公共事業(社会資本)の費用対効果の分析手法 社会資本は、一般的には「私的な動機(利潤の追求または私生活の向上)による投資のみに委ねているときには、国民経済社会の必要性から見て、その存在量が不足するか著しく不均衡になる資本(経済審議会社会資本研究委員会報告書,1969年)」と定義されている。この観点から情報基盤を見た場合、地域における情報基盤の整備が公共事業的な性格を有していること、情報基盤の整備によってその便益を享受することのできる対象が地区全体に及んでいること、これまでに所得や地域等による格差が発生していることなどから、情報基盤は一種の社会資本と見ることもできる。 一般に、社会資本による便益は市場で取引されないものが多いため市場価値が存在しないものが多い。そのため社会資本の経済的価値を測定するためには、それがもたらす便益を間接的な方法によって推計することが必要である。 以下に、平成10年度に建設省が示した「社会資本整備に係る費用対効果分析に関する統一的運用指針」から、それらの手法を整理する。 (1)代替法 代替法は、非市場財に対する受益者の便益を近似すると思われる市場材の価格で評価する手法である。評価する非市場財に対して適切な代替財があり、また代替するために必要とされる代替財の量が明確にできる場合には、有効な手法とされているが、適切な代替財が存在しない場合には誤差が大きくなる短所を有している。 (2)消費者余剰計測法 消費者余剰計測法は、公共財から得られる便益を享受するために負担しなければならない費用をその財の価格とみなして需要曲線を推定し、その関数を用いて事業によって発生する消費者余剰の額を測定し、その大きさを効果と考える手法である。一般化費用を定義しやすい道路投資の場合によく用いられるが、一般化費用を定義することが困難な場合にも使用できない。 (3)トラベルコスト法 トラベルコスト法は、一般化費用として旅行費用を使用する消費者余剰計測法の一種で、公園などによってもたらされる便益の評価に活用されることが多い。この方法は、公園などの需要は利用するときに必要とされる旅行費用によって決まるという比較的単純な考え方を基礎としており、広く理解を得やすい方法と言われている。 (4)ヘドニック法 ヘドニック法は、公共財や環境の価値が関連する他の私的財(例えば地価、地代)に反映されるというキャピタリゼーション仮説に基づき、その私的財の価値を分析することにより公共財などの価値を計測しようとする手法である。地価に影響を与えると考えられている道路、公園など居住環境の質の評価には適しているが、地価に影響を与えない自然や国全体に与える影響などの評価には使えない。 (5)CVM(仮想的市場評価法) CVMは、公共財や環境のもたらすサービスの給付量の変化に対して消費者にいくらまでなら支払うかをアンケート等で調査し、この回答を統計的に処理することにより仮想的状況に対する消費者の経済的評価を計測する方法である。広範な対象への利用が可能な反面、アンケート調査の手法によりバイアスが出やすいという欠点がある。 情報化の投資効果に関する研究事例 情報化の効果は、事務処理コストの削減など直接的に測定できる効果もあるが、間接的・波及的に生じる効果も大きいため、投資効果の測定は難しいと考えられている。 ここでは、研究機関等が行った情報化の投資効果に関する研究事例を整理し、農業農村情報化の投資効果測定の参考とする。 (1)光ファイバー網を中心とする情報通信基盤整備の公共的分野における経済効果 @分析手法 代替法を使用している。 A試算の方法 情報通信基盤を利用したアプリケーションを活用した場合と、既存の方法のみで対応する場合との費用の差額を計算している。費用節減の形態としては、現在の費用の節減、将来必要となる費用の節減、必要とされる時間と機会費用の節減の3種に集約される。試算の手順としては、まず事例ごとに家計負担等民間負担額を含めた総費用の節減額を算出し、その事例における公的負担率を考慮し、費用節減額の内数としての財政負担節減額を求めている。 例えば、行政分野の効率化に対しては、情報化の効果を行政間ネットワークの整備は都市銀行の第三次オンライン導入並みの効率化が図れると仮定し、その効果を4,047億円の事務経費削減としている。 なお、この試算では、情報通信基盤の整備の進捗は2000年において20%、2010年において100%と仮定し、2010年までのデフレータ−を1.5%、時間に関する機会費用を1時間あたり1500円と設定している。 B結論 光ファイバー網が全て網羅されると想定される2010年には、以下の財政負担節減効果が見込まれるとしている。 ・医療分野:9,160億円 ・福祉分野:8,302億円 ・教育分野:8,905億円 ・行政分野:10,141億円 C出典 郵政研究所月報(1995.1)郵政研究所通信経済研究部 (2)地域情報化施策の経済性評価−CATVに関する考察 @分析手法 ヘドニック法とCVMの両手法で分析している。 A試算の方法 CATVが地域にもたらす経済的な効果(便益)は、便益を享受する主体によっていくつかに分類することができるが、この研究ではCATVが加入世帯にもたらす便益を、情報通信基盤としての便益とサービスそのものの便益に分けて考えることとし、情報通信基盤としての便益に焦点を当てて推計している。 <ヘドニック法> 独立変数となる地価(住宅価格)には、東急新玉川線・田園都市線沿線の賃貸住宅価格を用い、従属変数には始発点となる渋谷駅から最寄の駅までの距離、最寄の駅から住宅までの距離、住宅の占有面積、住宅の築年数を用いている。 <CVM> 著者の知人へ電子メールによるアンケート調査を行って分析している。 