#2501/4530 連載 ★タイトル (CKG36422) 92/12/11 15:42 ( 36) ●連載パソ通小説『権力の陰謀』 3.現実 ★内容  信一が決心を新たにし1週間がたった。 信一が1週間前考えたことはそのまま実行 していた。 もっと回りの人と話すこと、仕事は自分のペースを守ること等々の。 し かし、現実とは言葉通りに良くなるものではなかった。 環境が変わったわけではなか った。 もし現実が良くなるとすれば、それは信一が変わった分だけでしかなかった。 相変わらず歪んだ現実が横たわっていた。 積極的に人に話しかけるようにもし、自分 も楽しくなった。 気軽に女性に声を掛けられるのも嬉しかった。 しかし、そこに人 の揚げ足を取ったり、弱みに付け込むるような人間が必ずいた。 それに対して、信一 は仕返しや自分もそうならないことを「自分は馬鹿だ」と衝動的に思うのだが、信一の 本心がすぐにそれを打ち消すのだった。 また、人への不信感はなおも仕事をつまらな くさせていた。 そして、信一が苦しみ考えた末にできた信念、純粋に思う真心からの 信念は無意味なものになるのだろうかと思った。 信一はつくづく世の中が嫌になって いた。  2月のある日終業チャイムの鳴る頃、信一の席に樋口が近づいて来た。 そして微笑 んだ。 信一はすぐにその意味が分かった。  2人にとって1ケ月ぶりの有楽町であった。 信一にはあの時のような恥ずかしさは なかった。 多くを語り合い、気心が知れたからだろう。 信一はその日、彼女が信一 を男として意識していることを知った。 信一は初めそれが彼女の親切心から来る優し さかと思っていた。 しかし、どうもそうではないようだった。 スキーの帰りのバス で、信一が他の女性に話しかけるとき嫌な顔をするところ、そして会社でも同じような ことがあったのだ。 そしてこの日はっきり「私、加藤さん意識してしょうがないわ」 という彼女の言葉を聞いた。 しかし、信一はどうしても彼女を恋人とは考えられなか った。 彼女の優しさは無類なのではあるが、どうしても何かが欠けているように思え た。 思わず抱きしめたくなるようなものがないからなのか。 やっぱり自分は世間人 と変わりがないのではないか。 いくら言葉では「やっぱり心さ」と偉そうなことを言 っても、自分はただの男なんだと思った。 あんなにいい娘をほっておくのは可哀相だ という同情は起きても、それ以上のことをする良心はないのだと思った。 信一は、彼 女は恐らく、自分には他の男にはないそれがあると思ったから近づいたのだろう。 彼 女は今日はきっとガッカリしているだろう。 そして、きっと「何だ、他の男とちっと も変わらないじゃないの」、「思ったほど大した人間じゃないわ」と軽蔑しているに違 いないと思った。 本当に自分がちっぽけな人間であることを感じた。 口ではいくら 綺麗ごとを言っても、優しい彼女を愛せない自分を責めた。  そうでありながら、彼女との別れは淋しかった。 自分の電車から彼女の電車が次第 に遠ざかるのを見たとき、信一は胸の締め付けられるような思いと興奮とを覚えた。 言葉では言い表せない何かであった。 そして別れ離れて見て、彼女の自分に対する優 しさの大きさをつくづく感じ取ったのだった。