#2681/4530 連載 ★タイトル (CKG36422) 93/ 1/12 15: 1 (132) ●連載パソ通小説『権力の陰謀』 15.失業 ★内容  信一は、北の国の旅から約1ヶ月後に、すっかり元気になり帰京する。 信一の心は 想い出でいっぱいになり、充実していた。  しかし、当然のことながら現実の状況は何も変わっていなかった。 再就職は、3年 前よりももっと難しくなっていた。 年を3才とったうえ、また、職歴が1つ増えたか らだ。 どう考えても見通しは真っ暗だった。  朝起きると失業の苦しみが始まった。 再就職は絶望的に思えて、落ち込み、死にた いと何度も々々も思った。 夜眠るときだけ、それから開放された。 それに、あの悩 みからも抜け切っていなかった。    こうして考えてみると、やっぱり公務員は良かった。 仕事のやり甲斐や面白さ   や、時々、職場が変わることも大きな魅力である。 しかし、私という人間が理解   されることなく、ああいった酷いやり方で追い出されたことを思うと、あの時の恐   怖や不安と相まって、心暗くすることが度々ある。 あの酷い出来事は、どんなこ   とをしても忘れられないだろう。 それに私を臆病にしてしまった。 心の深い傷   として一生残るだろう。            (昭和51年3月5日金曜)  2つの一流新聞を取り、必死に再就職を目指した。 信一には学歴がないし、これと 言った特技もないので、何をやるべきか、毎日々々思い巡らせた。 唯一の特技プログ ラマーの道は、ああして散々悩んだ末に、向いていないということで辞めていたので、 論外であった。 不景気も手伝い、求人に応募しても履歴書がそのまま返送されて来る ことが多かった。 ポストから封筒を取るとき、その結果は封筒の厚みで見当がついた 。 薄い場合には可能性があり、厚い場合には履歴書も入っているからまず駄目なので ある。 つまり、門前払いであり、努力のしようがない最悪のケースであった。 入社 試験、面接まで行ける会社も結構あったが、結果はどれも不採用であった。 何度も足 を運び努力し、期待もして、首を長くして待った後の通知であったから、そのショック は大きかった。    今日までその結果を待っていたわけだが、ここでまた、どうするのかを考えなけ   ればならない。 一体、私は何をやったら良いのか。 何をやらざるを得ないのか   。 今月いっぱいを再就職の期限にしようと思っていたわけだが、今週も他にこれ   という求人はなかった。 お先真っ暗と思わずにはいられない。 しかし、まさか   死ぬわけにも行かない。 ただ、可能性を信じて、チャンスに当たってみるよりし   ょうがない。 「きっと、いい日が来る」 それを信じて生きるよりしょうがない   。            (昭和51年3月19日金曜)    今の私には不幸を跳ね退ける力がない。 頼れる相手もいない。 孤独だ。 一   時でも心休まる場所がない。 一時でも心明るくなれる手段もない。 強いて言え   ば、自転車で河原を走ることぐらいだろう。 それとて、精神的な要素は少ない。    今の私には就職できる可能性がないばかりか、心の支えもないのだ。 一人でも   いいから親友がいたならば、私はもう少し明るくなれるのだが。    一体、私の不幸はいつまで続くのだろうか。 一筋の光さえ見えない。 とても   、夢だとか希望などは、これっぽっちも持てない。 まったく真っ暗闇だ。 今日   も床の中で神に祈ろう。      「神様、どうか私にも人並みの幸せを下さい」      「神様、どうか就職ができますように」            (昭和51年9月14日火曜)  そして、信一は何社も々々も入社試験に臨んだが、その度に落胆するばかりであった 。    こんな状況で、私の苦悩は果てしなく続いているが、私の作った歌の「明日に生   きよう」のように、どうにか生きている。 このところは、自殺することを考えな   いようにしている。 この地球の文明の進歩を見るだけでも、この世に生きる価値   があると考えている。            (昭和51年10月11日月曜)    水道橋で電車に乗ろうと階段からホームに上がって来たときに、2人連れのうち   の一人の男が「こいつ、これでも結婚できるつもりかよ」と言いながら、肩の上か   ら親指で私を指差した。 これから面接に行こうとしていた私は苦悩の中に突き落   とされた。 それと同時に、公害対策局の誰かに、つけられて嫌がらせをされてい   るのではないかと思った。            (昭和51年10月12日火曜)  信一がこの時期外へ出ると、時々、こういう類のことはよくあった。 この世の中に は、そういう陰口を言う人間はいくらでもいるので可能性はあっても、これだけでは偶 然か故意かは判別できないが、丸2年余もそうされてきた信一は、反射的にそう思った のだった。    