウム、いや、そんなことない」
智志「だったらどうして大事にしてやらないんだよ」
五郎「ちゃんと大事にしてるじゃないか」
智志「(思わず興奮して)どこが!」
五郎「静かにしろ」
智志「大事にしてるんだったら、母さんを大事に思ってるんだったら、
他の女に手を出すなよ」
五郎「ウム…」
智志「母さんだけを大事にしてやれよ」
五郎「ウム…」
智志「母さんに見つからないうちに、ベッドの女、ここから追い出せよ」
五郎「それはイヤだ」
智志「どうして?」
五郎「彼女はここに置いておく」
智志「だから、どうして?」
五郎「彼女はどこにも行くところがないんだよ。ここにしかいる場所がないんだよ」
智志「まさか…オヤジの隠し子!?」
五郎「バカ言うんじゃない」
智志「じゃ、どうしてオヤジが面倒見てるの」
五郎「おれが拾ったんだ」
智志「拾った?」
五郎「おれが銀座で拾ってきたんだ」
智志「猫じゃないんだから」
五郎「捨てられた猫だったんだよ、彼女は。田舎から親に追い出されて、
東京に出てきたのはいいが、どこにもいくことろがなかったんだ。
東京駅からフラフラフラフラ歩いているうちに銀座に出た。
街に出たのはいいが、金も友達も寝る場所もない。仕方がないから、
彼女は男を誘って金とベッドをえようとした」
智志「その男がオヤジ?」
五郎「そうだ」
智志「なんでそんな女の誘いにのるわけ?」
五郎「ひどい恰好をしてたんだ。ミッキーマウスのTシャツに破れた
ジーンズ…そんな恰好の売春婦なんか見たことあるか?」
智志「……」
五郎「気になったんだよ。銀座で、そんなひどい恰好で男に声をかける女、
いないぞ。だから誘いにのって、話を聞いた。それで、
彼女の面倒を見ることにしたんだ」
智志「それから?」
五郎「ン…? それだけだ」
智志「オヤジが面倒見る理由なんかないじゃないか」
五郎「ン?」
智志「今なら住みこみでできるアルバイトだっていっぱいあるんだよ。
そういうところに行かせればいいじゃないか」
五郎「彼女は18だぞ。18の女がそんなとこに行ったらどうなると思う?」
智志「彼女がどうなろうと、オヤジには何の関係があるんだよ?」
五郎「ウム…(と、またごまかす)」
智志「関係ないじゃないか。そんな関係ない女のために、母さんを悲しま
せることないじゃないか」
五郎「ウム…」
智志「追い出しちまえよ」
五郎「イヤだ」
智志「どうして?」
五郎「彼女には行くところがない」
智志「それはさっき聞いたよ。彼女に行くところがあろうとなかろうと、
オヤジには関係ないんだよ」
五郎「ウム…」
智志「だったら、追い出せよ」
五郎「イヤだ」
智志「オヤジ!」
鳴っていたステレオから、11時の時報が鳴る。
五郎「お、もう11時か。行かなきゃ」
と、立つ。
智志「行くって、どこに?」
五郎「用事があるんだ」
と、急いで玄関のほうにいく。
智志「彼女はどうすんだよ」
と、追っていく。
○ 玄関
五郎が来て、靴をはきながら、
五郎「そろそろ起きてくると思うから、ブランチにでも付き合ってやってくれ」
と、出ていく。
智志「ブラ…?」
と、五郎を追って出ていく。
○ 五郎の部屋の前
智志が出てくる。
智志「おれ、ブラジャーなんかつけてやったことないよ」
と、言ったときには、五郎の姿は見えない。
智志「何言ってんだよ、オヤジは…」
と、中に入る。
○ 五郎の部屋・LDK
智志が入ってくる。同時に、寝室からみどりが出てくる。
思わず立ち止まって、顔を見合うふたり。
智志「……」
みどり「おはよ」
智志「お、おはよう」
みどり「智志クン?」
智志「え?」
みどり「智志クンでしょ?」
智志「そ、そうだけど…」
みどり「ゴロちゃんから聞いてる。今日来るって言ってた」
智志「ゴロちゃん?」
みどり「そう、ゴロちゃん。内村五郎、48才…智志クンのお父さん」
智志「ゴロちゃんって…」
みどり「そう、なんかね、ゴロちゃんって感じなの。カワイイでしょ、
ゴロちゃんって?」
智志「カワイイ!?」
みどり「そう、すっごくカワイイのよ」
智志「……(あきれている)」
みどり「ネ、智志クン」