B結論 <ヘドニック法> CATVの総便益は、3000世帯、割引率5%、期間15年として、約25.97億円と推計されている。 <CVM> CATVの総便益は、3000世帯、割引率5%、期間15年として、約4.69億円と推計されている。また、CATVインターネットの総便益は約7.31億円と推計されている。 ただし、経済性評価に関しては正確な評価を行うのに十分な情報を得ることができず、信頼性の高い結果を得るに至らなかったとしている。 C出典 HP「まちづくりと情報化」http://www2u.biglobe.ne.jp/~machi-IT/ (3)地方議会と電子的住民投票システムに関する調査 @分析手法 CVMにより推計している。 A試算の方法 人口約15万人の中核都市から無作為に抽出した住民320人に対して地方議会への住民の関心の内容や程度、これに対する仮想評価法のためのデータ収集を目的としてアンケート調査を行っている。主な調査項目は、市議会への関心(5段階評価)、電子的住民投票システムの導入の可否、電子的住民投票システムへの支払い可能金額である。 B結論 電子的住民投票システムの導入に対する支払い金額は平均一人あたり350円となった。調査対象の自治体の有権者数が約12万人であることから、システム導入の付加価値は約4,200万円と推計している。 なお当該自治体では、1999年の統一地方選挙(首長選挙、市議会議員選挙)に約1億800万円の選挙管理費用を要しており、選挙が行われるたびに約1億円の費用がかかることを考えると、電子的住民投票システムの導入によって大幅に選挙ごとの運用コストを低減することが可能と考えられる。そのため、システム構築のための初期投資が相応かかったとしても電子的住民投票システムの導入は自治体財政をも改善していくと考えられる、と結論している。 C出典 会計検査研究21(2000.3)会計検査院 (4)情報通信基盤整備のマクロ経済分析 @分析手法 統計解析法によってマクロ計量分析を行っている。 A試算の方法 情報通信を経済インフラと位置づけ、公的資本ストックのうち道路や港湾等の産業基盤的社会資本と対比しながら、経済に与える影響を分析している。具体的には、労働、情報通信資本ストック、産業基盤的社会資本、公的及び民間産業資本ストックを説明変数とするコブダグラス型生産関数を推計し、マクロ計量分析に組み込んでいる。 この研究では、情報通信機器ストックとして、日本産業標準分類で分類された有線通信機械機器製造業、無線通信機器製造業で生産された製品と電子計算機・付属装置を対象としている。また、電気通信業の資本ストックとして、第一種電気通信業及び特別第二種電気通信業の固定資本ストックを対象としている。 B結論 産業基盤的社会資本整備として行われる設備投資の一部を、電気通信インフラ整備に振り向けることは、大きな経済効果があることを明らかにしている。 また、GDP弾力性についてみると、1%の労働投入量の増加に対し、情報通信インフラが0.2825%、産業基盤的社会資本ストックが0.1722%であり、情報通信資本ストックは他の資本ストックと比較して、高いGDP弾力性を有しており、情報通信資本ストックがGDP経済成長に1.40%から3.19%という大きな寄与をもたらしてきたことを明らかにしている。 C出典 郵政研究所月報(1998.1) 郵政研究所通信経済研究部 (5)IT化が生産性に与える効果について @分析手法 企業レベルのアンケートに基づくクロスセクション分析 A試算の方法 企業のIT化を測る指標として「コンピュータを利用する従業員の割合」「Emailを利用する従業員の割合」「一人あたりのパソコン台数」「IT機器導入状況」を用い、人的資本、企業組織との関係を相関分析している。 B結論 「IT化が進み人的資本のレベルが高い企業」は、「IT化が遅れ人的資本のレベルが低い企業」と比べて生産性が高くなる傾向にある。「IT化、組織のフラット化とも進んだ企業」、「人的資本のレベルが高く、組織のフラット化も進んだ企業」についても、それぞれの両方が低い企業と比べると高い生産性を示す傾向にある。 さらに、2つの要素のうち一方が高いがもう一方が低い企業は、両方が低い企業と比べて統計的に生産性がほとんど変わらないことが多い。したがって、IT化が進むと同時に、人的資本のレベルが高く、企業組織のフラット化が進んだ企業こそが、相対的に高い生産性を享受する可能性が高いことがわかった、としている。 このことはITがその効果を発揮して幅広い生産性上昇につながるためには、人的資本や企業組織のあり方の変革も同時に必要であることを示している。 C出典 政策効果分析レポートbS(2000.10.31) 経済企画庁調査局経済効果分析室 (6)病害虫発生予察システムによる情報の経済効果 @分析手法 対照実験法を採用している。 A試算の方法 協力農家において、試験区と慣行区の二種類の圃場を設定し、慣行区では農家がそれまで行ってきた農家自身の経験による栽培、試験区では予察システムによる情報を参考にして化学投入剤の投入量と回数を普及所が指導した方法で栽培が行われた。 B結論 予察システムを利用して農薬散布の回数を減らした試験区と慣行区を平均で比較すると、農薬の使用回数で2回、農薬費が20〜30%減少したが、その一方で単集が5〜12%減少した。予察システムは平年の天候の場合は有効であるが、平年よりも降雨量が多くなると著しく精度が下がると言える。すなわち、天候が平年並みであると減農薬による単収の減少を抑えることが可能であるが、天候が平年と大きく異なるようだと単収が大きく減少する可能性があるといえる。 C出典 北海道大学農経論叢第56集(2000.3) 北海道大学大学院農学研究科 |