どうやら私は本当に差別されているらしい。 今日、本屋で誰か学生らしい奴が   「花のー公ー園でー」と、私の歌を節をつけて言ったので、びっくりした。 私は   、そんな私一人のために手の込んだことをすることなど信じられないが、もしかす   ると本当なのかも知れない。 会社へ面接に行っても、何か雰囲気がおかしい。   何か私を陥れようとする力が働いているのではないかと思えてならない。 私は既   に差別者に仕立て揚げられ、どこにも就職できないようにされたのかも知れない。    そして、もしも最近の私に対する差別が本当だとするならば、次は私を自殺に追   い込むためだとしか考えようがない。    私は自殺することを否定できない状況になって来た。 午後8時眠りにつく。            (昭和51年10月13日水曜)    今日も私はアルバイト先で嫌な思いをしなければならなかった。 それはまるで   、帝都にいた時と同じ方法で、私を痛め付けた。 陰口と咳払いとで、私はいやが   上にも心を傷つけられた。 私はこのことは差別されているとしか思いようがなか   った。 私の上になっている者は、故意に私に冷たくした。 課長はわざわざ私を   悩ます言葉を発した。 それはまるで、私を死に追いやろうとしているとしか思い   ようがなかった。    夕食の時、私は母と話した。 私の悩みがどうして深いのかを。 しかし、私は   母にさえ理解されなかった。 少しの同情も得られなかった。 母にさえ同情の得   られない私は、他の誰に同情が得られようか。 私はとてつもない苦悩を抱え、そ   して、私は全くの孤独なんだ。 私は、近頃いつも考えているように、死ぬ以外に   魂の静安を得ることは出来ないのだ。 私は死ぬのが一番いいのだ。 そして、私   は今、目に涙がにじんだ。 私は私が死ぬということが悲しいんだ。 私は生きる   ことを諦め切れないんだ。    私は本来、幸せになれるようにできているのに、どうして、ささやかな幸せさえ   も得られないんだ。 私はこんなに正しいのに。 私はこんなに綺麗なのに。 何   で人並みの幸福が得られないんだ。 神様は一体何をしているのだ。 こんなにも   苦しみ、悩んでいる私に何もしてくれないではないか。 だから、この世に神など   と言うものはないんだ。 やっぱり、世界は物質的存在でしかないんだ。 限り無   く広がる宇宙空間に、ただ、冷たく物質が存在しているだけなのだ。 私が死ぬこ   と、それは、私を構成している物質の集合状態が変わるだけなんだ。 何もなくな   らないし、何も生じない。 私は分解し、何も考えることをしなくなるだけなんだ   。 私は消滅し、私の苦しみも消滅するんだ。    私はもうこれ以上生きていない方がいいんだ。 苦しみに満ちた人生は生きるに   値しない。 苦悩のどん底の私を早く自由へと開放した方がいいんだ。 私の全て   は自由を得るんだ。 私の構成要素は自らの道を行くんだ。 ある者は海へ、ある   者は空へ、ある者は地上へ、そして、ある者は宇宙へと・・・。    私は消滅するが、私の構成要素は存在し続けるんだ。 一部は宇宙の彼方へ永遠   の旅をするんだ。 一部は地球に残り、自然の構成要素として存在し続けるんだ。    偶然によって合成された私は、自らの意志により分解され、また元の大自然へと   還って行くんだ。 自然は私の本当の故郷だ。 私は自然で育ち、自然へと還って   行くんだ。 生物としての私に幸福はなかったが、そのことには関係なく、私は再   び自然へと還って行くんだ。 自然の中には幸も不幸もない。 ただ、永遠に存在   し続けるだけだ。    私は死んだ方がいいんだ。 私が生物である限り、私のとてつもない不幸は存在   し続ける。 私は自らの意志で、死の世界へと旅することが出来るんだ。 死を待   つのではなく、自ら行くんだ。 結局は幸福になれなかった。 ただ、不幸を消滅   させるだけと言うことになった。 しかし、その後にはあらゆる価値もなくなる。    幸も不幸もなくなるのだ。 過去も未来もない。 あらゆる論理もなくなる。   勿論、後悔もなくなる。    そして、その状態を私は今、私の幸福と呼ぶ以外にしょうがないのだ。            (昭和51年12月15日水曜)  信一にとって生きることで一番辛いことは、人から被害を受けることだった。 そう いうことがあった日は死ぬ程苦しんだ。 世の中の何もかもが嫌になってしまった。 信一は、自分も悪くなればそれがなくなることは知っていた。 しかし、その代わりに 真心から来る喜びもなくなることも知っていた。 信一は切実としたものを求めていた のだった。                                    ヨウジ                       改訂1 93-01-12 74行目