智志「は、はい?」
みどり「ごはん食べた?」
智志「ごはんって?」
みどり「まだだったらサ、ブランチに付き合ってよ」
智志「ブラ…?」
みどり「着替えてくるから、ちょっと座って待ってて」
智志「いや、ちょ、ちょっと」
と、呼びとめようとするが、みどりは寝室に入ってしまう。
智志「ブラジャーって…どうしよう、ブラジャーなんかつけたこ
とないよ、おれ」
と、とりあえず椅子に座る。
智志「こーかな…こーかな…」
と、相手を抱きしめるような恰好でブラジャーのつけ方を練習しだす。
智志「あ、そうか。前からすることないのか。後ろからつければいいのか…
何考えてんだ、おれ」
と、ひとりで照れていたが、
智志「こんなことしてる場合じゃない。彼女を追い出さなきゃ」
と、寝室のドアを開ける。
○ 寝室
智志がドアを開ける。
みどりは上半身裸のままで、着替えているところだった。
智志「ゴメンッ」
と、慌ててドアを閉める。
○ LDK
智志がドアを閉めて、
智志「あー、ビックリした…」
みどりの声(寝室から)「ネェ、智志クン」
智志「あ、あの、スミマセン(思わず謝る)」
みどりの声「ブラジャーのホックが曲がっちゃったみたいなの。
つけてくれない?」
智志「やっぱりつけるの!?」
○ LDK(しばらく時間が経って)
みどりが、タンクトップにショートパンツのような簡単な服に着替えて、
食事の支度をしている。
智志は落ち着きなく、ウロウロと歩き回っている。
みどり「すぐできるから、座って待ってて」
智志「あ、あのさ…」
みどり「ン?」
智志「ちょっと、話があるんだけど」
みどり「何?」
智志「ちょっと、そこに座ってくれないかな」
みどり、椅子に座る。
智志「あのさ…(やはり言い出しにくい)」
みどり「ここから出ていけ?」
智志「え?」
みどり「君がここにいると迷惑だから、今すぐ出ていけ?」
智志「聞いてたの?」
みどり「何を?」
智志「さっき、ここでオヤジとしてた話」
みどり「ううん、ぐっすり眠ってた。昨夜遅かったから」
智志「……」
みどり、ぺロッと舌を出す。
智志「でも、どうしてわかったの?」
みどり「何が?」
智志「僕が言おうとしてたこと」
みどり「ずっと思ってたの。いつかは出行かなきゃいけないって」
智志「……」
みどり「自分がしてることはいけないことなんだって…奥さんがいる人と
一緒に暮らすなんていけないことだってわかってた…」
智志「……」
みどり「だけど、出ていけなかったの。ゴロちゃんが優しくしてくれたから…
あんなに優しくしてくれる人、今までいなかったから…わたしの気持ち、
あんなにわかってくれる人、今までいなかったから…ずっと甘えて
いたかった。でも、いけないことなんだよね?」
智志「……」
みどり「わたしがいると、智志クンや智志クンのお母さんに迷惑かけちゃう
んだよね?」
智志「……」
みどり「ごはん、食べられなかったネ」
と、立って出ていこうとする。
智志「あの…」
みどり「何?」
智志「荷物」
みどり「あ、そっか」
と、寝室に入っていく。
○ 寝室
みどりが小さなバッグに身の回りのものを詰めている。
○ LDK
みどりが寝室から出てくる。
みどり「あとの(荷物)は捨てちゃっていい」
智志「(みどりが小さなバッグしかもっていないので)それだけでいいの?」
みどり「ウン。東京に出てきたとき、これしか持ってこなかったから」
智志「そう…」
みどり「ウン…」
智志「……」
みどりに何か言ってやりたいが、何を言えばいいのかわからない。
みどり「じゃ」
と、明るい笑顔を見せて、出ていく。
智志「……(やるせない気持ちが残る)」
○ 銀座の街
雑踏の中を、みどりがふらふらと歩いている。
横断歩道で、みどりが人にぶつかる。
みどり、「すみません」と謝る。
こうした映像に、智志の声がかぶさる。
智志「もしもし、母さん? オヤジのマンションに着いたよ。オヤジは今、
出かけてる…女? 女なんかいないよ。証拠? そんなものないって
…大丈夫だよ。心配することないから…」
○ 五郎のマンション・LDK(夜)
智志がソファでテレビを見ている。
五郎が帰ってくる。
五郎「はぁー、疲れた」
智志「(ボソッと)おかえり」
五郎「みどりは?」
智志「……」
五郎「みどりは? 風呂か?」
智志「出ていったよ」
五郎「出ていった?」
智志「ああ」
五郎「おまえが追い出したのか?」
智志「彼女が、自分から出ていったんだ」
五郎「どうして?」
智志「知るかよ!(なぜかイラだっている)自分から迷惑だから出てい
くって、そう言って出ていったんだよ」
五郎「どこに行った?」
智志「おれが知るわけないだろ!」
五郎、出ていこうとする。
智志「どこ行くんだよ?」
五郎「みどりを捜してくる」
智志「待てよ、親父」
五郎「何だ?」
智志「放っておけばいいだろ!」
五郎「何?」
智志「ちょうどよかったじゃないか。彼女は自分から出ていったんだよ。
わざわざ捜しに行くことないだろ」
五郎「何がちょうどいいんだ!(怒鳴る)」
智志「……」
五郎「みどりはどこにも行くところがないんだよ。おれのところを出ていけば、
あいつはどうなってしまうかわからないんだよ」
智志「彼女がどうなろうと関係ないだろ。オヤジには何の関係もないことだろ。
あんな女なんか忘れろよ。あんな女より、母さんをもっと大事にしてやれよ」
五郎「母さんは今関係ない。今はみどりの話をしてるんだ」
智志「オヤジは、母さんとあの女と、どっちが大事なんだよ」
五郎「(一瞬詰まるが)今は、みどりだ」
と、出ていこうとする。
智志「オヤジ!」
と、止める。
智志「家族がどうなってもいいのか!」
五郎「……」
智志「母さんと別れることになっても、それでもいいって言うのか!」
五郎「……」
智志「……」
五郎「今、この瞬間、おれにとって一番大切なのは、みどりなんだよ」
智志「……」
五郎、出ていく。
智志「……」
○ 銀座の街(夜)
五郎がみどりを捜して歩く。
○ 数寄屋橋公園(夜)
五郎が来る。
見ると、ベンチにみどりがポツンと座っている。
五郎、みどりに近づいていく。
みどり、五郎に気づく。
五郎「……」
みどり「……」
五郎「ここで君と会ったんだ」
みどり「……」
五郎「3ヶ月前、ミッキーマウスのTシャツを着た君が、おれに声をかけてきた」
みどり「待ってたの」
五郎「……?」
みどり「ここなら、ゴロちゃんが来てくれると思った」
五郎「……」
みどり「さよならが言いたかったの。あんなに優しくしてもらった
お礼が言いたかったの」
五郎「さよならなんかしなくていい。君はおれのところにいればいいんだ」
みどり「できないよ、そんなこと」
五郎「どうして?」
みどり「わたしがあの部屋にいると困るでしょ? わたしのことが奥さんに
知れたら、ゴロちゃん困るでしょ?」
五郎「君が望むなら、女房と別れてもいい」
みどり「うそつかないでよ」
五郎「おれは本気で言ってるんだ」
みどり「じゃ、別れてよ」
五郎「え?」
みどり「わたしのために、奥さんと別れてよ」
五郎「……(困る)」
みどり「ゴロちゃんにできる?」
五郎「……」
みどり「ゴロちゃんに捨てられる? 奥さんが捨てられる? 智志クンが
捨てられる?」
五郎「……」
みどり「できないんでしょ?」
五郎「……・」
みどり「できないこと、そんな簡単に言わないでよ」
五郎「……」
みどり「できないくせに、そんな優しいこと言わないでよ!」
五郎「……」
みどり「好きでもないのに、そんな優しいこと言わないでよ!」
言っているうちに涙が出てくる。
五郎「(みどりを優しく抱いて)うちに帰ろう」
みどり「いや…」
五郎「帰ろう、みどり」
みどり「イヤよ!」
と、五郎を突き放す。
五郎「わがまま言うんじゃない!」
と、みどりの腕をつかむ。
みどり「放してよ」
五郎、放さない。
みどり「放してよっ!」
公園の外をパトロール中の滝巡査が通る。
滝巡査、なにやらもみあっている五郎とみどりを見る。
タンクトップにショートパンツ姿のみどりが、売春婦に見えなくもない。
滝巡査、五郎とみどりに近づく。
滝巡査「そこの二人、何してるんだ?」
五郎・みどり「え?」
○ 派出所(夜)
五郎とみどりが並んで座らされて、滝巡査の尋問を受けている。
滝巡査「(みどりに)名前は?」
みどり「林みどりです」
滝巡査「年は?」
みどり「18です」
滝巡査「で、住所は?」
五郎「(横から入って)だからさっき言ったでしょ。私は彼女と一緒に住んでるって」
滝巡査「君は黙ってなさい」
五郎「……」
滝巡査「(みどりに)住所は?」
みどり「……」
滝巡査「両親はどこに住んでるの?」
みどり「……」
五郎「(また横入り)だからさっきから説明してるでしょ。
私と彼女は友達なんです。私のマンションで一緒に住んでるんです」
滝巡査「君は黙ってなさい」
五郎「……」
滝巡査「(みどりに)君はどこに雇われて、それでいくらもらってるの?」
五郎「だから、彼女は売春婦じゃないって言ってるでしょ!」
滝巡査「君は黙ってなさい!」
五郎「……」
滝巡査「いいか、親子でもない48の男と18の女が、友達なわけないだろ」
五郎「そうなんだから、しょうがないでしょ」
滝巡査「それにだ、こんな恰好をした女が売春婦でなくて、何だって言うんだ!」
五郎「だから、友達だって言ってるでしょ!」
みどり「(五郎に)ネェ、智志クン」
五郎「え?」
みどり「智志クンに言えば、証人になってくれるかも」
五郎「そうか…息子がいるんだ。証人がいればいいだろ、証人が」
○ 五郎の部屋・LDK(夜)
智志がいる。
電話が鳴る。
智志「(出て)はい…オヤジ!?」
○ 派出所(夜)
五郎「今すぐ、数寄屋橋公園の脇にある派出所まで来てくれ」
○ 五郎の部屋・LDK(夜)
智志「派出所!? なんでそんなところにいるの?」
五郎「バカな巡査がいて、みどりを売春婦だって言って、聞かないんだ」
智志「いいじゃないか。売春婦みたいなもんじゃないか、彼女」
五郎「バカなこと言うんじゃない。みどりが売春婦ってことになれば、
おれも留置所に入れられてしまうんだよ」
智志「……」
五郎「だから頼む・今すぐ来て、おれとみどりが知り合いだってことを証明してくれ」
智志「……」
○ 派出所(夜)
五郎とみどりと滝巡査がいる。
智志が入ってくる。
みどり「智志クン!」
五郎「智志!」
智志「……(ブスッとした顔)」
滝巡査「(智志に)この人はあなたのお父さんですか?」
智志「はい」
滝巡査「あなたのお父さんとこの女性の関係を知ってますか?」
智志「……」
五郎「智志(頼む)」
智志「(事務的な口調で)はい、このふたりは友人で、父のマンションで
一緒に暮らしています」
五郎「(智志に感謝)」
智志「(冷ややかな目で五郎を見る)」
○ 橋 (夜)
五郎とみどりが腕を組んで橋を渡ってくる。
その後ろから、二人の姿を冷ややかな目で見ながら、
智志が橋を渡っていく。
○ 五郎の部屋・LDK(夜)
智志が座って缶ビールを飲んでいる。
寝室から五郎が出てくる。
五郎「やっと寝たよ」
と、冷蔵庫から缶ビールを出す。
五郎「まるで子供を寝かしつけてるみたいだ」
智志の向かいに座る。
五郎「まるで初めて子供を持ったような気分だ」
智志「オヤジの子はここにいるだろが…」
五郎「いや、お前はおれの子じゃなかった」
智志「え!? おれ、オヤジの子じゃないの!?」
五郎「(笑って)もちろんおれの子だ。だがな、智志、お前は生まれてから
ずっと母さんの子だったよ」
智志「……」
五郎「いつも母さんのそばにいて、おれには近づこうともしなかった。
お前がまだ赤ん坊の頃、おれが抱き上げようとすると、おまえ、
ワァワァ泣き出してな…母さんに返すと、すぐに泣き止むんだ。
おれのことを、どこかの知らないおじさんだと思ってるみたいだった」
智志「それはオヤジがちっとも家に寄り付かなかったからだろ」
五郎「ウム…(またごまかす)」
ステレオのFMから、渋い男性ボーカルの曲が流れてくる。
父と子が向かい合って酒を飲み交わしているようなシミジミと
した雰囲気になる。
五郎「(シミジミと)こうやって、おまえと酒を飲むのは初めてだな」
智志「たまたま同じ部屋で飲んでるだけだろ」
五郎「ウム…」
雰囲気が台無しになる。
智志「……」
・・・つづく 第二話へ